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だれにも頼れず産後うつに…芸人マシンガンズ滝沢の妻・友紀さん聞く【前編】

ゴミ清掃員マシンガンズ滝の妻 滝沢友紀さん インタビュー

お笑い芸人でありゴミ清掃員としての顔も持つ、お笑いコンビ「マシンガンズ」の滝沢秀一さん。そんなマシンガンズ・滝沢さんの二足のわらじ生活を支え続けているのが、妻の滝沢友紀さんです。最近は夫のゴミ清掃員での体験を友紀さんがわかりやすく漫画にした著書「ゴミ清掃員の日常」が話題になっています。

インタビューの前編では、友紀さんが初めて漫画を描くことになり奮闘したエピソードや、1人目の壮絶な出産体験、2人目出産後の産後うつについて話をお聞きしました。

プロフィール /滝沢友紀
お笑いコンビ「マシンガンズ」の滝沢秀一さんの妻であり、7歳の息子と4歳の娘の母。お笑い芸人とゴミ清掃員の二足のわらじで活動する夫のゴミ清掃員としての体験を綴った漫画「ゴミ清掃員の日常」「ゴミ清掃員の日常 ミライ編」の漫画制作を担当している。

漫画好きの「主婦」から「漫画家」としてデビュー

滝沢さんファミリー

マシンガンズ滝沢さんファミリー
『ゴミ清掃員の日常』(講談社刊)より

――夫・マシンガンズ滝沢さんから、ゴミ清掃員の日常の「漫画を描いて欲しい」と言われたときの友紀さんはどんな心境でどんな反応をしましたか?

「なぜか何も考えず『いいよ、やってみようかな』と言ってしまいました。いつもなら『無理無理。描いたことないし子育てしてるし』と言うのですが、そのときは即答していました。今でもなんですぐにいいよと言ったのか不思議です(笑)。漫画を読むのは子どもの頃から“一番の趣味”と言えるほど好きで、身近だっだので思わず引き受けたというのもあるのかもしれません。

けれども最初はびっくりするほど描けませんでした。ヘルメットの曲線を描くだけですごく時間がかかりました。ゴミ袋を持つ・回転板に入れる・走る……頭に描いていても動きのあるポーズは本当にむずかしく、同じ動きをネットで調べたり、夫に同じポーズをしてもらって何方向からも写真を撮って描いたり、夫がいない日は自分でヘルメットをかぶり、ゴミ袋を持って鏡に映して描きました。いざ描き始めてから『わたしってば、何ということを引き受けてしまったんだろう……』を途方に暮れたのを覚えています。

漫画を描き始めてからは、夫の仕事について以前より理解するようになりました。その点は本当によかったです。
描く前は『走ってばかりできつそう』『暑さの心配』など、ざっくりとしか考えていなかったのですが、漫画を描いているといろいろ疑問が出てくるので、夫への質問を重ねながら理解が深まるようになりました。
“なぜ夫が家でこまめに冷蔵庫チェックをするようになったのか”その裏には大量の食糧ゴミを見て胸を痛めている夫がいたり、ゴミ袋の中に包丁やスプレー缶がそのまま入っていて危険と隣り合わせだったり……。もともと愚痴を言わない人なので知らなかったことばかりでしたが、もっといたわらなきゃなと思いました(笑)」

スプレー缶ひとつで清掃車が火事になることも…

ゴミ清掃員マシンガンズ滝の妻 滝沢友紀さん インタビュー スプレー缶
『ゴミ清掃員の日常』(講談社刊)より

41歳で初出産「出産費用だけはなんとかしてね」妻の切実な願い

――子どもが生まれるのをきっかけに夫がゴミ清掃員になったとのことですが、妊娠が発覚し、夫に「出産費用40万持ってきて」と言ったときの友紀さんの心境をお聞かせください。

