1通のDMで気付かされた“きょうだい児”の本音。双子の兄を「優先されなかった子」にさせないために【医療的ケア児育児体験談】
伊藤絵里奈さん(仮名)は2歳4カ月で二卵性の双子の男の子の兄・春喜(はるき)君(仮名)、弟・大貴(ひろき)君(仮名)、夫の4人家族です。弟の大貴君は生まれつきチャージ症候群(※1)・免疫不全・弱視難聴があり、日常的に人工呼吸器やたんの吸引などの医療的なケアが必要な医療的ケア児(※2)です。
2回目の本インタビューでは、1日のスケジュールや、きょうだい児に対する考え、今後の課題について話を聞きました。
※1)チャージ症候群……CHD7遺伝子のヘテロ変異により発症する多発奇形症候群である。発症頻度は、出生児 20,000人に1人程度に発症する希少疾患である。C-網膜の部分欠損(コロボーマ)、H-心奇形、A-後鼻孔閉鎖、R-成長障害・発達遅滞、G-外陰部低形成、E-耳奇形・難聴を主症状とし、これらの徴候の頭文字の組み合わせにより命名されている。
※2)医療的ケア児……人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のこと。
5時間寝れれば「ラッキー」、医療的ケアで家に籠りがちな日々
〜1日のスケジュール〜
<大貴君(絵里奈さん)>
6:00前後 起床
(絵里奈さん:夜のミルクのボトルを外す)
8:00 二度寝
(絵里奈さん:小休憩)
11:00-14:00 薬投与・ミルク交換
14:00-16:00 訪問看護師さんが来訪
(絵里奈さん:食料品買い出し、春喜君のお迎え)
17:00 薬投与・ミルク交換
(絵里奈さん:晩御飯の準備、夕食)
21:00 睡眠導入剤投与
22:00-23:00 就寝
23:00 ミルク交換
(絵里奈さんは24:00に就寝)
※必要に応じてたんの吸引をその都度行う
※春喜君は8:30-16:00頃まで保育園、21:00-22:00には就寝
「平日の訪問看護では大貴をお風呂に入れてもらっています。大貴の場合、気管に水が入らないようにしたり、体が温まって痰が上がってくるのを吸引しながらの入浴になるので、私1人でお風呂に入れるのが大変なんです。気管切開のバンド交換も緊張感があるので看護師さんに来ていただけてすごくありがたいです。
大貴の体調が悪い時、私は2、3時間しか眠れないので、5時間ぐらいまとまって寝られた日はラッキーです。日中は春喜が保育園に行っていることもあり、大貴とゆっくり過ごしているのでなんとか休めていますが、ずっと家にいて誰とも喋らないですし、家に籠っていると塞ぎ込んでしまうので、外に出たいなあと思っちゃいますね。
春喜が保育園から帰ってきた後は、春喜と一緒に保育園バッグの片付けをしたり、おもちゃで遊んだりしています。特別なことをするわけではありませんが、とにかく一緒にいるように心掛けています。春喜が家で寂しい思い、窮屈な思いをしないように意識しています」
――取材した11月現在、大貴君は入院中で、絵里奈さんは面会にほぼ毎日通っているそうです。
「面会には春喜が保育園に通っている時間帯に行くようにしています。休日は、夫や祖父母に面会をお願いしています。(祖父母は少し遠くに住んでいるので、片道1時間半の道を通ってくれています)とはいえ、祖父母は曾祖父と暮らしていて、家業もあるので、毎日のように頼るのはなかなか難しい状況です。それぞれができる範囲で協力しあっています」(絵里奈さん)
――日頃、春喜君のお世話と大貴君の医療的ケアで忙しい日々を送っている絵里奈さん。心の支えになっているという言葉『ママの心を守るのが、一番大事』と話してくださいましたが、ご自身の心のケアで大切にしていることはなんでしょうか。
「ちょっとでも昼寝する、外気浴する、自分の心に嘘をつかないことが大事だと思って生活しています。病児・障害児の育児をしていると、どうしても“理想”と“現実”の自分の出来に罪悪感や息苦しさを感じてしまいます。そんな時、『自分はどうしたいのか。どこまでするのが現実的なのか』を、家庭の事情に合わせて整理しています。
例えば、付き添い入院。大貴は入退院を繰り返しているので病院から毎回付き添い入院を求められますが、私はお断りするようにしています。半年など長期間の付き添い入院は想像以上に負担です。付添人の負担だけでなく、家庭から母親、父親の存在がいなくなることによるきょうだい児への負担、付き添い中の金銭的負担(付添人の食事代、備品、布団レンタル、ランドリー、冷蔵庫使用料など)もあります。もちろん大貴のためには、付き添いした方がいいとは思うけれど、それがわが家にとって現実的なのか、考えた末で病院にお願いするようにしています。世間的には理想の形ではないかもしれませんが、自分達なりに考え、納得できそうな形を探っているところです」(絵里奈さん)
