「しかる」と「虐待」の構造は実は同じ。「しかる」を正当化する「苦痛神話」とは?【専門家】
虐待で逮捕されたり指導されたりした親の多くが、「しつけのためだった」という趣旨の発言をしていると聞くことはありませんか。臨床心理士・公認心理師の村中直人先生は、「しかって子どもがいうことを聞いたとしても、子どもはその場から逃げたいから行動したにすぎず、学びにはつながっていない。そして、しかって子どもの行動を変えようとすることと虐待は、実はとても近い関係にある」と言います。「しかる」を激化させないために、ママ・パパが理解しておきたいことについて聞きました。
「苦しまないと学べない」という「苦痛神話」のすぐ近くに虐待が・・・
――「強くしからないと子どもは理解できない」と誤解している人も多く、しかり方がどんどんエスカレートしていくことがあるように思います。それがやがて虐待にまで発展してしまうのでしょうか。
村中先生(以下敬称略) まず理解してほしいのは、親は子どもに対して権力をふるうことができる「権力者」であるということです。権力者が権力を使って、相手を自分の意のままにさせようとする構造は、「しかる」も「虐待」も同じ。子どもに暴力をふるうのはダメだけれど、強い言葉でしかるのは必要と考えるのは、権力者側の発想です。
でも、ママ・パパには「子どもの教育のためにしかっている」という大義名分があるので、しかることを正当化できてしまうんです。
しつけに限ったことではなく、スポーツの指導などでもいえることなのですが、人は厳しく指導され、苦しまないと何かを習得できない、という考え方が広く認知されています。これは誤った考え方です。私はこれを「苦痛神話」と呼んでいます。しつけの場面で、「子どもがよくないことをしたときには、苦痛を与えないと学べない」と考えてしまったとしたら、しつけのつもりが虐待に発展してしまう可能性は、十分にあるといえます。
「『正義』の名の下のしつけ」は、しかり方が激化しやすく、虐待への移行も
――しかり続けていると、しかっている側にはどのような変化があるのでしょうか。
村中 しかっている側に、「間違った被害者意識」が生まれてしまうことがあります。何度しかっても自分の思うとおりに行動しない子どもを見ていると、「私はこんなに一生懸命しつけているのに、ちっともいうことを聞かない」「子どものためにこんなに教えているのに、学ぼうとしない」と考えるようになります。これはやがて、「私は正しいことをしようとしているのに、この子が邪魔をする」という思考になり、どんどんしかり方が激しくなっていきます。
――なぜ間違った被害者意識を持ってしまうのでしょうか。
村中 「正しいことを理解させる」という考え方に陥ってしまうことに問題があるのです。
たとえば、子どもにおもちゃを片づけることを覚えてほしいとします。「私は部屋をきれいな状態にしていたい。だから、子どもに片づけを覚えてもらいたい」と考えた場合は、「ママは片づいている部屋が好きだから片づけて」と子どもに説明するでしょう。この場合は「私がこうしてほしい」という基準があるので、子どもへの声かけにママの気持ちがこもっています。
一方、「部屋は片づいているべき」という、“どこから来たのわからない“「正義」に基づいて子どもの行動を変えようとした場合は、しかる側の感情はこもっていません。すると、「部屋はきれいなのが当たり前。片づけをしないあなたはダメな人間だ」という発想になりやすくなるのです。そして、「ダメな人間を正すためには、きつい言葉でしかるのは当然のこと」と考えるようになり、しかり方がエスカレート。やがて虐待にまで発展してしまう、ということもあり得ます。
「禁止系」「命令系」以外のコミュニケーションを増やすことを考えよう
――長期にわたって心理的虐待を受けた子どもは、脳の発達に悪い影響を受けることがわかっているとのこと。しつけのつもりでしかっていたのに、それが心理的虐待になっていないかと、心配しているママ・パパも多いようです。
村中 一度もしからずに子育てをできる親はほぼいません。私も子どもを強い言葉でしかってしまうことがあります。
しかし、子どもをしかってしまった自分を責めるのは、自分で自分をしかることになり、ネガティブな感情を刺激するだけなのでやめましょう。
大切なのは、親は子どもに対して権力を行使して、自分の意のままにすることができてしまうのだと理解すること。そして、子どもをしかることを正当化せず、慢性化させないようにすることではないでしょうか。
-―子どもとのかかわり方について、「マルトリートメント」という言葉もあります。虐待とは違うのでしょうか。
村中 マルトリートメントは、日本語では「不適切な養育」と訳されています。身体的な暴力の意味合いが強い「虐待」と比べて、より広い範囲の不適切な対応を指す言葉です。身体的・心理的虐待はもちろん、ネグレクトや正しくないしつけなども含まれます。
「その行為や環境が子どもにとって有害かどうか」という子ども主体の視点が強調されているため、「避けるべき子育て」という意味で使われることもあります。
マルトリートメントを受け続けた子どもは、脳や心にダメージがあるということがいくつかの研究からわかっています。
――ママ・パパは、自分の子育てがマルトリートメントになっていないか、見直してみるべきでしょうか。
村中 マルトリートメントという考え方は、子どもの健やか成長のために必要なものですが、「子どものためにやってはいけないこと・やらないこと」のリストを増やすのはやめましょう。心理学的に見た場合、「やらないようにしよう」「やっちゃダメ!!」と意識するほどそのことにとらわれてしまい、いい結果は得られないからです。「やらないこと」ではなく、「やること」「やってあげたいこと」を考えてください。
まず、「やめなさい!」などの禁止系や、「○○をしなさい」などの命令系以外のコミュニケーションを増やすようにしましょう。さらに、子どもはワクワクする体験からたくさんのことを学び、成長していきます。そんな体験をさせてあげるために、今できることは何かを考えることが大切です。
このようなことを意識して子どもと接していると、いつのまにか「そういえば今日は一度もしかっていない」という日が多くなるのではないかと思います。
取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
親の権力を使って子どもを支配するという点では、「しかる」も「虐待」も同じ構造とのこと。そして、「苦痛神話」が「しかる」を「虐待」に発展させてしまう要因になることも、しっかりと認識しておきたいところではないでしょうか。
『<叱る依存>がとまらない』
しかり始めると止まらなくなってしまうはどうして? 何度しかっても同じことをするのはなぜ? 多くのママ・パパが抱く、「しかる」ことへの疑問や悩みの解決策を、脳科学の視点と心理学の知見によって示している。村中直人著/1760円(紀伊國屋書店)