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歩くことも、話すこともできなくなった息子。「笑顔を取り戻したい」母が希少疾患の患者家族会を立ち上げる【MECP2重複症候群】

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10歳のころ、肺炎で入院したかなでくん。

大阪府に住む河越直美さんは、会社員の夫とともに18歳の長女と14歳の長男を育てる母親です。長男のかなでくんは2歳半のときに進行性の希少疾患である「MECP2(エムイーシーピーツー)重複症候群」と診断されました。直美さんは、かなでくんが4歳のころにMECP2重複症候群の患者家族会を立ち上げます。インタビュー後編では、かなでくんの成長の様子や病気の進行のこと、患者家族会の立ち上げなどについて聞きました。

▼<関連記事>前編を読む

最初の発作は年長の冬。徐々に進行し、薬でのコントロールが難しいほどに

かなでくん8歳。小学校での授業の様子。

MECP2重複症候群は、X染色体上にあるMECP2遺伝子が重複していることでさまざまな症状が起こる進行性の希少疾患です。中度から重度の発達遅滞や知的障害、筋力の低下、言語発達の遅れ、難治性のてんかん発作などの症状があります。主に男の子に発症し、根本的な治療法は確立されておらず、症状に応じた支援や治療が行われます。

診断後、幼児期のリハビリによって少しずつできることが増えていたかなでくんでしたが、2018年、6歳の冬ごろに最初のてんかん発作が起こります。

「年末のある朝でした。一緒に遊んでいたら、かなでが突然動きを止めて、顔だけが片側へぐっと引っ張られるような動きをしたんです。体は正面を向いて顔だけが自分の意思とは無関係に引っ張られているような動き。『これは絶対に発作だ』と思いました。

すぐに主治医に連絡して経過を見つつ年明けに受診すると、『向反(こうはん)発作』だと説明を受けました。向反発作とは、眼球と頭部が左右どちらか一方へ強くねじれてしまうてんかんの焦点発作の一種です。発作を抑える薬には副作用もあるので、発作の様子を見て薬の使用は慎重に考えることになりました」(直美さん)

その後しばらくは発作の回数は多くありませんでしたが、かなでくんが小学校2年生くらいから、進行した様子が見られはじめます。

「週に1〜2回と発作の回数が増え、さらに強直(きょうちょく)発作といって、全身にぐっと力が入りそのまま倒れてしまうような発作が出るようになりました。初めて見たときは本当に驚きました。本人も何が起こっているのかわかっていなかったようで、発作が始まる瞬間に『え?』という驚いた顔のまま固まっていくんです。そのまま全身に力が入り、発作後は眠ってしまう。そんな状態でした。でも低学年のころは比較的、薬を飲むことでコントロールできていたと思います。

小学3〜4年生ごろになると、ある程度の薬ではコントロールが難しいほどに発作が頻発するようになり、ひどいときには5種類くらいの薬を服用したこともあります。そのときの状態を見ながら薬の量を増やしたり、種類を変えたり、と調整しながら続けなくてはいけませんでした。てんかん発作が起きてかなでがつらそうにしていても、私たち家族がしてあげられることはほとんどありません。発作が起きるたび、何もできない自分の無力さを感じました」(直美さん)

言語が違うだけで、「希望」にたどり着けないなんて

かなでくん7歳のころ。家族旅行で鳥取砂丘へ。

一方、病気について少しでも多くの情報を集めようと、直美さんはかなでくんの病気が診断されてから、海外のMECP2重複症候群患者家族向けSNSグループに参加していました。アメリカの大学を卒業していたため、英語には抵抗がありませんでした。

「参加したあとは、共有されている英語の情報を読みあさり、すべてに目を通しました。そして2015年の年末ごろ、科学雑誌のNatureに、核酸医薬を使いマウス実験レベルでこの疾患の症状が消失したという研究結果が発表された、とグループの中で共有されたのです。

海外のSNSグループの書き込みはお祭り騒ぎのようになっていて、私もいつかかなでの病気が治る未来がくるかもしれないとワクワクしていました。でも日本では、その研究結果についてのニュース報道などは何もありませんでした」(直美さん)

