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28歳で妊娠・出産し、未婚の母に。できることは何でもやって必死に働き、息子を育てた日々【漫画家・文筆家・画家ヤマザキマリ】

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漫画家・文筆家として『テルマエ・ロマエ』など多数の作品を手がけるヤマザキマリさん。イタリアで未婚のまま出産し、日本に帰国してシングルマザーとして子育てをしたのち、再婚のためシリアへ引っ越し。さらにポルトガル、アメリカへ引っ越し、と世界各国で家族で暮らしてきたヤマザキさんに、日本の外から見た子育てについて思うことを聞きました。3回シリーズのインタビューの最終回です。

日本の出産事情は自分とはかけ離れた遠い世界のことだった

撮影/山崎デルス

――『たまひよ』は今年で創刊30周年ですが、ヤマザキさんも30年ほど前は息子さんを出産したころだったかと思います。イタリアでの子育ての経験はどうでしたか? 『たまひよ』のことは知っていましたか?

ヤマザキさん(以下敬称略) 今からもう29年前になりますが、イタリアでの妊娠中に日本の友だちが「参考になれば」と『たまごクラブ』を送ってくれて読みました。当時の私はつき合って10年目になる彼氏の子どもを妊娠し、日々生活の困窮と向き合いながら暮らしていました。絵は相変わらず描いていましたがお金になるわけではなく、生活のためフィレンツェの街中でおみやげを売る店も始めましたが、とにかくいろんなトラブルが満載の中で妊婦生活でした。そんな最中に『たまごクラブ』を読んで「日本という国は本当に裕福なんだな・・・」と感じたのを覚えています。私には妊婦を楽しむ時間なんてまったくない状況でした。

当時の『たまごクラブ』に掲載されていた出産密着リポートの記事も覚えています。陣痛が始まり、高級ホテルのような病院に入院。院内にはモーツァルトの曲が流れていて、出産は苦しいけれど、産後にはフランス料理が出ます、みたいな体験談が載っていました。
でも、私が出産したフィレンツェ大学病院の分娩室のベッドでは、いきむときにさびかけたグリップを握らされ、助産師さんからは「何時までに産んでくれたら助かるな、次の予定があるから」など圧をかけられ(笑)。自分の出産の現実は『たまごクラブ』とはかなりかけ離れていました。だから『たまごクラブ』で知った出産は遠い世界での出来事のようでした。

――全然様子が違ったんですね。

ヤマザキ 妊娠中も妊婦だからといって特別扱いされませんでした。産後には看護師さんから「すぐ歩いて移動して」と言われ、「下半身がどうなってるかわからない、立って歩くなんて絶対に無理」と訴えたら「大げさだね、あんたは甘やかされてきたんだ」なんて言われました(笑)。今振り返れば笑い話ですが・・・西洋の人と日本の人の体の作りは違う、ということを痛感しました。

――ヤマザキさんは息子さんが1歳半までイタリアで生活する中で、子育てで困ったときにはどうしていましたか?

ヤマザキ 私の友人たちが助けてくれました。1人はブラジル人、1人はフィンランド人、1人はドイツ人。赤ちゃんが泣いたときの対処法やあやし方がそれぞれ全然違って興味深かったです。
ドイツ人は、愛情深い一方で、夜に赤ちゃんが泣いていても「今は寝る時間。泣けば解決すると思わせちゃダメ!」と厳しい。ブラジル人は赤ちゃんをかわいがるあまり「この子を連れて帰りたい!」とくっつきっぱなし。ベビーシッター代をあげるとそれを全部使って息子におもちゃを買ってきてしまう(笑)。フィンランド人は0歳児に「知性を育まないと」と、地味な木製の積み木で遊ばせる。世界はいろんな子どもの育て方があるんだな、これがいい、あれがいいと一概には決められないものだと彼女たちを見ていて感じました。

日本風の子育てが全然わからない中で、私が唯一大切にしていたのは、息子が生まれてきたことへの感謝です。世の中の過酷さにヘトヘトになっている最中での出産だったので、野生的母性本能が旺盛になっていたのでしょう。とにかく「生まれてきてありがとう、何があろうと私があんたを守り抜く。だから安心して!」と、赤ちゃんに向かって語りかけていました。自分への励ましも兼ねていますが、常に赤ちゃんへこうした言葉をかけるのはイタリアでは当たり前のこと。親は子どもを産んだことへの責任感をしっかり表すべきですし、子どもにとっては何が起きてもどんな失敗をしても、守ってくれる人がいるという安心感は必須かと思います。

生きること、働くことの大変さと楽しさを親子で共有する

――ヤマザキさんは仕事と子育てのバランスをどんなふうにとっていましたか?

