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卵巣がんと診断され、卵巣と子宮の全摘を決断した母。「子どもの預け先がない」課題に直面

更新

入院中、3歳の長女と。

小学4年生、小学2年生の2人の子どもがいる、吉田ゆりさん。吉田さんは、長女が3歳、長男が1歳のときに卵巣がんと診断されて、卵巣と子宮の全摘をしています。
吉田さんに、がんの治療と子育てのこと、自身の経験をいかして立ち上げた、一般社団法人「がんと働く応援団」の活動について聞きました。全2回のインタビューの後編です。

▼<関連記事>前編を読む

急に下腹部に激痛が。37歳で卵巣がんのステージ1Cと診断

手術後の吉田さん。

吉田ゆりさんが、卵巣がんと診断されたのは、子どもたちが1歳と3歳のときです。

――吉田さんが診断された卵巣がんについて教えてください。

吉田さん(以下敬称略) 私は37歳のときに卵巣がんのステージ1Cと診断されました。卵巣がんのステージ1Cとは、がんが卵巣や卵管にとどまっている状態です。子どもたちもまだ幼いし、将来のことを考えて、卵巣と子宮を全摘しました。

――入院中、子どもたちはどうしていたのでしょうか。

吉田 急な下腹部の痛みで受診して、そのまま緊急入院になったので、夫が会社を休み、入院準備や入院手続き、家事・育児をしました。
当時、上の子は保育園に通っていたのですが、下の子は待機児童で、私と毎日、過ごしていました。

全摘を決めたので、入院の4日後には手術、その後2週間ぐらい入院と言われました。退院するまで、子どもたちをどうしたらいいか本当に悩みました。
隣に住んでいる義父は末期がんで、義母が介護をしていて、幼い子どもたちを見る余裕はありません。
夫は会社員ですが、シフト制で早番だと早朝に出社。遅番だと会社を出るのは深夜。人手不足で、急に休みを取るのが、かなり心苦しい環境でした。

私は、病院から保育園や役所、ファミリーサポートなどに電話をして、事情を説明して子どもたちを緊急で預かってくれるところはないか聞いたのですが、対応できるところはありませんでした。「このような相談にはのったことがない」とか、「闘病や介護の事情があっても、隣に親族がいるならば緊急では預かれない」と言われました。
ベビーシッター事業者にも電話をしたのですが、まずは面談が必要と言われて、日程的にそんな余裕もなく、どうしたらいいのかわからず困り果てました。
児童養護施設に相談できないか、児童相談所にも電話をしたのですが、「虐待ではないから・・・」と断られました。

最終的には、夫がどうにか会社を休み、離れて暮らす70代の実父にもサポートに来てもらいました。父は子育て経験はありませんが、わらにもすがる思いでした。
あとから聞いた話ですが、夫はこのとき、今後のキャリアやお金のことなど、かなりの不安を抱えていたそうです。

――子どもたちは、急に吉田さんが入院して、動揺したりはしませんでしたか。

吉田 夫が、入院中の私のところに洗濯ものなどを取りに来るとき、子どもたちも一緒に連れてきました。2人ともいつもどおりの様子で、夫と父がしっかり見てくれていることがわかり、安心するとともに家族のサポートを心強く感じました。

退院後、体へのダメージが大きくて子育てができない

退院後、体力がない吉田さんに代わって、下の子の面倒を見る長女。

卵巣と子宮の全摘術は、無事成功しました。吉田さんは、2週間ほどで退院しました。しかし吉田さんの体調はよくありません。

――退院後の生活を教えてください。

吉田 約2週間の短期入院でしたが、開腹手術の体へのダメージは想像以上に大きく、入院前と同じように子育てをするのは無理でした。
また、卵巣と子宮を全摘していることから、女性ホルモンバランスの乱れもあり、体調がどんどん悪くなり、「せっかく手術をしたのに・・・」「こんなこともできないなんて・・・」と後ろ向きな気持ちになっていきました。女性ホルモンの急激な変化で、更年期障害もあったと思います。気持ちが安定せずに、肌トラブルなどもあり、気持ちはどんどん沈んでいきました。

夫も、仕事と子育て・家事の両立で疲れきっていました。そんな夫の姿を見て、「申し訳ない」という気持ちでいっぱいでした。

――手術後の治療はどうなりましたか。

吉田 卵巣と子宮を全摘したあとに、医師からは、再発リスクを抑えるために抗がん剤治療をするかどうか聞かれました。私としては「子宮と卵巣を全摘したのに?」「これからまだ抗がん剤治療が必要なの?」という思いがありました。
説明では、私の場合の抗がん剤治療は「標準治療」ではないということでした。また、「抗がん剤治療をすると、子育ては大変かもしれない」とも言われました。実はこのとき、私は抗がん剤治療を通院で受けられることも知りませんでした。
たまたま医師同士で「吉田さんは、標準治療には含まれない抗がん剤は必要ないのでは?」と会話しているのを聞いてしまい、とても混乱して悩んでしまい・・・。
いろいろなことを天秤にかけて、抗がん剤治療は、今は受けられる状況じゃないから受けないという選択をしました。

