元千葉ロッテ投手の美馬学。生まれつき右手に欠損がある息子はレゴに夢中な6歳に。「障害について好奇の目で見られることも」【先天性欠損症】
プロ野球、千葉ロッテマリーンズの先発ピッチャーとして活躍し、2025年に現役を引退した美馬学さん。俳優・タレントの妻・アンナさんとは2014年に結婚。夫婦で不妊治療に取り組み、現在は6歳になる長男・ミニっちと2歳になる長女・ひめっちのパパに。今回は、生まれつき右手がない「先天性欠損症(せんてんせいけっそんしょう)」という障害があるミニっちのこと、また、子どもたちとの日常や成長ぶりについて聞きました。
全2回のインタビューの前編です。
生まれてすぐに、救急車でNICUのある病院へ。「妻も僕も、とにかく不安だった」
――長男のミニっちは、不妊治療を夫婦で乗り越えて、結婚6年目で授かった待望の第1子だそうですが、当時はどんな気持ちでしたか?
美馬 そのころは、まわりの友だちにどんどん赤ちゃんが生まれてくるなかで、うちはなかなか授かることができなかったんです。こればかりは授かりものなので、しかたないとは思うものの、やっぱり、「うらやましいな」という気持ちが出てきてしまいますよね。妻は不妊治療で大変な思いをしていたので、気持ちが不安定になってしまった時期もあって・・・。だから、妊娠がわかったときは、うれしいというよりも、安心したという気持ちのほうが大きかったです。
――出産のときに、立ち会いはされたのですか?
美馬 ちょうどシーズンオフで、里帰り中の妻のところに行っていたときに陣痛がきたので、運よく立ち会うことができました。陣痛が始まってから生まれるまで30時間ぐらいかかって、とても大変なお産でした。妻は長い時間、本当によく頑張ってくれました。
生まれた直後、息子がなかなか泣かなくて・・・。呼吸がうまくできていないことも関係しているのかもしれませんが、全身が青っぽく見えたんです。僕は先生が息子の処置をしているベッドのそばに立っていたのですが、なかなか泣かなかったので、先生から「お父さんも赤ちゃんに声かけてっ!」と言われて。あのときは本当に心配でした。しばらくして泣いた瞬間は、「ああ、よかった〜」とホッとしたのを覚えています。
ただ、産まれた瞬間の息子を見て、すぐに手に何かしらの障害があることには気づきました。妻も同じように、取り上げられるときにわかったようでした。でも、妻は大変な出産の直後だったし、まだ現実のこととして受け止められないような感覚だったのかなと思います。
――息子さんはその後、NICUなどに入ったのでしょうか?
美馬 出産したのが小さな産院だったので、呼吸が不安定だったこともあり、すぐに救急車で別の大きな病院に運ばれました。妻は処置があるので、僕が息子と一緒に救急車に乗っていったんです。妻には、「行ってくるね」とだけ伝えましたが、お互いにすごく不安だったと思います。
大きな病院に運ばれて、息子が処置を受けている間、僕はずっと手のことを調べていました。「同じような人はいるのか」とか「何か治療などできるのか」など、そんなことを検索しまくっていましたね。僕はそのときまで、「先天性欠損症」という症状があることを知らなかったんです。
息子の呼吸の状態は、比較的すぐに問題はなくなりました。体もひと通りの検査をしてもらいましたが、とくに大きな問題はなく、早めに退院はできたと思います。手の障害のことは、入院中も先生からあまり言われた記憶がないんです。当時はいろいろなことがあり過ぎて、記憶がほとんどないというのもあるんですけど。
息子の障害がわかって、妻と息子のそばにいたいと球団の移籍を決意
――楽天からロッテへ移籍したのも、そのころだそうですが、ミニっちのことがきっかけでしょうか。
美馬 息子が生まれた当時、ちょうどシーズンオフで休みの期間中だったんですが、FA(フリーエージェント・※1)をするかしないかと選択しないといけない時期だったんです。僕としては、そのまま楽天に残ろうかとほぼ決めていた時期に、息子が生まれて、手に障害があることがわかって・・・。そこで、妻の実家に近い場所に住んだほうがいいのかなと思いました。妻は出産後、息子の手の障害のことで気持ちが不安定だったこともあります。だから、妻の実家のそばで暮らして、両親からのサポートを受けられたほうがいいと思ったんです。
妻に移籍について相談したら、「あなたの人生だから、自分で決めていいよ」と言ってくれて。それで、FA権を使って関東の球団に移籍しようと決め、千葉ロッテに移籍することになりました。そのおかげで、妻の両親のサポートを受けながら、家族3人で一緒に暮らすことができました。
※1/一定の条件を満たした選手が、所属球団に関わらず、国内外のどの球団とも自由に契約できる権利のこと
――以前、「たまひよ」でアンナさんにインタビューしたことがあります。その際、「この子に『俺たちを親にできてすごい幸せだ』って言わせる自信がある」と美馬さんが言ったと聞きました。そのような言葉をかけられたのはどうしてですか。
美馬 妻は息子の手のことですごく悩んだり、落ち込んだりしていました。僕は不思議と、そんなに悲観的にはとらえていなかったんです。「なんとかなるだろう」という気持ちもあったし、「悩んでも、何も変わらない」とも思っていました。それに、夫婦2人で落ち込んでいてもどうしようもないので。
僕は基本的に、常に前向きに考えるほうなんです。野球をしているときも、「とにかく、うまくなりたい」と前だけを向いてやってきたので。あまり後ろを振り向かない性格かもしれないです。だから、息子のことも同じように思っていました。
――そんな美馬さんでも、ミニっちの障害のことで悩まれることもありますか?
