「話せなくて大人しい子」の私…。でも、内心は不安と恐怖でいっぱいだった。周囲の理解を得られず傷ついたことも〜場面緘黙症を知る①
保育園や学校など、特定の場所に行くと話せなくなってしまう「場面緘黙(かんもく)症」をご存知でしょうか。幼稚園や保育園に入園する頃に顕在化することが多く、不安症のひとつに分類されています(※)。成長するにつれて症状は改善する傾向がありますが、適切な支援を受けなかった場合、大人になっても生きづらさにさいなまれることがあります。現在イラストレーター・漫画家として活躍するモリナガアメさんも、その一人でした。
「“普通に話さなければいけない”と思う自分との闘いでした」と振り返るモリナガさん。本シリーズでは3回に分けて、モリナガさんの場面緘黙症の体験と、モリナガさんの著書「話せない私研究」(合同出版)の監修者である公認心理師・臨床発達心理士の高木潤野先生の解説を紹介します。
※…「子どもの場面緘黙サポートガイド」(合同出版/金原洋治・高木潤野著)より
「話せないだけで、良い子」。でも内心は怖くてこわばっていた
モリナガアメさんが初めて「話せない」と感じたのは、幼稚園に入学した4歳くらいの頃だったそうです。
「親や幼稚園の先生から『アメちゃんは話すのが苦手ね』って言われて、はじめて『あ、わたし、話すの苦手なんだ……』と気づきました。集団生活の場では元気にみんなと遊ぶことが苦手で、ちょっとしたことにすごく緊張するので、『周りに合わせて幼稚園児らしくしなきゃ変に思われちゃう……』っていう不安や恐怖を強く感じていたのをよく覚えています」
内心は「こわい」「どうしよう」という思いでいっぱいだったという幼稚園時代のモリナガさん。でも、周りからは“話さないだけで、おとなしくて良い子”だと思われていたそうです。
「自分のことを伝えたり、注目されること全般がとにかく全部怖かったです。『トイレに行きたい』とかも言えないので、こまめにトイレに行って言葉を発さなくて済むようにしたりして、普通の人にはよくわからないようなところにまですごく気を使っていました」
激痛で苦しんでいても、「助けて」と言えない
家では普通に家族と過ごせるのに、一歩家の外を出るとこわばって話せなくなるのが、場面緘黙症の主な特徴です。子どもの頃のモリナガさんも、「変に思われてはいけない」と、周囲の人に注目されないように息をひそめて過ごしていたといいます。それは、モリナガさんの身に緊急事態が起きても変わりませんでした。
「幼稚園が終わった午後、習い事の待ち時間に園庭で1人で遊んでいたら、タイヤの遊具から体が抜けなくなって、宙ぶらりんの状態になってしまいました。でも誰も助けを呼べなくて、頭に血がのぼってとても苦しくなってしまって……。泣いていたら、たまたま通りかかった誰かのお母さんに気付いてもらいました」
小学校時代には、もっと大変な事態が起こりました。
「5年生の時、急にひどい腹痛になったのですが誰にも言えず、我慢するしかありませんでした。先生が気づいて保健室に連れていってもらえましたが、寝ていても痛みがおさまらなくて苦しんでいました。ベッドの上でうずくまっているところを校長先生に気付いてもらえて、ようやく病院に行ったら盲腸と診断されました。
そんなに重くない症状だったのでお薬でなんとかなりましたが、もしもっと重い症状だったら…と思うとぞっとします。自分の命に関わることが起きても誰にも伝えられないって、とても怖いことだなと思いました」
うまく話そうと思うほど、のどが詰まってしまう
「わざと話さないの?」「家ではしゃべってるんでしょう?」――場面緘黙症の子どもがよく聞かれる言葉です。周囲からなかなか理解されない“話したくても話せない感覚”とは、どういうものなのでしょうか。
「場面緘黙症にはいろいろなタイプの子がいるので、あくまでも私の場合ですが、頭の中では言いたいことを何度も何度も繰り返して『よし、言うぞ』と思っているんです。でも、同時に『本当にこの言葉を口に出して大丈夫かな』『間違ってないかな』『相手の期待と違う言葉だったらどうしよう』っていう不安が一気に押し寄せます。うまく話さなきゃと思うほど、のどが詰まったような感覚になって、声が出せなくなります。