ヤマザキ シングルマザーだった時代はバランスどころではなく、生活のために働くことで頭がいっぱいでした。イタリアに住んでいた20代後半に未婚の母となったあと、息子が1歳半のころとりあえず日本に帰国し、漫画、イタリア語の講師、テレビのリポーターなど自分にできることならなんでもやっていました。その時期は、仕事も子育てもいちばん大変だった時期です。でも、息子と一緒に過ごす時間は自分にとっての生きるためのエネルギーですからね。子育てをしながら自分自身も鍛えられていく、という感覚です。

なので、どんなに仕事でいっぱいいっぱいでも、子どもと一緒に過ごす時間は積極的に作るようにしていました。テレビのリポーターの仕事で素晴らしい温泉を訪れたりおいしい料理を食べたりすると、そのあとに必ず息子を連れて行きました。自分が休みが取れるときには、息子と一緒に、自分も行ったことのない海外の国を選んで行くこともよくありました。仕事にしろ旅にしろ、生きていくことを共有すること、それも私が子育てで大切にしていたことでした。

――今の日本では働く女性が増え、仕事も育児も頑張る人が増えています。働く女性たちの状況についてどう感じますか?

ヤマザキ 確かに、働きながら子どもを育てるのは大変なことです。社会でも家庭でも完璧な人間でいなきゃ、という意識は自分をどんどん追い詰めることにもなる。まわりからいいお母さんね、と言われることや、子どものお手本にならなきゃという意識にばかり縛られず、働く大変さ、社会の過酷さも子どもたちと共有していいんじゃないでしょうかね。それが母親の子どもに対する信頼の表れであり、その信頼は子どもにとって自分が生まれたことへの肯定となり、母親からのかけがえのない愛情の確認にもなるはずです。

たとえば、私の母はシングルマザーとして忙しく働きながら、私と妹を育ててくれたけれど、彼女は母親らしいことが全然できない人でした。母にはそんな自覚はなく、それなりに母親らしいことをやっているつもりなんですけど、お弁当箱を開けたら、バターと砂糖がサンドされた食パンだけが入っていて「あんなお弁当嫌だ」といったら「だって、あれ私の大好物なのに」と落ち込む(笑)。そんなことが続いたので私も母にお弁当のことを頼むのはあきらめましたし、私も妹も、お弁当は自分で作るようになりました。でも、よその家のお母さんみたいなお弁当を作ってくれないからといって母の愛情がたりないと思ったことは一度もありません。母親的な振る舞いはできなくても、音楽という世界で満遍なく自らの魂を生きているのが子どもにも本当によくわかっていましたから。

親である前に1人の人間であるわけですから、勉強を見てあげられなかったり、お弁当作りが苦手だとしたら、子どもにそれを素直に伝えて「料理苦手だから大目に見てね」と伝えていいと思います。日本ではお弁当が愛情の象徴みたいになっていますが、愛情の出しどころは人それぞれ、決してお弁当だけではありません。「一生懸命やってるけどうまくいかないからちょっと手伝ってもらえないかな」と、子どもに助けてもらうことも、子どもへの信頼。自分が役に立っている、必要とされている、と感じてもらうことはとても大事です。お弁当のように世間が作った“母の愛情”にとらわれず、家族がそれぞれの個性を理解し、世間と共有できなくても自分たちには理解できる愛情を認識できればいいと思うのです。苦手なことを補填しつつ家族という単位で協力をしながら生きて行くことが、やがてもっと大きな社会に出て行くときに必ず役立つのです。

日本は「トロフィー息子」へ育てる願望が強すぎる

――日本は子育てしにくいと聞くこともありますが、社会がもう少し子育てに寛容になるように変わるべきと思うことはありますか?

ヤマザキ 社会は残念ながら私たちのニーズにすべて応えてくれるようなシステムやルールを作ってくれるわけじゃないんですよね。どんな国に行ったって、不平不満や不条理や理不尽があると思います。たとえば子育て政策がうまくいっていると言われている北欧の国も、そこはそこでは別のトラブルがあったりするわけです。

声を上げたところで問題が解決するわけでもありません。かといってだんまりも社会を劣化させてしまうでしょう。問われるのは我々個人の想像力と知性、そして良識です。今の日本は、人も社会も燃費のよさが優先という印象があります。面倒な人がいればつき合わない、長いものに巻かれていればとりあえず安全、マニュアルに無いことはしない、目立たない、自分をダメ人間だと自覚するようなリスクは踏まない。子育てもそれに近いものがあるのではないでしょうか。どんな嵐にも向き合える強靭さを身につけるよりも、嵐を避けるために家の外には出さない、みたいな風潮が普通になってきているように思います。自分や家族をかくまってくれている家がもし崩れてしまったら、どうするんですか、と思うことは多々あります。

――子どもの自立という観点から見ると、外国から見て日本の一般的な親子関係はどんなふうに見えますか?

