出生前検査のNIPT実施認証施設が3倍以上に。何が変わった?今後の課題は?
2022年秋に、妊婦の血液からお腹の中の赤ちゃんの染色体異常を調べるNIPT(非侵襲性出生前遺伝学的検査)を行う施設として、新たに204の医療機関が認証されました。現時点では414施設であり、旧制度時代に比べて3倍以上に。認証施設増加でこれまでと何が変わったのか、妊娠・出産を専門にするジャーナリストの河合蘭さんに聞きました。
NIPTは三つの先天性疾患の可能性を判定。でも病気を確定するものではない
――お腹の赤ちゃんの検査は、すべて出生前検査ということでしょうか。
河合さん(以下敬称略) そのとおりです。正確には、赤ちゃんが生まれる前に行うことができる検査は、すべて出生前検査といえます。
妊婦健診で妊婦さん全員が受ける検査(普通の超音波検査)は、基本的には「赤ちゃんの成長などを見るだけ」とされていますが、時々、偶然に病気が見つかることがあります。
ただ、一般的には希望した人だけが受ける検査のほうだけを「出生前検査」と呼ぶことが多いようです。こちらは自分で考えて決めなくてはならないですし、どの産科施設でも受けられる検査ではありません。
――以前は「出生前検査」ではなく、「出生前診断」と呼ばれることが多かったように思います。
河合 「診断」とは病気があること、どんな病気かはっきり確定することです。出生前検査は、以前は病気が「はっきり診断できる検査(確定的検査)」しかなかったのですが、今では病気がある「可能性を示すだけの検査(非確定的検査)」がいろいろできています。
そこで、可能性しか示さない検査を診断できる検査のように呼ぶのはおかしいので、呼び名が変わってきたのです。日本では、2013年に臨床研究という形で始まったNIPT(非侵襲性出生前遺伝学的検査)は、病気がある可能性を示すだけの非確定的検査ということになります。
NIPTは日本でスタートしたころに新聞社が「新型出生前診断」と呼んで、この名称が広がりました。NIPTは精度が高いという特徴がありますが、確定診断になるほど高いわけではありません。
――NIPTはどのような検査ですか。
河合 私たちの体を流れる血液にはDNAのかけら(セル・フリーDNA;cfDNA)が混ざっているのですが、妊婦さんの場合は胎盤のセル・フリーDNAも少し混ざっています。そして胎盤は受精卵から発生したものなので、基本的に胎児と胎盤のDNAは同じなのです。
NIPTはそこに着眼した検査で、妊娠9~10週以降に、妊婦さんの腕から血液を採取します。
調べる病気としては、現時点で専門家の間でデータが十分にあると認められているのは、21トリソミー(ダウン症)、18トリソミー、13トリソミーです。採血後1~2週間で結果がわかり、料金は10万円弱~20万円程度です。
――NIPTを受けて陽性とされたら、本当にその病気があるかどうかを知るには、絨毛(じゅうもう)検査や羊水(ようすい)検査を受ける必要があるのですよね。なぜ、診断できない検査を受けるのですか。
河合 「だったら最初から確定的検査を受ければいいのに」と考える方はいますし、実際にそうすることもできます。
でも、確定的検査はお腹に針を刺して絨毛や羊水を採取するため、感染や出血、流産のリスクがあります。その確率は羊水検査で約0.3%、絨毛検査で約1%といわれています。
非確定的検査は「陰性」と判定されたらそれは非常に正確なので、ほとんどの人はそれ以上の検査を受けません。
出生前検査に悩む妊婦・家族への支援体制を強化するために認証制度を開始
――NIPTの認証施設が昨年秋に約3倍に増えました。
河合 認証制度が開始されたのは、検査前後のサポート体制をしっかりしたものにして、妊婦さんとその家族に出生前検査のことを正しく理解してもらうためです。検査数を増やすためではなく、出生前検査に悩む人が相談できる体制を整えることが目的です。
出生前検査はどの検査も義務ではないので、受ける・受けないの判断、病気がわかったらどうするかは、妊婦さんとその家族がそれぞれの考えに沿って決めることになります。だから、検査前後に十分な時間をさいて、中立の立場からていねいに説明することが欠かせません。検査前なら、妊婦さん本人や家族の状況、赤ちゃんの所見などから、NIPTを受けるのがいいのか、ほかの検査がいいのか、ひょっとして何もしなくてもいいのかなど、いろいろな選択肢を検討することができます。
認証施設には、そうした対応が求められています。
――認証外施設で行われているNIPTに問題があると報道されているのはなぜですか。
河合 NIPTは血液を採って検査会社に出せば結果が出てしまう検査です。医師に特別な知識や技術がいらないため、2010年代後半から、妊娠とも胎児疾患とも無関係な内科、美容系の皮膚科などでNIPTを行う認証外施設が全国に広がりました。認証外施設の場合、検査前後の説明はごく簡単になり、結果はメールや郵送で知らされ、陽性となっても相談はいっさいなしということもあります。
NIPTを行って陽性の判定が出たら、認証施設を自分で探して専門家に会うという方法もとれますが、認証施設の医師たちによると、そうする人は少ないようです。では、この状況になった妊婦さんはどうしているのか?ということになりますが、その実態は、まだだれも把握していません。陽性になったあとという、専門家のサポートが最も大切な場面で妊婦さんが孤立しやすいのが、認証外施設の大きな問題点です。
また、認証施設は精度や意義を考えて、NIPTの検査対象を21トリソミー(ダウン症)、18トリソミー、13トリソミーの三つに限定していますが、認証外施設ではそれ以外の疾患の検査も実施していることがあります。一方、認証施設にいる専門知識のある医師たちは、それらの検査の陽性的中率はかなり低く、検討課題がまだ多い検査だとして実施していません。
