誕生してすぐにわかった眼球の突出。妊婦健診では何も言われなかったのに・・・【クルーゾン症候群】
整形外科医の中川知郎さんと、元看護師のあずささん夫妻には、2人の子どもがいます。4歳の長男・千歳(ちとせ)くんは、生まれてすぐにクルーゾン症候群の疑いがあり、生後4カ月ごろに診断されました。
クルーゾン症候群とは、遺伝子の変異によって起こる生まれつきの病気です。難病情報センターの情報では、日本での年間発症数は20~30人と予想されています。
夫の知郎さんと妻のあずささんに、千歳くんがクルーゾン症候群と診断されるまでのことや症状について聞きました。全2回インタビューの前編です。
夫も妻も目の大きさを見て「あっ・・・」と思った
千歳くんが生まれたのは、2021年1月のことでした。
――妊娠は、いつごろわかりましたか?
知郎さん(以下敬称略) 私は整形外科医で、妻は看護師です。私が31歳、妻が28歳のときに結婚しました。結婚して、すぐに千歳を授かりました。妊娠がわかったときは、本当にうれしかったです。
あずささん(以下敬称略) 妊婦健診は、近所の産科クリニックで受けていました。産科クリニックの健診では、妊娠経過も順調で、とくに心配なことは言われませんでした。
当時は、訪問看護の仕事をしていたのですが、つわりがひどくて仕事ができる状態でなくなり、妊娠6カ月ごろに退職しました。
里帰り出産の予定だったので、妊娠30週に入ってから、実家に帰り、出産予定の総合病院で妊婦健診を受けました。総合病院でも、妊娠の経過やおなかの赤ちゃんについて、とくに気になることは言われませんでした。
――出産について教えてください。
あずさ 私は、発汗性のアレルギー疾患があったので、妊娠38週になったら計画分娩で出産することになっていました。
コロナ禍で、立ち会い出産はできなかったし、ちょうど夫は整形外科専門医の試験の時期でした。そのため私1人で、里帰り先の病院にお産入院をしました。入院したその日に陣痛を促すために陣痛誘発剤を使いバルーンを挿入したのですが、なかなか陣痛が来なくて・・・。夫とは毎日、スマホのビデオ通話で話して状況を伝えていました。
陣痛が来たのは、入院から5日目。本陣痛が来たら6時間ぐらいで千歳が誕生しました。出生体重は2729g、身長は46cm。元気な産声は聞こえたのですが、生まれたばかりの千歳を見た瞬間「あっ・・・」と思いました。
知郎 千歳が生まれた日が、ちょうど整形外科専門医の試験日でした。試験が終わってスマホを見たら、妻から「生まれたよ」と連絡が来ていて、生まれたばかりの千歳の写真が送られてきていました。写真を見ると、赤ちゃんの目が明らかに大きくて、何らかの異常を考えました。すぐに妻に連絡をしたのですが、検査中ということで、とても不安でした。
また千歳は、上あごのくぼみが通常よりも深い高口蓋(こうこうがい)もありました。
出産から数日後に、クルーゾン症候群の疑いが
千歳くんが生まれたのは金曜日。週明けの月曜日に、あずささんは担当医から「クルーゾン症候群」の疑いを告げられます。
クルーゾン症候群とは、遺伝子の変異によって起こる生まれつきの病気。頭蓋骨や顔面骨の形成異常によって、さまざまな症状が現れます。
――いつごろクルーゾン症候群の疑いがあると告げられたのでしょうか。
あずさ 千歳が生まれた金曜日には、担当医から二分脊椎(にぶんせきつい)の疑いがあると言われました。ですが、月曜日になってクルーゾン症候群の疑いがあるに変わりました。
二分脊椎は、生まれつき背骨の形に異常がみられますが、クルーゾン症候群とは症状がまったく異なります。
私は看護師をしていましたが、初めて聞く病名で、どんな病気なのかもわかりませんでした。
医師から聞いた病名を、すぐにSNSで検索しました。
「遺伝子の変異によって起こる病気で、頭蓋骨のつなぎ目が通常よりも早くふさがることで、頭蓋骨や顔面骨が変形する。その結果、脳の発達への影響、眼球の突出、呼吸困難などの症状がみられる」などと書かれていて、不安で涙が止まりませんでした。産後、お祝い膳を出されときも、泣きながら食べた記憶があります。
知郎 妻への説明のあとに、私にも担当医から電話がありました。すぐに治療は必要ないということでした。私は4月に、県立のこども病院に異動が決まっていたので、家族で引っ越しをしなくてはいけなくて・・・。そのことを担当医に伝えたら、「異動先のこども病院で、詳しく検査をするのがいいと思います」と言われて、紹介状を書いてもらうことになりました。
――千歳くんは、誕生後すぐにNICU(新生児集中治療室)に入院したのでしょうか。
あずさ ほかには異常がなく元気なので、NICUには入院しませんでした。私と一緒に、産後6日で退院して、私の実家で生後2カ月ごろまで過ごしました。両親は、千歳を本当にかわいがってくれて、「元気だし大丈夫だよ」と励ましてくれたことが、本当にありがたかったです。
新生児期に気になったのは、高口蓋があるためミルクの飲みが悪いことぐらいでした。でも口唇口蓋裂用の哺乳用乳首に替えたことで、ミルクもだいぶ飲めるようになりました。
知郎 クルーゾン症候群の疑いがあるということで、知り合いの医師に情報を聞いたりしましたが、心配なことはありすぎるほどでした。
ただ、まずは元気にさえ育ってくれたらいい・・・と思っていました。
生後3カ月で遺伝子検査をして、クルーゾン症候群と判明
千歳くんは生後3カ月になって、知郎さんの異動先である、こども病院の外来を受診します。