仕事探しに奔走するマシンガンズ滝沢さん

ゴミ清掃員マシンガンズ滝の妻 滝沢友紀さん インタビュー 仕事探し
『ゴミ清掃員の日常』(講談社刊)より

「実際は必死でした(笑)。貯金は不妊治療でだいぶ減っていましたし、つわりがひどく私は仕事を2ヶ月休んでしまいましたし、産んだあとのためにもお金を取っておきたかったので『出産費用は夫になんとかしてもらわなきゃ』と。

妊娠時41歳で高齢だったこともあり、大学病院をすすめられたために出産費用が40万円必要でした。(何があるかわからないので夫には多めに請求しました)
妊娠初期、お笑いの仕事だけで収入が少なかったので『とにかく出産費だけはなんとかしてね』とお願いしました」

管だらけの息子をみて涙がとまらず「ごめんね」

――長男くんの出産時は60時間の難産となり、仮死状態で生まれてきたとのことですが、そのときの状況と友紀さんの心境をお聞かせいただけますか?

「最初の陣痛があり病院に行ったのですが、微弱陣痛が続いたため一度家に帰りました。それでも痛みが続くので翌日また病院に行き入院しました。
良い波が来てもまた微弱になってしまう……陣痛室でそれをずっと繰り返していました。途中で何度か意識が飛んだので時間の感覚もよくわからなかったのですが、何人もの方が陣痛室に来たのは覚えています。

とにかく子宮口が開かなくてエネルギー切れになり『そろそろ母体が危ないので麻酔をしましょう』と、最後の最後に麻酔をしました。スーッと痛みが取れて張る感覚だけになりました。気持ちもだいぶまいっていたのですが、麻酔のおかげでかなり楽になりました。自分のつらさばかりに目が行き、赤ちゃんのことを考える余裕がなく、今思うと母になる覚悟がまだできてなかったのかもしれません。

いざ息子が生まれたときは自然と涙が出ました。
しかし、やっと生まれたと思ったら助産師さんや先生がバタバタしはじめ異変を感じました。分娩室には会陰切開したところを縫ってくれている先生と私だけ。『あの…赤ちゃんは?』と聞いても『大丈夫ですよ』の返事だけ」

仮死状態で生まれてきた長男くん

ゴミ清掃員マシンガンズ滝の妻 滝沢友紀さん インタビュー 仮死状態の息子
『ゴミ清掃員の日常 ミライ編』(講談社刊)より

「産後の記憶が曖昧なのですが、産後の処置が終わり陣痛室に戻った私は『信じよう』と言ったそうです。そのまま眠りにつき、5時間後起こされてNICUに面会に行くことになったのですが受け入れたくない気持ちと怖さで『今日は行けそうにありません』と言ってしまいました」

夫の前で落ち着いて振る舞う友紀さん

ゴミ清掃員マシンガンズ滝の妻 滝沢友紀さん インタビュー 仮死状態の息子
『ゴミ清掃員の日常 ミライ編』(講談社刊)より

「結局、助産師さんのすすめもありストレッチャーで横になったまま夫と義母、母とともに赤ちゃんに会いにいきました。管だらけの息子を見た瞬間、申し訳ない気持ちが溢れて涙が止まらず保育器に手を添えながら何度も『ごめんね』と言いました。もっと怖がらずに臨んでいたら、麻酔を使わなかったら……。『自分を責めないでね』と言われてもそのときはそういうふうにしか思えず、面会のたびに涙が溢れました。

日に日に元気になって管が取れ、1週間後にはじめて抱っこできたときのうれしさは今でもはっきりと覚えています。NICUのある大学病院で出産できたこと、すぐに対応して下さったこと。妊娠出産は奇跡の連続です。
このときのことを思い出すと、今元気にすごしている息子に感謝です」

「だれにも頼れなかった」産後休む時間が取れず産後うつに

――2人目の出産後、産後うつを経験した友紀さん。そのときの症状と、今だからこそ思う「ああしておけばよかった」などがあればお聞かせください。

「2人目出産は1人目のときのように後悔が残らないよう『絶対にいいお産にする!』という強い気持ちで臨みました。生まれる前からすごく楽しみでしたし、妊娠中も1人目ほど神経質ではありませんでした。つわりは同じようにつらかったですが(汗)。

