親の脳への「ごほうび」がしかり方をエスカレートさせる。子どもをしかることの「効果と限界」を脳のメカニズムで解説【専門家】
子どもがなかなか言うことを聞かなくて、しかり方がきつくなっていく。多くのママ・パパが経験していることではないでしょうか。その原因は、しかる側、しかられる側の脳の反応にあるそうです。「<叱る依存>がとまらない」の著者で、臨床心理士・公認心理師の村中直人先生に聞きました。
子どもがしかられることに慣れてしまうと、親の脳は“ごほうび”をもらえない
――何度もしかっているうちに、しかっても子どもが言うことを聞かなくなり、どんどん言い方がきつくなる、ということがよくあります。このような状況のとき、親子ともに脳内ではどのようなことが起こっていますか。
村中先生(以下敬称略) しかるというのは、相手にネガティブな感情、大きなストレスを与える行為です。繰り返ししかられ、似たようなストレス(刺激)に何度もさらされると、子どもには「馴化(じゅんか)」と呼ばれる変化が起きます。「馴化」とは、特定の刺激を繰り返し与えられるうちに、その刺激に対して鈍感になり、反応が鈍くなっていく現象です。
――「最初のうちはしかれば言うことを聞いたのに、だんだん言うことを聞かなくなってきた」と悩むママ・パパも少なくありません。それは子どもに馴化が起きたということでしょうか。
村中 その可能性が高いと思います。馴化が起きると、しかっても無視して遊び続ける、「ごめんなさい」と謝ることをしなくなるなど、それまではしかれば言うとおりにしてくれた行動を、子どもがなかなかしなくなります。
――しかったことで子どもが言うとおりにすると、ママ・パパの脳は、「子どもの正しい行為を生み出し、子どもにいい影響を与えた」という満足感を覚え、脳はこれを“ごほうび”と感じているとのこと。子どもが馴化してしまうと、ママ・パパの脳はごほうびを受け取れなくなってしまうということですよね。
村中 そうなんです。しかったのに子どもが行動を変えないと、ママ・パパの脳は満足できません。「子どもの行動を変えるために、もっと強いストレスを与えなければ!」と判断し、より強くより厳しい言葉でしかるようになります。これが、しかり方がどんどんエスカレートしていくメカニズムです。
強くしかられるとちょっとした言葉にも反応するように。でも長続きはしない
――似たような刺激を受け続けると、慣れて反応しなくなるということは、強くしかってもいずれは言うことを聞かなくなるのですか。
村中 馴化は弱~中程度の刺激で起こりやすく、強い刺激では起こりにくいという特徴があります。普通レベルのしかり方だと、子どもがすぐに慣れて反応しなくなるけれど、強く激しいしかり方だと馴化が起きにくく、しかるたびに親の言うことを聞くということです。
これは生物として当然の反応。それほど危機感がない刺激は、自分の身に大した影響を与えないので、ほうっておいても大丈夫だと判断しますよね。しかし、強烈な刺激に慣れてしまったら、命の危機につながるかもしれません。だから強い刺激は何度受けても馴化が起きにくいのです。
強く激しくしかれば、いつでも子どもは、ママ・パパが「こうしてほしい」と望む行動を取ります。その姿を見たママ・パパは「やっぱり厳しくしかることが必要なんだ」と理解してしまうのです。
――強烈な刺激を受けると、そのあと弱い刺激にも敏感に反応するようになるとのこと。これはどのような反応なのでしょうか。
村中 「鋭敏化」という反応です。大きな危機的状況を経験すると、それに関連する小さな刺激にもしばらくの間は敏感になるメカニズムで、人の神経活動に備わっている「危機対応システム」です。
たとえば、「片づけないとおもちゃを全部捨てるよ!」と強い口調でしかり、おもちゃをごみ箱に捨てるところを子どもに見せたとします。これは子どもにとって非常に大きな危機的状況です。泣きながらあわてて片づけ始めるでしょう。こうした強い刺激を受けると、その後、ママやパパが独り言レベルで「ミニカーが落ちてた」とつぶやいただけでも即座に片づける、といった行動を見せます。
ママやパパからしたら「やっと片づけることを覚えた」「しつけがうまくいった」と考えますね。しかし、鋭敏化は長続きしません。子どものタイプにもよりますが、一晩寝ればすっかり忘れてしまい、「片づけをしない子ども」に逆戻りします。
強くしかられたことは記憶に残りやすい。でも残るのはネガティブな感情だけ
――「鋭敏化」は長続きしないけれど、非常に強いネガティブな感情は馴化が起こりにくいだけでなく、記憶に残りやすく消えにくい性質があるそうですね。そのメカニズムを教えてください。
村中 脳の内側の奥にある「扁桃体(へんとうたい)」は、恐怖や不安などのネガティブな感情に強く反応することが知られています。そして、扁桃体のすぐ近くに、記憶の貯蔵装置といわれる「海馬(かいば)」があります。情動(恐怖・驚き・怒り・悲しみ・喜びなどの感情)と記憶は密接に結びついているので、非常に強く激しい言葉でしかられたことは、子どもの記憶に残りやすいと言えます。
しかし、記憶に残るのは「しかられて怖かった、悲しかった」というネガティブな感情だけ。強くしかっことで子どもが望むような行動を取ったとしても、学習や成長にはつながっていません。このことは忘れないでください。
――「怒る」は感情的に子どもを攻撃することで、「しかる」は冷静に子どもに説明することだから、怒るのはダメだけれどしかることは必要だと言われることがあります。
村中 「しかる」も「怒る」も、子どもが何か問題を起こしてからの親のアクションであり、「相手の行動をコントロールしたい」という親側の欲求は同じです。子どもが受けるネガティブな感情も変わりません。「しかる」という行為は、しかられる側に対して自分の持つ権力を行使することだと私は考えています。しかる側はしかられる側より優位な立場にいるのです。「怒るのはダメだけど、しかるのは必要なこと」というのは、権力者側の発想だと思います。
「しかる」は、瞬間的に子どもの行動を変えるには有効な手段ですから、危険なことをしそうなときに子どもの行動を止めるときには効果を発揮します。しかしそれ以外のシーンでは、しかることが子どもの学びに結びつくことはほぼないと言っていいでしょう。
しかることの効果と限界を理解すると、子どものとの新しいかかわり方が見えてくるかもしれません。
取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
しかっているうちにどんどん口調がきつくなってしまうのは、ママ・パパの脳が「ごほうび」を求めていることも原因のようです。この機会に、しかるという行為を見直してみてください。
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「<叱る依存>がとまらない」
しかり始めると止まらなくなってしまうはどうして? 何度しかっても同じことをするのはなぜ? 多くのママ・パパが抱く、「しかる」ことへの疑問や悩みの解決策を、脳科学の視点と心理学の知見によって示している。村中直人著/1760円(紀伊國屋書店)