「3歳違いの上の子と違う」母が感じた第2子の違和感。発達が遅れぎみになり、検査をしても原因がわからない【KIF1A関連神経疾患】
世界でわずか550人ほどしか患者が報告されていない、極めてまれな遺伝性疾患があります。「KIF1A(キフワンエー)関連神経疾患」という病気です。KIF1A遺伝子の働きが妨げられることで発症し、発達遅延や知的障害などさまざまな症状が現れます。
織田菜々子さん夫婦の第2子で長男の凌太朗(りょうたろう)くん(2歳7カ月)は、1歳3カ月のときにこの希少難病と診断されました。
凌太朗くんの妊娠中から現在に至るまでのことを、母親の菜々子さんに聞きました。全2回のインタビューの前編です。
妊娠中は胎動がほぼ感じられず、誕生後は追視をあまりしないように見えた
凌太朗くんは菜々子さん夫婦にとって2人目の子ども。上には3歳違いの長女がいます。菜々子さんは妊娠中から、「なんとなく上の子のときと違う・・・」と感じていたと言います。
「妊婦健診を受け、出産も予定していたのは、小児科もある地元の産科クリニックでした。先生から何か指摘されることはなかったのですが、超音波でおなかの中の様子を見るたび、赤ちゃんはいつも同じ位置から動いていないように思えました。上の子と比べて胎動も弱々しく、すごくおとなしい子なのかなと思っていました。
違和感と小さな不安はありましたが、先生から何も言われないのだから大丈夫なのだろうと考え、先生に質問することもしませんでした」(菜々子さん)
上の子の出産がさかごによる帝王切開だったため、凌太朗くんは2023年5月に予定帝王切開で生まれました。
「体重2924g、身長49.0㎝のごくごく一般的な赤ちゃんでした。母乳の飲みも悪くなく元気でしたが、黄疸の数値が悪くて光線治療を受けました。退院後も再度数値が悪化し、生後1カ月ごろ再度入院となりました。
2回の治療で改善し、ほっとしたものの上の娘との様子の違いは、ずっと気になっていました」(菜々子さん)
凌太朗くんは生後3~4カ月健診のとき「追視が不十分」と指摘されました。
「眼科で検査を受けるように指導されたので、翌日、小児眼科のある医療機関を受診。『眼球そのものには問題はない』との診断でした。
でも、生後2カ月になってもメリーをなかなか目で追わないなど、目のことは前から気になっていたので、この言葉で安心する気持ちにはなれませんでした。
この眼科では、月1回大学病院の小児眼科医が診察を行う日があるというので、診察を依頼。約半月後、凌太朗が生後4カ月のときに診てもらいました。
大学病院の医師の見解も同じで『問題はない』というものでしたが、心配なら大学病院で検査を受けることができると提案され、さらに1カ月後、生後5カ月のときに大学病院を受診。そこでも『異常はないのではないか』と説明されました。
『不安なら3カ月後にまたおいで』と言ってもらえたのですが、大学病院の眼科は受診までに何時間もかかり、診察は10分程度。ひたすら待合室で待っていなければならず、おむつ替えのために離れるのも大変なので、赤ちゃん連れにはかなりの困難です。多くの先生が『大丈夫』と言うのだから、息子の目に問題はないんだと自分に言い聞かせ、3カ月後は受診しませんでした」(菜々子さん)
周囲への関心がないように見える息子。抱っこをすると全身がだらんと脱力
菜々子さんが凌太朗くんのことで気になっていたのは、目のことだけではありませんでした。
「生後4~5カ月ごろから、周囲への関心の薄さが気になり始めました。首はすわったけれど寝返りはできなかったので、日中はいつもリビングであお向けに寝転んでいて、ひたすら手足をバタバタと動かしているだけでした。おもちゃにはいっさい興味なし。手に持たせても、ぱっと離してしまいます。
しかも、家族やまわりの人への関心も薄いように感じました。長女は生後4カ月ごろから「ママがいい!」と主張するようなそぶりが見られたのに、凌太朗はまったくありません。まわりのことをわかっていないんじゃないかという不安が、どんどん大きくなっていきました。
夜泣きやぐずりで困ることはないけれど、笑ってくれることも少ないんです。あまりに上の子と違いすぎて、個人差のレベルではないのでは・・・と感じていました」(菜々子さん)
