盲目の芸人・濱田祐太郎、「お笑い芸人になることは子どものころからの夢」。次の目標は全国放送バラエティ番組のMC
2018年『R-1グランプリ』で優勝した芸人・濱田祐太郎さん。2025年6月に初エッセイ『迷ったら笑っといてください』を出版し、2026年2月には東京で4年ぶりの単独ライブも控えています。濱田さんに、子どものころからの夢だったお笑い芸人として活躍する今とこれからのことについて話を聞きました。全2回のインタビューの後編です。
身のまわりのおもしろいできごとの中に、「目が見えない」エピソードがあるだけ
――濱田さんは中学生のころからお笑い芸人を志していたそうですが、2018年の『R-1グランプリ』で優勝をつかんだとき、どんなことを感じましたか?
濱田さん(以下敬称略) 昔からいち視聴者として『M-1グランプリ』、『キングオブコント』、『R-1グランプリ』なんかをずっと見てきて、その大会に自分が出て優勝できたことは、もちろんうれしかったです。でも優勝よりも前に、決勝に残って、全国放送で生放送の番組でネタができること、そのこと自体が楽しくてたまりませんでした。だからなのか、優勝した瞬間はあんまり実感がなかったんです。
優勝の実感がわいたのは、翌日の朝の情報番組に出ているときだったと思います。お笑いの賞レースで優勝した人は、翌日の情報番組の生放送に出演する流れがあると思いますが、僕も実際その流れを体験する中で「ああ、本当に優勝したんだな」と感じました。
――濱田さんは自身のネタのなかに、目が見えないことを自然に入れています。いつごろ見えないこともネタにしようと考えたんですか?
濱田 「見えないことをネタに」と特別、意識したことはないです。もともとお笑い芸人をめざす上でエピソードトークというか、1人でしゃべって笑いを取ることがかっこいいな、と思っていました。自分も芸人として漫談のような形で話すようになったとき、身のまわりのおもしろいことをネタにする形がいちばんしっくりくると思っていて、そのなかに「目が見えない」エピソードが入っているだけ。「目が見えない」こと自体がネタとしておもしろいという意識をもったことはないです。
――濱田さんの著書では、芸人になってから劇場ライブのオーディションで視覚障害を理由にスタッフから差別を受けたというエピソードがありました。障害を理由に排除されないかという不安は今もありますか?
濱田 それは今もあります。あのときのオーディションでは審査員から「劇場ライブでは目が見えないとジェスチャーゲームや大喜利ができないから高評価をつけない」とはっきり言われました。その人にかかわらず、そういう意識をもった人が制作側にいたら排除されるんだろうなと思います。
これまで僕が出演したバラエティー番組は、キャスティングする立場にそういう意識をもった人がいなかっただけだと思っています。
――そういった意識はどんなふうに変わっていけばいいと思いますか?
濱田 難しいですよね。変わっていけばいいけど、なかなか変わらない気もします。差別的な意識をもってしまうのはその人の感性ですし、まわりの人がどうすることもできないというか。本人が意識を変えるきっかけになる大きなできごとがないと変わらないと思います。
――障害のある人がテレビに出演することが一般的になっていくと、少しずつ変わるでしょうか?
濱田 結果的に変わるならそれでいいと思います。まずは障害のある人もテレビに出ていることが当たり前の状態になればいいですよね。
人気番組出演でXのフォロワーが1万人増えた
――テレビといえば、先日濱田さんが出演した『水曜日のダウンタウン』の「サイレントクロちゃん」の企画が話題になっていました。
濱田 クロちゃん(安田大サーカス)がのどの手術で声が出せない状態で、目が見えない僕とどうコミュニケーションを取るかというドッキリ企画でした。僕は打ち合わせのときに「声が出せない状態の人が来る」というだけで、相手がクロちゃんだとは知らされていませんでした。打ち合わせの段階で、もし相手が僕とのコミュニケーションをあきらめたら、モニターで見ているスタッフが僕の携帯を鳴らす合図をして、僕のほうからアプローチしよう、とだけ決まっていました。
――2人のコミュニケーションのきっかけは、濱田さんが話しかけたことでしたね。
濱田 最初の段階で合図が来たので、僕はその時点からただ楽しくやろうと思って話しかけることに。そしたら机をたたく合図で返事をしてくれたり、YouTube動画を流してクロちゃんだと知らせてくれたり、僕の背中にひらがなを書いて返事してくれたりして。なかなか楽しいやりとりになったんじゃないかな、と思います。
収録後は本当はすぐに新幹線の駅に向かう予定でしたが、スタッフさんから「めちゃくちゃおもしろかったから、しかけ人のインタビューも撮らせてください」と言ってもらえて急きょコメントも撮影することに。いいものが撮れたならよかったなあ、とうれしく感じました。
反響もすごく大きくて、放送後の1週間でYouTubeとXのフォロワーが1万人ずつ増えてありがたかったです。
いずれ家族をもって、子どものエピソードトークをしてみたい
――今後の仕事で挑戦したいことや目標は?
