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個人情報つきの風船、職員室は喫煙可… 今では考えられない!大らかすぎる?!昭和の思い出

更新

古い写真、70年代の子供
SetsukoN/gettyimages

今、昭和の歌謡曲やアイドルが若い世代に人気だそう。昭和の文化が注目されている一方で、令和では考えられない日常が繰り広げられていたことが、口コミサイト「ウィメンズパーク」に寄せられたママたちのコメントから垣間見えます。一部を紹介するとともに、作家の鳥居りんこさんと一緒に振り返ってみました。

ほのぼの、驚愕、昭和時代の私の思い出

まずは、昭和時代を知るママたちの思い出をお届けします。

■個人情報つきの風船を飛ばす学校行事
「小学校の時、風船を飛ばし受け取った人と文通をしようと言うイベントがあり、住所氏名が記載された風船が県をまたいで飛んできました。偶然、同学年の男の子のものを受け取り、母に『お手紙書いてみたら?』と言われてしばらく文通。子どもの住所と名前を風船と共に飛ばすとか、今では考えられないですね」

■犬は外飼いがあたり前
「犬は雑種でいかにも『ポチ』的な素朴な犬が多い中、小型犬(マルチーズ率が高い)を室内で飼っている同級生は羨望の的でした。そして、ポチ的な犬は散歩でも素朴な落とし物をして、飼い主はスコップもエチケット袋も持参することなく放置。畑や田んぼの脇道を歩く時は、なかなかデンジャラスでした」

■昭和のハロウィン?でスナックに突撃
「お盆にハロウィンのような『ろうそく出せ』の行事がある地域。小学生の頃、グループを作って近所を回り、お菓子を集めました。今思うと知らない人の家まで行っていましたから怖いですよねー。ある年は、高学年の子に引き連れられて保護者でもないスナックに突撃したら、ママさんもビックリして困りながらも高そうなブドウを一房くれました。美味しかった。今、思うと平和だなー」

■運動会の不衛生!?な演目
「運動会での飴食い競走。箱に入った小麦粉に飴が埋まっていて、小麦粉を吹き飛ばして飴を口に入れたら走るというもの。小麦アレルギーなら大変です!しかも、衛生面でもヤバイ。パン食い競走もありましたね(笑)」

■昔はおつかいでお酒も買えたこと
「幼稚園時代の友人宅が酒屋でした。小学生のきょうだいがおつかいに来てお酒を買っていたことを覚えています。後は、連絡網や卒業アルバムに親の名前や職業まで書いてあったこととか。今では連絡網すらありませんからね…」

■小学生が保育園の送迎
「小1だった私が、年子の妹の保育園の送迎をしていました。自宅から保育園まで徒歩25分、寄り道しながら往復で1時間以上。近所の人や、途中にある商店街の人たちの温かい目があったからできたことでしょうけど…。そして時は流れ、私の子どもたちが通った保育園は小学生の送迎は禁止。時代ですね」

■教師が職員室で喫煙
「私が通っていた小学校、中学校では、先生が職員室でタバコを吸っていました。机の上の灰皿にはタバコの吸殻。今じゃ考えられませんよね」

■半日授業の土曜日に見た、心霊体験番組
「仕事は週休1日でしたよね。あの頃自分は大人じゃなくてよかった。そして学校は、土曜日が半日授業。土曜日の昼過ぎにTVで『あなたの知らない世界』っていう視聴者の心霊体験を元にしたリアルな再現ドラマの番組をやっていた時期があり、怖すぎて妹とこたつにもぐりながら、それでも怖いもの見たさで毎週見ていました。本当に怖くて今でも忘れないシーンがいくつかあります」

■雑誌の文通コーナー
「私が小学生の頃は、少女雑誌に文通のコーナーがあって、住所とフルネームが載っていました。それで、気に入った子に手紙を書いて、文通。今では考えられませんね」