菜々子さんは、凌太朗くんの体に力が入らないような状態も、気になっていました。
「凌太朗をたて抱きすると、体全身を私に預けてきて、全身をだらりと脱力します。そんな凌太朗を見て、周囲の人から『よく寝ているね』と言われることが ありました。でも、凌太朗は起きているんです。
最初のうちは体をぴったりと密着してくる様子を『かわいい』と感じたのですが、抱っこするたびにそうなるので、だんだんと違和感を覚えるようになりました。
でも当時は、それが何らかの体の異常から起こることだとは理解してなくて、理由がわからないから余計に強く不安を感じました」(菜々子さん)
「育児ノイローゼ」と勘違いされ、適切なアドバイスを受けられない・・・
凌太朗くんの月齢が上がるにつれ、心配と不安が大きくなっていった菜々子さん。凌太朗くんが生後6カ月のとき、県が開設している子育て相談LINEにメッセージを送ります。
「『子どもが何も興味をもたない。おもちゃにも外の景色にも無関心で、どうしたらいいかわからない。第1子と違いすぎて不安を感じる』といった内容を送ったと思います。返ってきたメッセージは『お母さんの気分転換をしてください。1人の時間を大切にしてください』といったようなものでした。
『不安』という部分に着目して、このような言葉を届けてくれたのでしょう。その気持ちはすごくありがたいと思いました。でも、私が欲しかったアドバイスは、そういうことではありませんでした。LINEで送る短い文章では、私が感じる不安は理解してもらえないと思いました」(菜々子さん)
凌太朗くんが生後7カ月に入ったころ、菜々子さんは今度は市の子育て相談に電話で相談しました。
「このころ、私は息子の発達の遅れの原因を探ろうと、毎日時間が許すかぎりネットで調べていました。検索すると、発達障害(神経発達症)の情報が多く出てきましたが、その多くは乳児期には診断はつかないと書いてあったし、息子の状況とはどこか違うような気もしていました。
とにかく、どのように息子に接していけば息子の成長を適切に促してあげられるのかを知りたいと、切望していました。
このころの私は『療育』という存在もあまりわかっていませんでした。
先日のLINEと同じような内容を相談したところ、電話を受けてくれた担当者のアドバイスもLINE相談と同様でした。でも、ここで電話を切ったら何も進みません。意を決して『だれか相談できる人を紹介してください!!』と食い下がり、保健師さんを紹介してもらえることになりました」(菜々子さん)
こうした経験から感じたことがあると菜々子さんは言います。
「この時期、私は『ネット検索魔』でした。ネット上では、私と同じようにお子さんの発育・発達に違和感をもって質問している方がたくさんいました。でもたいていは、『かわいい幼子の発育をゆっくり見守ることができない親』というようなレッテルを貼られ、冷たい言葉や厳しい言葉が書き込まれていたように思います。
母親が『なんだかおかしい』と感じることは、理屈や常識を超えた本能的のようなものもあるのではないでしょうか。何らかの相談窓口では、そういった母親や養育者の声をもっと大切に扱い、次につながるようなアドバイスをしてほしい。今、切実にそう願っています」(菜々子さん)
さまざまな検査で脳に病変があることはわかったものの、病名はわからないまま
菜々子さんはすぐに、紹介してもらった保健師さんの元へ凌太朗くんを連れて行きました。
「保健師さんはとてもていねいに息子と触れ合い、観察してくれました。当時の記憶があいまいなのですが、『体がだらんとして力が入らないのは低緊張という症状で、この子は療育が必要な子だと思います』というようなことを言われたように思います。
療育に通うには医師の意見書が必要とのことなので、すぐにかかりつけの小児科を受診。詳しい検査を受けるために、地域の医療センターへ紹介してもらいました。凌太朗は生後7カ月でした」(菜々子さん)
医療センターでは、MRI、CT、エコー検査、染色体検査を受けたそうです。
