妊娠27週のときに体重約1000gで生まれた男の子。早産の影響で、腸に穴が空いてしまった彼のその後~新生児医療の現場から~【新生児科医・豊島勝昭】
早産で生まれる赤ちゃんは、生後すぐから治療が必要なために新生児集中治療室(NICU)に入院します。NICUの赤ちゃんたちの成長や家族のかかわりについて、専門家に聞く短期連載。 テレビドラマ『コウノドリ』(2015年、2017年)でも監修を務めた神奈川県立こども医療センター周産期医療センターの豊島勝昭先生に話を聞きます。第8回は、1000g以下で生まれた赤ちゃんで手術が必要な合併症である「未熟児動脈管開存症と消化管穿孔」についてです。
未熟児動脈管開存症の治療後に腸に穴があいてしまった赤ちゃん
――早産で生まれた赤ちゃんに起こる合併症の中で、「未熟児動脈管開存症(みじゅくじどうみゃくかんかいぞんしょう)」というものを聞くことがありますが、どんな症状ですか?
豊島先生(以下敬称略) 動脈管は、肺動脈と大動脈をつなぐ胎児特有の血管です。お母さんの胎内にいる赤ちゃんは肺で呼吸をしていないため、心臓から肺に血液を流す必要がありません。胎児の心臓からの血液は動脈管を介して肺をバイパスして胎盤に向かって流れて、酸素と二酸化炭素を交換してもらっています。動脈管は通常、生まれて肺呼吸が始まると半日ほどで自然に閉鎖します。動脈管が出生後も閉じない状態が続いていると動脈管開存症になります。早産児にとくに起きやすい症状です。
生まれたあとも動脈管が閉じないままだと、肺で酸素をもらって心臓に戻り、心臓から全身を巡るはずの血液が動脈管を介して再度肺に流れ込みます。それにより肺と心臓を行き来する血液が増えてしまい、全身に血液が巡らず腎不全や壊死性腸炎を起こすことがあります。心臓の負担が増えて、心不全をきたして肺出血や脳出血といった合併症につながり、命にかかわります。まずは動脈管が自然に閉じるのを待ちますが、自然に閉じそうもない場合には動脈管を閉じやすくするイブプロフェンやインドメタシンなどの薬を投与します。ただ、この薬に副作用もあって、腎障害を起こしたり、消化管穿孔(しょうかかんせんこう)といって腸の粘膜の一部が薄くなり腸に穴があいてしまったりすることがあります。
薬を投与しても動脈管が閉じずに症状が続く場合は動脈管を縛って閉鎖する手術をします。しかし、1000g未満の小さな赤ちゃんの心臓手術は非常に難しく、対応できる外科医は日本のNICUの半分もいないのが現状です。手術が必要になる場合は、執刀できる小児心臓外科医のいる医療機関へ転院することになります。
――実際に未熟児動脈管開存症があった赤ちゃんについて教えてください。
豊島 現在22歳になるせなくんという男の子のことをお話ししたいと思います。せなくんが私たちのNICUに搬送されてきたのは、NICUのベッド不足が社会問題になっていた2001年ごろでした。地域の病院で、妊娠27週のときに体重約1000gで生まれたせなくんは、未熟児動脈管開存症の投薬治療を受けました。
動脈管を閉じやすくする薬を投与して動脈管は閉じたのですが、その薬の副作用で腸の一部に穴が開く消化管穿孔が起こってしまい、神奈川県立こども医療センターに転院してきました。
腸の一部に開いてしまった穴から、おなかのなかに空気や便や母乳がもれ出して、せなくんのおなかはふくれあがっていました。腸管の外にもれていたものを吸引して除去しながら、腸の穴をふさぐ緊急手術をしました。腸からの出血がなかなか止まらず、再度の手術も必要で、なんとか命を守れたと思えていました。
手術後も母乳の消化などがままならない状況が続き、栄養補給が不十分だったので、救命後の脳の発達への影響をご家族と心配しました。ご家族は涙を浮かべながら、せなくんの命の頑張りを信じてNICUでずっと応援していました。
せなくんはNICUを4カ月ほどで卒業しましたが、退院後もフォローアップ外来でせなくんの成長と発達をご家族と一緒に見守らせていただきました。
ご家族から、まわりのものさしに合わせず、せなくんのものさしで成長や発達を応援したいという気持ちをお聞きし、そのとおりの子育ての日々を見守らせていただきました。ドラムなどのバンド活動を頑張ったり、好きなことなどを自分の言葉でいつも伝えてくれるせなくん。得意なことをほめつつ、苦手なことが生きづらさにならないように病院でもできる応援をしていけたらと思ってフォローアップ外来を担当していました。
1つのことに根気よく取り組み、休まず通勤する青年に成長
――せなくんはいつごろまでフォローアップ診療を受けていたのでしょうか?
