発想や価値観が柔軟な子に…?!心を育てるインクルーシブな教育とは【専門家】
「インクルーシブな教育」という言葉を聞いたことがありますか。保育所・認定こども園・幼稚園などで考え方が取り入れられているインクルーシブな教育システムとは、どんな教育でしょう? インクルーシブな教育に詳しい、独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 インクルーシブ教育システム推進センター上席総括研究員 久保山茂樹先生に話を聞きました。
2017年の学習指導要領等の改訂から、インクルーシブな教育が本格的に
「障害者の権利に関する条約」が採択されて以降、日本でもインクルーシブ教育システムの構築に向けて、さまざまな議論や教育実践が行われています。今後さらに充実させていく必要があります。
――日本で、インクルーシブ教育システムの構築が始まった経緯を教えてください。
久保山先生(以下敬称略) 2006年12月「障害者の権利に関する条約」が国連で採択され、日本は2007年に署名しました。さらに2011年8月に「障害者基本法」が改正されました。
また2012年7月、中央教育審議会初等中等教育分科会で「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」が報告されました。
その後2017年3月に学習指導要領等の改訂が行われ、幼稚園教育要領や小学校学習指導要領などで「特別支援教育の充実」が示されました。
――幼稚園などで、インクルーシブな保育が本格的に始まったのは、幼稚園教育要領等の改訂からでしょうか。
久保山 幼稚園教育要領等の改訂以前から、インクルーシブな保育を実践していた園はありました。今回の改訂で幼稚園教育要領の前文の中に、インクルーシブな保育の考え方がわかりやすく示されたと思います。幼稚園教育要領の前文の一部を紹介します。
「これからの幼稚園には、学校教育の始まりとして(略)一人一人の幼児が、将来、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにするための基礎を培うことが求められる」
この前文は、小・中学校、高等学校、特別支援学校にも同様の記述があります。
このような内容が前文に取り入れられたことは素晴らしいことです。
1人1人を大切にして、どんな子も取り残さない!
インクルーシブ教育システムとは、多様な人々の人格や個性を尊重して支え合い、ともに学ぶ教育です。多様な人々とは、障害がある子や海外から来て日本語が話せない子、LGBTQ(性的マイノリティー)の子、貧困家庭の子など、すべての子どもが含まれます。
――インクルーシブ教育システムの考え方による教育とは、たとえばどんなことをするのでしょうか。
久保山 多様な子どもたちが可能な限り同じ場で学ぶためには、1人1人を大切にする教育であることが重要です。たとえば「早くできるか・できないか」のような1つのものさしで評価するのではなく、1人1人の子どもに応じた学びのペースや学び方を大切にする必要があります。多様性や個性を受け入れて認める教育がインクルーシブ教育システムのめざす教育です。
私が尊敬している園長先生の言葉を紹介します。「子どもたちが安心して乗ることができる手を持ちたいなと思うんです。クラスの子たちが、みんな乗れるような。手から出ていこうとする子どももいるかもしれないし、指と指の間から落っこちてしまいそうな子どももいるかもしれないでしょ。そんなときは、こう考えるんです。自分の手をもっと大きくすることはできないか、そしてすき間がないようにできないかってね。子どもたちの自発的な動きを止めることはしたくないのです。でも保育者が、自分の手を大きく、すき間のないものにすればだいじょうぶでしょ」
これがインクルーシブ教育システムの基本的な考え方だと私は思います。どんな子も取り残しません。
子どもを否定しないかかわりが、自己肯定感を育てる
「まわりの子の多様性を尊重し、受け入れるのは、自分に自信を持っていないとできないこと」と久保山先生は言います。そこで大切なのが、自己肯定感を育てるかかわり方です。
――インクルーシブ教育システムは、自己肯定感を育てることを大切にしているとも聞きます。それはなぜでしょうか。
久保山 自己肯定感が育つと、自分に自信が持てるので、まわりの子の多様性を尊重し、受け入れてあげられるようになります。インクルーシブ教育システムは、子どもの多様性を受け入れて、否定したりはしないので、子どもは安心感を覚えて、自己肯定感が育ちやすいです。
私は家庭でも、自己肯定感をはぐくむことを大切にしてあげてほしいと思います。早くできなかったり、1番でなくても、その子の頑張っていることや得意なこと、好きなことを見つけ、認めてあげてほしいと思います。
――そうした育て方をすると、子どもはどんなふうに成長していくのでしょうか。
久保山 発想や価値観が柔軟な子になります。
私が知っている園の一例を紹介します。運動会の練習が始まったとき「車いすに乗っているAちゃんは、走れないけどどうする?」という声が、子どもたちから上がりました。子どもたちで話し合いを重ねたところ「僕たちも車いすに乗って競技しようよ!」と言い出して、全員が車いすに乗る競技が加わったそうです。多様な子がいるからこそ、生まれたアイデアです。幼少期に培った柔軟な発想や価値観は、大人になって役立つと思います。
園でのトラブルは、担任の先生や園長先生に相談を
久保山先生によると、インクルーシブな教育システムは、親や子どもが時には壁にぶつかることもあると言います。
――発達に特性がある子を、積極的に受け入れている幼稚園に子どもを通わせているママから「娘が、発達が気になるお友だちに突然、かんしゃくを起こされたり、話しかけても無視されたといって、落ち込んでいることがあります」という声がありました。こういうことは、よくあるのでしょうか。
久保山 入園当初や担任の先生が変わる新学期はよくあります。しかしクラスに慣れてくると、かんしゃくなどは落ち着いてくると思います。
園から帰ってきて落ち込んでいるときは「どうしたの?」と話を聞いてあげて、「大変だね」と心に寄り添ってあげてください。心配なときは、担任の先生や園長先生に相談しましょう。ママ1人で抱え込まないほうがいいでしょう。
取材・文/麻生珠恵、ひよこクラブ編集部
インクルーシブ教育システムの考え方による教育は、心を育て、共生社会の担い手をはぐくむ教育です。久保山先生は、「社会問題となっているいじめも、もっと子どもたちが、まわりの子の多様性や個性を受け入れて認めることができたら、なくなっていくのではないか」と言います。