心も体も限界でうつ状態に。妹にすすめられて、セカンドオピニオンを受ける

吉田さんや子どもたちを支えながら、夫も限界に。

吉田さんは、標準治療には含まれない抗がん剤治療をしない選択をしたものの「これで本当によかったのかしら?」と悶々と悩みます。

――標準治療には含まれない抗がん剤治療をしないと決めてからのことを教えてください。

吉田 2人の子どもたちと少しでも長く一緒にいるために卵巣と子宮の全摘をしたのに、その後抗がん剤治療をしなかったのは、本当に正しい選択だったのかと不安に思うようになりました。「本当に再発しないだろうか?」と自問自答を繰り返すうちに、うつのようになってしまって・・・。全摘によるホルモンバランスの乱れで、精神への影響もあったと思います。また、退院したといっても手術の傷もまだ痛みます。当時の私は、退院したらきっと元気になれると思っていました。自宅で療養がこんなに続くとは思わなかったので、心身ともにとにかくつらい時期でした。それでも1歳と3歳の子どもたちのことは見なくてはいけない生活でした。子どもたちの食事は、いつもベビーフードやレトルトの幼児食。買い物にも行けないので、宅配サービスを頼んでいましたが、どのようにして乗りきっていたのか、今では覚えていません。うつ状態だったと思います。

――だれかに相談したりはしたのでしょうか。

吉田 たまたま看護師をしている妹が様子を見に来てくれたのですが、「お姉ちゃん、表情がおかしいよ。セカンドオピニオン受けなよ」と言うんです。
私は、セカンドオピニオンって「がんと診断されたりしたときに、治療方針を相談するために受けるものでは?」と思っていたので、ピンと来ませんでした。「なんで今さらセカンドオピニオンなんだろう?」と思いました。

でも妹が必死に説得するので、がんの専門病院で、セカンドオピニオンを受けて、私の症状と治療について相談しました。すると医師から「吉田さんはベストな選択をしています。もう、がんにとらわれずに前に進みましょう」と言われて、心が本当に楽になりました。あのときセカンドオピニオンを受けていなかったら、どうなっていたかわかりません。正しい情報につながることの重要性を痛感しました。

自身の経験から社会課題を痛感。一般社団法人「がんと働く応援団」を設立

吉田さんがゆっくり休めるように、休日は、夫さんが子どもたちを連れて外へ。

吉田さんは、自身の経験から2019年11月「一般社団法人がんと働く応援団」を設立。がんになっても、正しい情報につながり、その人らしく働いたり、生活を続けたりすることが当たり前の社会を目指しています。

――「一般社団法人がんと働く応援団」を設立しようと思った理由を教えてください。

吉田 私は、これまで企業の人事部で働き、採用や人材育成に長年携わっていました。
しかし卵巣がんになって、これまで気づかなかったことが見えてきました。たとえばママ・パパの急な入院・手術のとき、緊急ですぐに子どもを預かってくれる体制がないというのは、核家族化が進む中で社会課題だと感じました。また社会や企業に、がんになっても仕事を続けられる働きかけが必要だと感じました。

そして、がんについて正しい情報を得られる環境と、自身の健康への関心をもつことの大切さも感じました。

がんの手術を受けて約半年後に参加した勉強会で、現在、一緒に共同代表理事を務める野北まどかさんと出会いました。野北さんは乳がんサバイバーですが、勉強会で対象年齢がいる企業で必須研修として大人のがん教育の導入を訴えていました。野北さんと意気投合して、「一般社団法人がんと働く応援団」の設立に向けて動き出しました。

――がんになると退職する方が多いのでしょうか。

吉田 以前は、多かったと思います。私も人事部で働いていたころ、「がんになったので」と退職届を渡されたことがあります。
しかし日本社会は、人手不足が深刻で、2030年には大量の介護離職者が出るとも言われています。国は企業に対し、育児・介護休業法をこまめに改正しながら現場のニーズと働く側の声を反映させる働き方を推進する発信を続けています。同様に、がん治療のような長期の治療をする方のキャリアを支える法律も整備されてきています。

「一般社団法人がんと働く応援団」にも、がんの治療と仕事の両立&企業の両立支援に関する研修依頼が増えています。「がんになったから退職しなくてはいけない」という時代ではなくなってきています。

――さまざまな事情で、子育てと仕事の両立に悩むママ・パパにメッセージをお願いします。
吉田 私は、通訳の仕事をする母と医学書の編集長をする父に育てられました。2人とも立派なキャリアはあるのに、時間と心に余裕をもって生活している印象はありませんでした。両親の働く姿に疑問を感じて、留学先のカナダや大学でキャリア形成について学ぶようになっていきました。
長い人生には、子育て、介護、病気など、さまざまなことが訪れますが、それらを理由にキャリアをあきらめないでください。「自分の健康」「家族との時間」「仕事のやりがい」をどれも大切にしながら、ママ・パパにはしなやかに活躍の幅を広げていってほしいと願います。

お話・写真提供/吉田ゆりさん 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部

卵巣がんの発症初期は、自覚症状が少なく、気づきにくい特徴があります。
吉田さんは「子育て中で忙しいとは思いますが、がん検診や健康診断を身体のメンテナンスDayと考えて受けてほしい。ママ・パパには自分の健康に気を配ってほしい」と言います。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

吉田ゆりさん(よしだゆり)

PROFILE
一般社団法人がんと働く応援団 共同代表理事(左が吉田さん、右は共同代表理事の野北まどかさん)。千葉大学文学部卒業後、企業の人事部で採用から人材育成に携わる。37歳で卵巣がんが見つかり、自身の闘病経験から、一般社団法人がんと働く応援団を設立。がん経験者の継続就労を支援する。2児の母。国家検定2級キャリアコンサルティング技能士、国家資格第一種衛生管理者、メンタルヘルス・マネジメントⅡ種、両立支援コーディネーター。

一般社団法人がんと働く応援団 のサイト

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年12月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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