SHOP

内祝い

  1. トップ
  2. 赤ちゃん・育児
  3. 赤ちゃんの病気・トラブル
  4. 小6の長男を襲った小児がん。8カ月のつらい闘病入院中、交流支援ロボットで修学旅行も経験【骨肉腫】

小6の長男を襲った小児がん。8カ月のつらい闘病入院中、交流支援ロボットで修学旅行も経験【骨肉腫】

更新

入院中、折り紙に熱中し、たくさんの作品を作りました。

山本陽向(ひゅうが)さん(17歳・高校2年生)は、11歳のとき骨肉腫と診断され、8カ月間に及ぶ入院治療を受けました。入院期間中には小学校最大のイベント、修学旅行もあったそうです。
母親の裕子さんに聞いた全2回のインタビューの後編は、長期入院中のことや退院後の学校生活、そして現在のことについてです。

▼<関連記事>前編を読む

友だちに病名は伝えておらず、入院中のオンライン交流は控える

入院中に陽向さんが作った折り紙の作品。教授の提案で病棟に飾ってくれました。

陽向さんの入院中、ほぼ毎日付き添っていた裕子さん。陽向さんが入院したとき3歳になる直前だった下の子に会えるのは、夫と付き添いを交代するタイミングでした。

「付き添いを交代して初めて実家に戻ったとき、娘はとてもはしゃいでいました。やっとママが帰ってきた、これからはずっと一緒にいられると思ったのでしょう。翌日、私が実家を出ようとすると、『行かないで~!!』と大泣きされました。私も娘と一緒にいたい。でも病気と闘っている陽向を支えなければいけない。すがりついてくる娘を置いて出るのがつらくてつらくて、泣きながら病院に向かいました」(裕子さん)

裕子さんが病院に戻るとき下の子が泣いたのは、その1回きりだったそうです。

「そのあとは私が病院に戻るときに引き止めることはせず、笑顔で見送ってくれました。でも、本当の笑顔ではないことはすぐにわかります。こんな小さな子が我慢しているんだと思うと、泣かれるよりもつらくて、実家から病院に戻るときはいつも泣かずにはいられませんでした」(裕子さん)

大学病院の小児科病棟は12歳未満の子は面会できず、また、コロナ禍でもあり、陽向さんは入院中にお友だちはもちろん、付き添いの両親以外の人と会うことはできませんでした。

「オンラインで友だちと会話をすることはできたと思いますが、お友だちには長期入院をすることしか話していませんでした。陽向自身、病名は伝えたくないという思いがあったようです。だから、こちらの様子も見えるオンラインをつなぐことはしませんでした。
双方向での交流はしなかったけれど、クラスメートの親御さんが撮影してくれたお友だちの動画や、ヤマハの音楽教室の友だちが陽向の好きな曲を演奏してくれた動画を送ってくれ、陽向はとても喜んで見ていました。
私はヤマハのお友だちが演奏する姿を見て、陽向がエレクトーンフェスティバルに出場するためにすごく練習していたことを思い出し、涙をこらえられませんでした」(裕子さん)

支援ボランティアのお兄さん・お姉さんたちと、オンラインで週1回遊べるのが楽しみに

「Wi-Fiの調子が悪く支援ボランティアの『グッドブラザー』とオンラインでなかなかつながらずいじけているえところです」と、裕子さん。

入院中の陽向さんが楽しめることはないか、裕子さんはいろいろと考えました。

「悲観しても状況は変えられないから、陽向が日々を楽しく過ごすために何ができるか、ということだけを考えました。

陽向は手先が器用なので、折り紙ならベッドでも楽しめるかなと思い、折り紙と折り紙の本を買ってきてみました。陽向は興味を示してくれたのですが、ごく単純な折り方しか載っていなかったから、すぐに飽きちゃって・・・。
折り紙自体は気に入り、『もっとやりたい』と言うので、中級者向けの折り紙の本をネットで購入しました。
これが陽向のツボにはまり、体調がいいときは時間を忘れるほど熱中。たくさんの作品が出来上がり、病棟に飾ってもらえました。飾ってある自分の作品を見て、陽向が満面の笑みを見せてくれたのはとってもうれしかったです」(裕子さん)