1通のDMで変わった“きょうだい児”に対する意識
――双子の兄、春喜君もまだまだ甘えたいお年頃。大貴君は入院であまり自宅にいないこともあり、絵里奈さんは「春喜にとって大貴は“お友だち”のような距離感ではないかな」と話してくれました。絵里奈さんは、“きょうだい児”である春喜君に対しても、特別な想いで接しています。
「実は最初『大貴には障害があるから、春喜には健康に育ってほしい』と、春喜に対して強い期待を寄せていた時期もありました。でも、春喜が大貴を補うわけではないし、春喜は春喜だから比べること自体が間違っていることに気づきました。今は朗らかに自分のやりたいことを自分でやれる子になってくれたらいいなと思っています。
きょうだい児について自分なりに考えるようになったのは、インスタで送られて来た1通のDMがきっかけです。重度心身障害の兄を持つその方のDMの内容は『私は小さい頃から、兄のお世話をしたり、我慢させられたりしてきた。親に関心を向けられなかったので本当に嫌だった』というもので、“きょうだい児には親に言えない本音がある”というリアルな意見だと感じました。その方は、自分らしく生きることより、きょうだいのお世話をする。それを親が喜んでくれるから、自分のことは後回しにする、という制約の中で生きてきてきたのかもしれない……。でも、その方にはその方の、春喜には春喜の人生があるんだと気づかされました。
大貴はこれから先、親をはじめ、様々な方の手を借りて生きていきます。医師、看護師、ヘルパー、リハビリスタッフ、療育スタッフ、施設の方など多くの人のお世話になるはずです。一方で春喜は、小中高と大人に近づいていくにつれて、自分のことは自分でやらなければなりません。大人になった春喜に必要になってくるのは“自信”だと思います。自分はありのまま、意見を言っていい存在なのだという自己肯定感を育てたいと考えています。だからこそ、春喜には『自分は大事にされてきた』という経験が蓄積されていって欲しいと思っています。
そのためにも、子どもの目線で見たときに『自分が大事にされている』と感じられるような対応を意識しています。大人目線だと、親が大貴に付きっきりなのは『しょうがない』『当たり前』なんですが、春喜の目線で見ると『置いていかれた子』『選ばれなかった子』『優先されなかった子』と感じてしまうかもしれない。春喜には“大貴のお兄ちゃん”ではなくて、“かけがえのない自分”だと感じて欲しいです」(絵里奈さん)
障害は“生きづらさ”、当事者だけでなく家族の人生に関わる問題
――大貴君が受けている支援について話を聞いてみると、大貴君には免疫不全があるため、安心して受けられる支援には限りがあるようです。
「大貴は免疫不全があるので大勢の人が集まるデイサービスはリスクが高いと考えています。しかし子どもであることに変わりはありません。看護と介護以外の“遊び”を提案してくれる人が必要だと感じます。そのため、今後は訪問型の児童発達支援センター、リハビリの利用を検討しています。
いろんな人の手を借りながら大貴を育てていきたいと思っていますが、実際には枠が限られていたり、時間の制約があったりして、あまり利用できないのが現状です。大貴のように、体の弱い子や外出が難しい子でも使いやすい在宅で受けられる支援や、入院が多い子の家族の負担を減らす仕組みがもっと充実してくれると嬉しいです」(絵里奈さん)
――もともと特別支援学級で障害児と関わる仕事に就いていた絵里奈さんですが、大貴君を育てていく中で、障害を持つ子どもに対する考え方も変わっていきました。
「大貴が生まれる前まで障害は“個人の特性”で、その子に合った支援をすればいいと考えていました。
けれども実際、わが家に大貴が生まれて、障害というのは社会で生きていく上での“生きづらさ”でもあると感じるようになりました。免疫不全でデイサービスを利用するのが難しいのも“生きづらさ”だし、体調が安定せず、十分な療育を受けられないことも“生きづらさ”です。目が見えない・耳が聞こえないために周りがどう関わってサポートすればよいかわからないことも“生きづらさ”です。
また、障害は本人だけの問題ではなく、その子を取り巻く家族の人生にも関わってきます。入退院の負担や預け先の少なさ、就学時の長時間付き添いなど、健常児にない負担が当たり前とされています。そういうことに気づいてから、本人はもちろんそれを支える家族が『どんな気持ちなんだろう?』『困っていることはなんだろう?』と広い視野を持つようになりました」(絵里奈さん)
終わりのない医療ケア、メンタル面や金銭面に不安も
――今現在、大貴君に対して心配に思っていることを聞くと「本人が1番一生懸命なので、大貴に何ができるようになるとか、どうなってほしいということはありません」と話してくれました。しかし、今後の家族のメンタルや生活のバランスの心配は大きいようです。