ヤマザキ イタリア人はよくマザコン国家だの、親子依存だのと言われていますが、夫は日本にくる度に「日本も結構親子依存の国だと思う」と言います。私の世代までは子どもにベッタリの親なんてそんなにいませんでしたが、今は確かに違ってきていますね。子どもが成人を過ぎても干渉をする親は普通にいる。イタリアの母親が子どもにベッタリなのは、子どもにだれよりも必要とされることが母としての自分の存在証明になるからだと思うのですが、日本の場合は、子どもが社会的成功を収めることが母としての存在証明になる。夫が言うようにどちらにも親子依存の傾向はあっても、内部構造はちょっと違うように思います。

子どもというのは親の安心感や喜びをおもんぱかって勉強にいそしみます。まあそれはどこの国でも同じですが、日本ほど親は必死ではありません。日本の子どもは親の愛を感じるためのハードルが高いなあ、と思うことはしばしばあります。一生懸命勉強して東大に入ったけど、なんで東大に入ったかわからないという人の話も聞きますね。社会的成功を得るために親に言われるまま突き進んでみたら、自分が本当にやりたいことがなんだかわからなくなってしまう。そもそも社会的成功者とは何なのか。自分たちにできる仕事をしてお金を得て生きていけるのであれば、それがどんな職種であろうとすばらしことだと私は思うのですけどね。どんなに謙虚な仕事であろうと、等身大の自分という人間にふさわしい、そして満足のいく仕事をして生きていく、その大切さをまず親が自覚するべきかと思います。

――適切な時期に親離れ、子離れできる親子関係にはどんなことが大切ですか?

ヤマザキ とにかく親は子どもという存在に自分の充足を課してはいけないと思います。子どもは親を満足させる目的で生まれてくるのではありません。ほかのどの動物も昆虫も魚も、生まれたらそれぞれ生きていく。親も自分の命を生きていく。どんなにお互い必要な存在として仲むつまじい親子であろうと、その本能から離れてはいけないと思います。
子どもは保育園や幼稚園、または小学校に入るようになると、社会との調和の重要性をおのずと感じるようになります。子離れ、親離れはタイミングを決めてやるのではなく、子どもが社会になじんでいこうとする変化を見計らい、自分と違う考え方をするようになってきても、あえてそれを頭ごなしに否定せず、子どもの考えや意見に耳を傾けてあげられるようになること。そしてときには、自分と違う考え方でも、それを認めてあげること。親離れ子離れの第一歩はそこからじゃないでしょうか。

子どもは親の分身ではありません。子どもにバイオリンを習わせたいなら、まず自分が習ってみる。本を読む子どもにさせたいなら、自分が本を読んで楽しめばいいのです。私も母が本が大好きだったから自然と自分も読むようになりました。自分にできなかったことをさせたい、という姿勢では子どもの負荷は重たくなるばかりです。子どもにとっても、親に満足してもらう子どもになろうという義務感が、親離れ子離れを難しくする要因となるでしょう。

親は子どもにとって人生の大先輩です。甘いもつらいもなめてきた上で、それでも気丈に、幸せに生きていけるすべを見つけ、一生懸命になっている姿ほど子どもを勇気づけるものはありません。人生は本当に大変だけど、でも、生きていくのは面白いことなのよ!素晴らしいことなのよ!と戦中派の母は私が子どものころからよく言ってましたが、私にとっての母の教育はその言葉につきるような気がします。子育てとは、まず親自身が自分の人生を一生懸命に、自分の力で満足がいくように生きているかどうか。親自身が小さなことにクヨクヨせず、前向きに生きているかどうか。それが子どもの自立と成熟に何より大切なことなのではないか、という気がします。

お話/ヤマザキマリさん 取材協力/green seed books 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部

何カ国もの海外で生活し、さまざまな宗教や文化の違いを体感してきたヤマザキさんだからこそ、「一つの考えにしばられなくていい」という言葉が胸に響きます。子どもへ愛情を向けながら、自分の人生も楽しく生きる、そんな親子関係を作っていかれるといいのかもしれません。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年10月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

ヤマザキマリさん

撮影/ノザワヒロミチ

PROFILE
漫画家・文筆家・画家。東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。
84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。
2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。著書に『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)、『ムスコ物語』(幻冬舎)、『CARPE DIEM 今この瞬間を生きて』(エクスナレッジ)、『猫がいれば、そこが我が家』(河出書房新社)など。

『だれのせい?』

森に住むクマの兵士が自分のとりでを壊された犯人探しをする中で、思いがけない真実を発見し、おごりと剣を捨て勇気を持って平和を探る物語。漫画家・文筆家・画家のヤマザキマリ の初のイタリア語翻訳絵本。ダビデ・カリ作、レジーナ・ルック‐トゥーンペレ絵、ヤマザキ マリ訳/1980円(green seed books)

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