裕子さんは、看護師長さんから教えてもらった「グッドブラザー」のことも気になっていました。

「グッドブラザーはNPO法人未来ISSEYの支援ボランティアで、入院治療中や療養中の子どもときょうだい児の心、遊び、学習、復学を支えてくれるスタッフだと聞きました。当時は医学部の大学生が担当してくれていて、陽向にとっては少し年上のお兄さん・お姉さんという感じ。陽向が『会ってみたい』というので、お願いしてみました。
コロナ禍のためオンラインで、毎週土曜日の午後、グッドブラザーとの時間を過ごしました。グッドブラザーはベッドの上でオンラインでもできるゲームなどをたくさん考えてくれ、陽向は毎回とてもはしゃいでいました。
自分の病気のことを理解しているお兄さん・お姉さんだから、心から楽しめたようです」(裕子さん)

交流支援ロボットを借りて修学旅行に参加。同級生と同じ時間を過ごす

交流支援ロボットを使って修学旅行に参加している様子。

陽向さんが入院している間に、小学校の修学旅行がありました。

「新型コロナの影響で、小学校では6年生の修学旅行が延期されていましたが、12月に香川県内で1泊2日で行うことが決まりました。なんとかして陽向に修学旅行を経験させてあげたいと、あれこれ考えている中、未来ISSEYが『OriHime(オリヒメ)』という交流支援ロボットの貸し出しをしていることを思い出しました(当時の貸し出しは『OriHime』、現在は異なる)

『OriHime』にはカメラ、マイク、スピーカーが内蔵されていて、修学旅行に同行させてもらうと、陽向はロボットのカメラを通して同級生と同じものを見ることができ、会話もできるというものでした。陽向の意思で頭を左右に動かせ、両手も自由に動かせますが、陽向本人の姿は同級生には見えません。これなら陽向も修学旅行に参加できる!と思いました。利用をする私たちの費用負担はない、ありがたい支援です」(裕子さん)

支援ロボットを行事に連れていく場合、通常は末来ISSEYのスタッフが同行して操作するため、3時間くらいの稼働になるそうです。

「修学旅行に同行する先生が『これくらいの操作だったらやりますよ』と言ってくださり、スタッフは同行しなくてよくなったので、ロボットを1泊2日借りられることになりました。修学旅行のすべての時間を同級生と共有できることがわかり、陽向はもちろん大喜び!
操作をしてくださる先生にも、1泊2日の貸し出しを許可してくださった末来ISSEYにも、どんなに感謝してもたりません。

修学旅行中、同級生がロボットに向かって『陽向、〇〇がいるよ~』などと話しかけてくれ、陽向は本当にみんなと一緒に行動しているように修学旅行を楽しんでいました」(裕子さん)

小学校は車いすで過ごすことに。高校生の今も毎日送り迎えをする

ひざから下の負担をかけないように装具を着用したうえで、車いすを使っていました。

陽向さんは入院中に中学受験も経験しました。

「陽向には行きたい中学があったので、入試が始まる前にその中学校に私が出向き、『長期入院中だけれど受験を考えている』と相談しました。もちろん治療が最優先ですし、陽向の病状によってはあきらめなければいけないとも思っていましたが、できたらチャレンジさせてあげたい。私は学校、病院と調整を進め、陽向は病室で受験勉強に励みました。
外出が可能になったのは、3回行われる受験のラストチャンスのタイミング。1月23日の受験日に参加でき、27日に合格通知が届きました。
病気だからと受験をあきらめなくて本当によかったです」(裕子さん)

うれしい知らせのあと、待ちに待った退院の日がやってきました。2021年2月7日のことです。

「ひざから下に体重をかけないようにするために、装具をつけての退院となりました。右足首を固定しているため、正座はできません。これは今も変わりません。さらに今では左右で足の長さが変わり、右足が3㎝ほど短いので、かかとを上げる(底上げする)装具も使っています。

小学校には退院の2週間後から通い始めました。足への負担を軽くするために、学校では車いす生活です。復帰前に車いすで校内をひと通り回ってみて、問題なく学校生活を送れることを確認。登校を始めた最初の1週間は授業中も付き添い、大丈夫そうだったので、翌週からは登下校の送迎だけ付き添いました。
中学1年の3学期からは松葉づえ2本で移動できるようになりましたが、学校への送迎は今も続けています」(裕子さん)

