「なんでもない日常を送れるって、本当に幸せ」5歳の子どもを亡くした経験からホスピスで働く母が、今伝えたいこと
特集「たまひよ 家族を考える」では、妊娠・育児をとりまくさまざまな事象を、できるだけわかりやすくお届けし、少しでも子育てしやすい社会になるようなヒントを探したいと考えています。
日本にまだ少ない「こどもホスピス」について、3回にわたってお届けする本連載。2回目となる今回は、横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち」で事務スタッフとして働く、杉山真紀さんへのインタビューをお届けします。
子どもを亡くした経験がきっかけに
――杉山さんが、「横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち」で働くことになったきっかけから教えていただけますか。
私の息子、次男の航平は小児脳幹部グリオーマという病気になり、5歳でお空に旅立ちました。横浜こどもホスピスプロジェクト代表の田川さんの娘さん、はるかちゃんと同じ病気です。
田川さんとは患者会をきっかけに知り合い、「事務として、横浜こどもホスピスの立ち上げを手伝ってもらえませんか?」とお声がけいただいたんです。ですがその後、私に娘が生まれたので、フルタイムで働ける状態ではなくて。でもやっぱり、心のどこかに、「こどもホスピスの運営をお手伝いしたい」っていう気持ちがあったんですね。
これから先、私が生きていくうえで、子どもを亡くしたことをなかったことにはできないというか。この経験を生かしたいっていう気持ちが、心の片隅にずっとあって。そこで娘が保育園に入園したタイミングで、働き始めたんです。
2021年11月「横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち」がオープン
――2021年11月21日、みなさんの想いがつまった、「横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち」がいよいよオープンしました。実際の利用が始まってみて、いかがですか。
昨年のクリスマスに、はじめてお子さんとご家族をお迎えしました。5歳のとっても可愛い女の子です。うみとそらのおうちに、女の子の笑い声が響いたとき、なんだか、ようやくこの建物が息づいたような感覚がありました。
それまでも、見学会でたくさんの方をお招きして、みなさん「きれいですね」「すてきな場所ですね」と言ってくださったんですが、まだモデルルームみたいな感じで。
でも、第一号となる女の子が遊びに来てくれて、笑い声をあげたり、走りまわったり、一緒にケーキづくりをしたりしているうちに、この場所が“おうち”になった。お子さんやご家族が、心から楽しそうに、うれしそうにしている姿を見て、「この場所ができて、本当によかった」と思いました。田川さんも、涙ぐんでいました。
私たちが目指しているのは、病気や障がいとともにあるお子さん、そしてご家族が安心して過ごせる場所です。限られた時間であっても、それが永遠に輝く思い出になるような、そんな場所でありたいと思っています。ご家族を迎えるたびに、スタッフ同士でも、“次はもっとこうしてみよう”と話し合って、少しずつ工夫もしています。
気兼ねなく“きょうだい”や“友人”とも会える場所にしたい
――きょうだいや友人と一緒に遊んだり、祖父母も含めた大家族で誕生日パーティをしたり、利用の仕方もさまざまだと伺いました。
そうですね。うみとそらのおうちで、どのように過ごしたいか、まず希望を伺います。できるだけ制限を設けず、病院や自宅では難しい「やりたいこと」「やってみたいこと」を叶えられるよう、スタッフが全力でサポートします。
先日、ここで誕生日パーティをしたご家族は、きょうだい同士で直接会うのが1年半ぶりだったんです。コロナ禍で小児病棟にきょうだいが入れず、つらい思いをしているご家族がたくさんいるのではないかと危惧しています。
息子の航平も、入院後は兄に会えなくなりました。会いたくてよく泣いていました。コロナ禍ではなく、そして個室だったため、先生に相談し面会を許してもらえましたが、もしも、まったく会えない状況だったら、さらにつらく、耐えられなかったと思います。
――こどもホスピスが、気兼ねなくきょうだいや友人とも会える場所になるといいですよね。
本当にそう思います。こどもホスピスには看護師や保育士資格を持つスタッフが常駐していますし、たくさんの大人の目がありますから、病気や障がいのあるお子さんも、ごきょうだいも、一緒にのびのびと、思いきり遊ぶことができます。
また、お母さんお父さんも、少し、お子さんから目を離してほっとひと息ついたり、スタッフとの会話を楽しんだり、お子さんと一緒に遊んだり、好きなように過ごしていただきたいです。
ただ、病気や障がいのあるお子さんを育てている親御さんの中には、こどもホスピスの利用をためらう方もいると思います。
――それはなぜ、なんでしょう?
