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2カ月の絶対安静を経て妊娠30週で第3子を出産、子宮を全摘出。娘には「幸せな出産だった」と伝えたい【極低出生体重児】

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お兄ちゃんにあやしてもらってニコニコのつきのちゃん。

香川県に住む5人家族の西山りささんは、小学校講師と産後指導士として働きながら、3人の子どもを育てています。第3子のつきのちゃん(5歳)は、予定日より2カ月早く体重1360gで生まれた極低出生体重児でした。りささんに、つきのちゃんの出産後から現在までの成長について話を聞きます。全2回のインタビューの後編です。

▼<関連記事>前編

小さく生まれた第3子、でもとっても元気!

退院したころのつきのちゃん。6歳のお兄ちゃん、4歳のお姉ちゃんと並ぶととっても小さく見えます。

第3子の妊娠23週のときに少量の出血に気づき受診したところ、前置癒着胎盤で、膀胱にも癒着があるとわかり緊急入院となったりささん。すぐにでも手術をすべき危機的状態でしたが、当時の胎児の推定体重は500g台、命の危険を考慮してギリギリまでおなかを育て、妊娠30週のとき、帝王切開で出産します。りささんは出産と同時に子宮摘出の手術を受けました。予定日より2カ月早い2020年7月、体重1360gで生まれたつきのちゃんでしたが、健康状態はとても良好だったそうです。

「新生児科の先生が驚くほどにつきのは元気だったらしく、人工呼吸器を使ったのも生まれた当日だけだったそうです。肺に一時的な傷があるけれど、成長とともに修復されていくことや、水腎症(腎盂に尿がたまる状態)があり尿路感染を起こしやすいかもしれない、と説明がありましたが、重症ではなく、特別な治療やリハビリは必要ないと言われました。

また小さく生まれたので肺や目が未熟で弱さがあるけれど、小学校くらいまでに成長して追いつくケースが多いので経過観察しましょう、との説明でした」(りささん)

産後3週間ほどしてりささんは退院。2日に1回、つきのちゃんが入院するNICUに通う日々が始まりました。

「私は出産前の2カ月間を寝て過ごしたので足腰の筋力がかなり落ちていて、退院のころは歩くのも大変でした。自宅では床に座ると立ち上がれずはいはいで壁まで行き、壁につかまって立ち上がっていたような、しばらくはそんな生活でした。普通に動けるようになるまで2カ月くらいかかったと思います。

当時の記憶があんまりないんですが・・・家事や上の子たちの幼稚園の送迎は、夫や、同じ敷地内に住む義両親がサポートしてくれていたと思います。また、自宅から車で40分ほどのNICUへは、義父が車を出してくれました。当時コロナ禍でNICUに入れるのは1人だけだったんですが、私が30分ほど面会する間、義父は病院のロビーで待っていてくれました」(りささん)

「みんなで育てていこう」の言葉に支えられた

じっと見つめ合うお姉ちゃんとつきのちゃん。

りささんの毎日の楽しみは、つきのちゃんの成長を少しずつ感じることでした。

「私は母乳がよく出るタイプで乳腺炎になりやすかったので、頑張って母乳を搾乳し、つきのに届けていました。つきのに会えることがうれしくて、ちょっと浮かれた気持ちで通っていたと思います(笑)

面会に行くと看護師さんが『つきのちゃんはよく寝るけど、最近夜に元気に泣くときがあるんですよ』『脚の力がとっても強くて元気ですよ』と楽しそうに話してくれたんです。今日は母乳を何mL飲みました、体重が何g増えました、とノートにひと言書き残してくれて、一緒に娘を見守ってくれる人がいることが大きな支えになりました。肌と肌を合わせて抱っこするカンガルーケアをたくさんさせてもらえたこともうれしかったです」(りささん)

つきのちゃんの成長を見守る,義家族のあたたかさも感じたと話します。

「敷地内同居している義母や義姉は、妊娠23週での突然の入院中から『生きて帰ってきてくれればいい』と言ってくれ、1人で2人の子どもたちの面倒を見ることになった夫のことも支えてくれました。『小さく生まれて万が一、障害をもっていても、みんなで育てていこうね』と言ってくれていたんです。

私が退院後に義両親に『つきのは今日はミルクを何mL飲んだんだって!』と話すと『そうか、よかった』と聞いてくれていました。家族みんながつきのの退院を楽しみにしてくれていたんだと思います」(りささん)

きょうだいも妹に会えることを楽しみにしていた

つきのちゃん1歳のお祝い。おもちを背負っています。

つきのちゃんは少しずつ体重が増え、2カ月ほどたった9月にNICUを退院することになりました。

「つきのは健康状態が良好で、退院するときにはとくにリハビリやフォローアップなどの指示はありませんでした。ただ、小さく生まれたために肺が弱いので感染症にはとくに注意すること、またRSウイルス感染症にかかると命にかかわるほど重症になる可能性があると言われ、1歳になるころまで毎月RSウイルスの重症化を防ぐ抗体製剤の注射を打ちに行くことになっていました。

コロナ禍で、夫は出産当日につきのと会ったきり退院まで会えなかったのですが、退院時に夫が初めてつきのをいとおしそうに抱っこする姿を見て、とても安心したことを覚えています」(りささん)

お兄ちゃんとお姉ちゃんもつきのちゃんの退院を心待ちにしていました。

「私の産後入院中から、夫は私が送るつきのの写真を上の子たちに見せて『早く会いたいね』とみんなで楽しみにしてくれていたようです。上の子たちは夫と一緒にベビーベッドを組み立てたり、つきののための準備をしてくれていました。退院後も、おむつ替えをしていると新しい紙おむつを持ってきてくれたり、お手伝いしてくれようとする気持ちに成長を感じて、うれしかったです」(りささん)

