2人の娘を育てながら、沖縄本島からフェリーで80分の離島で働く総合診療医。「島のおじい、おばあを100歳まで見守りたい」
沖縄最北端にある離島・伊平屋島は、沖縄北部からフェリーで約1時間20分のところにあります。総合診療医の真栄田この実先生は、2人の子どもを育てながら、島で唯一の医師として約1200人の島民の健康を守っています。離島の診療所の状態と、真栄田先生が、離島医療で目指していることについて聞きました。
全2回のインタビューの前編です。
人口約1200人の離島。医療的ケア児も2人
――伊平島には、人口呼吸器が必要な医療的ケア児が2人いると聞きました。
真栄田先生(以下敬称略) はい、現在4歳と3歳の2人の医療的ケア児が島で生活をしています。医療資源の乏しい小規模離島で気管切開をした医療的ケア児の在宅ケアができるまで環境を整えたのは、伊平島が初めてだと言われています。
1人は24週で超低出生体重児として生まれた子です。出生体重は約400gでした。母親が妊娠高血圧症候群の診断で、帝王切開で出産となりました。産後しばらくは沖縄本島で過ごしていましたが、伊平島に帰りたいという希望があり、在宅ケアができるよう、いろいろと準備されました。
たとえば、島では台風の影響で停電することがあるんです。すると人工呼吸器で命をつなぐためには発電機を使用する必要があります。役場なども一緒になり、どうしたらいいか検討した結果、無事に島で暮らせることになったんです。
もう1人、先天性ミオパチーの子がいます。沖縄本島で出産後、生後8カ月まで本当の病院にいましたが、帰島しました。
――2人の主治医は真栄田先生ですか?
真栄田 2人とも主治医は沖縄本島にいる小児科の医師です。でも島で何かあった場合、入院が必要か、薬が必要なのかといった相談は、まず私のところに来てもらうようにしています。沖縄本島の主治医、保健師、訪問看護師とは定期的に会議を行い、情報共有をして診療にあたっています。
いざというときどうするかという体制づくりも大切な仕事の1つです。
「人と接する仕事がしたい」と医師の道へ
――真栄田先生が離島医療を目指したきっかけを教えてください。
真栄田 もともと人とかかわる仕事をしたいと考えていました。高校生のときの私の選択は理系。理系で人とかかわれる仕事にはどんなものがあるだろう?と考えました。まっさきに思い浮かんだのが医師でした。猛勉強し、日本大学医学部に進学しました。
どんな医師になりたいのか模索するなか、大学5年生の春休みに鹿児島県の奄美群島南西部にある沖永良部島で花農家の住み込みバイトを経験しました。気候もいいし、人も優しくて、とても居心地がよくて。自然がいっぱいで、おだやかな環境が私に合っているなと感じました。
――そのときに、島医者になるという選択肢が思い浮かんだのでしょうか?
真栄田 はい。島の環境が自分に合っているのではないかと考えるのと同時に、「病気ではなく人を診る、その人の人生に寄り添う」医師を目指したいと考えていました。
離島の医師は、風邪やけが、生活習慣病など、すべての患者を診る必要があります。ある意味「なんでも屋さん」です。
専門を定めず、幅広い医療を診られるようになりたい、島で働きたいと考える私に合っていたのが、沖縄県立中部病院でした。ここは、「島医者養成プログラム」というものがあって離島医療を担う医師の養成に力を入れていたんです。
医師免許を取得後の初期研修は沖縄県立中部病院で受けることにして、1つの専門にこだわるのではなく、総合的に医療を学ぶ「プライマリ・ケアコース」を選びました。
研修医時代の経験から島医者へ
――プライマリ・ケアについて教えてください。
真栄田 「身近にいてなんでも相談に乗ってくれる総合的な医療」のことをプライマリ・ケアといいます。風邪をひいたりけがをしたりしたときに最初にかかるお医者さんと言うとイメージしやすいかもしれません。特定の専門分野にとらわれず、風邪やけが、予防接種や介護、リハビリなど幅広く対応するというのが私にとって魅力でした。
離島で働いてみたいという思いもあったし、視野を広げるという意味でも、この道に進みたいと考えました。
というのも、私の周囲には、さまざまな経験をしたうえで医学部に入学してくる人が結構いて。同級生のなかにも、一度社会人となってからあらためて医師を目指している人もいました。
私は現役で医学部に入ったので、もっといろんな世界を見たほうがいいのでは?とも感じていたんです。島医者養成プログラムでは、若いうちに周囲のサポートを受けながら離島で医師の経験を積むことができます。そこで得た学びは、この先どんな人生を歩むにしても、決してむだにはならないだろうと感じました。
研修医1年目では伊平屋島に赴任しました。そのときは数週間の研修でしたが、「もしかしたらずっとここで働くかもしれないな」と感じたんです。不思議なことにその予感はあたり、2020年から診療所で働くことになりました。
約1200人の島民の健康を守る日々
――島での診療スケジュールについて教えてください。
真栄田 午前中は一般外来、午後は予約の予防接種や訪問診療を行っています。午前中は風邪をひいた子ども、高血圧や糖尿病で定期的に通院してくる人、皮膚に湿疹ができた人、けがや骨折をした人など、さまざまな症状の人が訪れます。島民はみんな大工仕事が得意で、ちょっとしたことは自分たちで修理をするので、意外とけがが多いんです。
夏は熱中症も少なくありません。具合が悪くなった観光客の診察をすることもあります。
午後の訪問診療では、定期的な診療や治療が必要な患者を訪問します。島には623世帯あり、約1200人の住民がいます。健診や風邪などを含めたら、おそらく島民のだれでも1回は診察しているのではないかと思います。
――島の医師は真栄田先生1人とのこと。プレッシャーなどはありませんか?
