「1人ならもっと抱きしめてあげられるのにと何度も思った…」元バレーボール女子日本代表・大山加奈が語るふたご育児のリアル
ある家庭での双子育児日記には、24時間寝る間も無くお世話をしている様子が書かれていました。オムツ替えは1日に28回、授乳は18回、沐浴も毎日2人分。大変だと人に伝えると「それなら産まなければよかったのに」と言われてしまうことも……。
外出も、助けを求めることもできず、孤立してしまった親御さんが悲しい事件を起こしてしまうケースも見られます。誰もが生きやすい社会にしていくためには、どうすればよいのでしょうか。
バレーボール元日本代表で、1歳の双子の母である大山加奈さんと、認定NPO法人フローレンスで多胎児育児支援を行っている市倉加寿代さんに、双子育児に関する課題や、それを解決するために必要なサポートについて話していただきました。前後編で、2人の対談をお届けします。
「もっと抱きしめてあげたいのに」双子を育てる親の切実な思い
市倉加寿代さん(以下敬称略):大山さんには、1歳になる双子のお子さんがいますよね。育児をしていて心が折れそうになるのは、どんなときですか?
大山加奈さん(以下敬称略):子どもたちが二人同時に大泣きしたときですね。二人とも抱きしめてあげたいけど、私は一人しかいない。「もしこの子たちが一人ずつ生まれていたら、もっと抱きしめてあげられたのに」と、何度思ったかわかりません。
市倉:一人を抱っこした状態で、もう一人を抱き上げるのは至難の技ですもんね。多胎児の親御さんに向けて行ったアンケート調査でも、「一人しか抱っこできなくて心が壊れそうになる」と聞きました。
大山:双子をお風呂に入れるのも、毎日本当に骨が折れるんです。
市倉:双子の場合、一人はベビーサークルに入れて、もう一人を洗って、拭いて、保湿して、着替えさせて、子どもたちを交代させて……っていう流れですよね。自分の体を拭いたり髪を乾かしたりする時間が全くなくて、冬場はこごえそうに寒いとか。
大山:そうなんです。なので私は、子どもたちが寝た後や、夫の帰宅後にさっと入るようにしています。
市倉:ワンオペのご家庭はもちろん、双子家庭でも「産後一度もゆっくり湯船につかったことがない」っていう人は少なくないみたいですね。
大山:土日は妹に手伝ってもらえるのでお風呂でリラックスすることもできるんですけど、姉妹とは言えやっぱり申し訳なく思います。月曜日から金曜日までフルで働いて疲れてるだろうなとか、休日にやりたいことがたくさんあるだろうにって……。
不眠不休で授乳 夜中のSOSの送り先は
市倉:夫婦や親族だけではお世話が難しいときもありますよね。私が所属している認定NPO法人フローレンスでは多胎児育児支援を行っているんですが、ベビーシッターに依頼をしたことはありますか?
大山:最近はシッターさんにお願いすることもあります。でも正直、最初はためらいました。子どもたちと離れるのがすごく不安で、「何かあったらどうしよう」って。
市倉:ベビーシッターにもいろんなサービスがあって、例えば夕方や夜に双子のお風呂に入れるのを手伝ってもらったり、保育園の送迎時からお願いしたりすることもできるんですよ。
大山:保育園の送迎も!
市倉:私の友人に、3歳の子と1歳の双子を育てているママがいるんですが、小さな子が3人いると全員手をつないでおくのが難しいですよね。保育園に送迎するとき、「道路に飛び出したりしませんように」といつもハラハラしながら歩いていると言っていました。
大山:保育園に行くために、毎日命の危険を感じるなんて……。
市倉:友人は毎日ギリギリの育児をして、心が疲弊していました。フローレンスの多胎児家庭専門の訪問サポートサービスである「ふたご助っ人くじ」は自治体の助成を使えば実質無料(※)なので、困ったときはぜひ気軽に活用してもらいたいです。
大山:先日、私が住んでいる自治体でも「ふたご助っ人くじ」が導入されました。乳児検診があるのに雨が降りそうなときとか、夜間授乳が大変で「明日誰かの手を借りたい」って思ったときとか、朝8時までLINEで応募できるのですごく助かってます!
市倉:特に夜中の2〜3時の応募が多いんですよ。寝不足でどうしようもなくつらいときに「誰か助けて」っていう気持ちで応募している人が多いんじゃないかなと。くじなので応募者多数の場合に外れてしまうこともあるんですけど、どうしても、夜中のSOSに対応できるような仕様にしたかったんです。
※対象年齢や時間上限が自治体によって異なります。詳しくはリンク先・自治体のWEBサイトをご覧ください。
頑張りすぎてしまう私に、双子が教えてくれたこと
大山:実は私、産後二ヶ月でコロナに感染したんです。やっと治ったと思ったら、今度は双子のうち一人が感染してしまって。濃厚接触者の夫は、一ヶ月半ほど仕事に行けなくなってしまいました。でも夫婦そろって家に居られたから、なんとか産後を乗り越えられました。
市倉:夫婦で一緒に育児を始めると、知識や経験を共有できますよね。双子の場合、生まれてから「こんなに大変だったなんて!」と感じるケースが多いので、生まれる前に双子家庭インターンができたらいいのにって思います。三泊四日くらいで。
大山:それ、すごくいい!大変さを感じると同時に、双子ならではの良さも感じられそうですね。私、子どもが双子で生まれてきてくれたからこそ、人を頼れるようになったんです。
市倉:双子だと頼らざるを得ないシーンがありますよね。子どもが一人ならベビーカーをたたんで子どもを抱っこする、っていうことができますけど、双子だとベビーカーをたたむことなんてできない。
大山:私、「自分でやらなきゃ」って抱え込んでしまう性格なので、子どもが一人だったら誰にも頼らず孤独になってたと思うんです。バレーボール選手として活動しているときも、そのせいで心を病んでしまって……。双子だったから、私一人じゃ無理だって割り切れて、人の力を借りられるようになりました。
市倉:子どもたちが「人を頼る大切さ」を教えてくれたんですね。でもその一方で、頼ることを諦めてしまう人もいるのが現実です。
大山:その気持ちもよくわかります。「ベビーカーはダメ」って入店を断られたり、街中で「邪魔だ」って睨まれたり……。そういう経験を重ねていくうちに、申し訳なさでいっぱいになって、SOSを出せなくなってしまうんですよね。
市倉:私にも子どもが二人いるんですが、双子育児だけでなく全ての育児が本当に大変なんですよね。そんななか、誰にも「助けて」と言えずに苦しんでいる人たちがいる。子育てをしている全ての人が育児を楽しめる世の中に、少しずつ変えていきたいですね。
対談後編では「『バスに乗る』そんな当たり前のことができなかった…多胎児家庭支援の今とこれから」についてお届けします。
取材/文・華井由利奈
PROFILE*大山加奈
1984年生まれ。高校在学中の2001年に日本代表に初選出され、オリンピック、世界選手権、ワールドカップと三大大会すべての試合に出場。2010年に現役を引退し、講演活動やバレーボール教室、解説など多方面で活躍中。
PROFILE*市倉加寿代
1984年、東京生まれ。2017年、認定NPO法人フローレンスに入職。2019年秋、個人で設立した「多胎育児のサポートを考える会」の代表として、フローレンスと共に多胎児家庭アンケートを実施。多胎育児への支援拡充を求め、関係省庁・機関への要望書提出などの活動に取り組んでいる。多胎児家庭専門の訪問サポートサービス「ふたご助っ人くじ」の立ち上げ、運営に携わる。