いきなり結婚!? イケメン部長の言葉に驚愕【小説「ご懐妊!!」Vol.10】
『ご懐妊!!』Vol.10
スターツ出版文庫の大人気小説『ご懐妊!!』が、たまひよWEBにて連載中。「たまごクラブ」でもおなじみの産科医・大浦訓章先生のひと言解説もお見逃しなく。
●これまでのあらすじ
広告代理店で仕事に打ち込む佐波。悩みといえば、上司のイケメン鬼部長・一色が苦手なことくらい。それなのに、お酒の勢いで彼と一夜を共にしてしまい、後日、妊娠が判明!不安と途惑いの中、佐波はある決心をし部長に「赤ちゃんがいます」と告げた……、部長の答えは「結婚」、どうする佐波?
三ヵ月
私は目を剥き、叫んだ。部長は構わず続ける。
「これからふたりで挨拶に行くんで、そのまま外で待っててくださいよ。は? 内密なんだから当たり前でしょ? 五分で行くから」
電話を切った部長を、呆然と見つめる。
「社長に電話してたんですか?」
「まぁ、俺には親代わりみたいなもんだからな。……どうだ? これで俺の覚悟がわかっただろう?」
私は部長の言葉が終わるやいなや、へなへなと床に座り込んだ。
「おい! 梅原! 大丈夫か!?」
「あ、はい。なんか力抜けちゃって。すごい目眩(めまい)」
ここ最近の緊張が一気にほどけたみたい。目の前がクラクラするし、猛烈に気持ち悪い。なんとか部長に掴まって立ち上がる。
「挨拶が済んだら、タクシー捕まえてやるから帰れ。あと、帰ったら親御さんに連絡しろ」
「はぁ……」
「年内に挨拶に行きたい旨、伝えてくれ。同時並行で新居の準備を進める。入籍はおまえの親御さんの許可をもらってから、新年に日取りを見てだ。式の準備も親御さんの意向を聞いて、それからとする。わかったな」
さすが、一色部長。こんなところでも、段取りすごいッス。プロポーズもスケジューリングも電光石火なんですけど。
体調が悪くて口を挟む余裕もない私は、コクコクと頷いた。
社長たちがいる居酒屋までの道を、並んで歩いた。私は胃が気持ち悪くて仕方なく、ろくに喋(しゃべ)れなかったけど、部長はしきりに言っていた。
「子どもか。考えてもみなかった」
私もです。
でも、その感慨深い口調は、もしかして嬉しかったりするんですか?
数日のうちに私の体調は激変した。
目を閉じると、世界が回る。ぐるぐるぐるぐる。目を開けると、すさまじい吐き気が襲う。私はベッドの中で丸まり、呻いた。
「うぅーっ! 気持ち悪いっ!」
誰でもいいから、なんでもするから、この状況をどうにかして!
妊娠三ヵ月目も半ば、私は会社にも行けず、ベッドで布団にくるまっていた。
呻いたって楽になるわけじゃない。でも、黙ってじっとしているのも、身の置きどころがない苦しさ。
これが……つわり……。
部長と結婚するぞーって話になったのは、先週の火曜日のことだ。
そこから私の体調は、坂道を転げ落ちるように悪化していった。
日々更新される吐き気の限界値。匂いに敏感になり、電車やスーパーは危険地帯。食べ物はあれもこれも食べられなくなっていく……。
なにより、想像していたつわりと全然話が違う!
ほら、ドラマでよくあるじゃない。『うっ』て口を押さえて、洗面所まで走っていく女子。後ろで男性が『おまえ……まさか!』みたいな?
あんなのはフィクションじゃい!! だって二十四時間、片時の休みもなしに気持ち悪いんだもん!! 『うっ』なんてレベルじゃないの! 常時『おぇー』なの!
そして驚愕なのは、吐けないってことだった。つわりは気持ち悪い。激しい吐き気が大波小波で襲ってくる。なのに、全然吐けない!
二日酔いなら、吐けばちょっと楽になる。なのに、つわりじゃ吐けない! こっちのほうが苦しいのに!
ネットで検索してみたところ、吐きまくりの人もいるらしい。食べないと気持ち悪いって人も。そして、欠片も気持ち悪くならない人も。
なにそれ? どこの世界の魔法? 神様、不平等すぎませんか? それとも、安易に妊娠した私への罰ですか?
ベッドの中で、私はどんどんナーバスになっていく。
これでも、先週は無理くり出社していた。私の妊娠を知るのは、部長以外では社長しかいない。まだおおっぴらにできない以上、普通に振る舞わなきゃ。
しかし、とにかく気持ち悪くて集中できない! パソコンに向かうのも、書類に目を通すのも、しんどすぎる。というか、オフィスチェアに座っている姿勢がすでに苦しいという……。まさに……地獄!
会社では何度となくトイレに立った。便器にもたれて、吐こうと試みる。指でも突っ込めば吐けるんじゃなかろうかと、人差し指で喉の奥を押す。
げーげーやりながら、ようやく吐けたけど、なにも食べていないから胃液が少し出ただけ。そして、楽にならないっっっ!
