「もう笑って過ごすことはない」と思っていた…。ダウン症のわが子の道が開けたエンタメとの出会い。障がい・難病専門芸能プロダクションの活動とは?
誕生して1週間後、心疾患とダウン症候群の診断を受けた清水日葵ちゃん(2歳4ヶ月)。現在は3ヶ月に1回の検診と週2回の療育に通いながら、東京都認証の障がい・難病者 専門総合芸能プロダクションに所属。日葵ちゃんの病気や子育ての様子などを綴ったブログは1日最大34万人のアクセス数となり、大きな話題を呼んでいます。
なぜ、日葵ちゃんはエンタメの道に進んだのでしょう? チャレンジド(※1)専門総合芸能プロダクションの活動内容とは?「ココダイバーシティ・エンターテイメント」代表の大倉伸三さんを中心に、ママの美沙さん(39歳)と秀幸さん(39歳)も交えてお聞きしました。
特集「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
「世界が一気に広がって…」所属後に待っていた“世界”とは?
現在、「ココダイバーシティ・エンターテイメント」には【C・E生】と呼ばれるキッズタレントが15組(キッズ&ママ)所属。
日葵ちゃんは、なぜエンタメの道を目指したのでしょう?
「私には舞台役者の経験があって、⾃分に子どもができたら、エンターテイメントにかかわることをして欲しいなと思っていました。
でも、実際に娘が生まれたら、心疾患やダウン症のことで頭がいっぱいで…。夢のことなんてすっかり忘れていたんです。
チャレンジドキッズの“ひらいあかりちゃん”のブログを見て、事務所の活動に衝撃を受けて。夢が再燃しました」(美沙さん)
障がいを理由に、日葵ちゃんの可能性をさらに広げる働きかけや、たくさんの人とかかわることなどを無意識に諦めていたと美沙さん。
「娘は音楽に合わせて体を動かしたり、人と接するのが大好きなので、“飛び込んでみるしかない!”って思いました。
まだ、それほど活動はしていませんが、宣材写真の撮影で楽しそうにしていたり、パプニングがあっても泣かずに堂々としていたり…。知らなかった娘の一面に触れられました。
ブログを書くことで、さらに子どもたちと深く向き合ってかかわれるようになったなと思います」
日葵ちゃんが事務所に所属したことで、美沙さんにも変化があったと言います。
「たくさんの方にブログをフォローしていただいたり、”いいね”やあたたかいコメントをいただいたり…。本当にありがたく思っています。
娘が生まれたころは悲観的な気持ちしかなくて、毎日泣いてばかりでしたが、今は娘にたくさん笑わせてもらっています。
いつか娘の笑顔で、たくさんの方を笑顔にできる機会があったらいいな、というのが今のささやかな夢です」(美沙さん)
総ブログ閲覧数は1日最大128万回!
オーディション合格後の活動は、希望すればブログ発信から始まります。
「弊社所属のキッズ&ママが発信するブログの総閲覧数は1日約128万回と大変好評をいただいています。
“子どもが事務所に所属できたから、伝えたかったことをブログで伝えられました!”と喜んでくれたり、“チャレンジドママのブログを見て心が救われた”と言ってくださる一般の方もいます。そう言ってもらえると本当にうれしいです。
“想いを発信したい”と願っているママやパパはほかにもいらっしゃると思うので、それが実現できるような道筋をつくっていけたらと思っています。興味を持たれたら、ぜひチェックしていただきたいです」(大倉さん)
活動を通じてママもパパも成長
毎月第三日曜日開催の「ダイバーシティ・カフェ品川」の参加も、日葵ちゃんをはじめ、所属するキッズ&ママやパパ、所属タレントにいい刺激となっているようです。
「キッズとそのママやパパ、タレントが交流する場をつくると、ママもパパも成長します。同じ立場同士で情報交換できるので、視野が広がるんです。ブログの書き方や内容も、より読み応えのあるものになってね」(大倉さん)
タレントには、車いすユーザーをはじめ、義眼、義手、義足など、さまざまなチャレンジドが所属していると大倉さん。
「子どもが“なんでおにいちゃんは義手なの?”などと聞くと、周りの大人は“聞いちゃダメ”と言いがちですよね。
でも、当事者は聞いて欲しいと思っているんです。質問していただければ、ちゃんと答えられるので、チャレンジドに対する理解がいっそう深まるかと思います」
