ママ・パパが笑顔で育児をできることをめざし、「周産期のこころの外来」を立ち上げ、イベントも開催【専門医】
小児外科医としてたくさんの両親と向き合う間に、ママ・パパの「こころ」を救えるようになりたいと考えた村上寛先生。小児外科医を続けながら精神科医になるための勉強をし、信州大学医学部附属病院に「周産期のこころの外来」「周産期の父親の外来」を開設しました。
村上先生がこの仕事へ込めた思いや、ママ・パパをサポートするための活動、これからのことなどについて聞きました。
全2回のインタビュー取材の後編です。
育休後にうつ状態となった父親。投薬とパートナーの協力で徐々に改善
――「周産期の父親の外来」を受診した人の症例を教えてください。
村上先生(以下敬称略)個人情報保護のために、実際の症例をアレンジした模擬症例としてご紹介します。
30代の男性Aさんは、第1子の誕生をとても喜び、育児にも積極的。2カ月間育休を取り、夫婦で協力して初めての育児に向き合っていました。
育休中は不調を感じることはなかったようですが、育休が終わり仕事に復帰したところ、育休前と比べて仕事への興味が薄れていることを感じたそうです。
それまでしたこともないようなミスを多発し、「仕事をしたくない」とまで感じるように。日増しに不安とあせりが強くなってきたことで、「周産期の父親の外来」を受診しました。
診察したところ、かなり重いうつ状態でした。抗うつ薬を服用して自宅で療養してもらうことにしました。
パートナーにも病状について説明し、睡眠不足はうつ症状を悪化させるリスクがあるため、睡眠は十分にとらせてほしいと話しました。夜間の育児を1人でするのは大変だったと思いますが、パートナーが理解し、協力してくれたおかげで、徐々に症状が改善しました。
患者さんの状況を把握し、最もよい方法を考える。小児外科も精神科も同じ
――村上先生は以前は小児外科医。外科と精神科では、仕事内容がずいぶん違うように思います。外来を始めるにあたり、とまどいはありませんでしたか。
村上 情報を集めて患者さんの状況を把握し、弱っているところを治すための最善策を考え、実践する。このアプローチは小児外科も精神科も同じだと、私は考えています。その方法が手術か面談かという違いだけです。患者さんの命を預かっているという責任感も同じです。
――1日に何人くらい診察しますか。
村上 初診時は、患者さんが置かれた状況や心の状態をしっかり把握する必要があるので、1時間くらいかけてじっくり話を聴きます。再診時もだいたい10分から20分はお話をお聴きするので、1日に診察できるのはマックスで30人、平均では15人~20人くらいです。
――2024年1月に「周産期の父親の外来」も開設しました。父親だけの受診日を作った理由を教えてください。
村上 周産期にメンタルヘルスが不調になりやすいのは、母親だけではありません。父親も同じくらいリスクがあります。でも、「妊娠・出産を経験していない自分のメンタルヘルスが不調になるわけがない」と、思い込んでいる父親は多いんです。また、不調を感じても相談する場がなく、症状が悪化してしまうこともあります。そこで、父親もサポートの対象であることを明確に打ち出したくて、父親だけの受診日を作りました。開設以降、実際に受診してくれる父親の方も増えています。
松本山雅FCとともに、ママを元気にするための「ママサポ企画」も行う
信州大学医学部附属病院と松本山雅FCが連携して行った、「小児入院患者に付き添いされる保護者の方々へのサポートプロジェクト」。選手たちも応援に来てくれました。(©松本山雅FC)
――村上先生は、サッカーJ3リーグのチーム「松本山雅FC」とともに、「ママサポ企画」も行っています。これはどういうものですか。
村上 松本山雅FCは松本市を本拠地とするサッカークラブです。長野県の地域社会の一員として、スポーツを通したさまざまな活動に取り組んでいます。私が松本山雅FCの皆さんと一緒に「ママサポ企画」を行うようになったのは、新型コロナウイルス感染症が流行していたころの、「ステイホーム」がきっかけでした。
妊産婦さんたちが家庭で孤立しがちになっていることに、危機感を持ったんです。家にこもりっぱなしになるのは、メンタルヘルスの観点から見たらいいことではありません。コロナ禍であっても、たまには思いっきり新鮮な空気を吸って、リフレッシュする機会を持ってほしい。私のそんな思いを受け止めてくれたのが、松本山雅FCでした。
――「ママサポ企画」の記念すべき1回目は2021年10月10日に行われました。どのような内容でしたか。
