小児救命救急センター24時【腸重積症(ちょうじゅうせきしょう)】
ひとしきりぐずるとその後は機嫌も悪くなく…、軽く考えていました
深夜にホットラインが鳴った。10カ月の女の子が夕方から不機嫌に泣きだし、徐々に10〜15分おきに泣くようになったかと思うと、3回ほど嘔吐(おうと)としたとのこと。「下痢などがなければ腸重積症だろうな」と思いながら急患室に急いだ。すぐに救急車が到着し、青白い顔をした女の子が母親に抱かれて降りてきた。診察台に寝かせても泣かず、ややぐったりとした状態であった。血圧や脈拍などのバイタルサインをチェックしながら採血を行うとともに、輸液確保※1を指示し、診察を開始した。上腹部を中心に押さえると痛がったのでていねいに触診を繰り返すと、同じところで腫瘤(しゅりゅう)【こぶ】に触れ、腸重積症の疑いが強まった。浣腸(かんちょう)と腹部超音波検査をするように研修医に命じて、母親から話を聞くことにした。
母親は心配そうに「大丈夫でしょうか? 突然、不機嫌になったかなと思ったらミルクを大量に吐いたんです。その後はケロッとしていたので、飲みすぎたか、げっぷがたりなかったのかな、と思っていました。30分ほどたって再びぐずりだし、また吐いたのですが、その後は機嫌も悪くなくて。もう1回吐きましたが、唾液(だえき)みたいなもので少量だったので、大丈夫だろうと軽く考えていました」と話した。
※1 点滴をするための準備のこと
顔の赤みが引き、10~15分おきに泣いてはぐずるように
「でも、思い返せば1時間おきに機嫌が悪くなり、ぐずっては泣きやむという感じだったのが、徐々にその間隔が10〜15分と短くなってきて。そのころから顔の赤みが引いてきた気がしたのですが、ひとしきりぐずるとその後はまたケロッとしていたので、『今日は昼寝ができなかったからかな』と思い、寝かしつけようとしました。ところが、やはり計ったように10〜15分おきに泣きだしてはぐずり、だんだん泣き声も弱くなり、顔色がさらに悪くなった気がして、救急車を呼びました」
話を聞き終わると同時に、研修医が紙おむつについた血便と超音波検査の写真を持ってきた。腸重積症に間違いなかった。母親に説明すると、一瞬けげんそうな顔をして、「そんなにひどい病気が前触れもなく起こるんですか? 私が……、ミルクが悪かったんでしょうか? それとも、消毒がたりなかったんでしょうか? いつもと変わらなかったのに……」と口ごもった。
腸重積症は、小腸の一部が大腸の中にめくれ込んで腸閉塞(ちょうへいそく)を起こす疾患(しっかん)だ。原因は今回のように不明のことが多く、腸炎(ちょうえん)に引き続き起こることもある。「肛門(こうもん)からチューブを入れて空気を送り込み、大腸に入り込んだ小腸を元の位置まで押し出す治療をします。9割以上はそれで整復できますが、時に難しく、手術しないといけない場合があります。このまま放置しておくと、大腸に入り込んだ小腸に血液が行かなくなり、壊死(えし)を起こして腹膜炎(ふくまくえん)になったり、ショックを起こして生命に危険が及ぶ場合があります。早く治療しましょう」と母親に話すと、しっかり理解してくれたようで意を決した顔つきになり、「よろしくお願いします」と頭を下げた。治療は少し整復に苦労したが、なんとか無事に完了して部屋を出ると、母親は治療が成功したことを察したのか、涙を流してうなずいた。
【腸重積症とは?】
乳幼児期(4~5才ごろまで。発生頻度が高いのは10カ月前後)に突然の嘔吐、不機嫌(腹痛)が数十分おきに繰り返したり、血便が出る場合は腸重積症が疑われます。発症から時間がたつほど内科的治療では困難となり、開腹手術などが必要に。最悪の場合は命を落とすことさえある危急疾患です。
■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。
【市川先生から…】
突然の嘔吐や不機嫌(腹痛)を繰り返す場合、腸重積症が疑われるので元気があっても早めに受診を。嘔吐や不機嫌(腹痛)に比べ、血便が出ることはまれです。血便がなくても必ず受診しましょう。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。