■今でも忘れられないほど、衝撃的なテレビ番組
「昔、ゴールデンタイムの人気番組で『この人はいくらで○○をしてくれるでしょうか』というコーナーがあったのですが、ある日、渋谷の街で女性に『お金を払うので、あなたの胸のコピーを取らせてください』というのがあり、数千円から数万円で何人もの女性が胸のコピーを取らせただけでなく、取ったコピーをカメラに向かって披露するというとんでもない企画がありました。裸の胸のコピーを見て、こんなの裸を見せてるのと一緒じゃんと子ども心に衝撃的で忘れられません。今じゃ考えられないような企画です」

いい時代?それともゆるかっただけなの? 昭和に思うこと

昭和歌謡、ドラマなど、昭和がブームになっています。鳥居りんこさんに昭和の思い出について聞いてみました。

「昭和ドップリ世代のワタクシとしましては、皆さんのお話がホントに懐かしい。
部活では、水分禁止が当たり前でしたし、今では考えられない“うさぎ跳び”なんてのも奨励されていたように記憶します。
先生も普通に生徒を引っぱたいていましたし、それを親に言ったとしても、問答無用で『オマエが悪い!以上』ですんだ時代で、みんな、そんなもんだというコンセンサスの元、伸び伸びと育っていたような気がするんですよね~。今では考えられませんよね。

考えられないと言えば、小学校のクラス連絡網なんて、個人情報ダダ洩れ。住所どころか、父親名・母親名ってのも当然のように書かれていました。電話番号の横に(呼)っていう記載もあってですね、要は、その家には固定電話はないので、その番号にかけて、大家さんから『呼び出してもらう』必要があるよって意味の表記があったんですよ。(NTTができるまでは、固定電話には電話加入権という数万円におよぶ初期費用が必要だったので、電話がないお宅も普通にありました)ちなみに、これは私が通った小学校、東京23区内の話ですね。
誰も個人情報なんてものは意識していない時代で、酷いと言えば酷い。大らかと言えば大らかでした。

小学校では、焼却炉で用務員さんがゴミを燃やしていて、普通に児童もお手伝いできていましたし、教室では、児童が交代でダルマストーブに石炭を入れておりまして、給食の食パンをストーブの上でトーストにして食べていたんです。それでも、火傷をしたとか、火事になったとか、そういう事故は聞いたことがないので、“習うより、慣れろ”的学習効果があったのかもしれません。
しつこいですが、どこのド田舎だ!? という話ではなく、これは東京23区内の公立小学校の話です。まあザっと半世紀ほど前は、こんな感じでした。

昭和の後半あたりの東京は公害が大問題で、東京湾はヘドロでとんでもない悪臭、校庭で遊んでいると、よく『光化学スモッグ注意報』が出て、校舎に戻されたような時代。タバコは、いつでもどこでも吸えるのが当たり前。空気清浄機なんていう発想がそもそもないですから、どこに行こうが、空も周囲もモクモクしていました。
それから思えば、今の環境は、何もかもが、とてもキレイになっていますよね~。
よくも悪くも昭和は『何でもあり』だったので、今ではとても許されない事のオンパレード。懐かしさはありますが、日本は世界で一番清潔で、配慮が行き届いている国に進化していると思います。
昭和、平成を駆け抜けた身からすると、令和の時代の変化もワクワクします。そういう意味では長生きは悪くないですね」
(お話/鳥居りんこさん)

今でこそ『信じられない!』ということが、当たり前の時代でした。昭和は、よく言えば大らかな時代。懐かしくなりました。(文/酒井範子)


※文中のコメントは「ウィメンズパーク」(2022年1月末まで)の投稿を再編集したものです。
※記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

鳥居りんこさん

PROFILE
作家。教育・介護アドバイザー。2003年、学研より『偏差値30からの中学受験合格記』でデビュー。実体験に基づいた『中学受験シリーズ』が人気。最新作は『親の介護をはじめる人へ 伝えておきたい10のこと』(学研プラス)。新刊に『女はいつも、どっかが痛い』(小学館)がある。執筆・講演活動などを通じて、子育てや受験、就活、介護に悩む母たちを応援している。ブログ「湘南オバちゃんクラブ」https://note.mu/torinko

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