――2022年春に、認証施設でNIPTを受けられる妊婦さんの年齢制限がなくなりました。
河合 新制度では、遺伝カウンセリング後も不安が消えない妊婦さんには、年齢を問わずにNIPTを実施するとしています。以前の認定基準には、認定施設でNIPTを受けられるのは35歳以上という年齢制限がありました。
旧制度に制限が設けられていた理由は、若い人を対象にした検証データの不足とされています。出生前検査には以前からよく35歳という年齢制限が出てきます。それは、羊水検査の場合、35歳未満の妊婦さんは、病気を発見できる率より流産のリスクのほうが高くなるからです。
また一般的に、新しい医療行為は実施できるマンパワーが限られるため、開始当初は人数を減らそうといろいろな制限が必要になることもあります。しかしNIPTは認証施設が増えましたし、遺伝カウンセリングがある認証施設に行ける人を増やしたほうがいいのではないでしょうか。
――認証外施設での不必要な検査を規制したり、遺伝カウンセリングを必須にしたりするなどの指導はできないのでしょうか。
河合 国は、専門委員会の報告書で「出生前診断には産婦人科医の関与が必要」「説明や遺伝カウンセリングが不可欠」と書いています。しかし、現状では認証外施設へ介入する法的根拠はありません。
希望すれば電話相談ができるようになった認証外施設は一部に出ているので、そうした認証外施設が増えていく形での改善はあり得るかもしれません。
産科医と小児科医が連携して、生まれつきの病気を持つ赤ちゃんをサポート
――NIPTの認証施設には、検査前後の不安や悩みの相談に乗ったり、さまざまな情報を提供したりする「遺伝カウンセリング」が行われます。さらに、昨年春からは「出生前コンサルト小児科医」も設けられました。それぞれどのような人が担当するのでしょうか。
河合 「遺伝カウンセリング」は、染色体や遺伝子の問題がかかわる病気について専門的な勉強をした産科医や小児科医などの医師(臨床遺伝専門医)、認定遺伝カウンセラー®が行います。出生前検査の方法や限界の説明がメインですが、それだけではなく、赤ちゃんの病気に関すること、自分自身や家族の病気のこと、妊娠・出産やその後の子育てについても相談に乗ってくれます。
一方、「出生前コンサルト小児科医」は妊婦さんが直接連絡を取れるように連絡先が知らされます。病気そのものや子どもが生まれた後の生活について情報を提供し、出生前検査の意思決定を助けてくれます。
――出生前コンサルト小児科医ができたことで、赤ちゃんがお腹の中にいるときから小児科医とかかわれるようになり、先天性疾患のある赤ちゃんのケアやフォローが厚くなったということですか。
河合 そのように考えていいと思います。お腹の赤ちゃんが病気と言われたら、それがどんな病気で、できることは何かをよく知っている専門家の話を聞くことで、難しい決断の結論は変わるかもしれません。病気があるとわかって産むことを決めるご家族は、その先生との関係が出産後も続くかもしれません。
産科医は病気の赤ちゃんをずっと治療していく医師ではありません。小児科医が連携することで、そうした遺伝カウンセリングが可能になります。
母子健康手帳の配布時に、自治体が出生前検査に関するチラシを提供
――出生前検査を受ける・受けないの判断や、検査が陽性になったときにどう考えるかなどについて、夫婦(カップル)でよく話し合うためにも、正しい情報を得ることが欠かせません。
河合 ほとんどの人は「妊娠すれば順調に元気な子どもが生まれる」というイメージが強いものです。でも、妊娠したらだれにでも赤ちゃんに何か予期していないことが発生するリスクがあります。妊婦健診の検査だけでいいのか、それとも自分が決める検査である出生前検査も何か受けるのか、それはなかなか難しい問題です。「プレコンセプションケア(妊娠前の健康管理)」の一環として、先天性疾患や出生前検査について学校教育で教えるべきです。実際、現代社会や保健体育、家庭科の教科書には載っているのですが、十分に教えている学校は残念ながらごく少数です。
現在、妊婦さん全員がかかわるものとしては、母子健康手帳をもらうときに自治体の保健師さんから受け取るチラシがあります(自治体による違いがあり、まだ渡されていないところもあります)。でも、出生前検査の話を聞きたくない場合は「出生前検査の情報は不要です」と断って大丈夫です。反対にもっと詳しく情報を知りたい人は、WEBサイトやその地域の専門家などの情報を教えてもらえます。そうすれば、出生前検査を考えている妊婦さんが、中立的なよい情報をもとに検討を進めていけます。このように、妊婦さんへのいろいろな支援が始まりつつあるので、出生前検査について正しく理解したうえで、自分たちはどう考えるのか、お互いが納得するまで、夫婦(カップル)で話し合ってほしいと思います。
お話・監修/河合蘭さん 画像提供/日本医学会出生前検査認証制度等運営委員会取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
妊婦とそのパートナーは、生まれつきの赤ちゃんの病気についてと、出生前検査でわかることについて、正しく理解することが大切だとのこと。さらに、わからないことや不安なことなどを相談できる専門機関などがあることも、しっかり知っておきましょう。
河合蘭さん(かわいらん)
PROFILE
妊娠・出産、不妊治療・新生児医療を取材してきた、日本で唯一の出産専門フリージャーナリスト。「出生前検査認証制度等運営委員会」のWEBサイト一般向けページを取りまとめる。国立大学法人東京医科歯科大学、聖心女子大学、日本赤十字社助産師学校非常勤講師。『出生前診断』(朝日新聞出版)など著書多数。
●この記事の中では「おなか」→「お腹」と記しました。
●記事の内容は2023年4月の情報であり、現在と異なる場合があります。