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生まれたときからずっと育てにくかった長男、ADHDと「聞き取り困難症」と診断されたのは9歳のとき。わかって「ほっとした」思いも【体験談・医師監修】

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1歳4カ月の晴翔くん。ママの手をふりほどいて思いのままに歩いて行ってしまうので、由美さんは追いかけまわす毎日でした。

小学校4年生の晴翔(はると)くん(10歳・仮名)と、1年生の優翔(ゆうと)くん(7歳・仮名)を育てている中森由美さん(43歳・仮名)。
由美さんは長男の晴翔くんが赤ちゃんの ころから「子育てってこんなに大変なの?」と常に感じていたそうです。その育てにくさの原因がわかったのは、晴翔くんが9歳のころでした。晴翔くんの乳幼児期から病気や障害がわかるまでについて、由美さんに聞きました。
2回のインタビューの1回目です。

赤ちゃん時代は常に抱っこ。歩けるようになったら追いかけるのに必死の日々

切迫早産で入院した末に、体重2690g、身長48.4㎝で無事生まれてきた晴翔くん。「生まれた瞬間からずっと泣いている子だった」と由美さんは振り返ります。

「授乳のとき以外は抱っこをしていないと泣くので、赤ちゃんのときは、晴翔が起きている時間の大半を抱っこで過ごしていました。おもちゃに興味を示すことはなく、あまり笑わない子だったから、周囲からは『クールな赤ちゃんだね』と言われたりしたことも。
離乳食はほとんど食べてくれないし、『赤ちゃんを育てるのってこんなに大変なの?』と毎日毎日感じていました」(由美さん)

晴翔くんの運動発達の様子が遅めなのも心配したそうです。

「首がすわったのは生後4カ月ごろでほぼ平均的でしたが、おすわりができたのは11カ月になってから。その後すぐに、はいはい、伝い歩きができるようにはなったのですが、なかなか初めの一歩が出なくて、歩き始めたのは1歳4カ月のころでした。

歩き始めるまでも、ずっと体幹が弱いと感じていたんです。ベビーカーに乗せると、背中をシートにべたっとつけたまま動きません。街でほかの赤ちゃんを見かけると、ベビーカーに乗りながら体を前に乗り出すような子もいるし、足をベビーカーの前のバーに上げたりしている子も・・・。なんとなくうちの子とは様子が違うなと感じていました」(由美さん)

歩き始めて「晴翔が歩けるようになった!」と喜んだものの、今度は別の大変さがやってきます。

「相変わらずおもちゃには興味がないんです。そしてひとり遊びもできないので、家にいると1日中グズグズの状態で私のあとを追いかけてきます。まったく家事ができないので、外に連れ出して遊ばせ、疲れて寝ている間に家事をするような日々でした。
外にいるとご機嫌なんですが、外では私の手を振りほどいて、自分の行きたいところへどんどん行ってしまいます。振り返って私の姿を探すこともありません。迷子にならないように、晴翔のあとを追いかけていくのに必死でした。

そのころ私にはママ友が1人もいませんでした。晴翔がひとときもじっとしていないから、ママたちとゆっくり話すことなんか無理と思って、ママ友づくりに消極的だったこともあります」(由美さん)

当時、たまたま同じ公園にいたママから、心ない言葉をかけられたことがあったそうです。

「私のことを振り返ることもなく、どんどんどこかに行ってしまう晴翔の様子を見て、親しいわけでもないあるママから、『ママに愛着がないんだね』ということを言われたんです。悪気は感じなかったのですが、その言葉がスッと心に入り込んできてとても傷つき、落ち込みました。
でも、晴翔は外ではとても楽しそう。今はママ友を作るより、晴翔に寄り添うことを最優先にしようと考え、3歳で幼稚園に入園するまで、午前中3時間、午後3時間公園に行き、晴翔を追いかける日々を送りました。
雨の日は駅の改札前の広場など、屋根のある場所でひたすら歩かせました。晴翔は外にいられるだけで楽しかったようです」(由美さん)

すごくおしゃべりだけれど、言葉のキャッチボールができていない!?