このイベントは、ママやパパの意見を取り入れながら企画構成し、所属タレントが接客や進行をリードしていきます。
「接客の仕事は、弊社所属タレントに限らす、障がいや難病のある方が就きにくい職業です。それを経験できる場をつくり、実現させることも、ダイバーシティの一つだと思っています」(大倉さん)
年齢や特性などに応じてレッスンも
子どもたちのママやパパからは、ブログ以外にキッズモデルや歌手にしたいなどの要望も多いと言います。
「弊社ではプロによるボイストレーニングや演技指導などのレッスンを基本オンラインで行っています。ですが、ママたちの要望をかなえるなら、徹底的にレッスンする必要があるので、お子さんの年齢や特性などを考えて進めている状況です。
最近は企業や広告代理店などからも注目していただき、モデルやコマーシャル出演などをするキッズも増えています」(大倉さん)
「就労に選択肢を!」切実な問題に向き合う活動も
「ココダイバーシティ・エンターテイメント」の活動は、モデル・タレント業などのマネジメントだけでなく、支援学校卒業後を見据えた就労サポートや、遠い将来に向けてのアドバイスなども行っています。
「日本は少子化が進んでいますが、障がいを持つ子どもの数は増えているのが実情です。特別支援学校などの児童や生徒の数は増加傾向にあり、何十年たっても卒業後の進路がうまく見つかりません。就職できるのは全体の数%。選択肢はほとんどありません」(大倉さん)
大倉さんは、チャレンジドの進路に選択肢ができるように、ネイリストの育成やハンドメイド制作のレッスンなど、在宅就労につながる活動を数年前から精力的に行っています。
2020年東京オリンピック・パラリンピックではチャレンジドが大活躍!
2020東京オリンピック・パラリンピックでは、車いすネイリストが選手村で世界中の選手にネイルアートを施したり、パラリンピック開会式に参加するなど、チャレンジドタレントが大いに活躍しました。
「チャレンジドネイリストの育成は、個性や特性に応じて、ネイリストだけでなく、ネイルシールを制作するクリエイターなどの育成も行い、それが実を結びました。
チャレンジドの晴海選手村ネイルブースを利用した、フィリピン初の重量挙げ金メダリストからは “パワーネイルだ!”と称賛いただき、数々のメディアで紹介されました」(大倉さん)
2025年大阪・関西万博に提案も
現在は、さらに持続可能な在宅就労の環境づくりに力を入れ、その仕組みを2025年大阪・関西万博で提案すると大倉さんは話します。
「公式キャラクター“ミャクミャク”を使ったハンドメイドアクセサリーや水引の制作などを提案しています。制作は主にチャレンジドキッズとママが担当。
在宅ワークができるように、オンラインレッスンも取り入れる予定です。
“ミャクミャク”を使ったグッズ制作では、協賛企業様のロゴなどを入れ、その協賛費はお子さんのサポートなどで就労が難しいママたちの収入となるように計画しています。
今後は、ハンドメイドのクオリティをさらに上げ、商品として広く流通できるようにしたいです。
講師の育成、制作、販売という一連の仕組みを確立させてファミリー全体のサポートする予定です」(大倉さん)
障害物をよける「空飛ぶ車いす」も構想中
2025年大阪・関西万博への提案は、持続可能な就労環境の仕組みだけに留まりません。
「バリアフリーが進んでも、車いすユーザーは交通機関や施設などを利用するとき、不便さを感じることが多々あります。
この原因は何かと深掘りしていくと、障害物は車いすユーザー側ではなく、構造物のほうにあるとわかったんです。
例えば、車いすが地面から20㎝浮けば、障害物をクリアできる。それが実現すれば、車いすユーザーは1人でも気兼ねなく外出できると考えました。ご高齢の方にも役立つものになるかと思っています」(大倉さん)
現在は、具現化に向けてさまざまな企業と調整を行っているそうです。
「実行することで修正点は明確になります。いろいろな方の力を借り、計画・実行・修正を繰り返していけたらと。そして、50年後は“空飛ぶ車いす”が当たり前のものになっていたらいいなと思っています」(大倉さん)
チャレンジドにとって「8050問題」は他人事じゃない!
