2歳までに何度も手術を乗り越え、小腸を育てる治療を続ける長男。「この子の笑顔を守りたい」と家族で支え合った2年間【先天性小腸閉鎖症】
先天性小腸閉鎖症という病気をもって生まれた上杉玲陽(れお)くんは、生後すぐから2歳を迎えるころまでに合計7回もの手術を受けました。1歳を過ぎてからは、東京都の病院に転院して手術や治療を行いました。母の彩香さんに玲陽くんの看病のことや転院後の治療、現在までの成長について話を聞きます。全2回のインタビューの後編です。
何度も入院・手術を繰り返す日々
玲陽くんは2023年5月、生後すぐに小腸の手術を受けましたが、術後も栄養がなかなかうまくとれなかったり、小腸が癒着しやすかったりする状態で、そのたびに入院・手術を繰り返していました。
玲陽くんは生後10カ月となる2024年3月末に5回目の手術を受けます。
「手術後に潰瘍になり出血した小腸の一部を切除する手術でしたが、玲陽の小腸はなかなかしっかりと機能できない状態でした。医師からは『栄養分を吸収できるようにするために、さらに手術が必要』と説明を受けたのですが・・・。何度もの手術や治療をするわが子を見て、精神的にもつらくなってきました。
環境を変えてみたほうがいいのかもしれないと、セカンドオピニオンを考え始めました」(彩香さん)
そこで、彩香さんが看護師として勤務している病院の消化器外科の医師に相談したところ「東京の国立成育医療研究センターがいいのでは」とのアドバイスを受けます。
「国立成育医療センタ―でのセカンドオピニオンについて主治医に相談してみました。すると、国立成育医療研究センターの先生とつながりがあるから、と紹介してくださいました。
国立成育医療研究センターに転院したとしても、治療の方針は同じで、行うのは予定されていたものと同じ手術です。でも、環境を変えてみたいという私の気持ちと、小児専門の病院ということなどから、夫と相談して転院を決めました」(彩香さん)
東京の病院に転院し、再手術
玲陽くんは2024年7月、日本最大規模の小児病院である国立成育医療研究センターに転院。7月末に人工肛門を2つ作る手術を受けました。
「生まれてすぐに受けたのと同じ手術です。玲陽の小腸はこれまで何度か閉塞や捻転などを繰り返し、潰瘍もできて、小腸がところどころ細いまま成長していない部分がありました。その小腸を育てるための手術です。
人工肛門といっても大腸から排泄するためのものではなく、2つとも小腸に作ります。1つ目の人工肛門は、小腸の太い部分にたまった内容物を引き出す役割。2つ目の人工肛門は、外部から24時間かけて栄養剤を入れ、小腸の成長をうながす役割のものです。これによって体重が増えれば、腸が栄養を吸収していると判断できる治療です。しかし、人工肛門の造設後なかなか体重が増えず、時間がかかりました」(彩香さん)
玲陽くんには小腸を育てる治療のほかに、中心静脈栄養という医療的ケアも必要でした。心臓近くの太い血管(中心静脈)にカテーテルを留置して、口から補えない栄養を点滴で補うためです。
「栄養をとるためのカテーテルなのですが、ここから感染することが何度もありました。1度は全身に菌が回ってしまい敗血症になってICUでの管理になりましたし、それが落ち着いたと思ったら今度は新型コロナウイルスに感染してICUに入って・・・。そんなことの繰り返しで、なかなか体重が増えずにかなり時間がかかったりました。ようやく人工肛門をはずす手術ができたのは、2025年2月のことでした」(彩香さん)
開腹して小腸の様子を見るとともに、人工肛門につないでいた小腸の2カ所をつなぎ合わせる手術が行われました。
「半年以上かけて小腸に栄養剤を入れて育てる処置をしてきたからか、手術をしてみたところ、残っていた小腸はほぼすべて栄養吸収できる状態だったようです。この手術後に、医師から『もう口から食べられるようになるよ』と言ってもらえました。
これまでも手術で少しずつ切っていたこともあり、残された小腸は約70cm。短腸症という状態です。健康な子どもと比べれば半分ほどの長さですが、機能的には十分役割を果たせるとのことでした」(彩香さん)
地元と東京を行き来する日々で支えになった存在
玲陽くんが2024年7月に東京・国立成育医療研究センターに転院し、手術を終えて2025年3月に退院するまでの約9カ月間、彩香さんは付き添いのために数週間ごとに地元と東京を行き来する生活を送りました。