ためらう親御さんの気持ちはよくわかります。実際に私自身も、子どもが病気になり、病院の先生から「難病の子どもの夢を叶えるボランティア団体があるんですよ」と紹介されたとき、問い合わせの電話をするまでに、すごく時間がかかったんです。
うちは、まだその段階じゃないからって。子どもの病気のことを、私自身、どこか受け入れられていなかったんだと思います。今、振り返ってみれば、元気なときに利用すれば良かった。電話したときには遠方には旅行できない状況で、近場で1泊するのがやっとでしたから。
――「こどもホスピス」という言葉に身構えてしまう方もいるかもしれませんね。
そうですね。でも決して、暗く、悲しい場所ではないんです。子どもが思いきり遊び、自由にリラックスして過ごせる場所です。
利用されたご家族は「久しぶりにあんなに楽しそうに笑う子どもの顔を見た」「ひととき病気のことを忘れて、気持ちの切り替えができた」と、ありがたいことに、おっしゃってくださっています。
実際に見ていただくのが一番ですから、楽しい予定の選択肢の一つとして、気軽に見学に来ていただけたらうれしいです。
毎日子どもに「大好き」と伝える理由
――うみとそらのおうちでは「友として寄り添う」ことを大事にされています。そして、その寄り添う相手は、病気や障がいのある子どもだけではない、とおっしゃっていました。
はい、ごきょうだいやご両親など、病気や障がいのある子のご家族にも、友として寄り添いたいと思っています。
それは、闘病が終わっても、ずっとです。たとえ、お子さんが旅立ってしまったとしても。ご家族にはいつでも、ここに来てほしいと思っています。
私は、航平が旅立ってしまった後、病気になったあとの彼を知っている人の少なさに寂しさを覚えました。闘病中は家と病院だけの生活になってしまって、もちろん家族でいい時間を過ごせたのですが、闘病が終わってしまうと、想い出話をするのが家族だけになってしまうんです。
でも、「うみとそらのおうち」を利用してくださったご家族には、お子さんがどんなことが好きで、どんなふうに治療をがんばっていたのかを知っている私たちがいます。ここに来れば、共有体験を持つ友として、想い出話をすることができる。かけがえのない想い出をつくり、分かち合っていくことが、きっとその後のご家族に少なくはない影響があると信じています。
まだ構想段階ですが、病気や障がいとともにあるご家族やきょうだい同士がつながる機会を、「うみとそらのおうち」でつくれたらとも、考えています。
普段の関わりの中では話せない悩みを抱えているお母さんお父さんもいらっしゃるでしょうし、「なぜ自分のお兄ちゃんだけが入院しているんだ」「なんで私の妹はいなくなっちゃったの……」というような孤独やストレスを抱えているきょうだいもいます。
ご家族が社会から孤立せず、誰かに本音を話せたり、自分だけじゃないと思えるきっかけに「うみとそらのおうち」がなれたらと、思っています。
――最後に、「たまひよ」の読者である妊娠中のプレママ・プレパパ、乳幼児を育てている親御さんに伝えたいメッセージがありましたら、お願いします。
私自身、まさか自分の子どもが重い病気になるなんて考えてもいませんでした。経験してはじめて、なんでもない日常を送れるって、本当に幸せなことだと気づいたんです。
航平の場合は、病気の進行がはやく、闘病期間は9カ月でした。あっという間だったけれど、この9カ月間は心から幸せだった。4人で過ごせた最後の時間でしたから。一緒にご飯を食べることも、一緒に寝ることも、一緒にお風呂に入ることも、“ああ、幸せだな”ってすごく感じていたんです。
子育てをしていると、子どもにイライラしたり、不安になったりすることがあると思います。お片付けしてくれないとか、勉強は大丈夫なのかとか。それでも健康で、気になることがあったり、叱ったりできるのは、きっと幸せな証拠なんですよね。
私の小さな娘には、毎日「大好きだよ」って伝えています。お兄ちゃんは大きくなって恥ずかしがられるので、いつも心の中で伝えています(笑)。明日も同じように「大好き」を伝えられるか、わかりませんから。何でも後回しにするのではなくて、「今」を大事に生きていきたい。そう思っています。
日本にまだ少ない「こどもホスピス」についてお届けする本連載。最後となる次回は、東京で「こどもホスピス」建設を目指す、佐藤良絵さんへのインタビューをお届けします。
(取材・文/猪俣 奈央子)
●横浜こどもホスピス~うみとそらのおうちについて
生命を脅かす病気の子どもと家族に、笑顔と思い出をつくる場所を横浜に建設しました。重い病気とともにある子ども、きょうだい、家族全員が一緒にのびのびと遊びや学びを楽しむことができるよう、教育や音楽、芸術といった様々な体験の機会を提供し、子どもの「夢」や「育ち」を支えます。
https://childrenshospice.yokohama/index.html