「奇跡が起きた!」壮絶だった双子育児の体験から「双子用自転車」を開発し、国を動かした一人のママ
1人でも育児は十分大変なのに、2人を同時に相手にしなくてはならない双子育児。疲れて外出するのも困難になり、引きこもり孤立してしまう双子ママは少なくありません。そんな状況を変えたいと双子用自転車の開発に取り組み、ついには全国販売まで実現したのは、同じく双子を育てる1人のママ、中原美智子さん。
中原さんが体験した壮絶な双子育児の現実と、双子用自転車の開発から完成、その自転車に込めた思いなどについて聞きました。
外に出るのが怖い……双子ママが引きこもり生活に陥りやすい理由とは
双子と安全に楽しくお出かけするための「ふたごじてんしゃ」を開発した中原美智子さんは、自身も双子の子どもを持つママ。長男の出産から7年後、待ち望んでいた第2子が双子とわかった時は、喜びも2倍だったと言います。
しかし、「育児が始まるとすぐ、そんな気持ちは吹き飛びました」と振り返ります。
睡眠は1時間ずつの細切れ。体力的にギリギリで散歩にも行けない毎日
上の写真は中原さんが記した双子の育児日誌。丸で囲んである“ボ”は“母乳”で、赤で30、青で80など1人ずつ色を分けて飲ませた量をメモしていました。うんちやおしっこの回数や様子も、細かく記録してあります。
「長男の時は、こんなことしなくても大丈夫だったんです。でも、双子のお世話はとにかく忙しくて、それぞれの飲んだ量まで覚えていられません。何かトラブルがあったときにすぐに対処するために、細かく記録するしかなかったんです。双子育児にはこうした“目に見えない大変な部分”がたくさんあるんです」(中原さん)
育児日誌の青いマーカー線は、中原さんの睡眠時間です。たいてい1時間ずつの細切れ睡眠で、続けて数時間眠れた日はほとんどありませんでした。双子の場合、1人が泣くともう1人も泣き出すので、夜中の2時から朝の5時まで、大泣きする2人を抱えて母乳をあげ続けたことも。
そんな毎日が続き、体力は常に限界ギリギリ。とてもお散歩などに出かけられる状況ではありません。そのため、双子ママの多くが 外出の困難さから引きこもり、社会やコミュニティから外れて孤立してしまいやすいと言われています。
「双子用ベビーカーがあるやん、と思うでしょうが、出かけるには2人分の着替えやおむつ、おしりふきなどを用意しなければいけません。その大量の荷物と双子の子どもを乗せると、ベビーカーの重量は30キロ近くにもなるんです。それをヘロヘロの体で、お散歩するためだけに押して出かけるかというと、“そうするくらいなら寝ておきたい”というのが本音です」(中原さん)
その一方で、「お散歩にも連れて行ってあげられない自分は、なんてダメなお母さんなんだろう」という自己否定感や無力感は募るばかりだったと中原さん。子どもに申しわけないという罪悪感や、1人きりという閉塞感など、精神的ストレスはどんどん大きくなっていったそうです。
「家にこもっていると、今度は子どもたちのいたずらがすごいんです。2人だからいたずらも倍。ちょっと目を離したら家中がこま切れのティッシュだらけ……なんてことが1日何回もあるわけです。
そうすると、やっぱり怒鳴っちゃうんですよね。小さな子どもにわかるわけないのに……」(中原さん)
自転車で転倒し血だらけになり決意。「二度とこけない自転車に私は乗るねん! 」
双子を連れて近所のスーパーに行けるようになっても、ちょっと離れた公園などへの“遠出”はできないまま日々が過ぎていきました。そんな中原さんが初めて遠出したのは2011年、双子が1歳3ヶ月の時。
「徒歩では行けないくらい離れたところにお花屋さんがオープンしたんです。絵本とは違う本物の色とりどりのお花をどうしても見せてあげたて、意を決して出かけました」(中原さん)
長男の時によく使っていた自転車の、前と後ろに双子を乗せて出発。無事に到着し、3人でお店の中を楽しく散策して、あとは帰宅するだけでした。
オープン記念にもらった植木鉢を、自転車の前に座っている子どもが持ちたいと騒ぐので持たせて出発した直後、子どもが植木鉢を落としそうになり、手を伸ばしたところバランスを崩してしまったのです。
とっさに「自分が下敷きになってこけた方がいい」と判断し、無理やり体重をかけて自転車の下敷きに。両手を広げてどうにか子どもたちを抱えて、子どもたちに怪我はなかったものの、中原さんはデニムが破れて血だらけになってしまいました。
「子どもたちも怖さからずっと大泣きしていました。 “私のせいでこんな思いをさせてしまったんだ”という思いがまず浮かび、次に“外に行きたくてやっと出たのに、そんな望みさえも私はかなえられないのか”という悲しさ、むなしさに襲われました。
でも、再び家に引きこもる生活に戻るのは嫌でした。無力感や虚しさ、子どもへの申し訳なさなど、いろんな感情に襲われる中で、ふっと口から出た言葉が“私はもう二度とこけへん自転車に乗るねん”だったんです」(中原さん)
そうして中原さんの「ふたごじてんしゃ」の活動が始まりました。
いくつもの壁を乗り越え、企業の協力を得て、ついに「ふたごじてんしゃ」誕生!