「大貴の体調が悪くなると、本人以上に親の気持ちが揺れ動くので『一体これをいつまで続けられるんだろうか…』という不安があります。
また、わが家はもともと共働き前提の家庭で、育休後は仕事復帰する予定だったので、1馬力の現在はあまり金銭的な余裕がありません。幸いにも医療費はあまりかからないのですが、入院が多く長期間なのでどうしても入院中の食事代などの諸費用はかかります。
病院を受診する時も、働いている夫に会社を休んでもらったり、早めに帰ってきてもらったりすることがあるので、夫も思うように働けないところも悩みですね。金銭面やメンタル面は、自分たちから相談しないと気づいてもらえないことも多いです。生活全般をトータル的に観察してサポートしてくれる相談員さんがいればいいなと思います」(絵里奈さん)
――絵里奈さんの家庭の場合、医療的ケアをしているのは基本的に訪問看護師と家族のみで、医療的ケアをできる人材が少ないのが現状なのだそう。医療的ケア児の育児で大変なことや、多くの人に知ってほしいことをうかがいました。
「医療的ケアが発生すると、誰かに『ちょっと見てて』ということができません。学校や保育園も、看護師さんがいない場合は預けらず、保育園に入れたとしても看護師さんが来ている時間しか預かってもらえなかったり、デイサービスも看護師さんが来られないときは『お母さんが付き添いで…』となってしまうことが多いと聞きます。医療的ケアできる人が増えて、もっといろんな人が手伝えるようになれば、医療的ケアをしている家族の心の余裕ができるのかなと思います。
また、みんなと全く同じ遊びをすることは難しいかもしれないけれど、医療的ケア児のベースは子どもなので、子どもとしてちゃんと接してくれたらいいなと思います。いろんな機器は付いているけれど、優しくされたら嬉しいし、あたたかい言葉をかけられたら心地良い、冷たい視線を受けたらつらいです。“医療的ケアがある子が特別な子”、“医療的ケアのある子どもの家族は特別な家族”ではなく、みんな同じ子どもで同じ家族であることを知ってほしいです」(絵里奈さん)
『知らないから怖い』少しの知識が不要な不安をなくしてくれる
――絵里奈さんがインスタグラムを始めたのは妊娠中で、まだ大貴君の障害がわかっていませんでした。産後、勇気を出して大貴君の障害をインスタグラムで報告した時、コメントやDMをくれる人がたくさんいたそうです。それからは「自分の経験したことが誰かの役に立てたら」と考え、SNSで自身の体験を発信し続けています。
「医療的ケア児を知らない人に知ってほしい、医療的ケア児を育てている人の気持ちに寄り添いたい・励まし合いたいという気持ちで発信しています。
自分の経験から、分からない、知らないことは怖いんだと気づきました。
だから、私が発信したそのときの気持ち・学んだことが、誰かが同じような境遇になった時の材料になるかもしれない。いつ誰にどんなことが起こるかわかりません。健康な子が事故や病気をきっかけに障害を負うケースも少なくありません。だからこそ、投稿を通して『知らないから怖い』『知らないから興味ない』という意識が変えていけたらいいなと思います。少しの知識があれば不要な不安を抱えなくてもすむから。
病気や障害のある子どもがいる家庭の家族は決して“特別な家族”ではありません。情報はいろんなところで手に入る時代ですが、事実の一部分だけが切り取られているものも多くあると思います。実際は綺麗事ばかりではなく、ドラマティックでもなく、美談でもなく、地道で地味で泥臭いし『投げ出したい!』っていうこともあると思います。どんな家族や子どもにも必要な支援が届き、逃げ場・拠り所を見つけられますように。どんな病気を抱えていても、誕生と成長を喜べる福祉体制になりますようにと心から願っています」(絵里奈さん)
話・写真提供/伊藤絵里奈さん(仮名) 取材・文/清川優美、たまひよONLINE
医療的ケア、きょうだい児、家族のメンタル面・金銭面……、どこにでもある普通の家族が、ある日突然このような不安と向き合うことになる可能性はあります。いつ、誰が、どうなるかわからないからこそ、「知らないから怖い」と遠ざけないで、誰もが“自分事”として認識することで、自らの未来や、医療ケア児とその家族を取り巻く環境もより良く変わっていけるのではないかと感じました。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることをめざしてさまざまな課題を取材し、発信していきます。
でこぼこ双子 医療的ケア児の家族
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2023年11月の情報で、現在と異なる場合があります。