「まさかママが…」親をがんで亡くした子の思いとは? 子どもの困難を跳ね返す力を引き出すプログラム、14年かけて日本に浸透
14年前、医療ソーシャルワーカーや臨床心理士、医師、チャイルド・ライフ・スペシャリスト、看護師といった有志の医療従事者たちが集まり、がんになった親を持つ子どものサポートを行う団体「HopeTree(ホープツリー)」を立ち上げました。以来、親の病気に対処する力を高めるプログラムや、がんで親を亡くした子どものためのプログラムなどを開催しています。
その活動内容と込められた思いを、HopeTreeの代表理事で、医療ソーシャルワーカーの大沢かおりさんに聞きました。
特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。
親をがんで亡くした子の思い「親の状況がわかるようにしてほしい」
「子どもに親の病気と向き合わせるのはかわいそう」
「病気のことを伝えても子どもは理解できず怖がらせるだけかも」
「親の病気のために、家族との大切な時間を妨げたくない」
「子供から、親が答えるのがつらい質問をされるかもしれない」
これらは、親ががんになった子どものサポートを行なっているNPO 法人 HopeTree(ホープツリー)が作成した小冊子「がん患者の家族を支える 親が病気の子どもたちの思い」に紹介されている「子どもを持つ親の声」です。
親が病気になったとき、「子どもに親の病気と向き合わせるのはかわいそう」「怖がらせるだけかも」などの思いから、子どもに病気について話すのをためらう親が多いことがわかります。
しかし、「子どものことを思って隠すことが、逆に子どもの心理的苦痛を増悪させてしまうことも少なくないんです」と言うのは、HopeTree代表理事で、医療ソーシャルワーカーでもある大沢かおりさん。
「自分自身ががんと診断され、傷つき戸惑っているため、『同じような思いをわが子にさせたくない』『親の病気の影響を子どもの生活に与えたくない』と思うのは無理もありません。
でも、家族や親戚の大人たちが病気について話さなくても、子どもは『家の中の何かが変わった』『何かを隠されている』と敏感に察知します。そうすると想像力がある分、現実よりもっと大変なことが起きているのではないかと不安が強くなったり、中には『自分のせいで親が病気になったのでは』と考えてしまう子どももいるのです」(大沢さん)
同小冊子には、小・中学生の頃にがんで親を亡くした人が、当時を振り返ったコメントも紹介されています。そこには「子どもの頃に受けたかったサポート」として、次のような声がつづられています。
● 親の状況がわかるようにしてほしい。
● 大人の家族が泣くし、どうしたらいいのかわからないのが伝わってきていたので、子どもにどう接したらいいのかを親にアドバイスをしてほしい。
● 子どもにとってほっとできる場所がほしい、頼ることができる場がほしい。
● 子どもが頑張っていることを認めてほしい。
● 普段通りの日常がおくれるようにさりげなく助けてほしい。
● 同じような体験をした人と話がしたい。
親が、治療内容なども含め知っていることを子どもに正直に話し、がんについて話し合うことで、子どもは不安や無用な誤解を持たずにすみます。また、「親が前向きな姿勢を見せることで、子どもも親のがんという事実を乗り越えていく力を得ることができることが多いです」と大沢さんは言います。
米国の支援プログラムを日本へ。その呼びかけに多くの医療従事者が賛同
大沢さんがHopeTreeを立ち上げたのは2008年のこと。それまで20年近く、東京共済病院の医療ソーシャルワーカーとして、多くの患者とその家族の相談に対応してきました。その中で大沢さんには、ずっと心に引っかかっていたことがあったそうです。それは、「ケアは患者本人に対するものだけで、病院内で患者の子どもに対するケアが全くできていない」ということです。
「親の診察や入院で病院について来る子どもたちの、放っておけない様子を見てきましたし、自分や配偶者ががんになったことや病状が重いことを、子どもにどう伝えるか悩んでいる親御さんにもたくさん会ってきました。心理的な負担を抱える子どもたちを、とても多くみてきました」(大沢さん)
そんな中、病院に新設されたがん相談支援センターの運営を任されるようになった大沢さんは、テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターの「がんになった親とその子どもを支援するプログラム」を作ったマーサ・アッシェンブレナーさんに話を聞く機会を得ました。米国ではすでに、親が病気になった子どもの心理状況やケアの必要性、さらには具体的なケア方法などについて、さまざまな取り組みがされていたのです。
「日本の患者さんと医療関係者にもこれを知ってほしい。届けたい!」と考えた大沢さんは、さっそく翌2008年7月、運営に携わっていた患者会主催で、アッシェンブレナーさんを日本に招き、その活動を紹介する講演会を開催しました。
患者会主催の講演会には患者本人やその家族が多く参加する傾向があるそうですが、この講演会には多くの医療関係者が来場。「こんなに多くの医療関係者がこの問題に関心をもってくれていたんだ」と驚き、感銘を受けたそうです。
すぐに講演会に参加した医療者に向け、「日本でも子どもたちのためにできることから始めていこう」という呼びかけのメールを送ったところ、多くの医療関係者が賛同。そして、医療ソーシャルワーカー、臨床心理士、看護師、医師、チャイルド・ライフ・スペシャ リストなどが集まって、翌8月にHope Treeが設立されたのです。
2015年からは「特定非営利活動法人Hope Tree」となり、現在も広く活動を続けています。
子どもに対して「がん」という言葉を使うことについて