一般的な前後に乗せられる幼児2人同乗用自転車は、前と後の席では乗せられる子どもの年齢や体重の規定が異なるため、双子のように同じ体格で同じように成長する子ども2人を乗せるには向いていません。そこでまずは、市販の双子自転車を探すことからスタートしました。
あちこちのお店やメーカーに問い合わせるも見つからず、「ないなら作ろう」と自ら企画する方向へ転換。さまざまな自転車店に相談するなどしましたが、まったくの素人である中原さんの言葉に耳を貸してくれるところはありませんでした。道路交通法について勉強したり、弁理士に依頼して過去の双子用自転車開発についても調査しました。そして、諦めずに探し続けたところ、あるリヤカーメーカーが協力してくれて、2014年に念願の試作機第1号「中原製ふたごじてんしゃ」が誕生しました。
「初めて“中原製ふたごじてんしゃ”に子どもたちを乗せて出かけた時は、感動しました!2人が後ろでおしゃべりしている声を聞きながら自転車をこいでいることが、すごくうれしかったです。子どもたちもはしゃいで、あっちに行きたい、こっちに行きたいと大騒ぎ。2人でバラバラの方向を指差すので大変でした(笑)」(中原さん)
しかしこの後、製品化を目指しリヤカーメーカーに試作機の改良をお願いしたところ、これ以上はできないと断られてしまいました。
「その瞬間 “もうこれ以上は無理かもしれない”と思いました。でも、ここで私が諦めたら、双子用の自転車はいつまでもできません。今この時も引きこもって1人ぼっちでいる、昔の私と同じようなママたちを、また見続けるのかと思ったら耐えられませんでした。同じ悩みを抱えるママたちみんなに自転車を届けない限り、何の解決にもならない。ならば続けていくしかないと思ったんです」(中原さん)
そこで、ブログやSNSで「ふたごじてんしゃ」について発信すると同時に、“中原製ふたごじてんしゃ”を改良できる技術があるとわかれば、新幹線に乗って会いに行くこともしばしば。もちろん、費用はすべて自費です。
そして2016年、この活動を知った自転車部品製造大手のOGK技研が、商品化を引き受けてくれることに。試乗会などを重ねて改良し、2018年、ついに「ふたごじてんしゃ」が完成したのです!
一般的な2人乗り自転車と違うのは、後部に2つの幼児用座席が並んでいるところ。後輪を2輪にして低速でもバランスを取りやすくしている点が特徴です。
「あなたには販売できない」と断ることも。事故を防ぐ「アセスメント販売」とは?
