「子どもたちを未来のがんから守るためにママたちができること」医師でジャーナリストの村中璃子氏に聞く
7月21日、9価の子宮頸がんワクチンが正式に日本で承認されました。世界標準のこのワクチンを使うと、日本で起きているほぼすべての子宮頸がんを防ぐことが期待できます。前回に引き続き、『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』の著者であり、子宮頸がんワクチンに関する科学にもとづく執筆活動が評価され、科学誌『ネイチャー』等主催のジョン・マドックス賞を受賞した医師・ジャーナリストの村中璃子先生に、子宮頸がんワクチンの現状を、ママたちの口コミサイトなどに書き込まれている疑問答えるかたちで教えてもらいます。
ワクチン以外に子宮頸がんを予防する方法はないの?
Q 子宮頸がんワクチンを接種した後も、2年に1回の検診は受けた方がいいと聞きました。検診だけでは子宮頸がんは予防できないのでしょうか。
A 検診ではがんや前がん病変を発見することができますが、がんを引き起こすHPVの感染を防ぐことはできません。
「検診でできる予防は、手術で切除することを目的に、いずれがんになるだろう“前がん病変”や、前がん病変の段階で発見できなかったがんを発見することです。一方、ワクチンはがん化を促すHPVの感染を予防することを通じ、前がん病変やがんそのものの発生を予防することができます。
つまり、検診による”がんの予防“とは、体にメスを入れる『手術を伴う予防』なのです。
定期接種年齢にワクチンが存在しなかった世代の多くの女性にとって、検診は今でも子宮頸がんの主たる予防手段です。
検診受診率は日本で約45%、他のOECD諸国で約75%。検診率が低いことは大きな問題なのですが、皆さんにぜひ知っておいていただきたいのは、どんなに検診率を上げても若い人の子宮頸がんをゼロにできた国は1つもないという事実です。
検診率の高い国でもワクチンを強く推奨しているのはそのためです。
ワクチンを打っていても打っていなくても検診は必須です。しかし、ワクチンは受けそびれることもある検診とは比べ物にならないほど確実に女性の命と健康を守ることができます」(村中先生)
早期発見=安心ではない
Q 子宮頸がんを発症しても、早期発見できれば子宮温存・出産できると聞きました。早期発見ではダメなのでしょうか。
A 早期発見しても手術を受ける必要があり、早産・流産しやすくなります。夫婦生活に支障が出る人も少なくありません。
「前がん病変や初期の子宮頸がんでは、子宮頸部、子宮の入り口だけを切り取る手術を行い、子宮を温存できることもあります。ただ、子宮の入り口が大きくなるので、早産や流産の可能性が高まります。つまり、これから妊娠を予定している人にとっては、検診による早期発見で子宮を温存できても、お腹の赤ちゃんの命と健康を脅かすことになります。手術後、パートナーに理解がある場合でも、夫婦生活に支障が出る方が少なくありません。そして、何よりつらいのは、再発の不安です。自分とおなかの赤ちゃんの健康、そして、生活の質(QOL)を守るうえでも、“検診で早期発見して切除する“のではなく、”ワクチンを接種してがんにならない”ことが大切です」(村中先生)
世界の20か国以上で男の子も接種
Q海外では男の子も接種していると聞きました。男の子が打つ意味はあるのでしょうか?
A「男性のがんの予防」と「女性に感染させない」ことの2つの意味があります。
「すでに世界の20か国以上で、男子にも子宮頸がんワクチンを定期接種していますが、これには2つの理由があります。
1つは、男性のがんを防ぐためです。9価ワクチンで予防できる9つの型のHPVのうち2つの型は、のどのがん(中咽頭がん)や肛門・陰茎のがんなど、男性に多いがんの原因となるもので、子宮頸がんワクチン、正式には“HPVワクチン”と呼ばれるこのワクチンを男子に接種をすることで男性もそれらのがんを予防できます。
理由のもう1つは、女性のパートナーの大半が男性であるなか、HPVに感染した男性を減らすことによって女性への感染を防ぐためです。
つまり、医学的には男女ともに接種することが望ましいのです。
しかし、多くの国ではコストの面から、それが実現されていませんでした。たとえば、イギリスでは、肛門がんなどのリスクの高い同性愛の男性に限って接種するなど、男子定期接種は見送り、女子の接種率を上げることで子宮頸がんを減らそうとする戦略をとってきましたが、2018年、女子だけがワクチンを接種できるのは『男子に対する性差別』であるとの意見が相次ぎ、男子にも定期接種となりました。
かねてより男女ともに定期接種のオーストラリアでは、20%を超えていた若い男女のがん化しやすいHPVの感染率が、1%以下にまで低下し、「子宮頸がんの撲滅」まで宣言されています、経済的余裕のある先進国ではこれから男子にも定期接種がますますスタンダードとなっていくことでしょう」(村中先生)
大人の女性や男性にも効果はあるの?
Q子宮頸がんワクチンは、性交を経験する前に接種することが最も有効と聞きました。既婚女性や出産経験のある女性が打っても効果はないのでしょうか。
A すべての女性、そして男性もライフスタイルに合わせて子宮頸がんワクチンを接種する権利を持っています。
「子宮頸がんワクチン、正式にはHPVワクチンには、一度感染したHPVの感染を予防したり排除したりする効果はありません。しかし、20代から40代くらいまでの人には接種してもよいとしている国もあります。ワクチンに含まれたすべての型のHPVに感染している人は少ないからです。
大人が接種した時の効果は、定期接種年齢で接種した時ほど高くはありません。
ただし、すべての女性、そして男性もライフスタイルにあわせてHPVワクチンを接種する権利があることは覚えておきましょう。
私の知人のドクターは『まだ感染のリスクがあるので』といって受診した60代の女性に、子宮頸がんワクチンを接種したそうです。
子宮頸がんワクチンは、日本を含む世界中で安全性の確認されているワクチンです。各国の保健当局もWHOも「子宮頸がんワクチンは安全で効果の高いワクチンである」と評価し、接種を推奨しています。
ただし、その効果は、性交経験を持つと激減します。だから、定期接種年齢である10代前半のうちに接種させることがとても大切なんです。
9価ワクチンを定期接種として無料で接種できるようになるまでにはまだ少し時間がかかるようですが、ワクチンのリスクとベネフィットを正しく理解し、子どもたちを予防できる未来のがんから守ってあげたいものです」(村中先生)
お話・監修/村中璃子先生 撮影/西川節子 取材・文/まえだみのり
村中璃子(ムラナカ リコ)先生
Profile
医師・ジャーナリスト
一橋大学社会学部出身、北海道大学医学部卒。現在、京都大学医学研究科非常勤講師、ベルンハルトノホト熱帯医学研究所研究員。WHOの新興・再興感染症チームの勤務を経て、執筆や講演活動を行っている。2017年、科学誌『ネイチャー』等主催のジョン・マドックス賞を、日本人として初めて受賞。2018年、初著書『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』 (平凡社刊)が世界的に注目を集める。