長男を病院、二男を助産所で出産した映画監督に聞く。「夫は羊水をバシャッと浴びました」【吉田夕日監督インタビュー】
現在、8歳と6歳の男の子を育てるママである吉田夕日監督。第1子は病院、第2子は助産所での出産を経験しています。第2子の出産をきっかけに、病院以外での出産を選んだ妊婦たちと助産師の姿を記録したドキュメンタリー映画『1%の風景』を制作した吉田監督に、病院と助産所での健診や出産の違いなどについて話を聞きました。全2回のインタビューの1回目です。
第1子出産、夫は立ち会って出産を撮影してくれた
――第1子の妊娠中のときのことを教えてください。
吉田監督(以下敬称略) 当時は業務委託の番組制作ディレクターとして、かなり忙しくしていました。妊娠がわかってからは仕事量をセーブして現場に入るのを控えるように。1人目の妊娠中はつわりもほとんどなく、経過は順調でのんびりぼんやり過ごしていました。
出産を予定していた病院と自宅近くの産婦人科クリニックがセミオープンシステムという連携をとっていたので、妊娠15週から34週くらいまではクリニックで、出産間近になったらお産をする病院で妊婦健診を受けました。臨月の直前まで自宅近くのクリニックに通えて助かりました。
――初めての出産にあたって不安はありましたか?
吉田 あんまり不安はなく、どんなお産になるのかなって楽しみな気持ちのほうが大きかったです。だから事前に陣痛の逃し方とかも全然調べてなかったんですが・・・ぶっつけ本番で実際に本陣痛が来てみたら、もう大変(笑)。よく聞く「鼻からすいかが出るくらい痛い」って本当ですね。自分は痛みに強い自信があったんですけど、全然そんなことないと思い知り、弱々しい自分に出会った瞬間でした。
――夫さんは立ち会えましたか?
吉田 はい、立ち会いました。夫は同業者なので、陣痛中からカメラで撮影をしてもらっていたんです。いま思えば、夫にとっても初めての出産だったので、陣痛に苦しむ私をどうサポートすればいいのか、わからずに戸惑っていたと思います。いざ出産本番となると私も不安が募ってきて、お産が全然進まなくなってしまい14時間くらいかかりました。生まれた赤ちゃんを胸に抱いたときには、ようやく会えた感動と、ようやく終わった安堵、両方の気持ちで胸がいっぱいでした。
私の両親も生まれる少し前にかけつけて立ち会ってくれたんですが、私の父が、出産を撮影している夫の姿を写真に撮っていました。彼もずっとそばで見守ってくれていたという、大切な記念になっています。
見学した助産所は住宅街にある普通の一軒家だった
――吉田監督は第2子を助産所で出産したそうですが、助産所を選んだ理由やきっかけを教えてください。
吉田 本当は上の子と同じ病院で産むつもりだったんですが、引っ越したために近くの病院を探すことに。でも新居近くの病院は、お見舞いは家族のみとか、分娩中は撮影禁止といった規制が多く厳しかったんです。
自分が出産する場所について、もう少し考えてみたいと思いはじめたころに、仕事仲間から自宅出産したという話を聞きました。病院で産むことが当たり前だと思っていたけれど、出産場所にもいくつかの選択肢があるんだ、と知って驚きました。それまでそんな発想が全然なかったので。それでいろいろと調べてみたら、自宅近くに分娩を取り扱う助産所があるとわかり、見学させてもらうことにしました。
――初めて助産所を見学してみてどう感じましたか?
吉田 小さいクリニックのような外観かと思っていたら、住宅街にある普通の一軒家だったんです。玄関のチャイムを鳴らすと、出迎えてくれた助産師の渡辺さんはとてもやわらかい印象の人でした。渡辺さんはまず助産所のしくみについて説明をしてくれました。助産業務ガイドラインというものがあり、その指針に沿って分娩を取り扱うこと、妊娠経過が正常から逸脱していればすぐに連携している医療機関に転院になること、助産所では医療処置ができないため万が一の事態には連携医療機関に搬送されること、などの説明がありました。
渡辺さんは「助産所もいろいろあるから、ほかのところも見学したらいいわよ」と言ってくれ、実際いくつか見学に行ったんですが、やっぱり初めに見学した助産所で産みたい、と思い、お願いすることにしました。
時間をかけた妊婦健診で、小さな不安も相談できる
――妊婦健診の違いはどんなところでしたか?
吉田 私がお世話になった助産所では1時間くらいかけて妊婦健診をします。体を触ってむくみがないか、おなかを触って張りがないかを診て、マッサージもします。そうやって触診しながら、世間話をするんです。助産師の渡辺さんとのおしゃべりの中で、自分でも気づいていないような小さな不安や、自分自身の考えが整理されていく感覚がありました。
私が1人目で経験した病院の妊婦健診では、医師と話す時間は10〜15分程度だし、助産師さんに腹囲などを計測してもらう間も「こんなこと聞いてもいいのかな」と遠慮してなかなか質問できないこともありました。そんなふうに、病院と助産所では妊婦健診の時間のかけ方が大きく違いました。
映画の撮影にあたって取材をする中で知ったのは、助産師さんは妊婦さんの体に触れたり、世間話をしながら、妊婦さんの人となりや情報を把握するそうです。お産のようなある意味極限の状態では、その人となりがすごく出ます。その人の性格や思考、痛みへの強さや弱さ、痛みを表に出せるか隠すのか・・・。その人が出産のときにどういう状態になりそうかを予測するために、助産師さんはなんでもないような世間話から、その人の情報を得ているそうです。
――吉田監督が助産所で妊婦健診を受けていた第2子妊娠中の経過はどうでしたか?
