小児救命救急センター24時【中耳炎(ちゅうじえん)】
熱はないし機嫌もよかったので、少し様子を見ようと思っていたら…
不機嫌で泣きやまない1才6カ月の男の子を搬入したいとのホットラインが、深夜に鳴り響いた。「バイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸、体温、意識レベル)は悪くなく、危急的疾患ではなさそうだが、あまりに不機嫌なので詳しい検査が必要だと思われます」と救命士がコメントした。すぐに搬入するよう指示をして、救急室へ急いだ。
ほどなくして搬入された男の子はやや顔をくもらせ、母親にしがみついていた。第一印象ではとくに外観や呼吸、血液の循環は悪くなかった。体温を測ると37.8度と微熱があり、さらに慎重に診察すると、咽頭(いんとう)が充血して赤くなっており、咽頭後壁に鼻汁( 後鼻漏 こうびろう*1)が見つかった。
所見では胸部聴診と心音に問題はなく、腹部に膨満や圧迫による痛み、そ径(けい)部の腫(は)れなども認められなかったが、念のために採血と腹部の超音波検査を行うよう研修医に指示をして、母親から話を聞くことにした。
「数日前から風邪の症状はありませんでしたか?」と母親に質問すると、「ええ、ありました。3日前からくしゃみと鼻水が出て、昨夜は少したんが絡むようなせきも出たのでまずいなと思ったのですが。何回体温を測っても熱は高くないし機嫌もよかったので、もう少し様子を見ようと思っていたら、今日の昼寝のあとからぐずり始めて。それでも熱は高くなかったんです。でも、夜になると食事も欲しがらずに激しく泣いて、泣きやまないので、心配になって救急車を呼びました」と答えた。
*1 鼻汁がのどに流れ込んでいる状態
耳を下方に引っ張ると、顔をしかめて痛がった
腹部の超音波検査は異常なく、血液検査では白血球数が1万1500と少し増加して、炎症反応を表すCRP*2も2.5㎎/㎗と陽性になっていたが、ほかの電解質、肝機能、腎機能などは問題なく、どこかに軽い炎症がある状態だった。研修医に尿検査と鼓膜(こまく)を診るよう再度指示をして、母親に「今まで中耳炎を起こしたことはありませんか?」と尋ねた。母親は「一度もありません」と答え、普段はほとんど熱を出すこともなく元気であると、念を押すように答えた。
研修医が「検尿はきれいで問題ないが、両側の鼓膜が赤くなっていて、中耳炎を起こしているようだ」と伝えてきた。耳を下方に引っ張ると、両側とも明らかに嫌がって、顔をしかめて痛がった。鼓膜はかなり赤みが強く、鼓膜切開が必要だと判断した。待機の耳鼻科医に連絡して、切開をお願いすることにした。鼻水、せきなどの風邪症状の最中に中耳炎になることは、3才ごろまではかなりの頻度であり、まだ話せない乳幼児は不機嫌や泣きやまないという症状で見つかることも少なくない。一般的な痛み止めを用いて、翌日の受診でも大丈夫であると判断した。
翌日、鼓膜を切開して膿(う)みを出し、検査に出すことにした。スッキリした表情に戻った男の子を見て母親が、「なんらかの症状が出たら自分で判断するのではなく、早めにかかりつけ医に相談します」と反省していた。
*2 C-reactive protein(C-反応性タンパク)。体内に炎症反応などが起きているときに血中に現れるタンパク質のこと。
【中耳炎とは?>
中耳炎の症状は耳の痛みと微熱ですが、先行して鼻水やせきなどの風邪症状が見られることが多いので注意が必要です。簡易的な診断として、耳を下方に引っ張ると痛がり、のけ反るようなしぐさをします。中耳炎は3 才ごろまでは慢性化しやすいので、きちんと診療を受ける必要があります。
■監修:(故)市川光太郎先生
北九州市立八幡病院救命救急センター・小児救急センター院長。小児科専門医。日本小児救急医学会名誉理事長。長年、救急医療の現場に携わり、子どもたちの成長を見守っていらっしゃいます。
【市川先生から…】
言葉を話せない乳幼児が急に不機嫌になったり、泣きだしたときは、体のどこかが痛いというメッセージであることが多い。中耳炎、腸重積症(ちょうじゅうせきしょう)、そ径ヘルニアなどが考えられ、かかりつけ医への早めの受診が必要である。
イラスト/にしださとこ
【お知らせ】
市川先生が、赤ちゃんがかかりやすい病気や起きやすい事故、けがの予防法の提案と治療法の解説、現代の家族が抱える問題点についてアドバイスしてくださった「救命救急センター24時」は、雑誌『ひよこクラブ』で17年間212回続いた人気連載でした。2018年10月市川光太郎先生がご逝去され、連載は終了となりました。市川先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます(構成・ひよこクラブ編集部)。
※この記事は「たまひよコラム」で過去に公開されたものです。