特別養子縁組制度で迎えた長男は6歳に。第2子長女を家族に迎えて思うこと【瀬奈じゅんインタビュー】
元宝塚歌劇団月組のトップスターで、俳優として活躍する瀬奈じゅんさんが、2023年4月28日、自身のインスタグラムで「特別養子縁組制度で、第2子となる女児を授かりました」と報告しました。瀬奈さんは、6歳になる長男も特別養子縁組制度で家族に迎えています。
第1子の子育ての様子や特別養子縁組制度について聞きました。
不妊治療を卒業し、特別養子縁組制度で長男を迎えて変わったこと
特別養子縁組制度とは、さまざまな事情により生みの親のもとでは暮らせない子どもを、自分の子どもとして迎え入れる制度です。法的な親子関係を結ぶため、戸籍の表記も実の親子とほとんど変わりません。
瀬奈じゅんさん、千田真司さんが特別養子縁組制度で第1子を授かったのは2018年2月です。瀬奈さん夫婦は、特別養子縁組で第1子を授かるまで、長期にわたり不妊治療を続けていました。
――特別養子縁組制度で、子どもを授かろうと決めた理由を教えてください。
瀬奈さん(以下敬称略) 私は、ダンサーの夫と2012年の末に結婚しました。結婚したのは私が38歳、夫が28歳のときです。
30代のころに卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)をわずらったこともあって、医師からは「自然妊娠は難しいかもしれない」と告げられていました。年齢的な問題もあったので、仕事をセーブしながら、不妊治療に取り組み、2年半で7回の体外受精にトライしたのですが、いい結果が得られなくて・・・。
いろいろな思いをいったり来たりしながら、夫とも相談して、特別養子縁組制度という選択肢を考えることにしました。『私は妊娠することをゴールにして頑張ってきたけれど、本当はそこがゴールではない! 私は、子どもを育てていきたいんだ』ということに気づいたことが大きかったと思います。
夫の精神的なサポートや尊敬する先輩から「どんなに悩んでも答えが出ないなら、一歩前に踏み出してみたら?」とアドバイスされたことも大きいです。
看護師さんに「お母さんが来るのを待っていたんだね」と言われて涙が
特別養子縁組制度で子どもを迎えるには、いくつかのステップが必要です。
瀬奈さん夫婦もいろいろと調べて、特別養子縁組のあっせん団体に相談し、準備を進めました。
――特別養子縁組制度で、子どもを授かるまでのことを教えてください。
瀬奈 特別養子縁組で子どもを迎えるには、まずは説明会に参加しなくてはいけません。その後、審査や夫婦面談があり、研修に参加しておふろの入れ方などを教わったりもします。そうしたことをクリアしなければいけません。
特別養子縁組のあっせん団体は、さまざまな事情で子どもを産んでも育てられない生みの親のサポートも行っています。
私は、特別養子縁組で子どもを授かるまでは「そこまでして子どもがほしいって、私のエゴかな?」と悩んだ時期もあったのですが、特別養子縁組によって救われる親子がいるということ知って、気持ちが前向きになれました。
――第1子を授かったときのことについて教えてください。
瀬奈 あっせん団体の審査や夫婦面談などをクリアして、赤ちゃんを待っていました。そして男の子を授かりました。 生後5日の赤ちゃんを産院に迎えに行くことになったのですが、看護師さんから電話があり「ミルクが上手に飲めなくて・・・。飲ませ方にコツがあるから、少し早めに来てもらえますか?」と言われました。
産院に着くと、看護師さんから「あごを少し上げると、ミルクを飲んでくれるので、やってみてください」と言われ、生後5日の赤ちゃんを抱っこさせてくれました。
そのとき私は、なんの根拠も理由もないけれど「大丈夫」と思えて、看護師さんに言われた方法ではなく、普通にミルクを飲ませてみたんです。そしたら赤ちゃんはスムーズに飲みました。そのとき看護師さんに「赤ちゃん、お母さんが来るのきっと待ってたんだね」と言われました。「私のことを、私がミルクを飲ませるのを待っていてくれたんだ」と思ったら、涙が止まらなくなりました。あの日のことは、一生忘れません。そのときに息子との絆(きずな)を強く感じました。
長男と一緒の毎日は、大変だけれど新しい経験もいっぱい
取材のときは、6歳の長男もちらりと顔を見せてくれました。瀬奈さん、千田さんになんとなく似ているように感じられます。
――息子さん、ママ・パパに似ているって言われませんか?