運動の発達はゆっくりめだった晴翔くんですが、言葉の発達は早めでした。

「気づいたらおしゃべりしていた感じで、児童館の先生にも『晴翔くんは言葉が早いね』と言われていました。

また、本が好きで『読んで~』としょっちゅうせがんでくるので、本の読み聞かせはたくさんしました。ストーリーのある絵本も好きでしたが、図鑑のようなものも好きで、とくに妖怪のものがお気に入り。妖怪図鑑の解説文は何度も何度も繰り返し読みました。おかげで私も、妖怪のことはかなり詳しくなりました」(由美さん)

とってもおしゃべりで、ママにもたくさん話しかけていた晴翔くん。でも、由美さんには気になることがありました。

「たしかに2語文も3語文も早かったですし、どんどん言葉が出てくるのですが、晴翔が一方的に話し続けるだけで、幼稚園に入ってからも、言葉のキャッチボールがあまりできなかったんです。妖怪のことはとても詳しく話してくれますが、『今日は幼稚園で何をしたの?』と聞いても『いろいろ』で終わり。そして『この妖怪はね・・・』と自分の話したいことだけどんどんしゃべる感じです。幼稚園で先生やお友だちとコミュニケーションが取れているんだろうか、と心配になりました。

実際、年中のころまではお友だちとあまりかかわっていなかったようですが、晴翔本人は気にしていなくて、『幼稚園は楽しい』と言っていました。
ところが、幼稚園生活が残り1年になった年長に進級したころ、お友だちとかかわりたいという気持ちが急に強くなり、積極的にお友だちの輪に入っていくようになったんです。
晴翔はスキンシップが大好きで、顔と顔がくっつくくらいの距離で話したがるので、それをお友だちから嫌がられることもあったようです。でも晴翔はけろっとしていて、いつも楽しそうでした」(由美さん)

赤ちゃんのころからずっと、晴翔くんの発育・発達が気がかりだった由美さん。乳幼児健診や就学前健診、幼稚園・小学校での面談時など、機会があるごとに相談していました。

「担当の先生たちからはいつも『晴翔くんは大丈夫』『様子を見ましょう』と言われました。親から見ても、まわりのお子さんよりゆっくりではあるものの、晴翔なりの成長は感じられるので、見守っていこうと夫とも話していたんです」(由美さん)

これまでの気がかりな行動の原因に「聞き取れない」こともあったのかも・・・

2023年11月の写真。弟の優翔くんはおにいちゃんが大好きで、いつもくっついているそうです。

晴翔くんを見守る生活に転機が訪れたのは小学校2年生のときでした。

「2年生の2学期の個人懇談のとき、担任の先生から『晴翔くんは漢字の学習にかなり苦戦しています。そういう子は発達に問題があることが多いので、専門機関で相談してみたほうがいいと思います』と言われたんです。

小学校4年生の今もそうですが、晴翔は漢字を覚えるのがとても苦手で、とくに2年生のころは同じ漢字を10回書くと毎回違う書き順で書いていて、書くたびに同じ漢字とは思えないまったく違う字になっていました。さらに、左右や前後を区別するのも苦手らしく、Tシャツを前後ろ逆で着るのは日常茶飯事。フードつきのトレーナーもフードを前にして着ても平気でした。

『発達障害なのではないか』という不安は幼児期からずっと抱えていて、ネットでもいろいろ調べていました。でも、相談先ではいつも『大丈夫です』と言われ、不安な気持ちにふたをしたりして、気持ちが揺れ動いていました。
そんなときに担任の先生の口からから初めて『発達の遅れ・問題』という言葉を聞いたので、一気に不安とあせりが増しました」(由美さん)

由美さんはいてもたってもいられず、まずは、小学校に配属されていたスクールカウンセラーに相談しました。

「晴翔と面談してもらった結果、『検査をしたら、晴翔くんは何らかの診断名がつくと思います』と言われました。やっぱりそうか・・・と思いました。より専門的に診てもらうために、地域の子ども相談センターへ担任の先生とともに相談に行くことになりました。小学3年生に進級した5月ごろのことです。

療育は早くから始めたほうがいいと聞くのに、晴翔はすでに3年生。出遅れたことで、晴翔が今後苦戦することが増えてしまうんではないかと、すごくあせりました」(由美さん)

ところが、子ども相談センターの指導員の見解は違っていました。

「またもや『晴翔くんは大丈夫。様子を見ましょう』と言われたんです。専門の先生にそう言われたら、『違うと思う』とは言えず、もやもやしたものを抱えながら帰るしかありませんでした。でも、スクールカウンセラーの先生の『診断がつくと思う』という言葉がどうしても気になって、不安と心配だけが大きくなっていきました」(由美さん)