ようやく見えてきた「ふたごじてんしゃ」の製品化。しかし、中原さんはこの時すでに、新たな問題に直面していました。それは、「どうすれば安全に乗ってもらえるか」ということ。
「試乗会に来てくださった方の多くが “後ろが3輪で絶対こけないから安全“と喜んでくださいました。その声はもちろんとてもうれしいのですが、でも“ふたごじてんしゃ”も万能ではありません。
例えば、横傾斜がつづく道でスピードを出すと片輪が浮いて転倒する危険性があること、電動アシストはついていないので、上り坂が多い地域では不向きであったりします。長距離を移動する必要がある人にも向きません。そうした特性をしっかり伝えて乗っていただかないと、すごく危険だと感じたんです」(中原さん)
そこで始めたのが「アセスメント販売」というもの。商品の良い点、悪い点をすべて購入者に伝え、納得してもらったうえで販売する方法で、購入を検討している人にオンラインでアセスメントを行い、アセスメントを修了した人だけに販売するというものです。取説動画を事前に観てもらうことで、使用するシーンをイメージしてもらうこともできます。
「生活スタイルや環境が“ふたごじてんしゃ”に向かない方には、はっきり“向いていない”と伝えます。そのうえで代替手段がないか、お出かけするにはどうしたら良いかなど、できる限り一緒に考えます。それを行うことこそが、私にとっての“試乗会”の意味なんです」(中原さん)
大切なのは販売台数・売上金額が伸びることではなく、自由にお出かけができる人の笑顔が増えることだと中原さん。購入したことを後悔してほしくないないからこそ、リスクを伝えることも重要だと信じていると言います。
幼児用座席の年齢制限が緩和へ! ママ・パパたちの声がついに国を動かした
2021年6月、日本の自転車に関するあるルールが変わりました。自転車の幼児用座席に乗せることができる子どもの年齢制限が、46都道府県すべてで“6歳未満”から“小学校入学まで”に緩和されたのです。以前は、子どもを自転車で幼稚園や保育園に送迎していても、年長の時に6歳になると乗せることができなかったため、緩和を求める声が上がっていました。
実は中原さんも、この緩和を強く推し進めてきた人の1人。2014年から試乗会でママパパに疑問をなげかけたり講演会で訴えたり。アンケートを実施してルール緩和のための署名活動も行いました。
「きっかけは、“ふたごじてんしゃ”の貸し出しをしたくてもできないことでした。“ふたごじてんしゃ”を必要とする人たちは、いよいよ子どもが大きくなって移動手段がなくなり、困り果てて“ふたごじてんしゃ”にたどり着かれる方もいます。あと1年、あと半年だけ必要という人には、購入ではない方法でシェアしてあげたいのに、6才未満の壁のために本当に必要とする人へ届けられなかったんです」(中原さん)
46都道府県すべてで制限が緩和された時には、「奇跡が起こった」と思ったくらいうれしかったという中原さん。何より、多くのママ・パパたちの声が届いたこと、みんなで自治体を動かしたということに感激したと言います。
その前の2020年7月には、“ふたごじてんしゃ”の活動が認められ、国土交通省より自転車活用推進功績者として表彰もされた中原さん。そんな彼女の元には、日々、全国の悩める双子ママ&パパから「試乗したいけどどうしたらいいか」「購入できるお店が近くにない」などの問い合わせや相談が多く寄せられるそうです。
「そうした声に応えられるように、今後は試乗や購入ができる新たな方法や店舗を開拓していく予定です。
“ふたごじてんしゃ”は、私たち多胎児ママが自分らしく生きることを支えてくれる相棒みたいもの。それを早く、より多くの人に届けたいんです」(中原さん)
写真提供/中原美智子 取材・文/かきの木のりみ
“ふたごじてんしゃ”の試乗会を通して、2000人以上の双子・三つ子ママ&パパと話をしてきた中原さん。多くの悩みや相談と向き合ううちに「“ふたごじてんしゃ”というツールではできないこと、人じゃないとできないサポートがある」ということに気づき、新たな活動を始めることに。
次回は、試乗会などを通して出会った仲間たちと中原さんが立ち上げた、多胎児ファミリをサポートするための活動と、その活動を通してわかったコロナ禍の問題などについて紹介します。
中原美智子さん
32歳で長男、39歳で双子を出産。
日本で唯一の、6歳未満が2人同乗可能な三輪自転車『ふたごじてんしゃ®』を発案。多胎育児の環境をよりよくするため、NPO法人つなげるを2018年に設立。社会福祉士、株式会社ふたごじてんしゃ代表取締役、日本多胎支援協会 理事。
2021年末にこれまでの活動記録をつづった書籍「ふたごじてんしゃ物語(仮)」を出版予定。
「双子や年子を安心安全に自転車に乗せて送迎・お出かけを考えている方はいつでもふたごじてんしゃにお問い合わせください、また多胎育児にちょっとでも不安がある方は、『NPO法人つなげる』のつなげる公式LINE(ふたごのまち)へぜひアクセスしてください」と中原さん。