2歳で夫婦に迎え入れられた子どもは中学生に。小学校時代には自分の生い立ちを、自らの意思で友だちに公表!【里親・里子体験談】
東京都在住の鮫川景子さん(仮名)は、里親として11年前に1人の子どもを夫婦で迎え入れ、一生懸命に育ててきました。当時、2歳だった子どもは成長し、今では中学生に。里親サロンに参加し続けることで、里親里子同士の繋がりが何よりも大切だと実感した鮫川さん。先輩里親から誘いを受け、「蚊帳の外より蚊帳の中!」と一緒に活動を始めました。今は、“親と子どもの育ちをハッピーに!”という理念のもと、里親の普及啓発、研修、養育相談などを行う一般社団法人グローハッピーの一員です。
前編では、鮫川さん夫婦が里親を始めたきっかけや、お子さんと暮らし始めてすぐの幼少時代の話を聞きましたが、後編となる今回は、里親家庭ならではの苦労や、成長したお子さんとの現在の関係、お子さんが小学校高学年のときに起こした、ある勇気のある行動について、詳しくお話を聞きました。
子どもの出産話は話せない。沈黙して、乗りきった
――里親になられてから今まで、どのような苦労がありましたか?
鮫川さん(以下敬称略) 細かいことですが、健康保険証のことは苦労しました。里子の医療費は、里子担当の児童相談所がある自治体が全額負担してくれます。里子には受診券という名前の健康保険証代わりのカードが渡されるのですが、うちが子どもを迎え入れたころは、医療機関がその存在を知らないケースが多くて、小児科で「これは何ですか?」と聞かれ、1から説明しなければならないことがよくありました。なので、その説明が書かれている紙をコピーして持ち歩いていました。
また、今も積極的に「里親子であること」を公表しているわけではありませんが、当時はさらに慎重で、幼稚園で私たちが里親子であることを知るのは先生のみでママ友には一切話していませんでした。
そんな中、ママ友たちとのランチ会があって、恐れていたことが起こりました。先輩里親からシークレット里母にとっての“困る話題あるある”だと聞いていた“出産話”が始まったのです。
先輩は「集まりで出産の話題が出て、トイレに逃げたことがある」と言っていましたが、私は沈黙を通しました。ママ友たちが「このあたりで産んだの?」「里帰り出産だった?」と盛り上がる中、話を聴くことに徹しました。幸いなことにみんなが自分の体験を話すことに夢中だったので助かりました。
実親さんに関する話は、あらたまらず日常の中でするように
――お子さんが家に来られたのは2歳で、現在は中学生とのことですが、今までに里親子であることの話を改めてしたことはあったのでしょうか?
鮫川 いわゆる「真実告知」と呼ばれるものですね。うちは3〜4歳のころに初めて子どもに話をしました。「あなたは私から生まれたんじゃなくて、産んでくれたお父さんとお母さんが別にいるんだよ」って。そのときの子どもの反応は、「お父さんも赤ちゃん産めるの?」でした(笑)。「幼稚園のお友だちも、産んでくれたお父さんとお母さんがいて、今のお父さんお母さんたちのところに来ているの?」と聞かれたので、「みんなのお父さんお母さんは、産んでくれたお父さんお母さんだよ」と答えました。子どもは不思議そうにしていましたね。
――話すにあたって、何か意識されたことはありますか?
鮫川 絶対に嘘をつかないことです。それと、里親の先輩から、「家庭の中で“言ってはいけないこと”や“聞いてはいけないこと”を作らないのが大事」と教えてもらっていたので、実親さんの話は「これから話します!」と改まる感じではなく、あくまで普段の会話の中で自然に盛り込むように意識していました。
例えばテレビを観ているときに「産んでくれたお母さんも観てるかな?」と話しかけたり、2人で自転車に乗っているときに子どものほうから「ねえねえ、産んでくれたお母さんってお城に住んでいるのかな?」なんて聞いてきたり。子どもの年齢に合わせて話す内容も少しずつ変えていって、子どもの理解も深まっていったと思います。
グローハッピーの活動が子ども自身の意識を変えた
――現在のお子さんとの関係性はどのような感じですか?
鮫川 基本的には、何でも話し合える関係だと思います。ケンカするけど、一緒に笑い転げることもあるし、私の愚痴を聞いてもらうこともあります。私と私の親との関係とそう変わらないな、と感じています。
――すてきですね。
鮫川 子どもはちょうど思春期ですが、グローハッピーの代表である齋藤さんから「思春期を平和に乗り越えるために準備しておいたほうがいい」とアドバイスをもらっていたので、いろいろ頑張ってきました。
また、グローハッピーの活動そのものが、子どもにも大きな影響を与えてくれたと思っています。たとえば、グローハッピーには「こども会議」という、里子と里親家庭で育つ実子が集まって意見を出し合う取り組みがあるんです。
うちの子が小学4年生だった冬休みに、こども会議に参加した際、子どもたちから「里親子のことを特別視しない社会になってほしい。僕たち、私たちは、決して“かわいそうな子”じゃない。“かわいそう”と言われるのが本当に嫌だ」という意見が出ました。
「学校で里親制度についてちゃんと教えてもらって、みんなが里親子のことをあたりまえに知っている社会になってほしい」という願いを伝えてくれたんです。
その後、里親仲間を通して、こども家庭庁の小倉こども政策担当大臣(当時)に子どもたち自身が直接思いを届ける機会を作っていただきました。そういう経験や、いろいろな里子の先輩や仲間と出会って話を聞くことで、うちの子の中にも少しずつ意識の変化が生まれてきたみたいです。
小学校5年生になった子どもが「友だちに自分が里子であることを話したい」と言い出した
――どのような意識の変化がありましたか?
