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福島の子どもたちと10年「自信をもって挑戦できる子」へ、専門家たちの願い #あれから私は

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2011年3月11日14時46分。東北地方を未曾有の大震災が襲いました。日本中が呆然となり、生活に必要な物資などを優先せざる得ない日々のなか、子どもたちの心の傷を癒したいと動いた専門家たちがいました。臨床心理士、教師、そして野外活動の専門家が一丸となり、被災地の子どもたちの心のケアをすることを目的に、「みどりの東北元気キャンプ」の企画が立ち上がったのです。そしてわずか4カ月後の7月には第1回キャンプを開催、その後2019年まで試行錯誤を繰り返しながら、計22回のキャンプを実施、合計1000名の福島の子どもたちが参加したといいます。この「みどりの東北元気キャンプ」について、主催者のひとりであり、キャンプディレクターを務めた大熊雅士さん(現小金井市教育長)に、たまひよONLINEが話を聞きました。

前編の「『放射能を計る線量計を首から下げてキャンプに…』福島の子どもたちとキャンプを10年、心の傷を癒す専門家たち」に続き、後編では「みどりの東北元気キャンプ」に参加する子どもたちに、専門家たちがどのように対応したか、さらにはそこから学ぶ親子のかかわり方についてお伝えします。

「促しと綱引き」と「3cmの我慢」

――― 「みどりの東北元気キャンプ」は、震災に遭った子どもたちの心のケアをすることが目的で始まりましたが、その後、コンセプトを変えたそうですね。

大熊雅士さん(以降大熊、敬称略):キャンプ2年目の終わりには、だんだん子どもたちも落ち着いて来て「水が怖い」と言う子もいなくなりました。そこで、もう一度、僕たち専門家がキャンプを通じて「子どもたちにできることは何か」について話し合いました。

心のケアだけでなく子どもたちがキャンプ場から彼らが暮らす福島に戻ったときに、「自信をもってさまざまなことに挑戦できる『持続可能な社会の構成者』を育成しよう」と、新たなコンセプトを考えたのです。

このコンセプトは、被災地に暮らす福島の子どもたちにとってはもちろん、僕たちが日ごろかかわっている子どもたちにとっても重要なことなんです。

――― そのコンセプトを実現するために、具体的にキャンプのときには子どもたちにどのように接したのでしょうか?

大熊:例えば、専用のロープやハーネスを利用して木に登り、自然との一体感を味わう『ツリークライミング』という体験活動があります。

キャンプディレクターの僕が、「やってみない?」と声をかけると、大抵の子どもは「やらなくちゃいけない」と思ってしまいます。そこで、別の大人が「難しいよ。やめた方がいいよ」などマイナス要素を口にすると、子どもはニュートラルな状態に戻って自己決定ができるようになるのです。周りの大人は、もし子どもが途中で降りたとしても、「がんばれ!」ではなく、「よくがんばった。降りておいで」と声をかけます。

促されただけの状態で『ツリークライミング』に挑戦した子どもは、失敗すると二度と挑戦しませんが、自分で決めて降りた子どもは、必ずまた挑戦します。このかかわり方を後に「促しと綱引き」と呼ぶようになりました。

またもうひとつ大切にしてきたのが「3cmの我慢」というかかわりです。

――― 「3cmの我慢」ですか? 

大熊:例えば渓谷の下流から上流に登っていく『シャワークライミング』というアクティビティで滝を登るときは、子どもが足を滑らせて怪我をしないように大人はが後ろでガードするのですが、絶対に子どもに触ったり、押し上げたりしません。支援者である大人は、子どもの身体から3cm離れたところに常に手を置いています。だから「3cmの我慢」なんです。

普通なら触りたくなっちゃいますよね。でも決して触らない。なぜなら、大人の支援があったとしても子どもに触れないことで、滝を登ったという成果は全て子どものものになるからです。子どもたちの挑戦は全て子どもに返します。

