助産所や自宅での出産といった1%の選択をする女性たち。「命の始まりの物語」から見えてくる大切なものとは?【映画監督・吉田夕日インタビュー】
日本では病院やクリニックだけでなく助産所でも出産を取り扱っています。しかしお産のほとんどは医療施設で行われ、助産所の数も全国的に減少傾向にあるそうです。病院以外での出産を選んだ妊婦たちと助産師の姿を記録したドキュメンタリー映画『1%の風景』。第2子を助産所で出産した経験をきっかけに、この映画を制作した吉田夕日監督に、助産所で出産する人が少ない理由や、映画の撮影で感じたことなどについて聞きました。全2回のインタビューの2回目です。
出産・育児と仕事とのジレンマに悩む女性
――日本では99%のお産が医療施設で⾏われ、助産所や自宅で出産する女性は1%以下だそうです。このことにはどんな要因があると考えますか?
吉田監督(以下敬称略) フルタイムで働く女性が増え、妊娠する年齢が上がっていることも大きな要因の一つだと考えます。高齢出産になると合併症などのリスクが高くなります。助産所は正常な妊娠経過のお産しか取り扱えないので、ハイリスクな妊娠・出産の場合は、母子の命と安全を守るために高度な医療行為が可能である病院を選択することになります。そういう意味で、女性の初産年齢が高くなったことが、助産所での出産が減っている要因にもなっていると思います。
――高齢出産、計画分娩、無痛分娩が増えているようですが、働く女性の増加とも関連しているでしょうか?
吉田 うーん、でもこの状況って、今の女性たちが苦しんでいるところでもあるのかなと思います。仕事への誇りもあるし、収入も大事。経済的なことやキャリアを考えると、出産後はなるべく早く仕事に戻るのが最善だと思うじゃないですか。私もずっとそう思っていたし、第2子出産のときには仕事復帰へのあせりもありました。
でも赤ちゃんを産んだあとで、人によってはもう少し一緒に過ごしたいな、と思うこともあると思うんです。そんな気持ちを押し込めて、少しでも早く仕事に復帰するために0歳児のときから保育園に預けなければならないこともありますよね。生まれてきた命とゆっくり向き合う時間が限られてしまっていることで、苦しんでいる女性もいるような気がします。
もちろん、仕事をすることで育児との精神的なバランスが取れる人もいるだろうし、私自身も仕事も育児もあるからこそすごく充実しています。でも、社会がもう少し出産や子育てに対する時間的な余裕を与えてもいいんじゃないかな、と思うこともあります。
妊娠・育児は「待つ」感覚が大切
――助産所での出産を選択する女性の親族などは、医療施設での出産でないことを心配する人もいるのでしょうか。
吉田 今回取材した中で、妊婦さんの母親が助産所での出産に反対することが多いと聞きました。助産所というと何もないところで産むようなイメージが先行しているようです。実際は嘱託医療機関と連携して、定期的に妊婦健診をきちんと行い、正常な妊娠経過を経て安全に出産できることが担保された人だけが助産所で出産できるんですが、そういう過程があることを知らない人が多いようです。
東京はとくに周産期母子医療センターの整備が進んでいて、万が一の場合の搬送も病院と連携が取れます。でもそういったことを知らないと、何かあったらどうしよう、と不安に思いますよね。
私の母も病院で出産したので、助産所についてはあまり知りませんでした。当初は不安を抱いていたと思いますが、助産所を見学して、医療施設とどんな連携が取れているのかなどの説明を受け、母も納得してくれました。
――映画の中には助産師さんの「待つことが好き」という言葉や「待てる助産師が増えれば、お母さんに育っていく女性が増える」という言葉が出てきます。「待つ」ことについてどう考えますか?