豊島 20歳を過ぎるころまでフォローアップ外来で診察し、心と体の健康の維持や就園・就学・就職などの生活の応援を病院からも続けていました。就労支援や障害年金などの申請書などもご家族と一緒に作成しました。今年、外来に来たときに「就労移行支援サービスを利用しながら働いている」と報告してくれました。その報告を後ろで言葉少なく、優しくほほ笑んで見守るご両親がこれまで向き合っていたことも含めて、ご家族皆をたたえたい気持ちで感動していました。
せなくんは同時にいくつかの指示をこなすことは苦手だけれど、1つのことに根気よく取り組める、というよさがあります。休まずに通勤していることや、お給料をためて家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を購入して大切に育てていることなどを話してくれました。LOVOTはせなくんの人生で初めて、自身で意志達成を果たしたのだそうです。
NICUから見守ってきたご両親も医療者も年齢を重ねていきます。いつまでも一緒にいられない未来をお互いに感じています。それでも、社会には支え合おうとしてくれる人たちや場所は必ずあります。せなくんが多くの人たちに上手にSOSを自ら出しながら、一緒に生きていく人たちや居場所をご家族と一緒に探せたらと思えています。
今年、未熟児動脈管開存症ガイドラインの改定を、ボランティアで志願してくれた全国各地のNICUで働く105名の協力者とめざしています。14年ぶりのこととなります。世界中の最新の医学研究の結果などをまとめ、日本に合った推奨案を提案する予定ですが、せなくんのお父さんには、このガイドラインの推奨決定会議に患者家族として参加してもらいました。
14年ぶりのガイドライン改定をめざして
――未熟児動脈管開存症の診療ガイドラインとはどんなものですか?
豊島 診療ガイドラインとは、健康に関する重要な課題について、患者とその家族と医療者が診療の意思決定を支援するために、世界中の医学論文などを集めて評価して医学的根拠(エビデンス)をまとめて、益と害のバランスを踏まえて最適と考えられる診療を提案する文書です。全国のNICUではそれぞれに医療チームや病院設備などが異なります。一律の治療を押し付けるようなガイドラインでは、それぞれの病院の治療成績は改善しないかもしれません。それぞれのNICUに合った診療をそれぞれのNICUが考えていくための道標がガイドラインとも言えます。
そのためガイドラインの推奨の決定には、日本各地のさまざまな世代や経験の医療者に集まってもらう推奨決定会議(デルフィー会議)を開催して、推奨案を決定します。
現在の未熟児動脈管開存症のガイドラインは2010年に作成されたものです。最近では、動脈管開存症の治療薬は増えていますし、投薬や手術のほかにカテーテル治療の報告も出ていて、治療の選択肢が増えてきています。
現時点のそれぞれの治療法の医学的根拠(エビデンス)をまとめて、よりよく赤ちゃんの命を救うためにできることは何かををどの病院の医療チームも見直し、さらに患者家族への情報提供し診療方針を一緒に決めていくためにも、ガイドラインを14年ぶりに改定しようとしているのです。
――患者家族への情報提供に意味もあるから、その会議に患者家族も参加するんですね。
豊島 新生児医療のガイドラインは世界標準の診療ガイドラインの作成方法を取り入れていて、必ず多職種の医療者や患者家族の視点を入れる努力をします。ガイドラインの総仕上げをする段階で、医療者が作成した文書や推奨文を患者家族として読んでみて、不適切と感じる表現はあるか、誤解を招く表現はないか、などをチェックしてもらうのです。
9時間にも及んだ推奨決定会議の中でせなくんのご家族は、患者家族は目の前の医師を信じるしかないから、その医療に不安にならないような文章を当時の自分たちを思い出しながら考えたい、というさまざまな提案は心強いものでした。
医療者と患者家族がともに話し合う医療をめざしたい
――医療を受ける赤ちゃんの家族が、どんな治療なのかを知ることもできるのですね。
豊島 14年前も診療ガイドライン完成後は患者家族向けのガイドライン解説も作成しました。診療ガイドラインもそうですが、私は治療も患者家族と一緒に考えていくことが大事だと思っています。
医療者でもよりよいと思える治療に意見が分かれるようなこともあります。そんなときは、患者家族がわが子のことを踏まえてよりよいと思える治療を選択していただき、そのご家族の願いがかなうようにNICUの医療チームが力を合わせて、全力を尽くせたらと思っています。
患者も一緒に診療を選択していると思えるようなNICU医療は、NICUの卒業の先の子育てにもつながっていくと信じています。神奈川こどものNICUが大切にしているファミリーセンタードケアのマインドだと思えます。
そんな医療をめざして、全国のNICU仲間と今、ガイドラインを作成しています。今年中にパブリックコメントを募集する予定ですので、過去・現在の患者家族の皆さまにも一緒に未来の新生児医療を考えてもらえたらと願っています。
お話・監修/豊島勝昭先生 写真提供/ブログ「がんばれ!小さき生命たちよ Ver.2」 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
もし自分の子どもが重篤な病気になったら・・・、その治療がどんなものか、メリットやデメリットなどの情報を知った上で、親も医療者と一緒に考えて選択をすることが大事だと感じました。
●記事の内容は2024年9月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。