日常生活で不自由を感じることはそれほどない陽向さんですが、できないことはあるそうです。

「自転車には乗れないし、正座はできません。走らないように先生に言われているので、体育の実技の授業は見学しています。
運動系の部活はできないから、中学では家庭科部に入部。家庭科部初の男子部員だったそうです。読書好きの私のために、布製のブックカバーをたくさん作ってくれました。同じ型紙を使っているはずなのに、なぜか全部サイズが違うのがほほえましかったです」(裕子さん)

退院後、陽向さんは定期的な検査を続けています。

「退院後3カ月間は免疫系の薬の服用が必要でしたが、それ以降は定期検査のみに。X線、MRI、PET検査や血液検査で様子を見ています。最初は2カ月に1回だった検査が、3カ月に1回になり、今は半年に1回になりました」(裕子さん)

現在まで再発はありません。でも「気は抜けない」と裕子さんは言います。

「1年以内に再発する人が多いと聞いていたので、1年間は再発のことが頭から離れず、不安な日々を過ごしました。だから1年が過ぎたときには、心の底からほっとしたんです。
ところが、担当の先生は「まだ安心はできませんよ」って。先生のこの言葉ではっとし、再発のリスクはずっと忘れてはいけないんだと、気持ちを引きしめました。再発の腫瘍は肺にできやすいそうなので、定期検査の際は毎回胸部のX線写真も撮り、再発がないことを確認しています」(裕子さん)

支援を受けたからこそわかることがある。病気の子どもを助ける活動に参加

最近の陽向さん。お世話になった末来ISSEYでボランティアを始めました。

陽向さんの入院中に末来ISSEYの支援を受けたことがきっかけで、裕子さんは末来ISSEYのスタッフとしても働き始めました。

「実は私は、地域情報誌に末来ISSEYの支援ロボットの記事を書いたことがありました。2019年5月のことです。そのとき末来ISSEYの取り組みはとてもすばらしいと感じていたのに、その記事のことをすっかり忘れていました。当事者になってみないと、本当の意味は理解できないんだと痛感しました。同時に、『当事者の私にしかできない支援ができるはず』と気づきました。しかも私には、情報を発信できるという武器があります。それをいかせたら末来ISSEYの活動にプラスになる。そう考えて活動に参加することを決めました。

陽向は最近グッドブラザーに登録しました。入院中にグッドブラザーと過ごした時間がとても楽しかったから、今度は自分がそんな時間を提供できる人になりたいんだと思います」(裕子さん)

今、裕子さんは子ども2人と一緒に実家で暮らしています。

「夫とはさまざまな考え方の違いが明確になり、2年前に離婚。今は私の両親と一緒に親子3代5人暮らしです。娘は8歳でまだまだ子育ては続くし、陽向は大学受験を控えています。子どもたちの笑顔を守るためにも、病気で苦しむ親子を応援するためにも、アクティブに行動していきたいと考えています」(裕子さん)

お話・写真提供/山本裕子さん 取材協力/NPO法人未来ISSEY 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部

「病気になってしまったのは変えられない。だったら前を向いて、できる限りのことをしようと考えていた」と語る裕子さん。そのサポートがあったからこそ、陽向さんはロボットを介して修学旅行に参加でき、中学受験も成し遂げることができました。高校生になった今は、裕子さんとともに、病気の子どもを応援する活動にも参加しています。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

山本裕子さん(やまもとひろこ)

PROFILE
17歳の男の子と8歳の女の子の母。大阪や東京で情報誌の編集に携わったのち、結婚・妊娠。故郷の香川県に戻り、出産。第2子が生後4カ月のときから、丸亀・宇多津の情報誌「マルータ」の編集者となり、地域密着の情報を発信。第1子の骨肉腫発症を機にNPO法人未来ISSEYでの活動も始め、2025年11月からTikTokのライブ配信も担当。

NPO法人末来ISSEYのサイト

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2025年12月の情報であり、現在と異なる場合があります。

赤ちゃん・育児の人気記事ランキング
関連記事
赤ちゃん・育児の人気テーマ
新着記事
ABJマーク 11091000

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第11091000号)です。 ABJマークの詳細、ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら→ https://aebs.or.jp/

本サイトに掲載されている記事・写真・イラスト等のコンテンツの無断転載を禁じます。