吉田 育児をスタートしてみて気がつくのは、子育てって少しも計画どおりにはいかないし、子どもはこちらが思ったようには動いてくれないし、せかすとかえって時間がかかったりするということ。それに子どもの成長って、急がせることができないものですよね。だから「待つ」感覚を妊娠期から自分の中に取り入れていけると、もう少し育児に対しても気楽に向き合えるようになるんじゃないかな、と思います。
もう一つ、映画の撮影中に感じたのは、待つことの意味深さです。助産師さんは赤ちゃんが生まれてくるまでの間、ただじっと待っているわけじゃありません。出産に備え栄養のある食事を作って食べ、しっかり睡眠をとって体力をつける、シンプルな日常をていねいに積み重ねています。
そんな助産師さんの姿勢から、育児のヒントをもらえた気がします。子育てしていると、いい親になろうとか、子どもにいい教育を与えたいとかいろいろと考えるものですが、もう少しシンプルに、ただ日常生活を楽しくていねいに暮らすほうが親子の関係も良好になるのかな、と気づきました。
下の子をおんぶして映画を撮影した
――今回、映画の撮影に4年間かかったそうです。下の息子さんが6カ月のころからおんぶして撮影していたそうですね。
吉田 はい。第2子の出産を経験して助産師さんの仕事をもっと知りたい、きちんと記録しておきたいと思って、下の子をおんぶして助産所に通い、取材や撮影をさせてもらいました。助産所なので、赤ちゃんがいても全然迷惑がられないし、その辺に寝かしておいてもみんなが面倒を見てくれて、助かりました(笑)
映画に登場するのは4家族ですが、取材は10家族くらいしています。本業の番組制作ディレクターの仕事でテレビの旅番組やグルメ番組のロケに行ったりしながら、並行して映画を撮っていました。それで撮影に4年の時間がかかりました。お産が近い妊婦さんがいるときには映画のほうに集中し、陣痛の連絡が来たらすぐ駆けつけられるようにしていましたが、連絡をもらってすぐに向かっても間に合わないケースがいくつもありました。
中でもオープンシステムといって、妊婦健診は自宅や助産所で受けて、出産時には連携病院で助産師と一緒に産むことができる制度があるんですが、このシステムを選択している妊婦さんはお産の進みが早くて、いつも撮影に間に合いませんでした。妊娠中から関係性ができている助産師さんと一緒に、医療設備の整った病院で産めるので、すごく安心感があるようです。
――この映画をどんな人に見てほしいですか?
吉田 先入観なく、男性にも、出産経験のない女性にも見てほしいですし、親子で一緒に見てもらえるのもうれしいです。
私は、映画の中にある「人は1人で生まれて1人で死んでいくけど、だれかそばにいるといいんじゃないかな」という助産師の渡辺さんの言葉がすごく好きです。人生のスタートの物語は一人一人まったく違うと思います。自分の人生の始まりを親子で一緒に振り返って、自分がだれかに大切にされて生まれてきたと知ることは、子どもの人生をすごく豊かにしてくれるのではないでしょうか。
それに、妊娠・出産ってどこか女性のものというか、プライベートなものとしてあまり共有されていないように感じますが、命の始まりの物語はもっと老若男女問わずみんなの話題にしてもいいと思うんです。この映画を観たあとに、自分の妊娠中はこうだったとか、出産についての話を、家族や周囲の人としてもらえたらすごくうれしいです。
お話・写真提供/吉田夕日監督 写真/©︎2023 SUNSET FILMS 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
全国的に助産所は減少傾向にありますが、助産所の良さが再認識され、数が増加傾向の地域もあるそうです。助産所では妊娠期のクラスから、母乳ケアや産後ケア、育児相談を行っているところもあるので、近所にどんな助産所があるか探してみてはいかがでしょうか。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年10月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。
吉田夕日監督(よしだゆうひ)
PROFILE
東京生まれ。東京都立晴海総合高等学校を卒業後、フランスへ留学。2004-2005年映画専門学校のESEC PARISに在学。フリーランスの映像ディレクターとして制作会社テレビマンユニオンに参加。老舗旅番組「遠くへ行きたい」など、日本国内の風土や伝統工芸・食をテーマに取材。第2子を助産所で出産した事をきっかけに、初のドキュメンタリー映画『1%の風景』を制作する。
『1%の風景』
助産所や自宅での出産を決めた4人の女性と、サポートする助産師の日々を見つめたドキュメンタリー。11月11日(土)よりポレポレ東中野ほかで全国順次公開。
監督・撮影・編集:吉田夕日
出演:渡辺愛(つむぎ助産所)、神谷整子(みづき助産院)
撮影:伊藤加菜子 音楽:高田明枝 マリンバ演奏:布谷史人 サウンドエディター:井上久美子 製作:SUNSET FILMS 後援:公益社団法人日本助産師会 宣伝デザイン:中野香 配給・宣伝:リガード こども家庭庁こども家庭審議会 推薦
2023/日本/106分/DCP/ドキュメンタリー
©2023 SUNSET FILMS