瀬奈 雰囲気なのかもしれませんが、よく似ているって言われます。目元は夫に、鼻や口元は私に似ているように感じています。
以前、私たち夫婦がまだ息子を迎えておらず、特別養子縁組の情報収集のために参加していた説明会で子どもを授かった家族に会ったとき、「なんで血がつながっていないのに、こんなに顔が似ているんだろう?」と驚いたことがありました。今、息子と一緒に暮らしていて、同じ環境で同じものを食べ、同じように笑っていたりすると、だんだん似てくるのかな ~と感じています。
――息子さんは6歳になりますが、子育てはどうですか。大変なことなどありますか。
瀬奈 子育てって、根気がいりますよね。0歳・1歳ごろで突発性発疹(とっぱつせいほっしん)やアデノウイルス感染症にかかったとき、あまりに不機嫌な息子の対応に苦労しました。体調が悪いんだから当たり前だけれど、「不機嫌病」といわれることもあるようですね。
また、3歳半ごろになって意思表示が強くなってきたころ、友だちとけんかすると手が出るようになって大変でした。「いくらくやしいことがあっても、たたいちゃダメだよ」と言い聞かせると「僕は悪くない!」「〇〇くんが悪い!」の一点張り・・・。でも何度か言い聞かせているうちに、どうにかわかってくれましたが。
――今、息子さんが夢中になっていることはありますか?
瀬奈 息子は虫とりが大好きで、家でも幼虫からアゲハチョウを育てたりしています。本当に小さい幼虫から、少しずつ脱皮してさなぎになってアゲハチョウになるまで、お世話しながら観察するんです。
ある朝、リビングの天井にアゲハチョウがいたときには驚きました。私たちが起床する前にチョウになっていたんです。
息子が「外に逃がしてあげよう」と言うので、空にはなしました。優しい子に育ってくれていることがうれしいです。
私は虫が苦手だったのですが、息子につき合って、いろいろな虫の飼い方を動画などで見て勉強しているうちに育て方も詳しくなってきました。そんな新しい世界を息子が経験させてくれるので、子育てがとっても楽しいです。
コロナ禍で一度はあきらめた第2子。でも長男がきっかけで前向きに考えるように
――特別養子縁組制度で、第2子を授かりましたが、「もう1人」と思った理由を教えてください。
瀬奈 コロナが流行する1年ぐらい前、長男の育児が少し落ち着いたころから「できたら、もう1人育てたいね」と夫と話し合っていました。しかしコロナ禍になり、エンタメ業界の先行きが不透明になり「今は、その時期じゃないね・・・」という話になりました。息子の前で、そんな話はしたことはありません。
でもある日、ママ友から「〇〇くん(息子のこと)から、『僕の家に赤ちゃんが来る』って聞いたけど本当?」と言われたんです。多分、まわりの友だちに弟や妹が生まれるの見て、「自分も弟や妹がほしい!」と思ったのかもしれません。
息子のその言葉や行動のおかげで「やっぱり2人目のことを考えよう」って心が決まりました。
お話/瀬奈じゅんさん 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
取材のとき、上の子はパパの千田さんと虫とりに行く約束をしていて「パパ、早く公園行こう!」という元気な声が聞こえました。
瀬奈さんは「特別養子縁組というと特別視する人もいますが、ごく普通の家族です。多様なカタチの家族を受け入れてくれる社会になってほしい」と話します。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年5月の情報であり、現在と異なる場合があります。
瀬奈じゅんさん(せなじゅん)
PROFILE
1992年宝塚歌劇団入団。2005年『JAZZYな妖精たち/REVUE OF DREAMS』で月組トップスターとなり、絶大な人気を集める。2009年12月、『ラスト プレイ/Heat on Beat!』で宝塚歌劇団を退団。2018年には『今日から俺は!!』(日本テレビ)で主人公の母親役を演じて話題に。ミュージカル、舞台、ドラマなど幅広く活躍する。HP「&family・・」で、特別養子縁組の情報を発信する。
『ちいさな大きなたからもの~特別養子縁組からはじまる家族のカタチ~』
つらい不妊治療を乗り越えて、特別養子縁組で生後5日の上の子を授かった瀬奈じゅんさんと千田真司さんご夫婦の、葛藤と喜びの日々をつづったノンフィクション・エッセイ。瀬奈じゅん、千田真司著/1540円(方丈社)