陣痛中はおなかに声をかけながら、あれよあれよとお産は進み、病院に着いて5時間で会陰切開も促進剤もなく娘が生まれました。元気な産声を上げてくれて、今回は涙ではなく笑顔で『よく頑張ったねぇ!!』という言葉が最初に出ました。赤ちゃんと2人で頑張ったという充実感があり、いいお産を体験させてくれた娘に感謝の気持ちが溢れ、すべてが愛おしくてたまりませんでした。
実際、娘の育児自体はそんなに大変ではなかったです。すごくかわいかったですし、上の子のときのように余裕がなく汗だくになっていたのとは違い育児を楽しんでいました。

ただ、大変だったのは赤ちゃん返りをした上の子のお世話と頼れる身内がだれもいなかったことです。上の子の保育園のお迎えと簡単な家事は区のファミリーサポートさんにお願いできたのですが、数時間でも娘をお願いしてゆっくり休む(寝る)という時間がありませんでした。夫が家にいる時間も少なく『子どもたちのことは私が頑張るしかない』と、キッチンでしゃがみこんだりしながらごはんを作ったりしていました。それが続いた2ヶ月後、まず腕がしびれ、食欲がぐんと落ち、疲れているのに眠れなくなりました」

二足のわらじで忙しい夫に妻がヘルプを出すも…?

ゴミ清掃員マシンガンズ滝の妻 滝沢友紀さん インタビュー 産後うつ
『ゴミ清掃員の日常』(講談社刊)より

「常に体調が悪いのでひとりで育児をするのがプレッシャーになり、不安感や焦燥感が強くなりました。とにかく安心してだれかに子どもを預け休みたかったです。結局、息子を祖母宅に、まだ2ヵ月の娘は施設に預かってもらい入院をしました。2ヵ月弱の入院でしっかりと体を休めることで良くなりました」

友紀さんは産後うつと診断されて入院することに

ゴミ清掃員マシンガンズ滝の妻 滝沢友紀さん インタビュー 産後うつ
『ゴミ清掃員の日常』(講談社刊)より

「産後の傷ついた体、ホルモンのバランスの影響などもあったと思います。今だから思うことは、シッターさんなどに子どもたちをみてもらい自分が休む確保をすればよかったということです。金銭面のことがあったのですべて自分でやろうとしていましたが、もっともっとヘルプを出してだれかに手伝ってもらうことを悪いと思わず頼れば良かったなと思っています。産後うつを経た今は、積極的に頼れるところは頼るようにしています」

――2人目育児について、気をつけたことや1人目の育児と違った点をお聞かせください。

「2人目育児は1人目に比べると楽でした。娘は割と器用なタイプなのでそんなに手はかからなかったですし、かわいさを満喫していました。1人目は必死すぎて半年間くらいの記憶がありません(笑)。

下の子のお世話に加えて上の子のお世話を一緒にするのが大変でした。いつも『もうひとり手伝ってくれたら……』と思っていたのを覚えています。そのときばかりは本当に夫にいてほしかったです」

不安を抱えながらの友紀さんの41歳初出産は、息子くんが仮死状態で生まれてきたという壮絶な出産体験となりました。NICUで管だらけの息子くんを見た瞬間、自分のせいだと思いつめて涙がとまらなかったというエピソードは本当に心が傷みます。

また、2人目の産後に経験した産後うつも、忙しくしている夫に「つらい」と訴え続けることのむずかしさがひしひしと伝わってきました。これから出産を迎えるママは産後のサポート体制を少しでも整えるべく、夫婦でたくさん話し合っておきましょうね。後編では、夫婦2人の性格や、ゴミと暮らしにまつわる話をお聞きしました。(文・清川優美)

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