「東京にいるときは国立成育医療研究センターのすぐ隣にある、子どもの治療に付き添う家族のための滞在施設『ドナルド・マクドナルド・ハウス せたがや(以下、せたがやハウス)』を利用させてもらいました。せたがやハウスに滞在できるのは1回の利用につき最大2週間で、次回利用までも数週間の期間をあける必要があったので、せたがやハウスに2週間滞在して、自宅に1週間帰り、次の上京では別のNPO法人の宿泊施設に滞在し、また自宅に帰って次の上京ではせたがやハウスに滞在する、というサイクルを繰り返しました。
夫は基本的に自宅で、私の母に手伝ってもらいながら上の子と過ごし、私が東京に出るときに車で送りつつ玲陽と面会する、という生活でした」(彩香さん)
彩香さんはせたがやハウスに滞在中、スタッフやほかの病気と向き合う子のお母さんたちと話すことで「精神的にも救われた」と言います。
「いろんな人と話すと、ほかにも頑張っている子がいる、大変な思いをしている親がいる、とわかって励まされましたし、孤独を感じないでいられました。それに付き添い入院しているときは『自分の食事なんてどうでもいい』と思っていたのですが、ハウスでは企業や個人のボランティアさんが手作りの食事を提供してくださる日もあり、しっかり食べて休めることが何より大きかったです。心と体を支えてくれる場所があったからこそ、半年以上の入院期間を乗り越えられたと思います」(彩香さん)
課題はあるものの、保育園で外遊びできるまでに成長
転院前後を合わせると1年2カ月に及ぶ長い入院治療の日々を経て、玲陽くんは2025年4月にやっと退院。自宅の家族と一緒に過ごせるようになりました。長期入院と治療などがあったために玲陽くんの発達はゆっくりでしたが、2歳を過ぎるころには自分で歩けるようになり、保育園にも通い始めます。
「今、玲陽は2カ所の保育園に通っています。1つは医療的ケア児を対象としたデイサービス型の事業所で、点滴を24時間つないだまま通っています。1週間のうち数日は日中の点滴を止めて、お姉ちゃんと同じ保育園に通っています。
長い入院生活で成長発達に必要な刺激が少ない中で育ってきたので、集団生活に慣れてもらいたいということと、点滴がない時間に自由に遊ばせてあげたいな、という思いがありました。保育園では外遊びをとっても楽しんでいるようです」(彩香さん)
玲陽くんが自宅に戻った翌月から彩香さんも看護師の仕事に復帰しました。
「私は自分の仕事が好きなので、職場復帰できてよかったです。ただ玲陽の体調がなかなか安定しないので、日中に何かあったら対応できるよう、今は夜間勤務のみにしてもらっています。私が夜勤の日は、近くに住む私の母が泊まりに来てくれます。母も看護師なので、点滴の交換などをお願いできるから助かっています」(彩香さん)
2歳4カ月を過ぎた玲陽くんですが、日常生活を送る上で課題となるのは食事のことです。
「最終的な手術を終え、口からなんでも食べていいと言われていたんですが・・・退院するころから食事を完全に拒否するようになっていました。かろうじて栄養剤だけは飲んでいる状況です。玲陽自身が成長して嫌なことは嫌と言えるようになったこともあるかもしれません。
口から食べることで小腸が機能して体重が増えてくれば、中心静脈栄養も不要になるはずです。でも今は食べたがらないので、胸に入れている中心静脈栄養のカテーテルはつけたまま。そのカテーテルから感染して発熱することも多いので、体調がなかなか安定しないのも悩むところです」(彩香さん)
発熱をするとまずカテーテルからの感染が疑われるため、すぐに入院が必要になります。
「これまで発熱で4回ほど入院していますが、東京に転院する前の総合病院にお世話になっています。地元の病院の先生と成育医療研究センターの先生とが連携を取ってくださり、今は地元の病院がしっかりフォローしてくださっています」(彩香さん)
入院中に笑わなかったわが子が、ニコニコと笑顔を見せてくれるように
通常より小腸が短い玲陽くんは、今後どのように病気と向き合っていくのでしょうか。
「玲陽の成長のためにいちばんいいのは、自分で口からごはんを食べられるようになること。食べないことにはカテーテル抜去につながりません。カテーテルが入っている限りは、感染症がつきもので、発熱するたびに入院になってしまうんです。口から食べられればもっと自由に活動できる、と玲陽自身が理解できるといいのですが・・・。玲陽の成長に合わせて、今後どんなふうに栄養をとるかを主治医と相談しながら、検討するつもりです。
また、自治体の口腔支援センターに通って食べることの指導を受けるほか、地元のリハビリ病院で、月に1回ずつ作業療法、理学療法、言語聴覚の療育に通いながら、ゆっくりではありますが玲陽のペースで成長してくれています」(彩香さん)
彩香さんは、玲陽くんが生まれてからの長い入院と何度もの手術を経た日々を振り返り、「今は家族で過ごす時間が本当に大切」と話します。