「医療センターでできるすべての検査を受け、脳に病変があることが判明しましたが、病名はわかりませんでした。あと、できる検査で残っているのは遺伝子検査だけで、これは遺伝外来のある病院でないとできないとのこと。そして、『遺伝子検査を受けても必ず病名がわかるわけではない。また、病名がわかったとしても、治療法がある病気はそのうちのひとにぎり』という説明も受けました。この日は夫と一緒に病院に行き、夫婦そろって話を聞きました。
治療法がないのであれば、検査までせずに、この状態をそのまま受け入れて生活していくという考え方もある、というようなことも言われました。
凌太朗が病気をもっているならその原因を知り、1日も早く適切な治療やサポートを始めたい。病気と向き合い、凌太朗を支えていこうと夫婦で話し合い、遺伝子検査をすることにしました」(菜々子さん)
大学病院ですぐに遺伝子検査を受けることができ、結果が出たのは約3カ月半後でした。
「さまざまな検査を受けてから診断がつくまでは、出口の見えないトンネルを進むような感覚でした。
これまでの検査で、脳に病変があることはわかりました。でも、その原因がいつまでもわからない。もしも命にかかわる病気だったら、この間にも凌太朗の命が削られていく・・・早く治療を始めたい!不安とあせりで胸が張り裂けそうになりました」(菜々子さん)
遺伝子検査の結果を待つ間に、凌太朗くんはけいれん重積(※)を起こし、菜々子さんの心痛はピークに達することになります。
※けいれん発作が30分以上持続する状態。あるいは、けいれん発作を短時間の間に何度も繰り返し、発作と発作の間も回復しない状態。
【丹羽伸介先生より】根本的な治療法は研究中ですが、早期に発見して、適切なサポートを受けることが大切です
KIF1A関連神経疾患は、神経細胞の中でシナプスを作るために必要なKIF1A(キフワンエー)というタンパク質がうまく働かなくなる、世界的にも希少な疾患です。
私たちの脳や体は、神経細胞がシナプスで情報をやりとりすることで動いています。KIF1Aの働きが低下してシナプスがうまく作られないと、発達の遅れや低緊張(体がだらんとする)、視覚障害、けいれんといったさまざまな症状が現れます。お母さんは、日々の生活の中でこれらの症状を「違和感」として感じ取っていたのでしょう。
現在は根本的な治療法を研究している段階ですが、早期に病名がわかることで、適切な療育やサポートを受けることが可能になります。
お話・写真提供/織田菜々子さん 医療監修/丹羽伸介先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部
凌太朗くんの成長とともに、「上の子と違いすぎる」と感じることが多くなっていった菜々子さん。「相談すると育児ノイローゼと勘違いされることがつらかった」と、当時を振り返ります。
インタビューの後編は、病名がわかってからの凌太朗くんの様子と、菜々子さんが起こした行動について聞きます。
「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境になることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。
織田菜々子さん(おだななこ)
PROFILE
2025年に「KIF1A関連神経疾患家族会 たこやきの会」を設立。患者・家族の交流の場づくり、SNSなどを通じた疾患情報の発信、医師・研究者との連携による治療実現および指定難病認定に向けた活動に取り組む。米国拠点の国際組織「KIF1A.ORG」のインターナショナルアンバサダー。5歳と2歳の子どもがいるワーキングマザー。
丹羽伸介先生(にわしんすけ)
PROFILE
2007年東京大学医学系研究科分子細胞生物学専攻修了。博士(医学)。スタンフォード大学客員研究員、東北大学学際科学フロンティア研究所助教をへて、現在、東北大学学際科学フロンティア研究所准教授。神経細胞の形づくりのメカニズムをKIF1Aなどの分子モータータンパク質に着目して研究。「KIF1A関連神経疾患家族会 たこやきの会」の顧問を務める。
●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年2月の情報であり、現在と異なる場合があります。


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