コロナ禍でスウェーデン政府への「大批判」が「信頼 」に変わっていった4つの理由
世界中で猛威をふるい続ける新型コロナウイルス。多くの国は「ロックダウン」に踏み切る中、独自路線をとっているのがスウェーデンです。感染者は増えているものの、お店は営業を続けており、子どもたちは学校へ通っています。
できるだけ「国民の日常」を保ちながらの対策が行えていることには、「国」が国民を信頼していることが大きく関係しているのではないか 。そう述べるのは、スウェーデンで子育てしながらで翻訳家・教師として働く久山葉子さん(前回記事:スウェーデンの独自コロナ対策、キーワードは「信頼関係」か)。
今回は逆に、「国民」が国を信頼している理由」について綴ってもらいます。
※この記事は2020年5月7日時点の情報です。
【久山葉子(クヤマヨウコ)】
1975年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部英文科卒業。スウェーデン在住。翻訳・現地の高校教師を務める。著書に『スウェーデンの保育園に待機児童はいない(移住して分かった子育てに優しい社会の暮らし)』を執筆、訳書にペーション『許されざる者』、マークルンド『ノーベルの遺志』、カッレントフト『冬の生贄』、ランプソス&スヴァンベリ『生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』などがある。
コロナ初期の混乱期
前回、スウェーデンのコロナ対策は国と国民の信頼関係で成り立っていると書きましたが、今回はなぜ国民が国を信用するようになったかについて分析してみたいと思います。
新型コロナウイルスというかつてない脅威が入ってきたとき、スウェーデンでも何をどうすればいいのか意見が分かれ、正直何が正しいのかさっぱりわからないというのが皆の本音だったと思います。
この国には疫学者という専門家がいて、公衆衛生局や社会庁といった組織があります彼らはコロナほどの規模ではないもののこれまでに世界各地で発生した感染症に対応し、パンデミックに備えて知識やデータを蓄えていました。わたしは恥ずかしながらそんな備えをしてくれている人たちがいることも知らなかったのですが。彼らが大々的に登場する必要がなければないで、世界は平和だったということなのでしょう。ただ、この専門家や省庁の言うことをどこまで信用していいのか。そこもよくわからないまま、コロナは広がっていきました。
特に国民の不安が高まった時期が二度あったように思います。一度目は、三月半ば。周辺諸国が次々と国境を閉じ、義務教育課程の学校を休校にしたときです。休校はしない、と最後までスウェーデンと一緒に頑張っていたイギリスもついに脱落。休校とロックダウンに転じました。
その後、イギリスでは死者数が激増しているという恐ろしいニュースが入ってきて、スウェーデンにいるわたしたちも明日は我が身かとパニック寸前。なのにスウェーデン政府はロックダウンもしなければ、義務教育を休校にもしません。「なぜさっさとロックダウンしない! もう手遅れになる!」新聞紙面でも連日そんな批判が躍り、二千人もの学識者が連名で政府に抗議を申し入れたほどです。なんの専門知識もないわたしたち市民は、誰の言うことを信じていいのかわからず、とても不安でした。
二度目に不安が高まったのは、四月頭に死者数が百名を超えたとき。スウェーデンの人口は日本の約12分の1だと言えば、その恐怖を想像してもらえるでしょうか。そのときにも22人の研究者たちが連名で抗議の手紙を大手朝刊紙に投稿。新型コロナ対策の中心人物となっている国家主席疫学者のことを「能力に欠ける役人」とまで呼んで、政策を批判しました。22人の中には日本でも著書『「やさしさ」という技術』で知られる高名な研究者ステファン・アインホルン博士も名を連ねており、「こ、こんな偉い先生までが声高らかに批判するなんて、やはりスウェーデンはやばいのだろうか?」とわたしも不安になったものです。
しかし五月頭現在、スウェーデンは精神的にかなり落ち着いています。タブロイド紙の見出しも一時はコロナ関係のことばかりでしたが、有名人のスキャンダルや殺人事件の話題が戻ってきました。政府の支持率も三月、四月と上昇を続けています。この状態に落ち着くまでに、政府はいかにして国民の信頼を得てきたのでしょうか。
スウェーデン国民の信頼を得られた4つの理由
① 記者会見