美馬 今もそうなんですけど、やっぱり、まわりからいろいろな目で見られるんですよね。本人が気づいていることもあるし、気づいていないこともありますけど。心ない言葉を普通にかけられることもあるんですよ。けっこう、すごいです。
「あの子、手がないよ」とか「なんでないの?」とか、「うわ〜」とか。そういった言葉に僕のほうが敏感になっているのかもしれませんが、心ない言葉が聞こえてきてしまうんです。そう声に出して言われると、息子ももちろん気づくので、嫌な顔をするんですよ。僕自身も、すごく悲しい気持ちになります。
少し前に3週間ほど、家族4人でロサンゼルスとハワイに旅行に行ったのですが、海外では好奇の目で見られることはあまりないし、言われることもないんです。僕の感覚では日本のほうが、それが顕著な気がします。ちょっとみんなと違うところがあると、日本人はすごく気にするのかなと思いました。
妹がお兄ちゃんの手を自然に受け入れてくれた、それは夫婦の小さな幸せ
――ミニっちとひめっちは、今はどんな毎日を送っているのですか?
美馬さん(以下敬称略) 息子は、2025年の9月からインターナショナルスクールの小学校に通っています。幼稚園からそのまま、同じ系列の学校に上がったので、仲のよかった友だちもいるのですが、違うクラスになってしまったようで。でも、「学校は楽しい」と言って通ってくれているので、学校選びはよかったのかなと思っています。入学当初は、手のことで何か言われたようでしたが、最近は本人からはそんな話をあまり聞かなくなりました。
ひめっちも2歳になって、インターナショナルのプリスクールに通っているので、今では英語をすごくしゃべるんですよ。なにかモゴモゴと言っているけど、なかなかおしゃべりしないな〜と心配していたんですが、どうも英語でしゃべっていたということがわかって驚きました。僕たちではなく英語が得意な知人がひめっちを見て「この子、英語話してるよ」と言ったんです。日本語よりも英語のほうが得意みたいです。
先日の海外旅行の間にも、ひめっちは英語をすごくしゃべるようになっていて、びっくりしました。
逆にミニっちは、現地で英語をまったくしゃべってくれなくて。行く前は、「パパもママもしゃべれないでしょ。英語は僕にまかせて!」なんて言ってたんですけどね(笑)。ただ、学校ではしゃべっているみたいですし、きょうだいでもたまに英語で会話をしています。
――ひめっちはどんな性格なんですか?
美馬 末っ子なので、とにかく家族みんなに甘やかされています。かわいいですけど、大変です(笑)。僕よりも、確実に妻のほうが大変だと思います。最近はとにかく、いつでも「ママ、抱っこ〜!」という感じなので。先日までの海外旅行中も後追いがすごかったですし、イヤイヤ期も重なっているのかなと思います。
――ひめっちは、お兄ちゃんの手のことをどう思っているんですか?
