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85歳でなおトップメイクアップアーティストの小林照子さん「部屋なんかちらかってたっていいのよ」

内面からあふれて出る人間力が美しい、小林照子さん

メイクアップアーティスト、美容研究家、そして女性起業家の先駆者である小林照子さん。化粧品の開発やショップチャンネルの出演だけでなく、無償で未来の女性リーダーの発掘・育成に精力的に取り組んでいます。85歳を迎えた今も、働く女性として、母として、後に続く私たちの行く道を照らし続けています。

子育て、孫育てを終えて、一歩引いた場所から孫夫婦の子育てを見守り、2歳になるひ孫さんの成長に目を細める小林さんに2回にわたってお話を聞きます。

前編では、働く女性に理解の少ない時代にあって、子育てをしながら仕事をする道を選んだ小林さんの子育ての工夫、お嬢さんに対する想いを聞きました。

仕事を続けるために孟母三遷も厭わなかった

——— 小林先生にとって「働く」ということはどういうことでしょうか?

(小林さん 以下敬称略)私の若いころは、結婚したら、ましてや子どもをもったら、仕事を辞めるのは当たり前という時代でした。でも、私にとって仕事をするということは生き甲斐でした。また、子どものころからずっと、自分を食べさせる、親や家族を食べさせるために、一生仕事をしようと思っていました。だから、子どもを生んでもどこかに預けて働くという選択は当然のことだったわけです。でも当時は、保育園など子どもの預け先が今のように充実していなかったので、何人かの保育ママさんにお願いしたり、せっかく買った家を売って保育園の近くに引っ越したりしたこともありました。

——— まさに孟母三遷ですね。

小林:子どもを産んで育てているころは、仕事でも重責を担う立場になってきていましたから、子育てと両立するのにもう必死。仕事に対しての責任感はもちろん、「子どもをもった人はだめだ」「結婚した女はだめだ」なんて言われたくない。そういう思いだけで一生懸命やっていました。そのために、自分でやらなくていいことをどんどん削ぎ落していきました。その経験を基に、2018年に『これはしない、あれはする』(サンマーク出版)という本を出したくらい。

常に大切なことは何かを自分に問いかける

——— 性別、年齢を超えて多くの支持を集めました。

小林:女性は、つい「自分がやらなくちゃ」って思いがちですが、いつも自分にとって一番大事なことは何かを考え選べばいいのです。そんなことを詰め込んだ本でした。

——— 大事なことにどんな基準があるのでしょうか?

小林:例えば、洋服が脱ぎっぱなしになっていたり、洗濯機から取り出した洗濯物を畳まずに山のようになっていたりしても、今やらなくてもあとでできるじゃない? 持ち帰った仕事をやらなくてはならないなら、ちょっとくらい散らかっていてもそちらを優先する。散らかっていても死ぬことはない。娘が健康で生きていてさえくれたら、そういう基準でした。

——— 確かに散らかっていても死ぬことはないですよね(笑)

小林:娘が赤ちゃんのころは、今のように捨てられる紙おむつではなかったので、洗濯したり干したりする時間を省くために、家にはよそのおうちの2、3倍の布おむつがありました。いつも洗濯機にはおむつが入っていましたし、娘を預かってくれる何軒かのおうちにも置いてありました。そういうものにはお金をかけていたし、全自動洗濯機がでたときにも真っ先に買いました。布団乾燥機も電子レンジも、誰よりも早く買いましたよ(笑)。独身の友達が買う音のいいステレオより、私の替わりに洗濯してくれる全自動洗濯機の存在の方がありがたかったですね。

働く女性への理解は少なかったけれど

——— それでも働きながら子どもを育てるのは大変だったことは想像できます。何かエピソードはありますか?

小林:実はうちの娘(美容研究家の小林ひろ美さん)は、小学校に上がったときに時計が読めなかったんですよ。家で「今、何時?」って聞くと、「5時45分」ってちゃんと答えていたから、てっきり時計が読めるものと思っていたんです。でも、先生に「時計が読めないのはクラスでひろ美ちゃんだけです」と言われてびっくり! そういえばわが家はデジタル時計で、学校で習う長針と短針がある時計を娘は見たことがなかった。そういう時計を買いに行こうと思っても、仕事が始まる前も終わってからも時計屋さんは閉まっていますからね。結局買えないままに、時計の単元は終わっちゃっていた、なんていうこともありましたね(笑)。

——— 当時はまだ働く女性に対する理解も少なかったのではないですか?

そうそう。あるとき、夫が新聞に投稿された記事を見て、「うちと同じような子がいる」って言ったんですよ。「鍵っ子、あわれ」っていう見出し。読んでみたらまさにわが家のことでした(笑)。まだ「鍵っ子と遊んじゃいけない」みたいなことを言う人もいましたから、そういう意味では、娘にはずいぶん寂しい思いをさせたんじゃないかと思います。でも知らないうちに近所の市場で働いている人と知り合いになっていて、日曜日に娘と市場に出かけると、「あなたがひろ美ちゃんのお母さん?」なんて声をかけられることもありましたね。私はあまりかまってあげられなかったけれど、知らず知らずのうちに娘は社交性を身に付けていったのでしょうね。

一緒にいられなくても、子どもの心と命はしっかり守ると決めていた

——— そんななか、お嬢さんとどのようにかかわられたのでしょうか?

世間から「あわれ」と言われようと、娘とはとても密度の濃い時間を過ごしていたという自負があります。

例えば、やらなきゃいけない仕事があっても、どんなに部屋が散らかっていようと、娘が寝る前には毎日必ず童話を読んであげていたし、その日にあったことを聞いて一緒に泣いたり怒ったりしていました。朝は必ず娘の髪にリボンを結んであげることを日課にしていました。一緒にいられなくても、子どもの心と命をしっかり守ろうと決めていました。

——— お嬢さんは働くお母さんのことをどう思っていたのでしょう?

小林:もちろん小さいころは、「ママは家にいてほしい」と思っていたようです。でも成長して友達の親子関係を見ているにつれて、「うちのママは自由で理解力がある」と気づいたようです。そのころから私を応援してくれるようにもなりました。私が更年期の時期に、具合が悪くても仕事に出かけなくてはならないようなときには、仕事で使うメイクアップのかばんを持って付いてきてくれたこともありました。私の姿を見ながら、働く母親に対して思いやりをもってくれる子に成長していたんですね。


文・写真/米谷美恵

後編では、自分の母親、そして自分の子どもとの距離のとり方について、小林さんのご経験を基に心強いアドバイスをいただきます。



小林照子さん
Profile
1935年生まれ。美容研究家。メイクアップアーティスト。化粧品会社コーセーに35年以上勤務後、56歳の時に起業、美・ファイン研究所を設立。その後も、[フロムハンド]メイクアップアカデミー、青山ビューティ学院高等部を開校。近年は女性リーダー育成のための「アマテラス アカデミア」を開講。85歳を迎えた今もなおビジネスの第一線で活躍している。

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