わたしが一番安心を感じたのは、情報の透明性でした。毎日14時から省庁合同記者会見が行われ、公衆衛生局から感染自体に関する情報(感染者数や死者の推移、リスクグループの分析など)、社会庁からは医療に関する情報(ICUの病床数や満床率など)、そして緊急事態庁(Myndigheten för samhällsskydd och beredskap)からもその時どきに対処が必要な分野がどうなっているかという報告があります。つまり国民は毎日、政治家ではなく、各分野の専門家や担当者の口から直接現状報告を聞くことができ、なぜこういう規制を設けているという点についても非常にクリアに説明してもらえています。この様子はYouTubeでライブ配信され、その後いつでも観ることができます。記者会見を観る時間がなくても、新聞やラジオがすぐに大事な点をまとめて配信してくれるし、日々情報をアップデートしてもらえている状態です。
記者会見の最後には、各メディアの記者からの質疑応答タイムが必ずあります。これはわたしが特に楽しみにしている部分でもあります。これまでに不安になった時期が何度かあったと書きましたが、そんなとき、わたしがまさに聞きたいことを記者さんたちが代弁してくれるのです。そしてその答えを各専門家・省庁担当者の口から聞くことができます。
例えば、本当にずっと休校にしなくて大丈夫なのかなと不安だったとき。
記者:「子どもは重症化しないということですが、学校では大人も働いています。それは大丈夫なんでしょうか」
公衆衛生局:「子どもが重症化するのは非常に稀です。それに、少しでも風邪の症状があれば大人も子どもも学校に来てはいけないことになっていますよね?(注:症状がなくなってから2日は自宅待機ルールが浸透しています)。症状のない子どもが人に感染させる確率は低いという研究結果が出ていますし、スウェーデン内で学校がクラスタになっているという報告も上がってきていません」
記者:「周辺諸国に比べてスウェーデンは死者数がかなり多いですが、なぜロックダウンしないんですか」
公衆衛生局:「ロックダウンをすると一時的には感染を抑えられるが、解除したあとにまた感染が増える危険性があります。ソーシャルディスタンスをきちんと守って生活すれば、ロックダウンしなくても感染は最低限に抑えられます」
このような定例記者会見を毎日繰り返すことで、国民の心も次第に安定してきたように思います。
② 科学的根拠 に終始する
記者会見の質疑応答では、スウェーデンの政策を批判する手厳しい質問もたくさん飛び出します。そんなときも、質問された専門家や省庁担当者は言葉を濁したり、はぐらかしたりすることはありません。顔色ひとつ変えずに、科学的根拠と国が把握している情報に基づいて質問に答えます。特定の都市に関するデータについて訊かれた場合などは、「そのデータについては今暗記していないので、折り返します」と答え、翌日の記者会見でグラフになって登場するという具合です。
とりわけ顔色を変えないことで有名なのが、国家主席疫学者のアンデシュ・テグネル氏です。どんな質問にも科学的根拠を示して堂々と答える姿に、「この人がこの国でいちばんコロナに詳しいんだ。この人の言葉を信じて大丈夫だ」と思わされます。先述のとおり一時は批判も激しかったのですが、どれだけ批判されても、持論を曲げることはありません。その姿には多くの大人が感銘を受け、フェイスブック上でファンクラブができたり、顔のイラストを刺青に入れる人まで出てきました。なお、ファンクラブといってもメンバーは男性のほうが若干多い印象ですし、刺青を入れていたのも男性でした。人間として彼を尊敬しているという感じでしょうか。
③ 失敗は認め、すぐに対処する
スウェーデンの対応がすべてにおいて完璧だったわけではありません。どこの国も普段から弱い部分が突かれた感がありますが、スウェーデンの場合は高齢者施設で集団感染が発生してしまったこと(死亡者の三分の一に相当)、そして移民の感染者の割合が高くなってしまったことでした。それが発覚したとき、政府は大きな批判を浴びましたが、すぐに問題対処に動きました。移民の間で感染が広がったのは、多国語での情報発信が足りなかったのではと批判され、すぐにそこを強化、さらには各宗教団体とタッグを組んで取りこぼしのないように動いたのも印象的でした。
「わからないことはわからないと言い、安易な推測をしないのも潔いよね」
政府の対応をそう分析するのはスウェーデンにあるカロリンスカ大学病院で専門医として働く宮川絢子さん。
「自信があるからできること。わたしも、今なら知らないことは知らないって堂々と言えるけど、昔は言えなかった。自分の知識に自信がない人には言えないんじゃないかな」
