9歳で小児がんと診断され20時間の手術にも耐えたのに、1年後に腫瘍が増大。すがりついた新薬を服用して3カ月後「奇跡が・・・」【脊髄腫瘍・体験談】
兵庫県丹波篠山市に住む5人家族の二男、テイム・ジョージさんは、9歳で脊髄腫瘍(せきずいしゅよう)を発症し、10歳で手術を受けました。しかし20時間に及んだ手術でも腫瘍の半分しか取れず、今後も増大する可能性があると宣告されます。ジョージさんの手術後の経過と、その後の奇跡的な治療について、母親の由香さんに聞きました。テイムさん家族は小児がんの研究や治療支援を目的としている「レモネードスタンド活動」にも参加しています。全2回のインタビューの後編です。
脊髄腫瘍の再発、そして増大。抗がん剤も効かず・・・
脊髄腫瘍を切除する手術から2カ月後の2022年3月、ジョージさんは大阪市立総合医療センターを退院します。まだランドセルを背負うなど日常生活のための筋力が戻っていなかったため、継続してリハビリが必要でした。
「退院後はすぐに地元の学校への登校を再開しましたが、退院当初は体力が落ちてランドセルも背負えなかったので、送迎はしばらく私が付き添っていました。ジョージは脊髄腫瘍の手術で左足先にかかわる神経をけずったので、左右の足のバランスを取れるように筋肉をつけるリハビリが必要でした。そのため、放課後は自宅近くのスポーツ整形専門の整形外科でリハビリをする生活が続きました。
手術後は足を引きずるような歩き方でしたが、放課後リハビリに通ったことと、水泳を再開したことでかなり筋力がつき、4年生の冬を迎えるころにはほとんど通常の日常生活を送れるまでになりました」(由香さん)
ジョージさんの脊髄腫瘍は良性ではありましたが、完全摘出はほぼ不可能な場所の腫瘍でした。神経に触れる手術で下半身にまひが出ることもあるために、半分ほどしか摘出できず「また大きくなる可能性がある」と医師から伝えられていました。
「主治医からは『腫瘍が大きくなり再び首の痛みが出ることも考えられるし、悪性になって転移する可能性もある。そうならないよう、3カ月に1回はMRI検査をしてしっかりフォローアップしましょう』と言われていました」(由香さん)
手術からちょうど1年ほどが過ぎた2023年2月ころ、恐れていたことが起こります。ジョージさんがまた首の痛みを訴え始めたのです。
「すぐに検査すると『腫瘍が再び増大している』と言うのです。3月から毎週1回の抗がん剤と投薬治療が始まりました。でもこの治療も60%しか効果がないそうで、効かなければ腫瘍はまた増大し、手術前のような激痛が出るとのことでした。ジョージは3カ月間抗がん剤治療を頑張りましたが、5月に受けたMRI検査ではさらに腫瘍が大きくなっている、との結果。それには本人もかなり落ち込んでいました」(由香さん)
ジョージさんの腫瘍が増大していることがわかったころ、テイムさん一家は尼崎市内から兵庫県丹波篠山市に引っ越します。
「主治医から『抗がん剤が効かなかったら、治療としてなにもできない可能性が高い』と言われていました。薬が効かないなら、空気や水がきれいで、自然がたくさんあって、おいしい野菜が食べられる場所で生活することくらいしか、私たちにはできないんじゃないか、と考えたんです。
もし、ジョージの体調になにかあったときにもゆったり過ごせる場所がいいと考えて、元々アウトドア好きの家族だったので、丹波篠山へ引っ越しを決めました」(由香さん)
10%の可能性にかけた検査。そして、奇跡が起こった
抗がん剤治療後のMRI検査で、残存腫瘍が増えていることがわかったジョージさん。残る治療の可能性を探るため、同センター小児血液・腫瘍内科の山崎夏維医師から“がん遺伝子パネル検査”をすすめられます。
「がん遺伝子パネル検査はがん組織からDNAを取り出して遺伝子の異常を調べ、的確に治療薬を探ることができるものだそうです。2019年に保険承認された検査で、手術・抗がん剤治療を行っても効果がなかった場合に受けられると聞きました。
病院では前年の手術で摘出した腫瘍が保存されていて、それを遺伝子パネル検査に出せるとのこと。ただ、遺伝子異常と治療の薬がマッチする可能性は10%ほど。『検査しても治療薬が見つからないかもしれませんがどうしますか?』と聞かれ、私と夫は『すぐにやってください』とお願いしました。場所的に再手術が難しいとも聞いていたので、10%でも可能性があるなら検査を受けない理由はありません。検査費用が高額なのかと少し心配でしたが、ジョージのケースは補助が受けられると聞き、安心しました」(由香さん)
