生後13日で旅立ったわが子 難病の子どもを家族で見守りたい――小児在宅医療の今
ワンオペ育児、孤育て、長時間労働、少子化…。本特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、誰ひとりとりこぼすことなく赤ちゃん・子どもたちの命と健康を守る世界のヒントを探したいと考えています。
今回のシリーズは「小児在宅医療の今」。連載1回目は、岡山県で在宅医療に取り組む医療法人つばさ・つばさクリニック理事長の中村幸伸先生に、小児の在宅医療について、印象深いご家族のエピソードをお聞きしました。
命をとりとめた子どもたちの、その先を考える
「日本の小児の急性期医療はとても高度に発達していて、救える命が増えています。だからこそ、“救えた命のその先”を考えることが大切です」
こう語るのは、岡山県で在宅医療専門の「つばさクリニック」を営む中村幸伸先生です。
在宅医療とは、さまざまな事情で病院に通院するのが難しい患者さんに対して、医師が自宅を訪問して診察を行うもので、「訪問診療」ともいわれます。赤ちゃんや子どもを対象とする訪問診療は全国でまだまだ少数ですが、つばさクリニックでは岡山市と倉敷市の2か所で、0歳の赤ちゃんから100歳を超える高齢者までを幅広く受け入れています。
「いまは生まれつきの病気や早産などで、赤ちゃんの10人に1人がNICUに入院する時代です。また、不慮の事故やSIDS(乳幼児突然死症候群)などで一命をとりとめた後、後遺症をもって生活していくお子さんも大勢います。そうした療養が必要なお子さんがご自宅で安心して過ごせるように、病院の小児科の担当医と連携しながらバックアップしていくのが私たち在宅医の仕事です」
低酸素性虚血性脳症、脳性まひ、悪性腫瘍(がん)、神経難病…。つばさクリニックでは主に長期的な治療が必要な、さまざまな病気の赤ちゃん・子どもをサポートしてきました。
ともぞうくんが、おうちで過ごした5日間
これまで多くのご家庭を訪問してきた中村先生ですが、とりわけ思い出深く感じているのは、2014年1月に出会った「ともぞうくん」だといいます。クリニックの患者さんで最年少の、生後8日の赤ちゃんでした。
「私たちのクリニックでは地域の拠点病院と連携して、障害を抱えて生まれてきた赤ちゃんがNICUから退院して、自宅で療養生活を送るためのサポートも行っています。その一人がともぞうくんでした。ともぞうくんは生まれる前から、とても予後が悪い『骨形成不全症II型』という先天性の病気を持っていることがわかっていました。国内の長期生存例はわずか数例しかなく、無事に生まれてこられるかどうかもわからない難病です。お母さんの『それでも、この世に生まれてきてほしい』という強い思いがあり、帝王切開での出産が決まりました」
出産当日はお父さんが立ち会いました。ともぞうくんが生まれてすぐに、小さな命のあたたかさを確かめるように、お母さんとお父さんはしっかりと腕の中に抱きかかえていました。ともぞうくんはその時点でいつ呼吸が止まってもおかしくない状態でしたが、幸いにも自発呼吸ができていて、わずかながらご家族と過ごす時間が持てそうだということがわかりました。
ご家族の「家で看取ってあげたい」というご希望から、中村先生のもとに声がかかりました。
「出産から5日後の10日に退院カンファレンス(※病院の医師と在宅医との情報共有)を行い、13日に退院しました。その日のうちに私が診察に伺ったのですが、その時のご家族の笑顔が忘れられません。ともぞうくんには2人のお姉ちゃんがいて、『ともぞう、ともぞう!』と、ニコニコとお顔を触っていました。退院直後はともぞうくんのSpO2(酸素飽和度)の数字が70%まで下がっていたのですが、家に帰ってきたら90%に上昇していて『やっぱり家のほうがいいんでしょうかね』というお話をしたのを覚えています」
こうしてともぞうくんとご家族は、あたたかくも大切な時間を過ごしました。
「退院から2日後に、2回目の診察に伺いました。その翌日にともぞうくんが発熱したので、急きょ往診をしました。翌朝から酸素の数字が下がってきて、だんだんと呼吸が弱まっていって…。お部屋の中で、お父さんとお母さんが抱っこしてあげている状態のまま、ともぞうくんは静かに息を引き取りました」
ともぞうくんが自宅にいたのは、わずか5日間でした。しかし、ご家族にとっては生涯忘れられない日々になりました。
「お看取りの後で、お父さんは涙ながらに『こうして家に帰ってこられてよかった。ともぞうは、親孝行してくれたのだと思います』とおっしゃっていました。その言葉を、今でもよく思い出します」
子どもと家族の、より穏やかな生活のために
中村先生は、「住み慣れた自宅で、障害や病気があっても、その人らしく過ごせることが在宅医療の大きなメリット」といいます。それは高齢者でも、赤ちゃんや子どもでも同じこと。病院で険しい顔をしていたお子さんやご両親が、ご自宅に帰ってきたとたん、リラックスして表情豊かになる様子を、中村先生は何度も見てきたといいます。
「在宅医療は、単に病院の場所が自宅に、看護師の代わりが家族になるというわけではありません。お子さんもご家族もたくさん頑張って乗り越えてきたのですから、ご自宅で少しでもおだやかな生活を送れるように、病院や訪問診療など、周囲のサポートを受けながら子どもらしい・家族らしい時間を過ごせることが大切だと私たちは考えています」
取材・文/武田純子
子どもや家族が、より良い生活を送るうえでの選択肢の一つとなりうるのが小児在宅医療です。次回は、つばさクリニックさんの取り組み事例を紹介しながら、小児在宅医療の「いま」についてさらに詳しく見ていきます。
中村幸伸先生(なかむら ゆきのぶ)
Profile
1977年島根県生まれ。2002年鳥取医学部医学科卒業後、倉敷中央病院に入職。2009年、岡山県初の在宅診療専門所「つばさクリニック」を開設。2014年「つばさクリニック岡山」を開業。著書に『畳の上で死にたい 「悔いなき看取り」を実現した8家族のストーリ―』(幻冬舎)がある。
