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絶望から希望へ。「ダウン症の子どもを育てるのって、ひと言で普通です」美容家・金子エミさんインタビュー

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できることのなかでいかに楽しく生きていくかいかに大切か、海人を育てるなかで学びました

パーツモデル、美容家として活躍中の金子エミさん。25歳と18歳の二人の息子さんのママでもあります。そして、長男の海人さんは超おしゃれなダウン症。初めての子どもがダウン症だと知ったときは、「私の人生はもう終わった」と思ったそうです。しかし、間近で海人さんを見ているうちに「ダウン症って普通」と思うようになったと言います。そして今、海人さんはダウン症水泳のアジアチャンピオンに成長しました。ダウン症、自分の子どもだからではなく、対人間として尊厳をもって海人さんに向き合ってきた金子さんに子育ての秘訣を聞きました。

ダウン症の息子が生まれた日が私の人生のスタートライン

25年前に海人が生まれた日に私の人生が始まった

―― 障がいのあるなしに関わらず、初めての出産、子育ては大変だと思うのですが、「ダウン症の子どもを育てるのって、ひと言で普通です」っておっしゃる金子さん、すごいなぁって思います。

金子エミさん(以下金子:敬称略):もちろん私だって、海人がダウン症だってわかったときには、「人生は終わった。もう楽しんだり笑ったりすることはないだろうな」って思いましたよ(笑)。

でも実際にはそんなことは全然ありませんでした。むしろ、海人が生まれた25年前のそのときに私の人生は始まったのだと思っています。

―― とはいえ、世間のダウン症に対する偏見もあったでしょうし、周りの理解を得るのは大変だったのではないでしょうか?

金子 当時の私は、絶対に海人のことを人にかわいそうだって思われたくないと、ずいぶん気負っていたように思います。

海人の実の父親は、親戚の人にも彼がダウン症だということを言っていませんでした。義理の母が「生まれなかったことにしよう」って言ったときには、「えっ!? 今、生まれてここにいるのになぜ?」って……。それは「気にしなくていいよ」という義母なりの私への気遣いだったと今は理解できます。でもそのときは、「どうして隠すの?」って思いましたけどね。

母親の私でさえ、産まれたときは普通だなんて思えなかったけれど、育てていくうちに、笑うし泣くし、私にとって普通だと思えることばかり。いつの間にか私の中からダウン症だから普通じゃないという感覚は消えていきました。

超おしゃれなダウン症を育てようと決めたあの日

ダウン症の子は天使。それなら背中に天使の羽をつけちゃおうって

―― そこからは、障害のあるなしではなく、母として、人として海人さんに向き合われるようになったんですね。

金子 パラリンピックの創設者であるルートヴィヒ・グットマンは「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ」と言っています。まさにその言葉のとおりで、健常者とか障がい者とかではなく、できないことばかり考えていたら、キリがないと思うんです。

できないことにとらわれるのではなくて、今、できることのなかで、いかに楽しく生きていくかっていうことが人としてすごく大切なんだって海人を育てるなかで学んでいきました。

―― 金子さん自身のダウン症に対する捉え方が変化していったのですね。

金子 海人がダウン症だってわかったときは、私ももちろん不安でしたから、ダウン症の親の会に入ったり、先輩のお母さん方とお会いしたりもしました。

辞書みたいに分厚い本を買って読んだこともありましたが、読んでいるうちに「ここに書いてあること全てが海人に当てはまるかどうかなんてわかんないじゃない?」って思えてきたんです。本を読むことでネガティブな気持ちになるのはいやだったから、途中で読むのを止めちゃいましたけど。

そんな私が前向きになれたのは、家に遊びに来てくれた親友の言葉でした。初めて海人に会った彼女は、「すごいかわいいじゃん」、そして「エミなら超おしゃれなダウン症の子を育てられるんじゃない!? 」って言ってくれたんです。

その一言に私、「私できるかも!」って思いました。だって私、クリーニング屋の娘ですから(笑)。Tシャツにもアイロンかけていたし、場所や天気、気分に合わせて、1日に何度も着替えるほど、おしゃれに気を遣っていましたからね。

―― 天使の羽をつけた海人さんのセピア色の写真を見ました!