吉田 妊娠の経過は順調だったんですが、私の仕事が業務委託のフリーランスだったので、仕事に対する将来的な不安がありました。1人目がまだ小さいうちに、2人目を妊娠したので、先々の仕事に対する将来設計をどうしたらいいのかあせる気持ちがありました。そんな不安を、妊婦健診で少しずつ助産師の渡辺さんに聞いてもらいました。
渡辺さんはたくさんの女性の生き方を見ているので、私の悩みに対して「こんな人もいたわよ、あんな人もいたな~」といろんな女性たちの話をしてくれました。そんな話を聞いていて、つまずいているのは自分だけじゃないんだな、とちょっとほっとしましたし、自分の中にも答えが見えてきて、少しずつ産後の心構えも整っていったと思います。
第2子出産のときに羊水を浴びた夫
――実際、助産所での出産はどうでしたか?
吉田 2人目は、夫の仕事の都合や上の子のお世話など、いろんなことを考えていたせいか、なんだか精神的な余裕がなかったようで、前駆陣痛(ぜんくじんつう)はきてもなかなか本陣痛にならなかったんです。「陣痛かも・・・」と思って助産所に行き「やっぱり違った」と自宅に戻るようなことを繰り返していました。
私がお産に集中していないことに気づいた助産師の渡辺さんは「お産っていうのはうんちもおしっこも涙も全部出てからじゃないと始まらないのよ」と話してくれました。それで私もはっとして、涙が『つーっ』とこぼれたんです。
助産師さんのひと言で、ごちゃごちゃ考えていたことが取り払われて、すっきりしました。そして泣きべそをかきながら、コーラを飲んで何年ぶりかにポテトチップスをやけ食いしてふて寝しました(笑)。そしたら翌朝におしるしがあって、そこからどんどん陣痛が進んだんです。
――2人目の出産に夫さんは間に合いましたか?
吉田 夫は上の子を保育園に送ったあと、自宅で洗濯物を干している最中でした。「もうすぐ生まれるよ」と電話したら、自転車ですぐ駆けつけてくれました。
夫は今回もカメラを回していたんですけど、助産師さんの隣で、横向きに寝ている私の足を持ち上げてくれました。そしてあっという間に第2子が誕生。3930g、52cmの男の子でした。私の足を持ち上げてくれていた夫は、二男が生まれてくるときに「バシャッ」と羊水を浴びたそうです。
病院と助産所での出産を経験して感じた違い
――病院と助産所、それぞれの出産を経験してどんなことを感じましたか?
吉田 私的にはどちらもベストな選択だったと思います。初めての妊娠・出産では助産所での出産にチャレンジできたかはわかりません。1人目を病院で出産した経験があったから、2人目で助産所を選択できたんだろうなと思います。
――助産所での出産にあたって、夫さんとはどんな話をしましたか?
吉田 日本では99%のお産が医療施設で⾏われているそうです。そこで1%の選択をするには夫とお互いの両親の理解も必要でした。助産所とはどんな場所で、どういう人がどんなかかわりをしてくれるのかを夫に話し、妊婦健診に一緒に来てもらい、助産師の渡辺さんとすぐ連絡が取れるような関係性を築いてもらいました。そういう意味では、妊娠期間中からの夫のかかわりは第1子のときより多かったと思います。
私はどちらも経腟分娩で安産だったので、そこだけ見ていたら夫には違いがわからなかったかもしれません。でも第2子のときに出産前から渡辺さんと一緒にお産にかかわった経験から、いろんなことの理解が深まったんじゃないかな、と思います。夫は育児でわからないことや不安なことがあったとき、「渡辺さんに聞いてみよう」と言うんです。渡辺さんは夫にとっても頼れる存在。夫婦ともに信頼できる助産師さんと出逢え、関係が築けたのは、やはり助産所で産んだからこそなのかもしれません。
お話・写真提供/吉田夕日監督 写真/©︎2023 SUNSET FILMS 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
第2子を助産所で出産した経験から、助産師の仕事を記録したい、と映画の制作を決めた吉田監督。助産所や自宅での出産という1%の選択をした4人の女性と助産師の姿から、さまざまな命の誕生を見つめます。2回目のインタビューの内容は、助産所が減少していることや映画についてです。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年10月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
吉田夕日監督(よしだゆうひ)
PROFILE
東京生まれ。東京都立晴海総合高等学校を卒業後、フランスへ留学。2004-2005年映画専門学校のESEC PARISに在学。フリーランスの映像ディレクターとして制作会社テレビマンユニオンに参加。老舗旅番組「遠くへ行きたい」など、日本国内の風土や伝統工芸・食をテーマに取材。第2子を助産所で出産した事をきっかけに、初のドキュメンタリー映画『1%の風景』を制作する。
『1%の風景』
助産所や自宅での出産を決めた4人の女性と、サポートする助産師の日々を見つめたドキュメンタリー。11月11日(土)よりポレポレ東中野ほかで全国順次公開。
監督・撮影・編集:吉田夕日
出演:渡辺愛(つむぎ助産所)、神谷整子(みづき助産院)
撮影:伊藤加菜子 音楽:高田明枝 マリンバ演奏:布谷史人 サウンドエディター:井上久美子 製作:SUNSET FILMS 後援:公益社団法人日本助産師会 宣伝デザイン:中野香 配給・宣伝:リガード こども家庭庁こども家庭審議会 推薦
2023/日本/106分/DCP/ドキュメンタリー
©2023 SUNSET FILMS