美馬 実は最初、娘が息子の右手と手をつないでくれなかったんです。反対側の手では普通に手をつなぐんですけど。それがなぜかはわからないんですけど、でも、娘もお兄ちゃんの右手が何か違うなと感じていたのだと思うんですよね。息子は、それが悲しかったようでした。
ある日、ふと右手で手をつないでくれたんです。すると、息子がすごくうれしそうな顔をしていて。そういう小さなことでも、僕たち夫婦は幸せに感じるんです。今では、まったく気にせずにつないでくれるようになりました。
右手も上手に使って、工作とレゴに夢中!「トライしてくれることが何よりうれしい」
――ミニっちも小学生になって、できることも増えてきたのでしょうか?
美馬 なんだかんだと苦労をしても、いろいろなことができるようになっているんですよね。もちろん、できないこともまだまだあって、親がサポートすることもあります。でも、本人なりに工夫をして、できるようになっていくんです。息子の成長ぶりには、驚くことがたくさんあります。ボタンをつけるのも、最初はすごく苦労していましたけど、今では1人でできるように。やっぱり、トライしてくれるのがうれしいですね。
最初、息子は右手をほとんど使わなかったんです。でも、元パラ競泳日本代表の一ノ瀬メイ選手に会う機会があって、メイ選手が「こういうことができるんだよ」とか「こうやって少し動かせるよ」と、実際に自分の手を見せながらいろいろなことを教えてくれたんです。それから、ちょっとずつ、息子の意識も変わってきたと思います。
最近はYouTubeでも、同じような先天性欠損症の人が、ひもの結び方とか、いろいろな手の使い方を動画にして投稿しているんです。それを見て、「僕もやってみたい」と言って挑戦してくれます。やっぱり、見てみないと、なかなかチャレンジできないのかなと思います。今の目標は、靴ひもを自分だけで結べるようになることだそうです。
――今は、何か夢中になっていることはありますか?
美馬 レゴと工作にハマっています。工作は教室に通っていて、1時間だったレッスンを「それだけじゃたりない!」と言うので、2時間に変更してもらうぐらい夢中になっています。最初は道具もうまく使えなくて、「大丈夫なのかな?危なくないかな?」と思ったりもしたんですけど。先生から使い方をしっかり学んだり、サポートをしてもらいながら、今ではノコギリなんかも上手に使えるようになってきて。けっこう立派な作品も作ってくるんですよ。
実は僕自身も、レゴと工作が大好きでした。小さいころは、ずーっとやっていましたね。そこは、僕に似たかもしれないです。息子は今は、野球とかスポーツにはあまり興味がないみたいなんですけどね(笑)。でもこうやって、何か夢中になれるものが見つかったのはいいことだなと思います。
――生後2カ月のときに、ミニっちの障害にことを公表しました。どんな思いからでしょうか?
美馬 手に障害があったり、そういう子もいるんだよというのを、多くの人に知って欲しいんです。「手がないのも、ひとつの個性なんだよ」ととらえてほしいというのもあります。
初めて「先天性欠損症」など、手の障害がある人のことをみると、どうしても気になっちゃうじゃないですか。でも、きちんと情報として知っていてくれたら、そういう好奇の目で見ることも少なくなるんじゃないかなと思うんです。そのためにも、妻は息子の手の障害のことをSNSなどで発信していますし、僕も広く知ってもらうためにこれからも活動できたらいいなと思っています。
お話・写真提供/美馬学さん 取材・文/内田あり(都恋堂)、たまひよONLINE編集部
息子さんの「先天性欠損症」について、夫婦で公表しようと決めたのは、この障害についてたくさんの人に知ってほしいからという美馬さん。そんな長男も6歳になり、右手も上手に使いながら、大好きな工作やレゴに夢中になる男の子に成長しているようです。
後編では、2025年に決意した現役引退のこと、また、父親としての2人の子どもへの思いを聞きました。
美馬学さん(みままなぶ)
PROFILE
1986年、茨城県生まれ。元プロ野球選手で、今季より千葉ロッテマリーンズの2軍投手コーチに就任。2010年、ドラフト2位で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。2013年、右ひじの故障もあったが先発として6勝をマークしてリーグ優勝に貢献し、日本シリーズではMVPを獲得。2017年には、11勝を挙げるなど活躍。2019年、FA権を駆使して千葉ロッテへ移籍し、移籍1年目にも2ケタ勝利を挙げる。2025年に現役引退。プライベートでは、2014年に俳優・アンナさんと結婚し、2019年に長男・ミニっち、2023年には長女・ひめっちが誕生。
●記事の内容は2026年1月の情報で、現在と異なる場合があります。


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