「一緒にお風呂に入りたい」「キャンプがしたい」病気と闘う子どもと家族の願いを全力サポート。6歳でこの世を去ったわが子への想いを込めて【横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち】
特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。
全国に約2万人いるといわれている、命を脅かされる病気や重度の障がいのある子どもたち。そんな子どもたちが、思いきり遊んだり、学んだり、きょうだいや家族、友人たちと一緒に楽しく過ごせる場所、それが「こどもホスピス」です。
今回は、2021年11月21日にオープンした、「横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち」を訪問。代表の田川尚登さんに話を聞きました。
こどもホスピスは、病気の子と家族のための第2の“おうち”
2021年11月21日、病院に併設しない形としては全国で2つ目となる民間のこどもホスピスが横浜にオープンしました。
代表の田川尚登さん率いる「NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト」が資金を集め、7年という時間をかけてようやく開設までたどりついた施設です(横浜こどもホスピスの立ち上げの経緯や、田川さんの奮闘の軌跡は、記事「6歳でこの世を去った娘から託された願い―父親が「こどもホスピス」建設に向け奮闘」 をご覧ください)。
横浜こどもホスピスは、病気の子どもと家族の“第2のおうち”だと田川さんはいいます。
「ホスピスというと、看取りの場所というイメージを持つ人もいるでしょう。ただ、こどもホスピスは違います。楽しく遊んだり、初めての体験をしたり、好きなことに没頭したり。子どもやそのご家族の、“今、こんなことをしたい”という思いや願いを叶える場所です。
そして日々、子どもの命と向き合い、頑張りすぎるほど頑張っているお母さんやお父さん、さみしい気持ちや遊びたい気持ちを我慢しているきょうだいさん……ご家族のつらさが少しでも軽くなり、ホッと一息つける場所。病気の子どもと家族が、またここに戻ってきたいと思える、“第2のおうち”なんです」
開放的で明るくて、あたたかい空間づくりを
金沢八景の豊かな自然の中にある、「横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち」。お庭からは海が見え、天気のいい日には、気持ちのいい風を感じながらピクニックをしたり、釣りを楽しんだりすることもできます。近くには公園もあり、施設と公園をつなぐ歩道橋は、車いすでも渡れるフラットなつくりになっていました。
施設内に一歩足をふみいれると、大きなブランコに目を奪われます。お庭には、さらに大きなブランコがあり、寝そべったまま乗ったり、複数人で楽しんだりと、病気や障がいのある子も楽しめるユニバーサルデザイン。地域の子どもたちが、保育園や学校帰りに立ち寄ることもあるといいます。
ダイニングキッチンは、子どもと大人が一緒に調理できるように台の高さが異なっており、車いすのままでも利用可能。宿泊や休息のためのお部屋が3部屋あり、お風呂の両サイドの部屋にはお風呂まで移動できるリフトが備わっていました。施設のいたるところに、病気や障がいのある子どもに向けられた、あたたかなまなざしを感じます。
「イギリスやドイツ、オランダのこどもホスピスに何度も足を運び、設計士の方に図面を見せてもらって、どんなところに注意をして建設をすればいいのか、情報交換をさせてもらいました。
施設に一歩足を踏み入れたときに、あたたかで、ほっとするような気持ちになってほしい。だからこそ、空間づくりに工夫をこらしました。気持ちが開放的になるように天井を高くしたり、自然な風を感じられるような空調設計にしたり、車いすでラクに移動できる導線に気をくばったり。また、寝て過ごす子にとっては、こうこうと照らされる白熱灯はまぶしいんです。部屋に自然光が入るような設計にし、ランプも足元から照らしたり、間接照明を使ったりして工夫しています」(田川さん)
遺族アンケートがきっかけとなった、家族みんなで入れる大きなお風呂
加えて、施設の特徴の一つといえるのが、家族みんなで入れる大きな“お風呂”だ。
海外のこどもホスピスを視察した際、スヌーズレンという「視覚(光)」「聴覚(音)」「触覚(振動・温度)」「嗅覚(香り)」 など五感を適度に刺激し、リラクゼーション効果をもたらす浴室を目にした田川さん。クラウドファンディングで寄付を募り、お風呂の壁いっぱいに宇宙や海の生き物たち、花火などの映像を流すことができ、音楽も楽しめる大きなお風呂を設置した。夏場は、ここで水遊びもできる。
「小児がん等でお子さんを亡くされた両親にアンケートをとったとき、『子どもをお風呂に入れてあげたかった』『子どもと一緒にお風呂の時間を楽しみたかった』という回答が多かったんです。
