場面緘黙症の症状は?原因は?「話せるようになる」よりも、「安心して過ごせる」ことがゴール~場面緘黙症を知る③
場面緘黙(かんもく)症とは、ことばの機能に異常はないけれど、保育園や幼稚園、学校などの社会的な場所に行くと話せなくなってしまう症状のことです。多くの場合、幼稚園・保育園に入園する頃に顕在化し、特別支援教育の対象にもなっています。しかし「おとなしいだけ」「引っ込み思案なだけ」など、単に性格の問題だとして見過ごされてしまうケースも多々あります。
第1回・第2回では、かつて場面緘黙症だったイラストレーター・漫画家のモリナガアメさんの体験談を紹介してきました。第3回では、公認心理師・臨床発達心理士の高木潤野先生に、場面緘黙症の原因や背景、支援につなげる方法について聞きました。
ことばや発達の問題が隠れている可能性も
場面緘黙症は、特定の場所で話せなくなる以外に、どんな症状があるのでしょうか。
「話せないけれど他のことは全部ニコニコ、そつなくこなせる――という子はほとんどいません。表情が固まってしまったり、動きがゆっくりになったり、身振りや指差しでのコミュニケーションも難しいという子がほとんどです。もう少し症状が重くなると、トイレにも行けない、ごはんが食べられない、体が動かないといった症状が出る子もいます」
そもそも、場面緘黙症になる原因は何なのでしょうか?
「何かショックな出来事があって話せなくなったというような、“分かりやすいきっかけ”がないケースがほとんどだと思います。その人が生まれ持っている、緊張しやすい、人と関わるのが苦手といった気質のようなものが多くの当事者の方に共通していると考えられています。ある日突然場面緘黙が発症するというよりも、そういった気質を持っている人が、環境の変化などによって場面緘黙を顕在化させると考えたらいいのかなと思います。
ただし、こういう気質を持っていても、みんなが場面緘黙になるわけではありません。発音が上手にできない、言葉がなかなか思い浮かばないといったことばの問題や、自閉スペクトラム症というコミュニケーション障害があるケースもあり、人それぞれ背景にある問題もかなり違っています」
子どもの話をよく聴き、無理させないことが大事
場面緘黙症は、子どもの家庭環境とは何か関係がありますか。
「家庭環境や親の育て方が場面緘黙の主要な原因だとは考えられていません。ですが家庭環境は子どもの育ちに大きく影響するので、要因の一つにはなりえます。ただし、幼稚園や保育園の環境、友達との関わり、親戚との付き合いなど、あらゆるものが子どもの育ちには影響します。ですので、場面緘黙の症状が出た時に『それって家庭環境が原因じゃないの?』と一方的に結論づけてしまうのは間違っています」
大人になっても場面緘黙の症状が残ることはあるのでしょうか。
「症状が残る人もいます。また、場面緘黙の症状自体は改善しても、人との関わりの苦手さを感じていたり、社会的な場面で強い不安や恐怖を感じるなど、様々な問題を抱えている方も少なくないようです。できるだけ早いうちに、場面緘黙を見つけて対応していくことが大事です」
「うちの子は場面緘黙症では?」と親が気付いた場合、どのように接すればよいのでしょうか。
「まずは、本当に『場面緘黙』の状態なのか、何か他の問題なのかをよく理解することが大切です。親だけで判断しようとせず、幼稚園や保育園の先生方に相談してみることをおすすめします。園での様子をよく聴き取ってみて、『家では普通に話しているけど、園では話していない』など、場面緘黙の症状にあてはまりそうかを先生方と一緒に考えてください。
また、保健師や自治体の子育て相談・発達相談の窓口などに相談してみることも有効です。とにかく保護者だけで抱え込まないことが大事です。また、緘黙状態になっているということは、子どもが強いストレスにさらされているということだと理解しましょう。ですので、いやがる状況では無理させないほうがよいと思います。
例えば、朝は園に行くのをいやがって大泣きするけれど、後でけろっとして過ごしているというのは、普通の子でもよくある現象です。ただ、場面緘黙の子が毎朝ものすごく抵抗しているなどの状況は、私たちの理解をはるかに超えたレベルで恐怖や不安を感じている可能性があります。子どもの中には、分離不安症などの症状をあわせもっていることもあります。
このため、家で本人の話をよく聴くことが大切です。園や学校に行ってどうだったか、困っていることはないか、などを丁寧に聴き取っていきましょう。話を聴く中で、特定の先生が苦手だとか、トイレに行くのが怖い、図書館なら安心するといったことが分かれば、先生に相談して可能な限り個別に対応してもらうようにしましょう。その子にとって、できるだけ安心できる環境を作っていくことがとても大切です」
無理やり挨拶や返事を促すのはNG
逆に、場面緘黙症の子どもにやってはいけないことは何でしょうか。
「無理やり話をさせようとすることです。決して本人のわがままで話さないのではなく、話したくてもできない状態だと理解する必要があります。
それと、つい大人がやってしまいがちなのが、話せないとわかっていても挨拶や返事を促してしまうことです。お店で何かをもらった時や、親戚に会った時に『ほら、ありがとうは?』『ご挨拶は?』と言ってしまうことがあります。でも、そこで言えないから本人は困っているんですよね。もちろん話せるようになるための練習は必要ですが、行き当たりばったりの状況でやるのはかえって逆効果になります。ちゃんと計画を立てて、その子にとってこれならできるという条件を整えてから、徐々に練習していくことが大切です」
徐々に練習していくには、どんな方法がありますか。
「本人にとって『安心して話せる』状況を整えていくことが基本です。小学生くらいなら、どんな状況だったら話せそうかなどを、本人と相談してみるとよいでしょう。どんな状況なら話しやすいかは人によって違います。本人の好きな習い事をしている時が話しやすい子もいるし、仲の良い友達となら話せるという子もいます。また『挨拶』など、親がさせたいことをさせるのではなく、本人にとって『できそうなこと』や『したいこと』で練習をした方がいいでしょう」
その子らしさを発揮できるような対応することが大事
場面緘黙症の子たちに対して、心がけるべきことは何でしょうか。
「場面緘黙の症状は、改善させることができます。園児のうちに話せるようになったり、小学校に上がるタイミングで話せるようになる子もいます。繰り返しになりますが、改善の第一歩は、その子が安心して過ごせる環境を整えること。不安や恐怖を感じないで済むようにして、安心して話せるための対応をしていくことが大切です。園や学校の先生はもちろん、自治体の保健師や心理師など専門家の力も借りてください。
ただし、話せるようになることだけがゴールではありません。不安や恐怖を感じずに、その子らしさを十分発揮できるようになることこそが本当のゴールです。どういう配慮がいいのか、してほしくないのかも人それぞれ違うので、まずはその子の話をちゃんと聴いて、その子に合わせた対応をすることが大切です」
モリナガアメさん
幼稚園入園を機に「話せない子」になる。20代後半になって、偶然昔の自分が「場面緘黙症」だった事を知り衝撃を受ける。場面緘黙症を広めるため、WEBでコミックエッセイを公開して話題に。現在はイラストレーター・漫画家として活動中。
高木潤野先生
長野大学社会福祉学部教授。博士(教育学)、公認心理師・臨床発達心理士。日本場面緘黙研究会事務局長。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科修了。東京都立あきる野学園養護学校自立活動専任教諭(言語指導担当)、小学校きこえとことばの教室などを経て現職。主な著書に『イラストでわかる子どもの場面緘黙サポートガイド―アセスメントと早期対応のための50の指針』(合同出版、共著)など。
モリナガアメさんの著書
(取材・文 武田純子)