数週間後、山崎医師から検査結果が伝えられました。ジョージさんが小学5年生の6月のことです。
「先生から『奇跡が起きた』と報告を受けました。10%しか当てはまらないと言われていた中で、遺伝子異常と、それに100%適合する新薬が見つかったというのです。『日本ではまだ10人しか処方されていない薬で、脊髄腫瘍では世界で1症例目です。僕たちもびっくりしていますよ』と言うんです。とても驚いて、鳥肌が立ちました。家族全員で奇跡を喜びました」(由香さん)
新薬はあまり副作用はないと言われているそうですが、異常がないか見るために毎月血液検査を受けてから、1カ月分の薬を処方してもらうことになりました。
「診察外来で薬を処方してもらう際に、ジョージも一緒に説明を受けました。帰り際『何か質問はある?』と先生に聞かれ、ジョージは『この薬、いくらするの?』って。先生は苦笑いしながら『高いねん。1錠3万円』って。そしたら『1日2錠だから1カ月で180万?!Oh my god!』と驚いていました。先生は『だからしっかり飲もうね』と言葉をかけてくれました。
そして、病院を出たときです。急にジョージがわあわあと泣き出して『180万円って・・・お母さん、ごめんな』って言うんです。子どもながらに心配だったんですね。あのときのこと、思い出しても涙が出ます。『ジョージが飲む薬は国が補助を出してくれてるし、ジョージの治療の情報が研究に使われるからお金はかからない、大丈夫だよ、と話しました」(由香さん)
そしてジョージさんが新薬の服薬を始めて3カ月後、MRI検査で驚きの結果が出ました。
「増大して抗がん剤も効かなかった腫瘍が、なんとMRIで見えないくらいに小さくなったんだそうです。とても早い効果に驚きました。今日にいたるまで2年弱薬を飲み続けて、長期的な影響はまだわかりませんが副作用もなく、腫瘍は増大はしていません。
今、ジョージは中学1年生。2年前に丹波篠山へ移住してから、バスケを習い始めました。誕生日にバスケのゴールを買ってもらい、毎日庭でシュート練習をしています。中学の部活では卓球にもチャレンジ。将来は好きなバスケも続けたいし、病気で苦しむ子どもも助けてあげられるような大人になれたらいいなと思っているようです」(由香さん)
小児がんと生きる子どもたちのためにできることを
希少疾患である小児がんは、診断に必要な遺伝子検査の種類が多いために、まだ保険診療で実施できない検査も多くあります。適切な治療を受けるための検査をすすめるには費用が必要です。ある日テイムさん家族は、山崎医師が検査費用のため『日本小児がん研究グループ』として最新の遺伝子検査を実施するためのクラウドファンディングを行うと聞きました。
「山崎先生からクラウドファンディングのことを聞いたときに、少しでも力になりたいと思い、協力を呼びかけました。また、丹波篠山に引っ越してきたときに新聞社から移住の取材を受けたご縁で、クラウドファンディングのことも取材して記事にしてもらったんです。
3週間ほどで医療従事者以外からも寄付が集まり、ファーストゴールの300万円、セカンドゴールの600万円以上も達成したそうです。私たちは、子どもの病気の治療のためにお手伝いできることはなんでもしたいと思っています」(由香さん)
由香さんたちは、その考えのとおり、「レモネードスタンド」の活動にも参加しています。「レモネードスタンド」はアメリカの小児がん患者の少女が、がん研究を支えるためにと自宅の庭でレモネードを販売し、その売り上げを寄付したことがきっかけに世界的に広まった活動です。
由香さんたちの参加は、ジョージさんの治療中に同じ病院で小児がんの治療をしていた土井大地さんの母・かおりさんとSNSを通じて知り合ったことがきっかけでした。
「土井さんから、大ちゃん(大地さん)が丹波篠山が大好きでよく遊びに行くと聞いたことをきっかけに仲よくなって、わが家にも遊びに来てもらいました。一緒に丹波焼を作ったり、バーベキューをしたり、蛍を見に行ったり。
あるとき、大ちゃんのお兄ちゃんの颯大くんが『レモネードスタンドをやってみたい』と提案してくれ、私も大賛成。土井さん親子とわが家の子どもたちと一緒に、2024年の10月に丹波篠山で開催されるイベントで出店できることになりました。