なるほど。失敗をするかどうかではなく、失敗をどう認めるかという態度が、見ている人が安心感を抱くかどうかの境目なのかもしれません。
④ ファクトチェックの精神
前回の記事で、スウェーデン人は「自分で考えて良識のある行動を取ってください」と言われたら、その意味がすっと解る、それは学校教育がそういう方針だからと書きました。政府のコロナ対応を見ていると、もうひとつ、スウェーデンの学校で普段から指導している点と重なることに気づきました。それが、どの記者会見・首相の会見でも必ず言われる「正しい情報を見極めて、情報に躍らされないようにしてください」です。
スウェーデンでは普段からKällkritik(シェルクリティーク)を大切にしています。日本語だと“ファクトチェック”と呼ばれるようですが、それほど聞かない単語ですよね。最近のスウェーデンでは日常的に使われる言葉です。
試しにスウェーデン育ちの娘(12歳)に訊いてみました。
「Källkritik? 知ってるに決まってるじゃん。そんなの低学年のときには習ったよ」
「自分が聞いた情報が、本当に正しいか、情報源が信頼できるものか確認することでしょ?」
インターネット上に真実・フェイクニュース・プロパガンダ・歪んだ個人的意見がごちゃまぜに流れている現代、スウェーデンの学校はことあるごとにKällkritikについて教えています。文字が読めるようになったらすぐに必要ともいえる知識。わたしたち大人のほうが、昔学校でそんな概念を習わなかったので、「今」子どもたちと一緒に習っているような状況があります。今の小学生のほうが、インターネット上に拡散されているデマを信じてはいけないというのをちゃんと習っているのです。とはいえ、実際にはその知識を超えてしまうような、見分けるのが難しい情報もありますが……。
高校レベルにもなると、高校卒業論文を書くために、使っていい文献、使ってはいけない文献についても学びますし、どんな科目でも常に先生から「Källkritik!」と注意されている感じです。日常的にも「それってちゃんとKällkritikできてる?」なんて冗談を言ったりします。
だから政府に「情報の信ぴょう性をよく確かめてください」と言われると、「ああKällkritikか」ピンとくるわけです。大事なのは科学的根拠 があるかどうか、そして一次情報かどうか。デマや煽りニュースに惑わされてはいけないと思うのです。さきほど、記者会見は自分で見なくてもメディアが報じてくれると書きましたが、それでも記者会見と新聞の見出しを比べてみると、見出しのほうがかなり煽っている印象がありました。政府に批判が集中していた時期は特に。だから新聞の見出しを鵜呑みにしなくなりましたし、自分で 記者会見を聞くようになりました。統計や報告書も、公衆衛生局やその他担当機関のHPで公開されています。自分の目と耳で一次情報を把握することがいかに大切か、わたしも今回改めて実感させられました。
「正しい」政策を曲げない姿勢が支持に
世界の中でも珍しい、独自路線をゆく政府を信用できたのは、上記のような理由からだと思います。世界では今「スウェーデンは国民を使って実験をしている」なんていう不穏な見方もされているようですが、住んでいるわたしたち自身は一時に比べるとかなり不安が解消され、気持ちも落ち着いています。大手朝刊紙DNとIpsosが共同で行った 四月半ばの世論調査によれば、今回のコロナ政策の立役者である「国家主席疫学者のアンデシュ・テグネルの能力を信頼している」と答えた人が69%、「信頼できないとした人」はわずか11%でした。同じ世論調査で、現政権社民党への支持率も現政権社民党の支持率も8政党の中でいちばん高く、2月22%→3月25%→4月29%と上昇しています(二番手のスウェーデン民主党は4月21%)。
幸いスウェーデンでは感染者数・死亡者数ともに減少傾向にあります。ただ、たとえ増加傾向だったとしても国はできるだけのことをやった。失敗は認め改善し、最善をつくしてきたと思えた気がします。
各国それぞれ条件のちがう中、それぞれの国にとっていちばんいい政策があると思います。スウェーデンでは、激しい批判や同調圧力に負けず、科学的根拠 を元に正しいとした政策を曲げなかった国の姿勢に自分もそんな人間でありたい――そう思った人が多かったようです。
次回はコロナ対策への子どもの参加についてご紹介します。ある日の記者会見で質問した記者は、子どもニュース番組の見慣れたお兄さんでした。
(文・久山葉子)