病気が進行していくと、体を拭くだけで、なかなかお風呂に入れないこともあります。また、家族で旅行に出かけて、みんなで一緒に温泉に入るなんてことも難しいです。ですから、この希望は絶対に叶えたいと。お家や病院ではなかなか入れない、眺めのいい大きなお風呂は、ずっと覚えていたい特別な想い出となるはずです」(田川さん)
病気にとらわれずに、ひとりひとりの命の可能性を大切にしてほしい
こどもホスピスでは、看護師や保育士などの資格を持ったスタッフが常駐し、子どもと家族の好きなことや、やってみたいことを全力でサポートします。昨年11月のオープン以来、神奈川や東京に住む10組の家族が利用しました。
「まずは、お子さんやご家族に、うみとそらのおうちで何をしたいかを聞きます。何でもいいんです。とくべつ、何もしなくてもいい。他愛のないおしゃべりをしたり、ベッドでみんなで横になったり。小さなお子さんが多いので、かくれんぼをしたり、おもちゃで遊んだり、カードゲームをしたりすることも多いです。今日、遊びに来てくれた子は、ピザが大好き。子どもに好きな材料をトッピングしてもらって、みんなでピザづくりをしました」(田川さん)
冬には庭で焚火をしてマシュマロをやいたり、“キャンプをしてみたい”という子どものために大きなテントを用意して、キャンプごっこをしたことも。「どこかに遊びに連れていきたいけれど、病気のために連れていける場所がなかった」「こんなに子どもがケタケタと笑って、楽しそうにしている姿を久しぶりに見た」といって涙する親御さんも多いといいます。
「心臓病を患っている2歳の女の子の誕生日パーティーを、ここで開催したんです。その女の子は、入院してから初めての外出でした。1歳の誕生日も、病院で過ごしたんです。その日は看護師さんも同行してくださって、ご両親とお兄ちゃん、両方のおじいちゃん、おばあちゃんが集まって、歌を歌って、ケーキを食べました。初めて見る外の世界に、女の子はきょとんとしていましたけど。お兄ちゃんに抱っこされて、うれしそうにしている姿、それを目を細めて見守るご両親を見たとき、私も、ぐっとこみあげてくるものがありました」
筆者が「うみとそらのおうち」を訪れた日も、一組のご家族が遊びに来ていました。「みんなで、かくれんぼしてるの~!」と教えてくれた女の子は、目をキラキラと輝かせています。スタッフと一緒に歓声をあげながら駆けまわり、小さな体いっぱいに「楽しい!」という気持ちを表現しているかのようでした。
「子どもたちは“今”を生きています。病気にとらわれずに、ひとりひとりの命の可能性を大切にしてほしい。子どもとご家族を孤立させず、みんなで優しく支える社会になってほしい」と田川さんはいいます。
「横浜こどもホスピスは、ここからがスタートです。できるだけ多くのご家族に利用してほしいですし、気軽に見学に来ていただきたい。病気や障がいのあるお子さんを育てている親御さんは、こどもホスピスと聞くと『まだ、そんな段階ではない』と思うかもしれません。しかし、こどもホスピスは決して看取りの場所ではありません。病気や障がいを持つお子さんが、その子らしく、今を生きるための場所です。子どもたちの『やりたい』、病気のために諦めていた『やってみたい』を叶えるため、情熱いっぱいのスタッフが、しっかりとサポートします。ぜひお気軽に、遊びに来てください」
日本にまだ少ない「こどもホスピス」について3回にわたってお届けする本連載。次回は横浜こどもホスピス「うみとそらのおうち」のスタッフとして働く杉山真紀さんへのインタビューをお届けします。
(取材・文/猪俣 奈央子)
●Profile
田川尚登
1957年、神奈川県横浜市生まれ。2003年、NPO法人スマイルオブキッズを設立。2008年、病児と家族のための宿泊滞在施設「リラのいえ」を立ち上げる。2017年、NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクトを設立し、代表理事に就任。ほか、NPO法人日本脳腫瘍ネットワーク副理事長、一般社団法人希少がんネットワーク理事、神奈川県こども医療センター倫理委員を務める。2019年12月、初著書となる「こどもホスピス 限りある小さな命が輝く場所」を出版。「病気や障がいがある子どもと家族の未来を変えていく」をモットーに、小児緩和ケアとこどもホスピスの普及を目指している。
●横浜こどもホスピス~うみとそらのおうちについて
生命を脅かす病気の子どもと家族に、笑顔と思い出をつくる場所を横浜に建設しました。重い病気とともにある子ども、きょうだい、家族全員が一緒にのびのびと遊びや学びを楽しむことができるよう、教育や音楽、芸術といった様々な体験の機会を提供し、子どもの「夢」や「育ち」を支えます。
https://childrenshospice.yokohama/index.html