「卵アレルギーは湿疹への早期ケアで発症を抑えられる」。世界初の実証でこれからどう変わる?【アレルギーの30年・前編】
「たまひよ」創刊30周年企画「生まれ育つ30年 今までとこれからと」シリーズでは、30年前から現在までの妊娠・出産・育児の様子を振り返り、これから30年先ごろまでの流れを探ります。
食物アレルギー、アトピー性皮膚炎、気管支ぜんそく、花粉症など、その種類も症状もさまざまなアレルギー。「たまひよ」が創刊した1993年から30年間、小児アレルギーの発症の様子や症状などはどのように変化し、それに対してどのような治療や研究が行われてきたのでしょうか。国立成育医療研究センター・アレルギー専門医の山本貴和子先生に聞きました。
2023年春、卵アレルギーの研究が大きく前進
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――2023年4月、国立成育医療研究センターで「乳児期のアトピー性皮膚炎への早期治療を始めることが鶏卵アレルギーの発症予防につながる」という研究成果が発表されました。
山本先生(以下敬称略)乳児期の早い時期から保湿剤を塗るとアトピー性皮膚炎が3割減る、という研究結果は過去にありました。しかし、アトピー性皮膚炎に対して、早い時期から積極的に治療を行うことで卵アレルギーが減ったという臨床研究の報告は今までありませんでした。
今回発表した研究(PACIスタディ)は、2017年の7月から取り組んできたもので、湿疹のある赤ちゃんの肌をできるだけ早く、しっかり治療することで卵アレルギーの発症を25%削減できたことを実証しました。
赤ちゃんの湿疹の治療を発症してすぐにスタートすることが食物アレルギーの予防につながることが実証されたのはこの研究が世界で初めてです。
――実証研究の概要について教えてください。
山本 私たちは研究への協力者を募集して、生後7~13週でアトピー性皮膚炎がある赤ちゃんに対して、標準的な治療を行うグループと、積極的な治療を行うグループに分けました。アトピー性皮膚炎であるかどうかは、医師が確認しています。
積極的な治療とは湿疹が出ていない、見えない炎症部分にもステロイド外用薬などを使う治療です。標準的な治療は、湿疹が出ている部分だけにステロイド外用薬を使用しました。その2つのグループで、生後28週のときに卵アレルギーがあるかどうかを調べたところ、積極的な治療を行ったグループのほうが卵アレルギーの発症が25%も少なかったのです。
生後7~13週で湿疹発症28日以内の赤ちゃんを対象に研究
全国で16施設が研究に加わり、約650人の赤ちゃんを対象に行いました。
2つのグループの片方には「リアクティブ療法」といわれる従来型の標準的治療をし、もう片方には「プロアクティブ療法」をもとにした積極的な治療をしました。
――今回の実証研究は「二重抗原曝露仮説」を実証したものとのことですが、この仮説について教えてください。
山本 漢字が続いて難しい、といわれることもあるのですが、「抗原」はアレルゲンのこと、「曝露」はアレルゲンが体に入ることです。
炎症のある皮膚を通してアレルゲン曝露されると、IgE抗体が作られてアレルギーが引き起こされる方向になります(経皮感作といいます)。一方、アレルゲンになる食品を症状が出ない量で口から早い時期に取り入れたほうがアレルギーを抑えられます(経口免疫寛容といいます)。
この2つの考え方を合わせた仮説が「二重抗原曝露仮説」です。
今回の私たちの研究は炎症のある皮膚を早期に治すことで食物アレルギーは本当に予防できるのか、ということがテーマでした。
そしてアトピー性皮膚炎を積極的に治療するほうが卵アレルギーの発症が抑えられるということが実証されたのです。
経皮感作と経口免疫寛容、2つのルート
経皮感作と経口免疫寛容の2つの考え方を合わせたものが、二重抗原曝露仮説です。「PACIスタディ」は二重抗原曝露仮説の経皮感作を世界で初めて実証しました。
経皮感作と経口免疫寛容の、二重抗原曝露仮説がいわれるまで

――二重抗原曝露仮説は、いつごろから仮説として考えられていたのでしょうか?
