作家・川上未映子「親だから偉いはない」私たちが産むこと・働くこと・生きること
ある女性が子どもを産むことについて戸惑い、考え、行動するストーリーが綴られた、川上未映子さんの最新刊『夏物語』。1児の母でもある川上さんは、子どもを持つということについて、どう感じているのでしょう。インタビューの最終回は、自身のお子さんとの向き合い方についても聞きました。
子どもが自立したらはじめて、 自分は”個“になれる
「小説『夏物語』には、子どもを産んだことについて、『この存在に出会うために自分が産まれて、今まで生きてきたとしか思えなくなる』という女性が登場します。これは私の実感でもあります。子どもを産んだことをこんなふうに思うことができた人間なのですが、一方で、この気持ちは期間限定なんだとも感じています。今は信じられないけれど、こうやって思えるのもあと少し。今は、子どもがけがや病気をすると、実感としては自分の痛みより痛いんですよね。それがたぶん、もっと成長したら自分の痛みとして感じなくなる瞬間が来るんだと思う。あっちの人生とあっちの肉体で起きていることだと、親も思える瞬間が来るんじゃないかな。身体的な感覚が切り離されるときが、お互いの本当の自立のときなんでしょうね。
私は母親のことがすごく好きで、小さいころはその存在を内面化していたから、苦しかったんです。お母さんがかわいそうに思えて、母親の”親“みたいな気持ちでした。それが子どもを産んで初めて、母親の子どもになれたんです。このあと自分の子どもが自立したら、そのとき初めて”個“になれるのだと思っていて。そこで大事になるのが、夫婦関係。夫婦が出会い直すことになるから、このときに共通のトピックがないと、一緒にいる必要がなくなっちゃう。だからこそ、パートナーとの信頼関係は常にアップデートしておかないとダメですよね」
「親だから偉い」、ではなくて 「自分で考えて決断しなさい」
「物事にはすべて限りがあるということは、子どもを産んでよく思います。それは何かを失っていくことではなくて、変化しているということ。子どもの自立はさみしくはあるけれど、また違う関係性で子どもと出会い直せるということでもある。これは成長ですよね。
変化していく日々の中で、パートナーとの信頼関係をちゃんとしていかなければいけないのと同じように、子どもとも一対一の人間として接していかなきゃいけないと思っています。私が気をつけているのは、親の立場を乱用しない、ということだけ。危ないことを”教える“ことはあっても、強く怒ったりたたいたりといった、”私が大人で力が強いからできること“は絶対にしないでおこうと決めています。話すときは対等に、目を合わせて話すし、『〇〇しなさい』ではなくて『考えなさい』と言う。親だから偉
い、先生だから偉い、ということは教えていなくて、『おかしいと思ったらちゃんと質問しなさい』『あなたは自分で考えて決断しなきゃいけない』と言っています」
死ぬかもしれない経験でしか 生まれてくる子どもとフェアになれない
「『夏物語』には、子どもを産むということが暴力的で身勝手な行為だと言う女性も登場します。私自身、もしだれかから『あなたは自分の幸せのためにものすごく勝手なことをしましたね』と言われたら、返す言葉はないんです。息子に会えて本当によかったし、息子もそう思ってくれていると思うけれど、これはたまたまそうだっただけで、本当にいいことかどうかなんてだれにもわからない。そう考えると、出産というのは、『こちらも命がけで産みました』ということが、一つの言い訳になるのかもしれない。ものすごい痛みや、こちらも死ぬかもしれない経験などでしかできないことなんだと。無痛分娩だって出血はするし、命をかけるでしょ。そうでないと生まれてくる子どもとフェアになれないんです。決して、『腹を痛めて産んでやった』ではない。それくらいとてつもないことを、私たちはしたのだと思っています」
(写真・伊藤大作[The VOICE]、ヘア&メイク・吉岡未江子、構成・ひよこクラブ編集部)
「子どもを産むということが暴力的で身勝手な行為」という言葉は、出産を経験した身としてはドキリとさせられました。「なぜあなたは子どもを産んだのか」と聞かれたら、なんと答えるか…。川上さんの『夏物語』は、その問いをじっくり考えるきっかけを与えてくれます。
『夏物語』
【あらすじ】小説家をめざして作品を書き続ける夏子(38才)。書くことで生計が成り立ち始め、まるで夢のようだと思う一方、「自分の子どもに会いたい」と強く思う。交際相手もいない夏子にとって、それを実現させる手だては? 出産を「親たちの身勝手な賭け」だと言う女、シングルマザーとして強く生きる女…。たくさんの人とかかわりながら、夏子は「どうして子どもを産みたいのか」を考え続ける。(川上未映子著)1800円/文藝春秋
■川上未映子/
1976年大阪府生まれ。2008年『乳と卵』で芥川賞を受賞。代表作に『ヘヴン』『あこがれ』『ウィステリアと三人の女たち』など。17年には「早稲田文学増刊 女性号」で責任編集を務めた。2012年に男児を出産。