乳児期に胃腸炎と診断されたあとも嘔吐や下痢が続く・・・。そんなときは「食物たんぱく誘発胃腸症」かも?【小児科専門医】
特定の食物によって消化器症状が現れる「食物たんぱく誘発胃腸症」は食物アレルギーの一つ。即時型ではなく、また、ほとんどがアレルギー検査は陰性になるので、食物に原因があると診断されないことが少なくありません。
日本だけでなく世界的に増えているという食物たんぱく誘発胃腸症について、国立成育医療研究センター・アレルギー専門医の山本貴和子先生に聞きました。
原因となる食物を食べたあと、時間がたってから嘔吐や下痢症状などが現れる
――食物たんぱく誘発胃腸症とはどのような病気ですか。
山本先生(以下敬称略) 原因となる食物を食べることで、消化管が炎症を起こす病気です。いろいろなタイプがありますが、原因食物を食べて数時間後に嘔吐したり、血便がでたり、下痢が続いたり、体重が増えなくなったりします。
以前は「新生児・乳児消化管アレルギー」と呼ばれていたように、新生児・乳児期に発症することが多いですが、学童や大人にもみられることもあります。
食物たんぱく誘発胃腸症は以下の3つのグループに分類されます。
1/食物たんぱく誘発胃腸炎(以下、FPIES・エフパイズ):頻回の嘔吐が主な症状です。
2/食物たんぱく誘発直腸結腸炎(FPIAP・エフピアップ):粘血便が続くけれど全身状態は良好なことが多いです。
3/食物たんぱく誘発腸症(FPE・エフピーイー):下痢が続き、体重の増えが悪くなります。
日本ではこれらのグループに明確に区別できない患者さんも多いと報告されていますし、病名が似ていてわかりにくいので、ママ・パパはこまかい病名まで覚えなくてもいいでしょう。
――急性と慢性があるとか。
山本 原因食物を食べてから症状が現れるまでの時間が短いものが急性、時間がかかるものが慢性です。FPIESには急性と慢性があります。
急性FPIESは、原因食物を食べてから1~46時間くらいの間に嘔吐を繰り返し、ぐったりすることも。重症になると命に危機が及ぶ場合もあります。原因食物を食べるのをやめるとすぐに症状がなくなるため、原因食物は比較的推定しやすいです。
一方、慢性FPIESは、原因食物を食べてから症状が出るまで数日~2週間程度とタイムラグが大きく、嘔吐や下痢が長引くのが特徴。原因食物を除去してから症状がなくなるまでも数日~2週間程度かかるといわれ、原因食物を特定するのに時間がかかる場合があります。
なお、食物たんぱく誘発直腸結腸炎と食物たんぱく誘発腸症に急性はなく、慢性の経過をたどります。
――たとえば、どのような症状、経過をたどる病気なのでしょうか。
山本 よくある経過をデモ(模擬症例)にしてお示しします。生後8カ月のときに、救急車で搬送されてきた女の子を例としてお話しします。
もともと離乳食で卵黄を少しだけ何回か食べていました。生後8カ月のある日、卵黄4分の1個分の離乳食メニューを食べさせた3時間後に嘔吐し、その後続けて嘔吐をしました。嘔吐は1時間に7回にもなり、ぐったりして様子がおかしくなったので、ママが救急車を呼んで受診となりました。
このときは救急外来での点滴で状態が改善して、「胃腸炎」の診断で帰宅となりました。
でも、生後9カ月のとき卵黄耳かき3杯分くらいを食べさせたら、またもや3時間後に嘔吐。1時間に3回嘔吐し、ぐったりもしてきたので緊急受診。8カ月のときと同じ対応ののちに帰宅となりましたが、FPIESが疑われ、後日アレルギー科を受診することになりました。
アレルギー科の初診は生後10カ月で、食物アレルギーの血液検査は陰性でした。離乳食の進め方について聞くと、「湿疹などはなく、卵黄は生後7カ月のときに小さじ1杯から食べさせ始めた」とのこと。その後、週に数回食べても気になる症状は現れなかったので、大丈夫かと思ったとのことです。FPIESは初回ではなく、何回か食べてから発症する場合も多いと報告されています。そして、冒頭の8カ月のときの受診となったのです。
アレルギー科では、卵黄が原因のFPIESという診断になりました。
――診断後、この女の子にはどのような治療となったのでしょうか。
山本 原因食物である卵黄を除去しました。生後11カ月のときに少量の卵白は食べられたので、卵白の摂取は続けつつ、1歳8カ月のとき卵黄の負荷試験をして、2分の1程度の量の卵黄が食べられることを確認しました。自宅でも卵黄を食べさせてもらい、現在まで嘔吐などの症状は現れていません。卵黄が原因でも、卵白は食べられることも多いです。
このように、幼児期までに、食べても症状が出なくなることが多いです。
――初めて症状が出たときに診断がつくにくいことがあります。食物たんぱく誘発胃腸症の診断と治療について教えてください。