みんなでレモネードを試作して、颯大くんがのぼりやチラシのデザインを担当してくれ、準備を進めていました。ところが開催直前になって、小児がんと闘っていた大ちゃんの体調がかなり悪くなってしまったんです」(由香さん)
土井かおりさんには「たまひよ」でも2021年11月に取材をしています。大地さんは10歳で神経芽腫という小児がんが再発し投薬治療を続けていましたが、丹波篠山でのレモネードスタンド開催の1週間前に急激に容体が悪化し、13歳という若さでお空に旅立ってしまったのです。
「大ちゃんのためにもなんとしてでもやりとげたい、という思いで、かおりさん、颯大くん、わが家の子どもたちと一緒にレモネードスタンドを開催しました。
現在、“pilinaレモネードスタンド”として、大阪市立総合医療センターやTSURUMIこどもホスピス、地元のお祭りなどで活動を続けています。収益は、TSURUMIこどもホスピスへ寄付したり、小児がんと闘病する子どもたちへのクリスマスプレゼントなどを寄付したりしています」(由香さん)
小児がん患者の家族へのサポートも必要
由香さんはジョージさんの闘病を通して「子どもが小児がんなどの希少疾患を発症した際の情報の集約がされていないことを実感した」と話します。
「私たちは初めに検査した病院に不信感があったので、自分たちでセカンドオピニオンを受ける病院を探しました。夫によると、イギリスでは小児がんだとわかったらどの病院を受診するか拠点病院が決まっているそうですが、日本ではまだまだ親が病院を探して選ばなくてはなりません。
小児がんは、どれだけ早く見つけて治療を始めるか、どの病院で治療するかで、子どもの予後が変わります。セカンドオピニオン、サードオピニオンを考えるのも、苦しむ子どもを連れて受診するのも、とても負担が大きいです。
うまく治療できる場所が見つかればいいですが、そうでない場合、親はどうしても『私がもうちょっと早く病院に連れてったら』『もっと別の所へ行けば』と自分を責めてしまうと思うのです。手遅れにならないように治療を受けるためにも、どこでどんな治療を受けられるのか、わかりやすく集約することを国にお願いしたいです」(由香さん)
【山崎先生より】埋めなくてはならない“遺伝子検査ラグ”
“ドラッグ・ラグ”という言葉を聞いたことがあるでしょうか?治療に必要な薬が存在するにも関わらず、国内で承認されていないために使う事ができないという、承認制度上の課題であり、解決に向けた取り組みが行政も含めて広く行われています。しかし、治療薬だけでなく遺伝子検査にも大きなラグが存在することはあまり知られていません。ジョージくんのように適切な検査をすれば最適な治療薬が見つかるのに、そのための検査が保険で実施できない事も少なくありません。遺伝子検査ラグを解消し、がんの子どもたちに“奇跡”ではなく、“あたりまえ”に新薬を届けられるようにすることは社会全体の責務です。
お話・写真提供/テイム由香さん 監修/山崎夏維先生 協力/日本小児がん研究グループ(JCCG) 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
アメリカで小児がんを治療中の女の子が「レモネードスタンド」を始めたのが2000年6月12日。毎年6月12日は「レモネードスタンドデー」と呼ばれます。日本各地でも6月12日近い日曜日を中心に、さまざまな団体が、小児がん支援や治療研究に役立てるための募金活動を行っています。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
山崎夏維先生(やまさきかい)
PROFILE
大阪市立総合医療センター 小児血液・腫瘍内科医長。2006年奈良県立医科大学卒業後、大阪市立総合医療センターでの研修ののちに同院にて小児がんの診療に携わる。2014年より国立がん研究センターで脳腫瘍の遺伝子研究に携わった後、2016年より現職。後、2016年より現職。
小児脳腫瘍の標準治療開発に力を注ぐ。2019年からは同院のがんゲノム医療センター副センター長に就任。現場の子どもたちに最先端の遺伝子検査と治療を届けるためのさまざまな活動に取り組んでいる。
●記事の内容は2025年5月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。