金子 ダウン症の子は天使だって言われていますから、それなら背中に天使の羽をつけちゃおうって。

海人を見ていると、子どもは親が育てたように育つなって思います。確かに大変なことはあったし、今でもときどき大変なとことはあります。でも、そばで見ていると、海人は本当にすごいと思えるんです。親だからということはなく、ひとりの人として本当に尊敬しています。

何しろ強い。どんなことにも屈しないし、いつも自分をもっています。

もし私が海人だったら、とっくにくじけてあんな風には生きていられないと思います。いじめられても、人を嫌いにならず、人を信じているところは、本当にすごいなと思います。

健康のために始めた水泳。今やダウン症水泳のアジアチャンピオンに成長

健康のために始めた水泳。今やダウン症水泳のアジアチャンピオン!!

―― さて、海人さんはダウン症水泳のアジアチャンピオンです。水泳を始めたきっかけを教えてください。

金子 下の子が0歳の時に近所のベビースイミングに通っていたんです。海人は見学(笑)。いつも全然動かないでニコニコしているだけだったので、スポーツに向いてないだろうなと思っていましたから、スポーツ、まして水泳をやらせるつもりはまったくなかったんです。

しばらくして、弟が移った別のスイミングクラブで、ダウン症の子が泳いでいるのを見たんです。そんなスペシャルなクラスがあるなら、健康のためにやらせてみようかなと思ったのが動機です。
私自身、水泳に対しての知識はもっていないし、習ったこともなかったのですが、良い先生に出会えたおかげでメキメキと上達していきました。

どんなときにも楽しくハッピーでいてほしい

―― 水泳の練習を嫌がるようなことはありませんでしたか?

金子 私は、子どもが泣いて嫌がるようなことを「やりなさい」とは言いません。

「こう育てたい」とか、「こういうことをしてほしい」とか、子どもに対する願いはあまりもっていないんですよ。私自身が自分の仕事をとても大切にしているし、毎日の生活のなかでやりたいことがいっぱいありますから。

でも、海人のことも、二男のこともよく見るようにしていて、「好きなことは何か?」「どういうときに輝くのか?」、そういう瞬間は見逃さないようにしていますね。

―― 最後にたまひよ世代のママ・パパ、これから出産、育児を経験するママ・パパたちに、金子さんが育児をするうえで大切にしていることを教えてください。

金子 私はその子の良いところを探して伸ばせばいいと思っています。

子どもが小さいときにやる気を育てるのはとても大切です。本当に好きなことは、やる気を出すことで力が発揮できますから。
そういう姿を見ていると、私もとても楽しいので、嫌なことを我慢してやらせるより、やりたいことをたくさんやらせてあげたいんです。

子どもたちが、どんなときにも楽しくハッピーでいてくれたら、私もハッピーですから。


文 / 米谷美恵 取材 / 米谷美恵・たまひよ編集部
写真提供 / 金子エミ


いつもどんなときも、障害があってもなくても、二人の息子さんの一番の理解者、応援団でありたいと言う金子エミさん。彼らのハッピーな姿を見ることが今は何より楽しいと話します。そんな母の想いを受けて、長男はダウン症水泳のアジアチャンピオンに、二男も自分のやりたいこと、進むべき道を見つけて大学受験に向けて、邁進中です。母として、一人の女性として、美容家として、しなやかに、たおやかに、毎日を生きる金子さんに、たくさんの勇気をもらいました。

後編「ダウン症の息子との毎日を発信し続けるわけは?」では、二人の息子さんへの思い、そして、自分の病気やダウン症の海人さんとの日々を発信続けるわけについてお聞きします。

●記事の内容は記事執筆当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

金子エミさん

PROFILE
パーツモデル、美容家。25歳と18歳二人の息子の母でもある。
これまで約100本のCM・広告 約100本に出演。「金子エミとダウン症カイトの水泳奮闘記『世界は君のもの』など著書7冊。

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