山本 残念ながら、食物たんぱく誘発胃腸症の確定診断ができる血液検査などはありません。基本的には、アレルギーの血液検査は陰性になります。
・特定の食物を食べるたびに嘔吐などおなかの症状を繰り返す
・原因食物と思われる食べ物を除去すると症状がなくなる
・おなかのほかの病気やおなか以外の病気はない
・おなかの症状以外の症状がない
これらの条件に当てはまったら、食物たんぱく誘発胃腸症を強く疑います。
そして診断がついたら、原因食物の除去を行うのが治療の基本です。幼児期までには原因食物を食べても症状が現れなくなるケースが多いので、原因食物を食べられるようになったかどうかを、食物経口負荷試験を行って医師が診断します。
なお、食物たんぱく誘発胃腸症の急性症状に対して、即時型食物アレルギーの緊急時対応で使われる、抗ヒスタミン薬やアドレナリン自己注射薬(エピペン®)は効果がありません。
2000年ごろから世界で急増。原因食物は国で異なり、日本は卵黄が多い
――食物たんぱく誘発胃腸症は世界的にも増えているとか。
山本 2000年ごろから世界で急増していますが、なぜ急にいろいろな国で増えたのかはわかっていません。
急性FPIESの原因になりやすい食物として、多くの国で牛乳が挙げられますが、それ以外は国によってさまざまです。たとえば、日本は卵、アメリカは米や小麦、ピーナッツ、イギリスやイタリアは魚、オーストラリアは米が原因食物になる頻度が多いと報告されています。国によって原因食物に違いがある理由も今のところ不明です。
――日本では、2019年の「授乳・離乳の支援ガイド」の改定で、離乳初期から卵を食べさせることになりました。原因食物として鶏卵が増加しているのは、このことが関係しているのでしょうか。
山本 離乳食は卵黄から始める家庭が多く、急性FPIESの原因は卵白より卵黄のほうが多いのですが、卵黄を食べさせる時期が早まったことが原因と結論づけるのは、今の時点では難しいと個人的には考えています。
日本では1958年と1980年に卵黄を5カ月から食べさせる指針が出されましたが、当時、卵黄が原因のFPIESが増えたという話は聞かないからです。
近年はさまざまなライフスタイルがあり、食に関する環境も大きく変化しています。こうしたことの影響も検討する必要があると思います。
複数回食べてから症状が現われることが多い。初回が大丈夫でも油断しないで
――卵の早期摂取が原因と確定できないとはいえ、離乳食時期の赤ちゃんがいる家庭では、卵をどのように食べさせればいいのか悩みます。
山本 残念ながら今のところ、食物たんぱく誘発胃腸症を予防するエビデンスはありません。そのため参考程度の話になりますが、当センターでは「アトピー性皮膚炎がある乳児を対象とした早期経口免疫寛容の誘導・食物アレルギー予防研究 (PETIT Study)」の結果に基づき、即時型食物アレルギー予防を考えると、湿疹がなければ早期からアレルギーになりやすい食べ物を食べたほうがいいので、卵白を食べても問題のないとされる子どもには、離乳食の卵を卵黄からではなく、卵白や全卵から微量で始めてもらっています。
私が外来で診ている子に限って言えば、卵白から始めて卵黄に進んだときに、卵黄が原因の食物たんぱく誘発胃腸症を発症したケースはほぼありません。
――食物たんぱく誘発胃腸症は急性でも症状が出るまでに数時間かかります。ママ・パパはどのようなことに注意すればいいでしょうか。
山本 食物たんぱく誘発胃腸症は、原因となる食物を複数回食べたところで発症することが多いです。初回で問題がなくてもそのあと発症することがあることを知っておきましょう。
また、この病気は医療従事者の中でも認知度が低いのが現在の課題です。嘔吐や下痢など消化器症状を繰り返すため、胃腸炎や嘔吐症と診断されることが少なくありません。
胃腸炎と診断されても、特定の食物で症状が繰り返される場合は、食物たんぱく誘発胃腸症の可能性も考えて、小児のアレルギーをみてくれる医療機関で相談してみてください。
近くに相談できる病院がないときは、「都道府県アレルギー疾患医療拠点病院」に電話で相談することもできます。電話相談はお住まいの地域に関係なくでき、当センターも全国からの相談を受け付けています。
お話・監修/山本貴和子先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
食べてから症状が出るまでにタイムラグがあり、アレルギーの血液検査が陰性になるため、食物が原因だとわかりにくいのが食物たんぱく誘発胃腸症のやっかいなところ。嘔吐や下痢などの症状が長引くときは、この病気も疑ってみる必要がありそうです。
●記事の内容は2023年9月の情報であり、現在と異なる場合があります。