つきのちゃんの退院後、りささんは肺が弱いつきのちゃんが感染症にかからないよう、日常生活でも細心の注意を払いました。

「長男は年長、長女は年少で幼稚園に通っていたので、感染症対策には気をつけていました。上の子たちのときのように抱っこひもで一緒にスーパーに行くことはいっさいやめて、宅配を利用したり、つきのを義父に預けて自分だけ買い物に行ってすぐ帰ってくるようにしていました。

ただ、コロナ禍で外出自粛も多い時期だったので、逆に安心できた部分もあったと思います。春になり温かくなって、生まれて半年以上が経ってからようやく少しずつ外出するようになりました」(りささん)

きょうだいのかかわりのおかげか、発達は順調

5歳になったつきのちゃん。弱視のためめがねをかけています。

予定日より2カ月早く生まれたつきのちゃんは、同じ月齢の赤ちゃんと比べれば首すわりや寝返りなどの発達はゆっくりでした。

「子育て支援センターなどで同じ月齢の赤ちゃんがいるお母さんから『いつ寝返りした?』『おすわりできた?』と聞かれたときに、修正月齢で答えるか、生後月齢で答えるか迷うことはありました。『寝返りは5カ月でできたけど、2カ月早く生まれてるんです』と軽く説明することが多かったです。言い訳するわけではないのですが、生後月齢から考えると少し遅めではあったので。つきのは身長・体重の増えは順調で、2カ月早く生まれたようには見えなかったのかもしれません。

言葉の発達は、長男や長女との違いはあまり感じませんでした。小児科の先生からは、上の子たちがたくさん話しかけてくれるので、それがいい刺激になっているんだろうと言われました」(りささん)

順調に成長していたつきのちゃんですが、3歳児健康診査で視力の再検査が必要と言われます。

「再検査のために眼科を受診すると、弱視との診断でした。一般的な近視や遠視とは少し違って、近くも遠くもピントが合いにくいタイプで、筋肉の関係だろうという説明でした。早産児や低出生体重児には起こりやすい傾向があるようです。今もめがねをかけていて定期的に通院しています。成長とともにピントが合うようになる場合もあれば、そのままの場合もあると言われていますが、めがねをかければ視力に問題はなく、字も読めるし、最近は絵本を自分で読めるようになりました」(りささん)

ちょうどつきのちゃんの視力のことがわかった3歳児健康診査のとき、りささんはリトルベビーサークルの存在を知りました。

「健診のときにサークルのチラシが置いてあるのを見かけ『こんなサークルができたんだ』と知りました。自分は緊急入院から2カ月安静にして、子宮も摘出するなどかなり特殊な経験をしました。私は3人目の妊娠だったけれど、もし私と同じような経験をするお母さんが第1子の出産だとしたら、すごくつらいだろうなと考えたんです。

私自身も、妊娠・出産を通してたくさんの人に助けてもらいました。今度は私が困っているお母さんを支える存在になれたらいいな、と思い、サークルに参加することにしました。
出産はだれにとっても大変で、周囲のサポートが必要なこと。とくにリトルベビーのお母さんたちは、自分を責めがちです。だけど、まずお母さん自身が幸せでいるために、自分を責めずに周囲の人やサークルなどを頼ってほしいと思います」(りささん)

産後に全身に茶色い色素沈着ができたことで、新たな挑戦

出産直後(左上)、産後約1年(左下)の薬疹の様子と、2022年にミセス・オブ・ザ・イヤーに出場したとき(右)の様子。写真ではきれいに見えますが、まだ薬疹のあとが残っていました。

実はつきのちゃんの産後、りささんにはもうひとつの試練がありました。

「産前に長期間点滴投与していた子宮収縮抑制剤で薬疹が出てしまい、産後に足の指先までまだらに広がる茶色っぽい色素沈着が残ったんです。皮膚科を受診すると『これは一生消えない』と言われ、すごく落ち込みました。子どもたちは正直なので、おふろで『気持ち悪い』と言われたこともありました。人前に出るのが嫌になるほどショックでしたが、つきのが大きくなったときに『自分のせいで・・・』と思うようになるのは絶対に嫌だと思ったんです。

そんなとき知り合いから『ミセス・オブ・ザ・イヤー』というミセスコンテストに出てみないかと誘われました。見た目だけでない女性の生き方を子どもたちに見せられたら、という思いで、チャレンジすることに。あざが見える背中が思い切り開いたドレスを着て人前に立とうと思ったんです。結果は日本大会のファイナリストに残ることができ、大きな自信になりました。上の子たちも『すごくかっこいい!』と言ってくれ、本当に出てよかったと思います。

その後、皮膚科でビタミンの点滴をしたり、デトックスプランナーの資格を取って食事に気をつけたら、色素沈着は徐々に薄くなり、驚いています。
妊娠中からたくさんの試練がありましたが、たくさんの人に支えられ、つきのはとっても元気な女の子に成長してくれています。つきのが大きくなったら『あなたを出産して、こんなに幸せだったよ』と伝えたいです」(りささん)

お話・写真提供/西山りささん 取材・文/早川奈緒子 編集・構成/仲村教子(entente)、たまひよONLINE編集部

つきのちゃんは現在5歳。元気いっぱいな保育園の年中さんです。りささんは小学校講師の仕事と並行して産後ケアのためのさまざまな資格を取得し、バランスボールの産後指導士のほかにも産後の女性を応援する活動を続けています。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

西山りささんのInstagram

香川県リトルベビーサークル ぴっぴっ子のサイト

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年2月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

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