吐いたことで体力を使ったのか、ひどい目眩にも襲われ、便器にうずくまったまま立てなくなった。
これって、食べていないせいで貧血なの? こんな目眩、妊娠前には経験したことない。
『ウメちゃーん、いるー?』
ドアの外で声が聞こえた。副部長の和泉さんだ。
『はぁい、今出ますー』
明るい声を振り絞り、壁を頼って立ち上がる。平気な顔をして外に出ると、和泉さんがハンカチを渡してくれた。
『ウメちゃん、違ったらごめん。……もしかして、妊娠してる?』
びっくりして言葉が出ない。でも、私の表情でバレてしまったようだ。
和泉さんは四十二歳。来年中学生になる男の子のママでもある。
『……すみません』
『謝んないの。彼氏は、なんて言ってるの?』
まさか、その彼氏が彼女の年下上司だとは思わないだろう。私だってまだ言えない。
『あの……年明けに入籍しようって話になってます……』
『やだ! そうなんだ、おめでとう! ……今、つわりなんでしょ? 何週目?』
『九週目ごろなんです。こんなに苦しいと思わなくて……』
私は弱々しく笑った。隠しているつもりが周りにはバレて……情けない。
『思い出すなぁ。私はつわりがないタイプだったから、ウメちゃんの苦しみはわかってあげられないけど、妊娠出産の大変さはちょっとわかるつもり』
和泉さんが優しく肩に手を置いてくれる。ああ、和泉さんの世界にあったんですね。つわりのない魔法。
『和泉さん、私……全然使い物にならなくなっちゃって。本当に申し訳なくて……』
私はまたしても、べそをかいてしまう。妊娠してからやたらと涙もろい。
『いいんだよ。つわりの苦しさは人それぞれだっていうし、この時期を乗り越えれば、出産までまた元気に働けるよ』
和泉さんが提案してくれる。
『ウメちゃん、来週いっぱいお休みしたら? 私の妹もつわりで仕事休んでたし、大事な時期だからありだと思うよ。嘘も方便。インフルエンザとか言ってさ』
『で、でも』
『一週間くらい回るよ。ダメなら上の階のメンバーに助けてもらって、それでも足りなければ、下請けに出す』
そんな、迷惑かけまくりだ……。
『今は赤ちゃんのことだけ考えなよ。みんな、そうやって赤ちゃん産むんだよ』
和泉さんが私の背を押そうと、重ねて言う。
『私は子どもを産むとき、前の職場を辞めざるを得なかった。でも、この会社だったら、きちんと産休育休もらって、復帰できてたと思う。この会社は、ウメちゃんが赤ちゃんのために休むことを許してくれるよ』
ママの先輩であり上司の和泉さん。なんて素敵な女性なんだろう。
『大丈夫! 部長にはうまいこと言っとくから! ゼンくん、ああ見えて理解あるから、あとで本当のことがわかったって怒ったりしないよ』
その部長の子ですって事実は、もう少し内緒にさせてください。
つづく
【小説「ご懐妊!!】次回をお楽しみに
大浦先生アドバイス
つわりは原因不明です。妊娠初期5週ごろから出ることが多いですが、半分以上の人にはつわりは出現しません。つわりは胎児の身体ができるときに、母体が害のある食べ物を摂らないようにという説もありますが、はっきりしたことはわかっておりません。佐波さんは苦しんでいますが、怖いものではありませんし、辛いときはかかりつけの医師にぜひ相談してください。治療法はさまざまありますが、改善させるためには時間をかけることがポイントです。
また、仕事を持つ妊婦さんが、勤務時間の短縮、時差通勤などが必要であると主治医に指導されたとき、その内容を事業主に的確に伝えることを目的に作られた「母性健康管理指導事項連絡カード(母子保健カード)」もあります。医師に具体的な指導事項を書いてもらえるので、上司に直接話しにくい内容や自分の体調について、誤解なく報告することができます。母子健康手帳に掲載されているものを拡大コピーして使うことも可能ですし、厚生労働省のホームページから入手することもできます。つわりは入院していないと休職にならない場合もあるため、医師と会社に相談してみてください。
著者/砂川雨路 イラスト/くにみつ 監修/大浦訓章先生
この小説はスターツ出版文庫から刊行されている『ご懐妊!!』より掲載しています。たまひよWEB版は産婦人科医大浦訓章先生の監修のもと一部改訂しております。
砂川雨路
Profile
群馬県出身。東京都在住。著書に、『愛され新婚ライフ~クールな彼は極あま旦那様~』『クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした』(ベリーズ文庫)、『僕らの空は群青色』(スターツ出版文庫)などがある。現在、小説サイト「Berry's Cafe」「ノベマ!」にて執筆活動中。『ご懐妊!!』(スターツ出版文庫)は現在3巻まで発売中。テキストリンクなどもはれる。
大浦 訓章先生
Profile
南流山レディスクリニック院長 慈恵医大卒。産婦人科准教授、同大付属病院総合母子健康センター産科部門長、東京母性衛生学会理事、日本周産期新生児学会評議員・副幹事長、日本周産期新生児学会新生児蘇生法委員などを歴任。現在、周産期メンタルヘルス学会評議員、女性スポーツ研究会理事、2020年産科婦人科学会、医会産科診療ガイドライン作成委員、2023年同評価委員。「たまごクラブ」でも監修をつとめる。
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