ここで由美さんと晴翔くんに2度目の転機が訪れます。大阪公立医学部附属病院耳鼻いんこう科の阪本浩一先生との出会いです。

「阪本先生を受診した目的は、晴翔のことではなく、二男・優翔の構音障害と吃音(きつおん)の相談でした。優翔が受診したときの何気ない会話の中で、『実は長男が小学校でいろいろと苦戦しているんです』と話したのがきっかけでした。阪本先生が『おにいちゃんも診るから連れておいで』と言ってくださったんです。阪本先生の言葉はとても心強く、ホッとしました。

そして、阪本先生から紹介していただいた専門機関で発達の検査をしたところ、なんとADHDであることが判明しました。 さらに阪本先生の検査で、『聞き取り困難症』という病気もあることがわかりました。2023年6月、晴翔が9歳半のときのことです」(由美さん)

聞き取り困難症とは、聴力検査では異常がないのに、相手の言葉が聞き取れない、聞き間違いが多いなど、音声を言葉として聞き取ることに苦労する病気です。
「聴覚情報処理障害(APD)」と呼ばれてきましたが、聴覚の情報処理の問題だけではないことがわかり、海外では「LiD( Listening difficulties=聞き取り困難症)」と呼ばれることが多くなっています。そのため日本でも、近年「聞き取り困難症(LiD/APD)」と表記されるようになってきています。

「ADHDについては、これまでの晴翔の行動からやっぱりそうか~という気持ちでした。でも、耳の聞こえ問題があるとは思ってもいなかったし、『聞き取り困難症』なんていう病名も知りませんでした。ただただ、とまどいました。

でも、これまでのことを思い起こしてみると、幼稚園に入園する前は児童館で先生が手遊びをしても無関心だし、幼稚園では先生の指示どおりに動けなかったり、お友だち遊びではいつもワンテンポ遅れたりしていたんです。それらは、相手の言葉を正しく聞き取れないのが原因だったのかもしれません」(由美さん)

小学校生活でもお友だちとのトラブルの原因に、聞こえの困難が関係していると思えることがあったそうです。

「3年生の個人懇談のとき担任の先生から聞いた話なのですが・・・晴翔が机の横を歩いたとき、お友だちのプリントに触れて落としたのに気づかず、しかも踏んでしまったようなんです。
お友だちが『晴翔、踏んでるよ!』と後ろから何度も呼びかけてくれたのだけれど、晴翔は気づかず、最後には怒られてしまい、ようやく気づいて振り返ったものの、お友だちが何を怒っているのか理解できていない様子だったそうです。無視されたと思ったお友だちは、そりゃ怒りますよね。
阪本先生にお世話になる前のころだったので、まさか聞こえに問題があるからだなんて思いもしていませんでしたが、晴翔は友だちの声が聞き取れなかったんだと思うんです」(由美さん)

発達にデコボコがあり、耳の聞こえにも困難があることがわかった晴翔くん。授業中はデジタル補聴援助システムの「Roger(ロジャー)」を使うことになり、ADHDについてもフォローを受けることになりました。

【阪本浩一先生から】困りごとの特性が、「聞き取りにくさ」という形で現れることがあります

聞き取り困難症と発達障害との関連は、まだ不明な点も多いです。だた小学校低学年までに見つかるお子さんには、発達障害を持っていることが多いのは事実です。この理由は、年少児では聞き取り困難の自覚症状を持つことは少なく、ASD、ADHDなど特性のある子で気づかれやすいことが挙げられます。発達障害の病名にとらわれず、言葉の問題、発音の問題を持つ子を含めて、困りごとの特性が、聞き取りにくさの形で現れている子をていねいに診ていきたいと思います。

お話・写真提供/中森由美さん 医療監修/阪本浩一先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部

ADHDと聞き取り困難症と診断されたことで、「単に成長がゆっくりなだけではないことがわかり、不安はもちろんあるけれど、困難の原因がはっきりしたのは晴翔のためによかった」と話す由美さん。晴翔くんの障害を理解した上で、フォローする生活が始まりました。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年3月の情報であり、現在と異なる場合があります。

阪本浩一先生(さかもとひろかず)

PROFILE
耳鼻咽喉科医。大阪公立大学大学院聴覚言語情報機能病態学特任教授、医誠会国際総合病院診療副院長。1989年愛知医科大学医学部卒業。大阪市立大学耳鼻咽喉科、神戸大学医学部耳鼻咽喉科を経て、2002年より兵庫県立加古川病院耳鼻咽喉科医長、兵庫県立こども病院耳鼻咽喉科医長(兼務)、2009年兵庫県立加古川医療センター耳鼻咽喉科部長/兵庫県立こども病院耳鼻咽喉科部長(兼務)、2016年大阪公立大学大学院耳鼻咽喉病態学准教授。2024年4月より現職。

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