山本 2003年に、イギリスの研究グループが、ピーナツアレルギーと肌の関係の研究を発表しました。
ピーナツオイルを含む保湿剤を肌に塗った乳幼児のピーナツアレルギー発症率が、塗っていない乳幼児より高いという研究でした。一方で、妊娠・授乳期の母親の食事内容とピーナツアレルギー発症のリスクは関係性がないこともわかりました。食物アレルギーの原因は皮膚へのアレルゲンの接触が関連していることを示唆するものとして、この当時、かなり衝撃的なニュースでした。
保湿剤は、赤ちゃんの肌が荒れているときに使われます。このピーナツオイルを含む保湿剤も湿疹がある赤ちゃんに使われていて、ダメージがある皮膚から異物(この場合ピーナツ)が侵入することでIgE抗体が作られ、アレルギーが引き起こされるのではないか、という考え方が生まれたのです。
これを「経皮感作」といいます。
そしてその後、2008年に同じ研究グループが発表したのが、二重抗原曝露仮説という説です。
イスラエル人はほかの欧米人となんら変わらない生活を送っているのに、ピーナツアレルギーがあまり多くなく、大きな問題になっていないことに着目しました。調べてみると、イスラエルでは離乳食として赤ちゃんのころからピーナツを食べさせていることがわかったのです。
消化管には「人間と異なるたんぱく質を体に取り入れるように働く能力」が備わっていて、食べることで腸がそのたんぱく質を体に受け入れようとするはたらきがあります。これを「経口免疫寛容」といいます。
この経皮感作と経口免疫寛容の2つの考え方を合わせたものが、二重抗原曝露仮説です。現在の食物アレルギーの予防や治療を考える根幹ともいえる説です。私たちの施設は、世界で初めて皮膚介入と経口介入の両方から鶏卵アレルギーが予防できることを検証した唯一の施設となります。仮説ではなくなり、実証することができました。
――アレルギーの研究は大きく進んでいるようです。30年前ごろはどんな考え方だったのでしょうか。
山本 『たまごクラブ』『ひよこクラブ』が創刊した1993年のころには、食物アレルギーはアレルゲンを食べることによって発症すると考えられていました。そして「アレルギーマーチ」といって、アレルギーは、食物アレルギーから始まって、アトピー性皮膚炎や気管支ぜんそくなどさまざまなアレルギーと連鎖する、という考え方がありました。
その当時からアトピー性皮膚炎と食物アレルギーを合併する子どもがとても多いことはわかっていたのですが、それぞれのアレルギー症状がどのように関連しているのかまではわかっていませんでした。
アトピー性皮膚炎と食物アレルギーには関連があって、どのようにかかわっているのかということが、この30年でいろいろわかってきているのです。
アレルギーの原因は?
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――そもそもアレルギーはどうして起きるのでしょうか。
山本 私たちの体は細菌やウイルス、寄生虫といった感染性微生物や異物などから体を守るしくみ(=免疫)を持っています。アレルギーとは、この免疫が過剰に反応して異常を起こし、くしゃみや発疹、呼吸困難などさまざまな症状を引き起こしてしまうことをいいます。
アレルゲンとは、このアレルギーを引き起こす原因物質のことです。抗原ともいわれ、食物やハウスダスト、花粉などがあたります。アレルゲンを異物として反応するのです。
――異物に対して免疫が過剰に反応、ということですが、どのようなしくみになっているのでしょうか。
山本 アレルゲンが体に入ると、「IgE抗体」という物質が体内に作られます。これを感作(かんさ)といいます。一度感作したあと、再度アレルゲンが体内に入るとIgE抗体がくっついて、アレルギー反応を引き起こす化学物質が新たに放出されて、免疫が過剰に反応して異常を起こし、くしゃみやじんましん、呼吸困難などさまざまなアレルギー症状が引き起こされると考えられています。
さまざまなアレルギーが戦後に増えたことはわかっています。食べ物や住環境、ライフスタイルなどの変化がアレルギーの原因となっていると考えられますが、どのようにかかわっているのかはこれからの研究課題です。
――かつて、食物アレルギーの治療ではアレルゲンを排除した「完全除去食」を行っていました。
山本 はい、食物アレルギーの原因がまだよくわからなかったころは、子どもの食物アレルギーは消化機能が未熟であるため引き起こされると考えられていました。また、母親の妊娠・授乳期にとる食事も食物アレルギーの原因になるとも考えられていました。2000年のアメリカのガイドラインを見ると、アレルゲンとなる食品を除去する指導がされていたことがわかります。そして、日本もそれにならっていたのでアレルギー治療=除去食というのが定着していたのです。