濱田 芸人になる前からずっと、全国放送のバラエティ番組のMCをやることを夢として持っているので、その夢をかなえたいです。あとはロケ番組やトーク番組などテレビ番組の収録は楽しいし、珍しい体験もできるので、継続してやっていきたいです。
2025年から3カ月に1回、オンライン配信ありのトークライブを始めました。トークライブとYouTubeは、今の仕事のなかでいちばん実入りがいいので(笑)、伸びていってほしいなと思います。
――テレビの仕事の楽しいところというとどんなことですか?
濱田 普段出会うことのないような人に会えることですね。番組MCをやっていたアイドルの方に会えたりとか、『5時に夢中!』の収録ではミッツ・マングローブさんや中尾ミエさんといった普段あまりかかわりをもつ機会がない人たちとお会いして話せたこともすごく楽しかったです。
ほかに、テレビの仕事以外でやってみたいのは、小学校や中学校に営業で行ってみたいな、と。この間、初めて京都にある盲学校でトークライブをしました。そのときの質問コーナーでの子どもたちとのやりとりがすごくおもしろかったです。
――どんな質問がありましたか?
濱田 「なんかおもしろい話してください」とか雑なものもあれば、やたら滋賀のことを聞いてくる子がいたり。「滋賀県に行ったことありますか? 滋賀県の有名なプリン知ってますか?」って聞かれたので「滋賀県出身なの?」って聞いたら「ずっと京都です」って(笑)。思いもよらない質問が飛び出るような子どもたちの発想力ってすごいな、と。自分にとってもかなり刺激になりました。
価値観がまだかたまらない柔軟な子ども時代に、僕みたいなやつとかかわりがあるのもいいんじゃないかなと思うので、そういう仕事もやっていけたらいいなと思うようになりました。
――濱田さん自身は、将来家庭や子どもをもつことをどう考えていますか?
濱田 30歳半ばになって、最近結婚のことも意識するようになってきました。でも、お笑い芸人って職業としても特殊ですし、その上にもう1つ、目が見えてないという日常生活にも影響するものがあるので、なかなか忍耐力のある女性と出会わないと難しいかなと思いながら・・・。
矢野・兵動の兵動さんのトークライブで、家族と出かけたエピソードをおもしろく話しているのを聞いたりすると、自分も穏やかな家庭をもちつつそこで起こったことをトークライブでしゃべれるようになりたいなあ、と。なんとなく、そんな理想をもっています。
お話・写真提供/濱田祐太郎さん 取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部
仕事やこれからのことについてユーモアを交え語ってくれた濱田さん。「差別的な意識がある本人が気づかないと、その意識を変えることは難しい」という言葉が印象的でした。
濱田祐太郎さん
PROFILE
お笑い芸人。1989年9月8日生まれ、兵庫県神戸市出身。吉本興業所属。2013年より芸人として活動を開始し、『R-1グランプリ2018』(カンテレ・フジテレビ系)にて優勝。現在は関西の劇場を中心に舞台に立つほか、テレビやラジオなどでも活躍。2025年5月には吉本新喜劇とのコラボ舞台で主演を務める。レギュラー番組に『オンスト』(毎週金曜日/YES-fm)。
『迷ったら笑っといてください』
盲目の芸人・濱田祐太郎による初エッセイ。自身の視点で多様性や偏見についてユーモアたっぷりに語る1冊。濱田祐太郎著/1980円(太田出版)


SHOP
内祝い