――こども病院では、どのような検査をしたのでしょうか。
知郎 すぐに遺伝科を受診して、生後3カ月で遺伝子検査をしました。検査の結果が出たのは、約1カ月後のこと。クルーゾン症候群と診断されました。
担当医からは「頭蓋骨のつなぎ目が通常よりも早くふさがってしまう頭蓋骨早期癒合(とうがいこつそうきゆごう)があるので、脳の発達のためにも1歳までには頭蓋形成術をしたほうがいい」と言われました。
また私自身も、千歳の全身のX線を撮って診たのですが、両側の先天性橈骨頭脱臼(せんてんせいとうこつとうだっきゅう)があることがわかりました。生まれつき肘関節を構成する骨の一部が脱臼しています。
千歳は生後9カ月のとき、大学病院で頭蓋形成術を受けました。頭蓋骨の前方を拡大する大変な手術です。長時間におよぶ手術を、千歳は頑張ってくれました。
首すわりや寝返り、おすわりといった発達は順調で、呼びかければにっこり笑ってくれます。大きな病気を抱えていても、千歳が元気に成長してくれていることが、私たち夫婦の救いでした。
顔面骨の形成異常により鼻からの気道が狭く、風邪をひくと呼吸困難に
クルーゾン症候群は、頭蓋骨や顔面骨の形成異常により、さまざまな症状がみられます。千歳くんは成長に伴い、泣くとさらに眼球が突出したり、呼吸困難を起こしたりするようになりました。
――千歳くんには、どのような症状が見られましたか。
知郎 まずは、大泣きするとさらに眼球が突出することです。眼球が取れてしまうのではないか思うぐらい突出するので、最初はすごく驚きました。泣いて眼球が突出したときは、恐る恐るですが、目を優しく押し込むようにして整復します。私たち夫婦も、できるだけ千歳が泣かないように注意してお世話をしていました。でも1歳ぐらいになるころには、泣いて眼球が突出する状態はおさまりました。
――ほかは、どのような症状がありましたか。
知郎 0歳の後半ごろから、寝息がだんだん大きくなってきて・・・。成人男性のいびきみたいでした。
クルーゾン症候群の症状には、顔面骨の形成異常によって呼吸がしにくいこともあります。千歳も、鼻からの空気の通り道がすごく狭いんです。
1歳のときに風邪をひいて、寝ているときに無呼吸になってしまい、私が働くこども病院に入院したこともあります。
入院した日に、妻が荷物を取りに一度、帰ったところ、院内にいた私のところに「千歳くんが急変しました。中川先生、すぐに来てください」と連絡があり、千歳のもとに駆けつけました。
どうやら動いた拍子に機器がはずれてしまい、看護師さんが通りかったときは、うつぶせで顔面蒼白。元気だと100%近くある酸素飽和度が60%台に低下していたとのこと。体をたたいて刺激を与えたら、呼吸を再開したと説明されました。
おそらく妻の姿が見えなくて、泣いて呼吸困難になったのだと思います。千歳はICU(集中治療室)に運ばれましたが、無事に回復して退院しました。
その後も、風邪をひくと夜、呼吸困難になりました。
自宅でも、異常があるとアラームで知らせる酸素モニターをつけて様子を見ていたのですが、一度、夫婦ともに疲れていて熟睡してしまい、アラームに気づかなかったことがあります。
夜中に、目が覚めて千歳の様子を見ると、顔面蒼白で酸素飽和度が60%台に低下していて、「このままだと死んでしまう!」とあわてて「千歳! 千歳!」と大声で呼びながらたたき起こしました。それ以来、妻とは交代で夜中も千歳をしっかり見るようにしています。
2歳を過ぎてからは、風邪をひくことが多くなり、3歳の冬は毎月のように入院していました。そのため自宅でもケアできるように、睡眠時に専用のマスクを装着して鼻から気道に空気を送り込む機械や、酸素濃縮器、吸入器、吸引器を使用していました。ほぼ病院並みの設備を整えて、呼吸状態が悪化してもできるだけ自宅でケアをしていました。それでも呼吸困難になり、救急車で搬送されて入院したこともあります。
お話・写真提供/中川知郎さん、あずささん 取材・文/麻生珠恵、たまひよONLINE編集部
千歳くんは、2歳1カ月で頭蓋延長術を、3歳で中顔面延長術を受けます。3歳のときに行った手術の合併症で脳梗塞を発症してしまい、4歳になる現在は体を動かすことが難しい状態です。しかし、リハビリにより呼びかけると笑顔がみられるようになりました。
後編は、千歳くんが2歳と3歳で受けた手術のことや、中川先生もメンバーとして活動する、病気や障がいがある子どもとその家族にスポーツ・芸術・文化との出会いを提供するNPO法人AYAについて聞きます。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
中川知郎(なかがわともお)さん・あずささん
知郎さん:広島大学医学部医学科卒。整形外科医として勤務する。専門は救急外傷、小児整形外科。小児外傷について研究しながら、NPO法人AYAを通じて病気や障がいのある子やその家族にイベントや体験の機会を提供している。
あずささん:看護師として大学病院で勤務後、リハビリテーション病院や訪問看護師としても勤務。妊娠を機に退職し、現在は2人の子どもの育児に奮闘している。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年11月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


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