当時、日本国内にMECP2重複症候群患者の家族会はなく、患者家族同士のつながりはほとんどありませんでした。直美さんは、当時「MECP2重複症候群」という名前を出してブログをしていた母親に連絡をしてみましたが、その母親はニュースのことをまったく知らなかったのです。

「同じ病気と向き合って同じ大変さを抱えているはずなのに、言語が違うだけで、希望にたどり着けないなんて。言語の違いで得られる情報に格差があっていいのだろうか、と感じ、海外の情報を日本の患者家族に共有するためにも『私がやらなくては』と思いました」(直美さん)

家族会を立ち上げよう、と決意をした直美さんは、連絡をした母親にブログで声かけをしてもらい、集まった6家族で「MECP2重複症候群患者家族会」が発足します。2016年、かなでくんが4歳のころのことです。
2026年現在では日本各地から36家族40人が登録し、病気についての情報を共有したり、交流イベントを行ったりしています。

「私たちが発足時に掲げた活動目標は『疾患の認知度を上げる』『小児慢性特定疾病・難病指定を受ける』『難治性てんかん発作の治療法確立を目指す』の3つです。

ありがたいことに、家族会発足翌年に専門医による研究班が立ち上がり、国内の実態調査が始まりました。その後、2019年に小児慢性特定疾病、2024年に指定難病に登録されました。このことで小児期から成人期まで切れ目ない支援を受けられるようになったことは、とても大きな意味があります。この病気は進行性なので年齢を重ねてから医療的ケアが必要になることが多いからです。小児慢性特定疾病の助成があっても、難病に指定されていなかったときは、医療費負担のことなどもあり、家族の不安は大きかったです。

また、以前は小児科の先生でも病名を知らないことが珍しくありませんでしたが、認定後は病名を知っている先生が増えたと感じています。また、国のデータベースに登録され、患者数の実態把握や研究が進みやすくなったことも大きな前進だと思います」(直美さん)

症状が進行し、笑顔も消えてしまった

かなでくん11歳。6年生の夏休みに挑む遠泳に向けて、支援級の先生と一緒にプールで全身を動かしたり浮く練習をしていました。

かなでくんの成長とともにてんかん発作は進行し、体の運動機能にも変化が現れました。

「発作が悪化する前は少し自分で歩けていたんです。でも薬の副作用で筋緊張が緩くなるためか、バランスが悪くなって自分から立つことができなくなりました。歩くこともだんだんと難しくなり、ほかにもそれまでできていたことができなくなっていきました。
自分から動くことができなくなり、意図的に手を動かすことができなくなり、声も出せなくなり、笑顔も消えました。

発作がひどくなる前は、『何か飲む?』『食べる?』と聞くと、『のむ』『たべる』など単語で返してくれました。しかし発作がひどくなってからは声を発することはほとんどなくなり、今ではまったく話さなくなりました。
顔の表情もなくなり、身体も思いどおりに動かせないので、彼の言動や表情から何かをくみとることが難しくなりました。すごく私を見ているな、と視線を感じるときにはきっと私を呼んでいるんだろう、と思います」(直美さん)

かなでくんが小学5年生のころから、たんの吸引などの医療的ケアも始まります。口から食事をとることも難しくなったため、小学6年生のときに胃ろう造設手術を受けました。

「現在は、たんの吸引と胃ろうからの注入のほか導尿や浣腸などのケアをしています。てんかん発作は1日を通してずっと出ているような状態です。自宅での医療的ケアはほぼ私がしていますが、訪問看護師さんが様子を見てくれたり、ヘルパーさんがおふろ介助に来てくれたりしています」(直美さん)

現在、かなでくんは地域の中学校の支援級に在籍する中学2年生です。

「かなでは基本的には車いすで過ごして、日中は中学校に通っています。小学校も地域の学校に通っていました。小学校では担任の先生と支援級の先生が連携しながら、できる勉強はみんなと一緒に取り組んでいました。中学校では、医療的ケアがあるので看護師さんが付き添ってくれていて、支援級の先生と連携しながら、参加できそうな授業は通常クラスで受けています。