そういうことを何度も繰り返すうちに、『急に私が話し出したら変に思われちゃうかな……』という不安も生まれて、話すことへのハードルがさらに上がって、自分は話せない人だっていう認識がどんどん強力に固定されていってしまいました」
幼稚園から小学校に上がると、指をさされて当てられたり、音読をするなど、人前で発表する機会が増えます。モリナガさんは「冷や汗ダラダラになりながら、頭の中で何度も事前練習をして、なんとかみんなの前で話すことはできていました」と苦労を振り返ります。
「どうして話せないの? ママは恥ずかしいよ」と言われて……
場面緘黙症は、未だに知らない人が多く、なかなか理解を得られにくい症状です。モリナガさんも、家族や周囲からの言葉に傷つくことが多かったといいます。
「うちの母も小さい頃は場面緘黙症だったようで、『アメはママのちっちゃい頃に似てるから、いつか話せるようになるよ』と慰められたこともあります。でも、だからこそ余計、いつまで経っても話せない私に甘えを感じたようです。『赤ちゃんみたい』『どうして話せないの?ママは恥ずかしいよ』と責められていました。私も、自分が甘えた人間だから話さないで逃げているんだ…と思うようになっちゃって、どんどん自信や自己肯定感がなくなっていきました」
その後、小学4年生での転校を機に、今度はクラスメイトからのいじめに遭い、担任の先生の無理解に苦しめられたというモリナガさん。それでも中学生の時には、今でも仲のいい親友に出会うことができ、高校では徐々に話せるようになっていったそうです。
「自分のことを誰も知らない環境に行くと、話せるようになる子が結構いるようです。高校生になった私もその一人で、あえて電車で1時間かかる遠い高校を選んで“高校デビュー”しました。美術系の学校だったので、がらっとイメチェンして個性的な格好をしていたら少しずつ友達ができて、だんだん話せるようになっていきました」
場面緘黙症の子は、強い不安や恐怖を感じやすい
公認心理師・臨床発達心理士の高木潤野先生に、場面緘黙症の定義について聞きました。
「場面緘黙症は、もともと話すことはできるけれど、特定の社会的な状況で話せなくなってしまう症状を指します。どんな状況で話せなくなるのか、どのくらい話しづらいか、どんな症状が付随するかは人によってかなり異なります。親戚や家族とも話せない子もいるし、お母さんと一緒にいれば誰かと話せる子もいる。ただ、多くの当事者の方が“強い不安や恐怖を感じやすい”という点は共通しています。
人見知りや恥ずかしがりやと間違えられることも多いのですが、本人にとって安心しやすい、緊張しないで過ごせるような環境を周りの大人たちが作っていくことが大切です」
次回は、モリナガさんが場面緘黙症だと気付いたきっかけや、子ども時代を振り返って思うこと、他の場面緘黙症の人たちとの関わりについて詳しく聞きます。
モリナガアメさん
幼稚園入園を機に「話せない子」になる。20代後半になって、偶然昔の自分が「場面緘黙症」だった事を知り衝撃を受ける。場面緘黙症を広めるため、WEBでコミックエッセイを公開して話題に。現在はイラストレーター・漫画家として活動中。
高木潤野先生
長野大学社会福祉学部教授。博士(教育学)、公認心理師・臨床発達心理士。日本場面緘黙研究会事務局長。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科修了。東京都立あきる野学園養護学校自立活動専任教諭(言語指導担当)、小学校きこえとことばの教室などを経て現職。主な著書に『イラストでわかる子どもの場面緘黙サポートガイド―アセスメントと早期対応のための50の指針』(合同出版、共著)など。
モリナガアメさんの著書
(取材・文 武田純子)