「助からなかったかもしれない命が助かって、7回も手術を受けて、いまこうして成長している玲陽の生命力のすごさに驚いています。東京での長い入院期間の間、玲陽はほとんど笑うこともなかったんです。この子はいつ笑えるんだろう、と不安ばかりの日々でした。
それが、自宅に戻って日常生活が送れるようになってニコニコの笑顔を見せてくれる。それだけで本当に幸せを感じます。お姉ちゃんも玲陽を気にかけてくれ、ふざけて笑わせてくれたり、玲陽にごはんを食べようね、と一生懸命伝えようとしてくれます。そんな姿が本当に愛おしいです。
大変で濃厚な2年間でしたが、多くの人に励まされながら玲陽もとても頑張って、家族で支え合いながら乗り越えてきたからこそ、今があります。この幸せがこのまま続いてほしいと願っています」(彩香さん)
【下島直樹先生より】残った小腸を最大限に使えるようになることが目標
先天性小腸閉鎖症に加えて術後の腸捻転により玲陽くんの小腸は血流障害を受け、その後、内腔が閉鎖して母乳やミルクが通らない状態になってしまいました。そこで再度開腹して小腸全体を検索し、4カ所確認された閉鎖部位をすべてつなぎ合わせる大手術を行いました。術後、つなぎ合わせられた小腸に少しずつ栄養を通していく腸管リハビリテーションが開始されました。血流障害を受けた小腸を慣らしていくにはゆっくりとミルクを増やしていく必要がありましたが、リハビリを開始して4カ月したころから体重が増えるようになり、とうとう口側小腸と肛門側小腸をつなぐことができました。残った小腸を最大限使って点滴から離脱することが、玲陽くんの次の大きな目標です。頑張ろう、玲陽くん!
お話・写真提供/上杉彩香さん 医療監修/下島直樹先生 協力/ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
長期の付き添い入院は、親にとっても心身ともに大きな負担になります。子どもの病気と向き合うためにも、家族を支える環境も非常に大切です。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
下島直樹先生(しもじまなおき)
PROFILE
国立成育医療研究センター 小児外科系専門診療部 外科 診療部長。
1997年慶應義塾大学医学部卒業、米国メイヨークリニック移植外科研究員、慶應義塾大学小児外科講師、東京都立小児総合医療センター外科部長などを経て、2023年7月より現職。
ドナルド・マクドナルド・ハウス せたがや
病気と向き合う子どもとその家族を支える滞在施設「ドナルド・マクドナルド・ハウス」は、全国に12施設あり、いずれも小児病院のすぐ近くに位置していて1日1人1000円で利用することができます。運営はすべて寄付・募金とボランティアの活動によって支えられています。
国立成育医療研究センターに隣接するせたがやハウスは、増室工事をふくめた大規模改修のため2025年9月から2026年8月ごろまでの間は一時閉館し、近隣の代替施設で利用家族を受け入れています。また、大規模改修にあたり、募金委員会にて寄付を募っています。詳細は財団ホームページおよび募金委員会公式WEBページより確認できます。
青いマックの日(マックハッピーデー)
ドナルド・マクドナルド・ハウスの運営は寄付・募金とさまざまな支援で成り立っています。「マックハッピーデー」は、世界各国のマクドナルドがその国の子どもたちの幸せを願い長年展開しているグローバルチャリティ活動で、日本では2017年から実施され今年で9回目を迎えました。2022年からはハウス支援のテーマカラーにちなみ“青いマックの日”をテーマに実施されています。この日はハッピーセット®1つの販売につき50円が公益財団法人ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパンに寄付されます。2025年の“青いマックの日”は10月19日に行われ、世界を席巻する7人組HIPHOP / R&Bガールズグループ XGが特別サポーターに就任。期間限定のセットメニューやライブ配信を行いイベントを盛り上げました。
青いマックの日以外でも、全国マクドナルド店頭のレジ横にある募金箱へ募金、モバイルオーダー利用時にクレジットカード決済を選び金額を指定して募金、ハッピーセット募金付きクーポンを購入する、などで支援が可能です。店頭の募金箱には上杉彩香さんと玲陽くんの写真が使われています。
●記事の内容は2025年11月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。


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