元気だったころのかなでを知っている小学校のころからのお友だちは、以前と同じようにかかわってくれますし、今のクラスメイトのみなさんも、どうやったらかなでと一緒に活動できるのか考えながらかかわってくれています。かなでもクラスメイトから名前を呼んでもらえるととてもうれしそうです。

字を書くことや体育で歩行器を使って歩くことなど、学校で体を使って動く活動すべてがかなでのリハビリになっている感じで、本当にありがたいです」(直美さん)

希少疾患のある子どもと家族のことをもっと知ってほしい

かなでくん13歳。中学校の制服を着てパチリ!

直美さんたちMECP2重複症候群患者家族会は、病気について広く知ってもらおうと、2020年から小児希少疾患に特化した「RDDきっず」というイベントを行っています。RDDはRare Disease Day(希少・難治性疾患の日)の略称で、毎年2月に希少疾患のある子どもや家族が集まり、地域の高校生と交流しながらスポーツやゲームなどをして過ごす内容です。

「このイベントの大きな目的は、希少疾患のある子どもたちの日常を同世代の子どもたちに知ってもらうこと。そして、希少疾患のある子どもや家族同士がつながることです。
そもそも『希少疾患』という言葉そのものを知らない人がほとんどだと思うんです。私もかなでが生まれる前はよく知りませんでした。障害のある子どもに対しても『何もできない子』『家族も大変そう』というイメージしか持っていなかったんです。

でも実際にかなでを育ててみると、そのイメージは実際と大きく違うとわかりました。障害があるけれどできることはたくさんあります。できることの幅やスピードが違うだけなんですよね。そのことをもっと多くの人に知ってもらいたいです」(直美さん)

【青天目先生より】治療法のない疾患でしたが、希望の光が射し込みつつあります

かなでくん13歳。MECP2重複症候群の子どもやその家族をイメージしてデザインしてもらった、チャリティTシャツを着て。

MECP2重複症候群では、半数以上の患者さんがてんかんを発症し、難治になることがほとんどです。てんかん以外の症状も進行性で、かなでくんのように、発作が出現してから、それまでできていたことができなくなり、表情も意欲も乏しくなり、食事も口からとれず、だ液が気管に入ってもせきができなくなることすらあります。この病気は、これまで治療法がなく、子どもの状態が悪くなっていくのをただ見守るしかありませんでした。
でも、過剰に存在するMECP2遺伝子の産物を減らす治療が研究され、臨床試験も始まりました。動物では有効でも人では効果がないかもしれない。本当に人で安全に使えるのか?まだ不安も心配もありますが、新しい治療に期待が集まっています。

お話・写真提供/河越直美さん 監修/青天目 信先生 取材・文/早川奈緒子 編集・構成/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部

現在、アメリカではMECP2重複症候群の新たな治療薬の治験が始まり、ヨーロッパ等でも、2026年中に始まる予定なのだとか。直美さんたち患者家族会では、日本でも治験ができるようにアメリカの製薬会社と日本の医師をつなげ、1日も早くスタートできるよう働きかけています。直美さんは「治療法を子どもたちに届け、笑顔を取り戻したい」と話しています。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

MECP2重複症候群患者家族会ホームページ

河越直美さん(かわごえなおみ)

PROFILE
大阪府在住。マレーシア在住中の2012年に長男を出産。2014年に長男が「MECP2重複症候群」と診断される。2016年「MECP2重複症候群患者家族会」を設立。学会での疾患周知や勉強会開催、海外の医師や家族会との交流を行うなど、精力的な活動を展開。

青天目 信 先生

PROFILE
1999年大阪大学医学部卒業。国立病院機構大阪医療センター小児科科長。大阪大学小児科臨床神経グループ、国立精神・神経医療研究センター病院小児神経科などの勤務を経て、2025年現職。小児神経全般、てんかん、希少神経難病を専門とし、診療・研究に携わる。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年9月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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