しかし、その方法をいくら続けてもアレルギーは減らず、むしろ増えていってしまったのです。そこで2008年には、アメリカのガイドラインから除去食推奨の文言は消えることになります。
除去食は2000年にアメリカが提唱していた
2000年のアメリカではピーナツについては、妊娠中、授乳中ともに除去が推奨されていました。8年後には除去を推奨しない方向に転じています。
今もなお問題となっているアトピー性皮膚炎の診療
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――食物アレルギーを予防するには、早い時期でのアトピー性皮膚炎の治療が大切とのこと。アトピー性皮膚炎の治療法の変遷について教えてください。
山本 アトピー性皮膚炎は湿疹が繰り返し継続されることが診断の一つの条件になっているため、現在日本での確定診断は湿疹が2カ月以上続いて診断します。ステロイド外用薬ではなく保湿剤で様子を見る、という判断になりがちなことがあります。
しかし、保湿剤だけでアトピー性皮膚炎は治らない場合があるので、治らないままに離乳食を始めると食物アレルギーを発症、ということになってしまいます。
現在でもそのような状況があります。
2000年には「アトピー性皮膚炎治療ガイドライン」が発表され、「プロアクティブ療法」が始まることになったのですが、残念ながらいまだになかなか定着していないのが現状です。
――「プロアクティブ療法」とはどんな治療法なのでしょうか。
山本 アトピー性皮膚炎は、炎症がよくなって一見正常に見えても、皮膚の中では炎症を起こしやすい状態が残っています。
「プロアクティブ療法」はステロイド外用薬を使って、目に見える湿疹だけでなく皮膚の中でくすぶっている、湿疹のもとにもアプローチしていくという治療法です。それまでの「リアクティブ療法」という目に見える湿疹にだけステロイド外用薬を塗る、という治療法は、完全につるつるすべすべにまで至らないことが多くありました。
「プロアクティブ療法」がなぜ現在でもあまり進んでいないかというと、治療方法が浸透していない可能性があるからです。
――ステロイド外用薬がこわい、という声も今でも聞くことがあります。
山本 1980年代~90年代ごろはとくに医師やママ・パパにステロイド外用薬への抵抗感があったことが背景にあると思います。ステロイド外用薬には副作用がありますが、そのころ知識不足で誤って使用したことによる医療訴訟や、メディアによるステロイド批判などがあり、「ステロイド外用薬はよくない」という風評が広がりました。それらがステロイド外用薬での治療が進まなかったことに影響しています。
しかし「ステロイド外用薬」は副作用をしっかり理解して適切に使用すれば、副作用を回避して、アトピー性皮膚炎を効果的に治療できます。
私は2021年の「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン」の作成委員も務めましたが、今後はアトピー性皮膚炎を専門としない医師に対して「プロアクティブ療法」の指導をできる限り広めていきたいと思っています。また、一般の方にはステロイド外用薬を適切に使えばアトピー性皮膚炎はつるつるすべすべをキープすることができる、という成功体験の例を増やしたいと思っています。
プロアクティブ療法とリアクティブ療法
湿疹が皮膚に見えなくなってもステロイド外用薬など炎症を取る薬を使用し続けるのが「プロアクティブ療法」の考え方です。ステロイド外用薬の量や回数は医師の適切な指導が必要になります。
私たちが行った追跡調査で、生後1~2カ月で湿疹が現れていた子どもが最も食物アレルギーの発症リスクが高いことがわかっています。さらに、湿疹の治療が遅れると食物アレルギーの発症リスクが高まることがわかっています。
アトピー性皮膚炎の早い時期での診断と治療が大切です。
お話・監修/山本貴和子先生 取材・文/岩﨑 緑、たまひよONLINE編集部
●記事の内容は2023年7月21日の情報であり、現在と異なる場合があります。
「たまひよ」創刊30周年特別企画が続々!
『たまごクラブ』『ひよこクラブ』は、2023年10月に創刊30周年を迎えます。感謝の気持ちを込めて、豪華賞品が当たるプレゼント企画や、オリジナルキャラクターが作れる「たまひよのMYキャラメーカー」など楽しい企画が目白押しです!たまひよ30周年特設サイトをぜひチェックしてみてください。
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