こういうかかわりは、学校でも、家庭でも、大切なことなんです。

3㎝の我慢をする支援者

実際のキャンプの様子。支援者は触れることなく子どもたちの挑戦は全て子どもに返します。

子どもが「自ら選択し、最後までやり遂げる」ことを、少し離れて見守る

キャンプ初回時は震災からわずか4カ月。子どもたちの多くはマスクをし、線量計を首から下げて参加していた。水がこわいという子たちに、決して無理をさせずにいると、自ら「カヌーをやってみたい」と言うようになったという。

――― 子どもが成果を出すまで、大人は手や口を出さずに見守るということでしょうか。

大熊:最近、「子どもの『非認知能力』を育てることが大事」といわれていますよね。僕は「非認知能力」を育てるうえで特に重要なのは、「自己肯定感」だと思っているんです。

「自己肯定感」っていうのは、自分がやったことに対する対価でもあるので、人にやらされたことでは「自分ができた」という体験にはつながらないんです。だから、「非認知能力」を高めるためには、子どもが小さいころから、たとえ失敗したとしても「自ら選択し最後までやり遂げる」ことを少し離れた場所から見守る。それを意識することがとても大切になります。

そのためには、子どもの「自己肯定感」がどういうときに育つのかを考えて、意図的に、情報提供したり、場を設定してあげたりすることも重要です。しかしここで周囲の大人が方法を間違えると、情報や場の背後に親や大人の欲求や期待が見え隠れすることにもなってしまいます。

そうならないためには、また、自分がやり遂げたときにどんなことが起きるのかを知らせることも重要です。例えば、キャンプのツリークライミングのときには、「この木は裏磐梯で一番背の高い木で『神ノ木』と呼ばれているんだよ。木の上はこことは全く違う空気が流れているよ」など声をかけるようにしていました。

そして、段階的に難しい課題に向き合わせることも必要です。

――― 大人の期待や欲求は子どもにわかってしまうものなのでしょうか?

大熊:情報提供でも場の設定でも、そこに欲求や期待が見え隠れすると、子どもは、親や周囲の大人が期待することをやっただけになってしまいます。つまり、誰かの期待に添うことができただけで、自己肯定感に結びつかないということです。

「自分でやりたいことを自分なりの方法でやり遂げたとき」に、自己肯定感が高まり、また次にもやってみたいという気持ちになるんです。

親子で気持ちを分かち合い、話し合う先に未来がある

――― でも親はつい子どもに期待しがちです。

大熊:もちろん親が子どもに期待するのは当然のことだと思うんです。

親が訓練を積んだ支援者のようにふるまうのは難しいかもしれませんが、自分が子どものころ親の期待に応えようとがんばってきて、もしかしたらつらいことがあったかもしれない。でも実際に自分が親になると、同じように子どもに期待している。まずそういう矛盾をしっかり受け止めることが大事なんです。

そのうえで、自分が声をかけたときに、子どもはどういう気持ちになってどういう欲求をもつようになるのか。期待に応えられない子どもが「自分はダメな人間だ」と思うかもしれないということに思いを巡らせると、わかりやすいかもしれませんね。

行動だけでなく心を大切にし、「私はこういう気持ちなんだけど、あなたはどう思うの?」と、親子で気持ちを分かち合ったり、話し合ったりできるようになると、未来は開けるんじゃないか、そう思います。

僕たち専門家だってキャンプをするなかで何度も失敗してきました。その失敗を繰り返さないためにどうしたらいいかを考え続けた10年間でした。


取材・文/米谷美恵 写真提供/大熊雅士


大熊雅士さん
Profile
14年間の公立小学校に教諭として勤務した後、東京都教育相談所いじめ電話相談員、小金井市・江戸川区教育委員会、東京都教職員研修センター指導主事、葛飾区立小学校副校長を歴任。東京学芸大学付属世田谷小学校教諭、東京学芸大学教職大学院特命教授、カウンセリング研修センター学舎「ブレイブ」室長を経て、現在小金井市教育委員会教育長、文部科学省の教育課程編成委員、不登校対策委員、ITを活用した不登校対策委員。みどりの東北元気プログラムをはじめとするさまざまなキャンプ、遊び場を主催、多くの子どもに寄り添っている。その豪快ともいえる人柄を慕う教え子も多い。

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