80歳前後の親が長年引きこもる無収入の50歳前後のわが子の生活を支えることで、親子ともに生活困窮などを引き起こし兼ねないと言われている「8050問題」。
これは、チャレンジド親子も見過ごせない問題だと大倉さんは指摘します。
「かなりつらい例になってしまいますが、仮にチャレンジドの子どもが50歳、その親が80歳になったとき、先行きが不安になって親子で無理心中するというケースも稀にあるんです」
ある生命保険会社では“生命保険信託”と言って、親が亡くなったときに支払われる死亡保険金を生命保険会社に信託するサービスができたそうです。
「障がいや難病のある子どもを受取人にした場合、詐欺に遭ったり誤った使い方などをして生活が成り立たなくなるケースもあると聞きます。
子どもの生活を守るために、事前に親が自分の死亡保険金を渡す相手や渡し方を決めて、生命保険会社がその通りに子どもにお金を渡していく。たとえば、月々15万円などね。
そういった情報もチャレンジドママなどに伝えています。親亡き後の生活計画ですね。
弊社はエンタメ事業ですが、将来の就労や親の死後の生活など、切実な問題にも向き合っています」(大倉さん)
SDGsと謳われても、チャレンジドを取り巻く環境は今も厳しい
最後に、チャレンジドタレントやキッズなどがかかえる問題や課題を大倉さんに尋ねると、
「ニュースなどでは障がい者雇用支援やSDGsなどの話題を耳にしますが、障がいや難病のある方が置かれている環境は決していいとは言えません。
たとえば、2020東京パラリンピック閉会後は、障がいのある方に関する情報発信が減少したり、スポンサー企業が撤退し、練習すらできない選手もいます。
また、障がいのある人が主役のコマーシャル、ドラマや映画などは、ほとんどのケースで健常者が成り代わって出演しているのが現状です。
海外では、当たり前のように障がいのある人がキャスティングされているので、日本の風潮も変えていけたらと思っています。
今後のチャレンジドの活動に目を向けていただけたらうれしいです」
「障がいのあるお子さんが生まれると、ママやパパは“大変…”“怖い…”と思うかもしれません。つらいときは思う存分泣いてください。楽しい未来は必ずあります」と美沙さん。
障がいのあるお子さんやそのご家族の気持ちは、当事者でないとわかり兼ねる部分があります。でも、その想いや現実に目を向け、理解する努力をし続ければ、ともに支え合って明るい未来をつくることができるのかもしれませんね。
取材協力・写真提供/ココダイバーシティ・エンターテイメント、清水秀幸さん・清水美沙さん
取材・文/茶畑美治子、たまひよONLINE編集部
※1 (チャレンジド)障害などの事情を抱える人のこと。挑戦という使命や課題、挑戦するチャンスや資格を与えられた人を語源とする。(ココダイバーシティ・エンターテイメントのHP参照)
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年6月の情報で、現在と異なる場合があります。
大倉伸三さん
東京都認証、株式会社ココダイバーシテイ・エンターテイメント代表取締役。
一般社団法人日本パラリンビューティ協会代表理事。
大学卒業後、芸能プロダクション入社。ロックミュージシャン故桑名正博氏のプロデュースを担当したことを機に、ボランティア活動に参加。視覚障がい者支援や車いすバスケットボールなどの支援を経て、大阪で美容関係の経営に従事。特別支援学校に美容技術にかかわる出張授業の実施、車いすユーザーをはじめ、障がい者の個性や特性に合った就労を実現する美容スクール「Beauty Factory」を開校。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会選手村にて車いすネイリストブースを運営(IOC・IPC史上初)。芸能プロダクション初の東京都認証ソーシャルファーム事業所の認証事業所に認定。
清水日葵ちゃん(2歳4ヶ月)
2021年1月27日生まれ。東京都出身。ママの清水美沙さん(39歳・販売職)、パパの秀幸さん(39歳・会社員)、弟ヨーダくん(1歳1ヶ月)の4人家族。身長75㎝・体重9kg(2歳3ヶ月現在)。好奇心旺盛で食べることと音楽に合わせて体を動かすことが大好き。一人歩きは2歳すぎから。言葉を理解している様子はあるが発語はこれから。現在イヤイヤ期ピーク。