24歳で乳がんに…闘病を乗り越えてママに。がんになっても、自分の人生をあきらめない社会を作りたい【元日本テレビ記者・鈴木美穂】
24歳のときに、右胸にステージⅢの乳がんが見つかり、右乳房全切除の手術を受けた元日本テレビ記者、キャスターの鈴木美穂さん。鈴木美穂さんは、34歳になる前日に入籍。2022年2月長女を出産しました。現在、認定NPO法人マギーズ東京の共同代表理事として活躍する鈴木美穂さんに、出産や子育て、がんを経験した人とその家族や友人などを支える活動について聞きました。
全3回インタビューの3回目です。
2022年に第1子を出産。授乳指導で助産師が代わるたびに、乳がんのことを言うのがつらかった
鈴木美穂さんは、当時パナソニックに勤めながら大手企業の若手・中堅ビジネスパーソンによる企業変革に取り組むコミュニティ「ONE JAPAN」の代表を務める濱松誠さんと、34歳の誕生日前日に入籍。しばらくして第1子を授かりました。
――出産について教えてください。
美穂さん(以下敬称略) 娘を出産したのは、2022年2月です。妊娠41週で、自然分娩で生まれました。生まれるまでの分娩所要時間は6時間ぐらいでした。
コロナ禍で立ち会い出産ができなかったので、スマホに自撮り棒をつけて夫とつなぎ、娘が生まれるまでを見てもらいました。
長女は体重3528g、身長52.5cmで生まれたのですが、元気な産声を聞いたときは、本当に幸せでした。まるで夢の中にいるようでした。
――赤ちゃんのお名前は、夫婦で決めましたか?
美穂 夫はオリジナリティーがほしいと言っていて、2人で名づけの本をいっぱい読みました。2人で話し合って、生きていくのにいちばん大切なことは「愛」。愛をつなぐ子になってほしいという願いを込めて、「愛緒(あお)」と名づけました。
――美穂さんは、乳がんで右乳房全切除の手術を受けていますが、授乳はどうしたのでしょうか。
美穂 母乳が出にくいタイプの人もいると聞きますが、ありがたいことに私の残された左乳房からは母乳が出ました。でも出産直後からたくさん出るわけはなく、左胸の母乳とミルクの混合栄養で育児がスタートしました。
ただ、授乳指導で担当の助産師さんが代わると「左胸でこれだけ母乳が出るならば、右胸も飲ませて完全母乳で育てられるわね!」と言われたことがあります。
そのときはショックだったし、「私、乳がんになって右胸を全切除しているんです」と説明をしなくてはならいのがつらかったです。
そのうち助産師さんの間で、情報共有されるようにはなりましたが・・・。
産後3カ月ぐらいには、仕事にもだいぶ復帰していたので、そのころからミルク中心になりました。
3歳の娘は、イヤイヤ期真っ盛り。パパのほうが、かかわり方が上手
長女は3歳で、今はイヤイヤ期真っ盛りだそうです。
――子育ては、夫婦で行っていますか。
美穂 どちらかと言えば、夫のほうが子育ての割合が多いと思います。今は、夫6割、私が4割ぐらいでしょうか・・・。
娘は今、イヤイヤ期真っ盛りですが、夫のほうがかかわり方が上手なんです。おふろに入れようとすると嫌がるし、入ると今度は出るのを嫌がるし・・・。公園に行くと帰るのを嫌がるし・・・。私はお手上げ状態ですが、夫は上手にかかわって、娘に上手に声をかけて、娘もあまりイヤイヤしないんです。
私の母に「娘が公園に行くと帰るのを嫌がるんだ」と言ったら、「小さいころの美穂にそっくりよ」と言われて驚き、笑っちゃいました!