村上 小さな子どもがいるママ・パパや妊婦さんに、サッカー観戦を楽しんでもらうというものです。
移動しやすいようにスタジアムからいちばん近い駐車場を確保し、会場入り口近くまでベビーカーで行けるようにしました。また、キッズスペースやミルク用のお湯を用意し、赤ちゃん連れの外出をサポートしました。
さらに、キックオフまでの時間を使って、スタジアムに“ママサポおはなしブース”を設置。メンタルヘルスの無料相談会を、私が担当しました。「病院に行くほどではないけれど気になっていることがある」など、メンタルヘルスに不安を持つママたちの話を聞き、改善策についてアドバイスをしました。
10月10日に行ったのは、この日が「世界メンタルヘルスデー」だから。サッカー観戦が、子育て中のママ・パパの心を元気にしてくれることを願い、以後も、毎年1回、10月10日に近い日のホーム試合開催日に行うことになりました。
――“ママサポおはなしブース”は松本市内のイベントやお祭りなどでも開催しているとか。
村上 年6~7回は行っています。最初のうちは、イベントにやって来た方が「こんなブースがあるなら相談してみよう」と、「ついでに相談する」といった感じでした。でも徐々に“ママサポおはなしブース”が浸透してきたようで、「相談することが目的でイベントに来た」という方も増えている印象があります。気軽に立ち寄ってもらえているのではないでしょうか。
――入院中の子どもに付き添う保護者を対象にした、サポートプロジェクトも行っています。
村上 信州大学医学部附属病院と松本山雅FCが連携し、小児患者に付き添う保護者にお弁当を届けています。2023年から行っていて、私も企画段階から参加しています。
お弁当を作ってくれるのは、松本山雅FCの選手たちに食事を提供している「喫茶山雅」。保護者の健康を気づかい、栄養面に配慮した献立を考えてくれます。
そして、弁当を届けるときには松本山雅FCの選手たちも同行し、記念撮影やサインなどを通して、保護者を応援してくれるんです。選手と話していると、保護者の皆さんの顔がとても明るくなります。選手が元気を与えてくれるんですよね。
産後うつの予防には、助産師・保健師、専門医のネットワークが必要
――「周産期のこころの医学講座」は期間限定の講座なのだとか。
村上 そうです。「周産期のこころの医学講座」は数年後にはいったん終了となる予定です。講座終了後に「周産期のこころの外来」「周産期の父親の外来」がどうなるかも、今のところ不明です。
形は変わっても、引き続き周産期のメンタルヘルスケアにかかわっていきたいと考えています。
妊産婦さんをすぐそばで支援してくださっているのは、保健師さんや助産師さんです。妊産婦さんのメンタルヘルスは、保健師さんや助産師さんの力によるところが大きいと考えています。産後の健診や家庭訪問などを通して妊産婦さんおよびパートナーのメンタルヘルスを把握し、精神科医などとの連携で不調を早期に改善する。このネットワークを構築することが産後うつの重症化の予防には必要です。
今後は、こうしたネットワーク作りにも力を注いでいきたいと考えてます。
お話・監修・写真提供/村上寛先生 写真提供/松本山雅FC 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
病院での外来診療だけでなく、ママ・パパを元気にするためのイベントの企画や、無料での相談会も積極的に行っている村上先生。「母親・父親の産後うつを予防するために、信州全体の周産期メンタルヘルス支援体制を強化していきたい」と語ります。
村上寛先生(むらかみひろし )
PROFILE
医師。1985年生まれ。東京都出身。2011年順天堂大学医学部卒業。信州大学医学部内に日本で初めての周産期メンタルヘルスに特化した大学講座「周産期のこころの医学講座」を創設。信州大学医学部附属病院の「周産期のこころの外来」「周産期の父親の外来」にて、妊産婦や父親のメンタルヘルスサポートおよび産後うつの治療を行う。日本各地で周産期メンタルヘルスや母子保健に関する講演会・研修会も開催。3児の父。
『さよなら、産後うつ 赤ちゃんを迎える家族のこころのこと』
産後うつに悩む妊産婦とそのパートナーを救いたい・・・。その思いから周産期メンタルヘルスに特化した診療を行う村上先生が、周産期の「こころ」のことを、わかりやすくていねいに伝えている。ママ・パパはもちろん、その家族にも読んでほしい本。村上寛著/1760円(税込・晶文社)
●記事の内容は2025年1月の情報であり、現在と異なる場合があります。