真栄田 私1人で頑張っているというよりは、島にいる医療従事者全員でチーム医療を行っている感覚です。診療所には看護師、事務員、役場には熱心な保健師もいます。歯科医もいます。みんなで協力し合っています。
こうした環境のなかでは、自分の体調管理がとても大切です。私が倒れたり、いなくなったりすると周囲に迷惑をかけてしまうので・・・。だからふだんから規則正しい生活を心がけています。もちろん、夜間に緊急で対応しないといけないときは徹夜になる場合もあります。そうしたら翌日は少しゆっくりさせてもらうことも。午前中の外来の診察だけは行い、午後の急ぎではない訪問診療は日にちをずらしてもらう場合もあります。
村の人たちはみんな理解してくれているから「昨日は大変だったね。ゆっくりしてね」と言ってくれます。
ドクターヘリの要請は、平均して月1、2回ほど
――緊急の場合はドクターヘリを要請することもあるそうです。
真栄田 診療所でできることは限られています。対応しきれないと判断したら、すぐにドクターヘリを呼ぶことになります。どんなときにその判断が必要か、研修医時代にたたき込まれているから、体が勝手に動いて対応します。
一方で、「足がしびれる」など重症ではないけれど、気になる症状の患者に対しては、迷うこともあります。判断するのが私しかいないので・・・。一見、大したことがない症状に見えても、実は脳梗塞など重症である可能性も秘めていることも・・・。
――ドクターヘリはどれくらいの頻度で呼ぶ機会がありますか?
真栄田 そのときによりますが、月に1度か2度呼ぶか呼ばないかという印象です。
気候にもよりますが、ドクターヘリは要請すると30分くらいで来てくれて、患者は沖縄県立北部病院など、沖縄本島の病院に搬送され治療を受けることになります。夜間に緊急搬送が必要な患者さんが出ると、夜間の場合はドクターヘリではなく自衛隊の災害対応となるので、2時間くらいかかる場合もあります。
――「緊急ではないけれど、判断に悩む」といった場合、どのように対応するのでしょうか?
真栄田 月に1度、離島で働く医師たちでウェブミーティングをしています。そういうときに先輩たちに「こういう症状の患者の診療で悩んでいます」など相談しています。先輩たちも「こんなふうに対応したよ」などアドバイスをくれるんです。離島で医師が1人というと、すべてを自分だけで対応しないといけないイメージがあるかもしれません。でも実際は、周囲と連携を取っているし、オンラインで先輩たちともつながっています。協力者はたくさんいますし、離島の島民たちの健康を守るためには必要なシステムです。
10年後も島の人たちの健康を守っていたい
――この先も島の医師として働きたいと思っていますか?
真栄田 はい。島で夫と出会い、2020年に結婚しました。夫と交際を始めたのは、「ずっとこの島で働こう」という覚悟があったのも理由の1つです。私は横浜出身ですが、島で仕事をするうちに「今、90歳のおじいやおばあが元気に100歳になるまで島医者を続けたい」と思いました。
2人の子どもも授かり、子育てにも奮闘中です。この先も子育てと仕事を両立しながら島の人たちの健康を守っていきたいです。
お話・写真提供/真栄田この実先生 取材・文/齋田多恵、たまひよONLINE編集部
「今通院してくれるおじいやおばあがずっと元気で年齢を重ねていけるよう、見守っていきたい」と話してくれた真栄田先生。医師としての責任と覚悟をもちながら、島の人たちの健康を守っています。
真栄田この実先生(まえだこのみ)
PROFILE
神奈川県出身。日本大学医学部卒業後、沖縄県立中部病院のプライマリケアコースにて初期研修。その後、沖縄県立中部病院の総合診療専門医研修プログラムの専攻医。2020年4月より、沖縄県立北部病院附属伊平屋診療所に赴任。伊平屋島で夫と出会い2020年11月に結婚。2児の母。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年11月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


SHOP
内祝い