もしも自分ががんになってしまったら、実際、どのように子どもそれを伝えれば良いのでしょう。その問いに大沢さんは「3つの『C』を念頭に置いて話すと、わかりやすく安心を与えながら伝えられます」と答えてくれました。
3つの「C」とは「Cancer(がん)」「Catchy(伝染)」「Caused(原因)」のこと。まずは子どもに「がん」という病名を隠さずに伝えることが基本となります。
「子どもにがんのことを隠していると、子どもたちは想像をふくらませて、事実よりもっと恐ろしいことを考えてしまう場合もあります。『がん』という言葉を使うことを恐れず、がんが体のどの部分にあるか伝え、可能ならイラストなどで見せて示してあげてください。
治療によって起こるかもしれない体の変化(脱毛、疲労感、体重減少など)も前もって伝えることで、子どもたちが受け止めやすくなります」(大沢さん)
2つめの「Catchy(伝染)」は、がんが伝染しないことを伝えるということです。
「子どもにとって病気の代表例は風邪などの感染症です。最近なら、コロナウイルス感染症を思い浮かべる子どももいるでしょう。そして、がんが自分にうつるのではという恐怖を感じる子もいます。親のがんは子どもにうつらないと説明することは、子どもを安心させるために非常に霊要なポイントです」(大沢さん)
最後の「Caused(原因)」は、子どもや親のしたことが原因でがんになったのではないことを伝えるという意味です。親ががんになったことを、「自分が悪い子だからがんになってしまった」と思い込む子どももいるのだそうです。がんになったのは誰のせいでもないことを説明することで、子どもはより安心できると言います。
子どものレジリエンス(困難を跳ね返す力)を引き出すプログラム
Hope Treeでは、こうしたさまざまな情報をホームページで発信する他、医療者向けの養成講座やワークショップを開催。さらに、がんの親を持つ子どものためのプログラムも独自で開催しています。
プログラムは2つあり、その1つが「CLIMBⓇプログラム」と呼ばれるものです。
「CLIMBⓇプログラムは、アメリカで広く用いられている、がんの親をもつ子どものためのサポートグループのプログラムです。プログラムの対象は、がん治療中の親をもち、親ががんであることを伝えられている学齢期の子ども(小学生)。並行して親グループにも開催しています」(大沢さん)
自分自身やがんにまつわる話を皆で共有したり、一緒に工作などをしたりします。さまざまなアクティビティを通して仲間とつながることで、レジリエンス(困難を跳ね返す力)を引き出し、親の病気に関連するストレスに対処していく能力を高めることを目指します。
「CLIMBとは『Children's Lives Include Moments of Bravery』の略で、『子どもはいざというとき、勇気を示します』という意味があります。子どものそうした力を信じて、引き出すプログラムです」(大沢さん)
Hope Treeでは全国の機関で「CLIMBⓇプログラム」を開催することも支援しており、2020年までには9都府県11医療機関で同プログラムが開催されました。2012年からは毎年、ファシリテーター養成講座も開催しています。
もう1つのプログラムは、親との死別が避けられない子どもに対する教育プログラム「バタフライ・プログラム」。子どもに死について理解を促すこと、工作を通じて子どもが気持ちを表出し、子どもがもつ力を引き出すことを目的としています。
「子どもの年齢によって死のとらえ方は異なります。2歳くらいの子どもはまだ死を理解できませんが、世話をする周囲の大人の不安は感じ取っています。2〜6歳くらいでは、死んでも元に戻ってまた会えると考えることがよくあります。また、7〜11歳くらいになると、死を怖いものと感じたり、他の大事な人も死んでしまうのではないかと過度に心配することもあります。
子どもの年齢やがんについて聞いているかどうか、親の病状、兄弟姉妹がいるかどうかなどを踏まえ、一人一人に合わせてアレンジしながら実施するプログラムです」(大沢さん)
そして、2022年夏からは新たに、親に向けたプログラム「CLIMBⓇ親プログラム」もスタートする予定だそうです。
「CLIMBⓇ親プログラムの重要な目標は、親ががんであることに関連する悩みに子どもが向き合うのを、親自身が手助けできるようにすることです。子どもの発達段階に関する基本的な情報やストレスを管理する方法、親子のコミュニケーションを改善するテクニック、子どもの反抗的な行動に対処するために役立つテクニックなどを教えます」(大沢さん)
HopeTreeのホームページには、プログラムの情報に加え、「がんについて子どもと話をするときのヒント」「思春期の子どもを支援するための助言」など、多くの具体的なアドバイスが掲載されています。
冒頭で紹介した小冊子「がん患者の家族を支える 親が病気の子どもたちの思い
」のオリジナル資料も無料でダウンロードできるようになっています。
NPO法人Hope Treeでは多くの患者さん、がんの親を持つ子どもたち、ご家族へ必要な支援や情報をより広く届けるための寄付を受付中です
▼NPO法人Hope Tree 寄附ページ
写真提供/NPO法人Hope Tree 取材・文/かきの木のりみ
大沢かおりさん
NPO法人Hope Tree代表理事、医療ソーシャルワーカー、社会福祉士、精神保健福祉士
神奈川県鎌倉市生まれ。父の転勤に伴い、9歳から5年間ニューヨークで暮らす。
上智大学文学部社会福祉学科を卒業後、91年から東京共済病院にて医療ソーシャルワーカーとして勤務。
2003年、乳がんと診断され、乳房温存手術、ホルモン療法、放射線療法を受ける。
2007年、東京共済病院に新設されたがん相談支援センターの専任となり、現在に至る。
2008年、がんになった親とその子どもを支援する任意団体「Hope Tree」を設立。2015年にNPO法人化し、サポート活動を実施。
NPO法人Hope Tree Facebook :hopetree44