鮫川 子どもが小学5年生の夏、突然「里子だってみんなに言ってすっきりしたい」と言い出しました。私としては、「おお!ついにそう思うようになったか!」と嬉しく思いましたが、平静を装いました(笑)。
しかし、子どもの心は揺れまくり、私には「話したい」と言うのに、夫には「嫌なこと言われるかもしれないから怖くて言えない」と話していて…。夫婦間の認識も嚙み合わず、どうするのかな?の状態が続きました。それでも子どもは「なおみさん(齋藤さん)に自分の学校で授業をして欲しい。里親子のことをいちばんよくわかっているから」とオファーを出しました。
私と夫は「万が一、嫌なことを言われたりされたりしたときには全力で守る」と約束し、齋藤さんは「そうならないようにきちんと授業で話をするから」と約束してくれて。齋藤さんと齋藤家の里子さんの力を借りて、小学校の全面協力のもと、5年生の終わりの3月に1コマ分の授業時間をもらい、学年全体に向けて「里親制度についての授業」をさせてもらうことに決まりました。子どもは自分でパワポの資料1ページを作り「里子であること、今の家(わが家)に居ること、本名は○○だよ」を齋藤さんからみんなに伝えてもらうことになりました。
――学校のお友だちの反応はどうだったのでしょう?
鮫川 みんな驚いたみたいで大騒ぎになりましたが、子どもにはそれが面白かったようで、終わったあとはとても満足気でした。周囲のリアクションは、とてもあたたかく、明るかったそうです。
もともと先生たちも「この学年なら大丈夫!」とおっしゃっていましたが、本当にそのとおりで。いやなことを言われることはいっさいありませんでした。また、その後も無事、平和に小学校を卒業しました。
父親にも応援されたことが子どもの自信に!
――公表する機会があったことで、家族の中でも何か変化はありましたか?
鮫川 はい。子どもがみんなに公表する機会を設けたことは、私たち家族にも変化をもたらしました。それまで私と子どもは、実親さんのことや里親制度について、普段から普通に話していましたが、夫と子どもの間では、そうした話をじっくりする機会がなかったんです。
夫はもともと特別養子縁組を希望していたくらい、強く「自分の子どもとして育てたい」気持ちを持っていて、もちろん、里子であることを否定しているわけではなく、理解しているけど「あえて話をしなくてもいいんじゃないか」と思っていたんだと思います。
でも、子どもが「みんなに里子だって言いたい」と言い出して、必然的に夫と子どもの間でもいろんな話をするようになりました。最終的には夫も子どもの思いを受け止めて、子どもの背中を押してくれました。自分自身も周囲も親も友だちも先生方も「ちゃんと自分を認めてくれている」と感じられたことは、子どもの中で大きな収穫となり、一皮むけるきっかけにつながったのだと思います。
子どもは中学生になりましたが、中学校では「わざわざ自分から言う必要はないよ」と言って、公表せずに日常を過ごしています。自分でそう決められるようになったことも、成長のあかしだと思っています。
お話/鮫川景子さん(仮名) 取材・文/江原恵美、たまひよONLINE編集部
今回のお話でとくに印象に残ったのは、家族だけでなく、同じ立場の仲間との“つながり”が持つ力です。里親の先輩たちからの助言や、グローハッピーでの活動は、大きな支えとなり、お子さんが自分らしく踏み出すきっかけにもなりました。
「里親の悩みは里親にしかわからない」と語る鮫川さん。その言葉からは「決して1人で抱え込まないで。先輩や仲間を頼って!」という、これから里親になろうとする人たちへのあたたかなエールにも感じられました。
鮫川景子さん(仮名)
PROFILE
東京都在住。不妊治療を経て、1度は子を育てることを断念。その後、里親となり49歳で当時2歳だった子どもを迎える。現在、子どもは中学生に。“親と子どもの育ちをハッピーに!”を理念に掲げる一般社団法人グローハッピーの代表・齋藤直巨さんとは、同じ児童相談所管内の先輩・後輩で、児童相談所主催の里親サロンで知り合う。グローハッピーの前身団体の立ち上げ時に声がかかり、そこから一員として、主に齋藤さんを支える業務に従事している。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●掲載している情報は2025年8月現在のものです。