「バスに乗る」そんな当たり前のことができなかった…多胎児家庭支援の今とこれからを、元バレーボール女子日本代表・大山加奈が語る
ある家庭での双子育児日記には、24時間寝る間も無くお世話をしている様子が書かれていました。オムツ替えは1日に28回、授乳は18回、沐浴も毎日2人分。大変だと人に伝えると「それなら産まなければよかったのに」と言われてしまうことも……。
外出も、助けを求めることもできず、孤立してしまった親御さんが悲しい事件を起こしてしまうケースも見られます。誰もが生きやすい社会にしていくためには、どうすればよいのでしょうか。
バレーボール元日本代表で、1歳の双子の母である大山加奈さんと、認定NPO法人フローレンスで多胎児育児支援を行っている市倉加寿代さんに、双子育児に関する課題や、それを解決するために必要なサポートについて話していただきました。前後編で、2人の対談をお届けします。
「双子ベビーカー」でコンビニやスーパーに行けない理由
市倉加寿代さん(以下敬称略):大山さんは、双子ベビーカー使ってますか?
大山加奈さん(以下敬称略):使ってます!でも双子ベビーカーって思ったより大きくて、トイレにも授乳室にも入れないことが多いんですよ。ドアにひっかかってしまったり、中で回転できなかったり。私一人+双子で出かけると、トイレにも行けず、おむつ交換もできないのが悩みです。
市倉:多胎児の親御さんに向けて行ったアンケート調査でも、「ママ友にランチに誘われても行けない」という声があがっていました。エレベーターがない駅が最寄りだったり、狭くて双子ベビーカーが入れないお店だったりして、引き返すこともあるみたいで。
大山:私も、スーパーやコンビニに行けなくて引き返したことがあります。産後、数ヶ月ぶりにコンビニに行けたときは、店員さんが引くくらい爆買いしちゃいました(笑)
市倉:双子用ベビーカーは車椅子と同じくらいの横幅の車種もあり、駅もコンビニもスーパーも、通れる設計になっているはずなんですよ。でも、特売コーナーにワゴンが置いてあると通れなくなってしまう。
大山:外出は諦めて、ネット通販で買えばいいんですけどね。「出かけて喉が渇いても、自分は水一本も買うことができないんだ」って思うと、想像以上に心を削られてしまうんです。
市倉:双子のために設備を変えてほしいのではなく、子育て世代や、高齢者、車椅子に乗っている人など、あらゆる人に優しい設計の物や場所が増えるといいですよね。
東京都内で、双子ベビーカーたたまずバス乗車OKに
市倉:昨年、東京都内のバスのルールが変わったんですけど、大山さんはご存知ですか?双子ベビーカーを折りたたまない状態で、バスに乗れるようになったんです!
大山:はい、早速乗りました。でも、運転手さんが急いでいたみたいで……。双子ベビーカーは、バスについている専用ベルトで席に固定しないといけないんですけど、私が手間取っていたら、「早く料金を払ってください!」と言われてしまって。もう乗るのはやめようかと思ってしまいました。
市倉:例えルールが変わっても、浸透するまでには時間がかかるのかもしれないですね。私が双子のママと一緒に交通局に行って「双子ベビーカーをおりたたまずに乗せられるようにしてほしい」とお願いしたときも、その意義を理解してもらうのに、時間がかかりました。ルールを変えるだけで、2年かかったんです。
大山:市倉さんがルールを変えてくれたひとりだったんですね!記者会見の様子がニュースになっていましたよね。
市倉:最初は「交通局の人に言えば変わるだろう」と思っていたのですが、国土交通省に動いてもらう必要性も出てきて、小池都知事とも話し合いました。でも正直、心が折れては立ち上がる、の繰り返しだったんです。車椅子は乗れるのに、同じ幅の双子ベビーカーはなぜ乗れないんですかって聞いても、「同じサイズだとは知らなかったから」「考えたことがなかったから」と言われるばかりで。
大山:知らないなら、これから知ってもらえたらと思いますけど……。「知らなかった」ということが、人を苦しめることもありますからね。
市倉: 私が友人の双子ベビーカーを押してバスに乗車したときは、運転手さんが「こうやって乗せるんですね、勉強になりました」と笑顔で対応してくれて、双子のママも「これから一人で乗る勇気を持てました」と言ってくれました。少しずつ、「知っている人」が増えていくといいですよね。
「一度で終わって楽ね」より「頑張ってるね」と言われたい
大山:実は私も、子育て世帯を支援する活動につながればと思い、ブログやSNSで子育てについて積極的に発信しています。でも、応援してくれる人がいる一方で、心ない声に傷ついたこともありました。
市倉:私も記者会見をしたときに、バッシングを受けました。「双子を特別扱いしろってことか」とか「子育てが大変なのは周知の事実。想像してから産め」とか。私にも子どもが二人いるんですが、子育てをしていると、周囲から冷たい目を向けられることもありますよね。
大山:「お腹のなかにいる間に、おろせばよかったのに」って言われたときは、言葉にならなかったです。
市倉:双子の親御さんたちは、「一度で終わって楽ね」「不妊治療したの?」「私の子どもは年子で、双子よりも大変だった」と言われて傷つくことが多いようですね。何が楽で何が大変か、比較する必要はないと思います。子育てって、誰にとっても大変なものだから。
大山:逆に、「親としてよく頑張ってるね」って言ってもらえたときは本当に嬉しかった。今の自分を肯定してもらえて、明るい気分になれました。
市倉:「『今のままで大丈夫、十分頑張ってるよ』って言ってもらいたかった」って泣いていた双子ママの涙を思い出します。私は最近ようやく、バッシングをする人の100倍以上、応援してくれてる人がいるんだって思えるようになりました。
大山:私も、多胎家庭の親御さんたちにコメントや「いいね」をもらって、元気付けられています。世の中には、市倉さんのように、多胎家庭や子育て世帯のために頑張ってくださっている方が大勢いる。私も誰かの力になれるよう、一緒に頑張ります!
取材/文・華井由利奈
PROFILE*大山加奈
1984年生まれ。高校在学中の2001年に日本代表に初選出され、オリンピック、世界選手権、ワールドカップと三大大会すべての試合に出場。2010年に現役を引退し、講演活動やバレーボール教室、解説など多方面で活躍中。
PROFILE*市倉加寿代
1984年、東京生まれ。2017年、認定NPO法人フローレンスに入職。2019年秋、個人で設立した「多胎育児のサポートを考える会」の代表として、フローレンスと共に多胎児家庭アンケートを実施。多胎育児への支援拡充を求め、関係省庁・機関への要望書提出などの活動に取り組んでいる。多胎児家庭専門の訪問サポートサービス「ふたご助っ人くじ」の立ち上げ、運営に携わる。