――夫婦で仕事をされていますが、保育園を利用しているのでしょうか。
美穂 1歳から、認可保育園に通わせています。最初のころは、お迎えに来た私を見つけると「あっ!」って顔をして、満面の笑みで「ママ来たー!」と全力で走ってくるんです。その姿が、本当にかわいくて。夫もその姿が大好きで、入園からしばらくは夫婦で一緒に送り迎えをしていました。
今は、夫が朝ごはんを食べさせて、保育園に連れて行き、私が迎えに行くという分担になっています。
美穂さん流世界一周旅行の仕上げは、家族3人で
――美穂さんのInstagramには、家族で海外旅行に行った写真も投稿されています。
美穂 娘が生後6カ月のときにハワイに行き、1歳になってオセアニア、1歳半で北米に行きました。
娘が生まれる前、夫婦で1年の予定で世界一周旅行をしたのですが、新型コロナの流行でハワイ、オセアニア、北米を回れなかったんです。それがずっと心残りでした。そのためリベンジで娘を連れて、世界一周で行けなかった国を巡り、私たちの世界一周は完結しました。
コロナ禍で、途中で帰国せざる得なくなったときはかなりショックだったのですが、結果、小さい娘とでも行きやすいような地域が残っていて、「娘と一緒にということだったのかも・・・」と考えたりもしました。家族3人で世界一周の思い出が作れてよかったです。
切除した右胸を見て、娘に「ママ、こっちはないの?」「痛い?」と聞かれた
「娘はまだ幼いので、病気のことはまだ伝えていない」と言う鈴木さん。しかし切除した右胸を見て、子どもなりに心配してくれるそうです。
――娘さんは、美穂さんの病気のことを知っていますか。
美穂 私の乳がんのことと、手術や治療のことは娘にはまだ話していません。でも、娘とおふろに入ると、乳がんで全切除手術を受けた私の右胸をじっと見ることはありました。
2歳半ごろになったある日、2024年の夏ごろのことです。娘から「ママ、こっちはないの?」「痛い?」と聞かれ、「痛いの痛いの飛んでいけ~。あとでばんそうこうはってあげるね」と言われたときには、涙が出そうになりました。
そして、おふろから上がると、いつもばんそうこうを入れているところからばんそうこうを取ってきて、貼ってくれたんです。
その後も、おふろに入るたびに「もう痛くない?」と聞いてくれます。
――乳房再建の手術は考えていないのでしょうか。
美穂 今のところ考えていません。右の乳房を失ったときは本当にショックで、鏡を見るたびに泣いていました。当時は乳房再建をすすめられたこともありました。考え方はいろいろあるとは思いますが、私はこのままでいいかな、と考えています。初めて手術の傷を見たとき夫から「好きだよ。よく頑張ったね」と言ってくれたこともあるからかもしれません。
今では、傷を見るたびに気が引きしまる思いです。
私はつい頑張り過ぎてしまうところがあるのですが、ハードワークが続くと傷がチクチクとうずくんです。傷が「少し休んで」と教えてくれるんです。
――忙しすぎるのはよくないのでしょうか。
美穂 闘病をへて最も注意しているのが、睡眠時間を十分とって、忙しくなり過ぎないようにしていることです。乳がんが見つかった24歳のころは、仕事が忙しくて生活が不規則でした。今は心身の健康のためにも夜12時には寝て7~8時間は睡眠をとるようにしています。
がんになっても、自分の人生をあきらめない社会をめざしていきたい
美穂さんは子育てをしながら、自身のこれまでの経験をいかして、マギーズ東京の共同代表理事を務めるなど精力的に活動しています。
――美穂さんが共同代表理事を務める、マギーズ東京について教えてください。
美穂 マギーズ東京は、東京都江東区豊洲にあり、がんを経験した人とその家族や友人などが、気軽に訪れてがんに詳しい友人のような看護師・心理士などと安心して話せる場です。利用は無料です。月平均400~500人が足を運んでくれます。
オープンから9年がたつのですが、まもなく今の土地の契約が終了するため、移転に向けて動いているところです。多くの人に気軽に利用してもらいたいので、どういうカタチで新しいマギーズ東京を作るか、スタッフと模索しているところです。
――ほかには、どのような活動をしていますか。
美穂 2024年からベンチャー企業のSmart Opinionに参画し、「AI乳がん検診『Smaopi(スマオピ)』」を普及するための準備を進めています。
この会社は、AI画像診断技術を活用して、乳がん検診のエコー検査の精度をあげる機器を開発しています。薬事承認取得済みで、もうすぐ医療現場でも使われる予定です。早期発見して適切に治療することができれば、多くの女性を乳がんから救うことができます。痛くなく、安定して精度が高い新しい検診を通じて、乳がんが怖くない世界をつくっていくのがミッションです。
これからも、私自身の乳がんの経験をいかしながら、さまざまな活動を通して、がんになっても自分の人生をあきらめず、幸せに生きて、自己実現ができる――そんな社会をめざして挑戦していきたいと考えています。
お話・写真提供/鈴木美穂さん 取材・文/麻生珠恵 たまひよONLINE編集部
「キャンサーギフト」という、がんがくれた贈り物という言葉があります。鈴木さんは「がんはつらい経験ですが、がんになったからこそ出会えた人、気づいたことがいっぱいある。今の私がいるのは、がんになって苦しかったあのときがあるから」と話します。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
鈴木美穂さん(すずきみほ)
PROFILE
元日本テレビ記者・キャスター。2018年まで日本テレビに在籍し、報道局社会部や政治部の記者、ニュースコーナーのデスク兼キャスターなどを歴任。自身のがんの経験から、2016年、東京・豊洲にがんを経験した人やその家族、友人などが気軽に訪れて無料で相談できる「マギーズ東京」をオープン。認定NPO法人マギーズ東京共同代表理事を務める。「AI乳がん検診」を開発・普及する株式会社Smart OpinionのChief Communication Officer。著書に『もしすべてのことに意味があるなら』(ダイヤモンド社)。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年3月の情報であり、現在と異なる場合があります。