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働きたくても預け先がない現実…。“反骨精神”で医療的ケア児のための施設を開所した母の思い【体験談】

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ohanakids

東京都在住の友岡宏江さんの長女・壽音(じゅの)ちゃんは、13トリソミー(パトー症候群)という先天的な染色体異常症を患っています。

友岡さんはじゅのちゃんの育児をする中で、医療的ケア児のためのサービスがきわめて少ないと感じ、重症障害児のための施設の立ち上げを決意。現在、重症心身障害児(重心児)や医療的ケア児のための児童発達支援事業や放課後等デイサービス事業など行う、NPO法人Ohana kids(オハナキッズ)の代表を務めています。

今回は、Ohana kidsを立ち上げた経緯や活動を友岡さんに聞きました。全2回のインタビューの後編です。

▼<関連記事>前編を読む

社会への違和感から生まれた挑戦。医療的ケア児や重心児のための居場所をつくりたい

命に関わる大きな手術前日の友岡さんとじゅのちゃん
命に関わる大きな手術前日の友岡さんとじゅのちゃん

じゅのちゃんを育てる中で、医療的ケア児や障害のある子どもを育てる家庭に対しての固定概念が社会の中に強く存在していると気づいたという友岡さん。

「私がOhana kidsを立ち上げたのは、一言で言うと『反骨精神』だったと思います。

私はひとり親ということもあり、自分たちの生活を成り立たせなければならないという現実がありましたが、娘のように医療的ケアが必要な子どもを保育園に預けて働くことに対して、まわりから『それよりも、じゅのちゃんに集中したほうがいいのでは』というようなことを言われることが多くありました。

医療的ケア児や重い障害のある子どもを育てる家庭に対して、“こうあるべき”という固定的な家族像が、社会の中に強く存在している。それに気づいたとき、どうしてもその考えを変えたいという思いが湧いてきて。また、いつか自分もそういった家族をサポートできる立場になりたいと思うようになりました。

そこから、まずは保育士の資格を取ろうと、娘が退院してすぐに通信制の大学へ入学し、勉強を開始。ひとり親の高等技能資格取得手当金の制度があり、当時は月に14万円ほど支給されていて。その支援があったことは、外勤できない私にとって大きな救いとなりました。

娘を預ける先もないので、勉強中も常にずっと一緒です。通信制だったので、自宅で勉強し、どうしてもはずせないスクーリングの際には、病院や施設のショートステイを利用していました。そうして勉強を続け、娘が3歳半のころに資格を取得することができました。これは、自分自身と向き合う時間としても、子育てストレスからの解放としても、とても有効でした。

その後は、近所の子育て支援ひろばでスタッフとして働いたり、訪問看護師事業所の事務員をしたりしていましたが、娘の就学後のつき添い通学により離職してしまいました。

その間、娘が4歳から通ったデイサービスで、同じ境遇の子を持つ親同士で交流することが増え、ママ友のネットワークができました。そこでの交流でわかったことは、働きたいのに預け先がないという悩みを抱えているのが私1人ではないということ。医療的ケア児のお子さんに、熱心に学習をしているママたちの姿。同様に困っている家庭がたくさんあって、医療的ケア児を安心して預けられて、発達支援できる場所が必要だという思いは、みんな同じでした。

そもそもの社会的な背景としては、2008年にNICU(新生児集中治療室)の病床に空きがなく、妊婦さんが亡くなった事故がきっかけで、NICU の病床数が増えることに。それにともなって障害をもっている赤ちゃんの救命率も上がり、在宅医療へ移行する医療的ケア児が増えました。娘の世代は、まさにその最初の世代にあたります。

ところが、その子どもたちを受け入れる社会的インフラは、まったく整っていなかった。医療的ケア児の“居場所問題”が、ここで一気に顕在化したのだと思います。

医療的ケア児の家族からしても、“子どもを預けられる保育園がないから働くこともできない”。子ども自身から見ても、“子どもらしい生活を送る場所がない”。こんな状況に強い違和感を感じていました。

それなら、『この子たちが通える保育園をつくろう』と最初は考えました。ただ、保育園には保護者の就労要件など、さまざまな条件があります。その中で、“児童発達支援”という制度を知り、障害福祉の通所支援として施設を立ち上げる方向へと舵を切ったのが、Ohana kids立ち上げのきっかけです。

そのころには、すでに同じ立場の保護者同士のネットワークができていたので、“一緒に乗り切ろう”と、大きなパワーをもらいました。現在、Ohana kidsの理事を務めている4人は、全員が医療的ケア児の親。娘が通っていたデイサービスで出会ったママ友たちです」(友岡さん)

理解の壁に阻まれながら、ようやく開所できた「Ohana kids ステーション」

Ohana kids 5周年のときの写真
Ohana kids 5周年のときの写真

そうして友岡さんがOhana kidsを立ち上げたのは、じゅのちゃんが6歳のときのこと。しかし、法人を立ち上げても、すぐに施設を開所できたわけではありませんでした。

「いち早く居場所をつくりたいという思いはあったものの、開所するまでにたくさんの時間を要しました…。実は、物件探しだけで1年以上かかりました。

介護報酬費を使う福祉施設としての要件が厳しく、条件に合う物件がなかなか見つからなかったという理由もありますが…。重い障害のある子どものための施設というだけで、『危険ではないか』『前例がない』と断られ続け、さらには『大声を出さないか』『近所迷惑になるのでは』といった言葉を投げかけられることも…。実際には、想像されるようなことはほとんどありません。でも、一般的には強度行動障害などのイメージと混同されていることを、そのとき痛感しました。

今でこそ“医療的ケア”という言葉が少しずつ社会に浸透してきましたが、15年前はそれを可視化することがとても難しかったと思います。街の中で出会うことの少ない医療的ケア児、とりわけ重心児の実態は、一般社会ではほとんど知られていなかった。

最終的には、以前働いていた支援広場でのつながりから紹介を受けて、一気に話が進み、物件問題も解決。ようやく2018年に「Ohana kidsステーション」を開所できました。

また、立ち上げ期には、運営を軌道に乗せることと同時に、社会に向けて“医療的ケア児の暮らし”を伝える認知・周知活動にも注力。

“医療的ケア児”や“重心児”への理解がまだ広まっていないからこそ、Ohana kidsでは保育士や看護師など国家資格を持つ職員がいること、人工呼吸器を使用している子どもが何人いるのか、どのような遊びやかかわりをしているのか、といった実態を数値や写真を用いてていねいに示すようにこころがけることにしました」(友岡さん)

Ohana kidsに広がる4つの柱。インクルーシブな社会をめざして

理事の浜本さんと広報活動の一環でラジオ放送に出演したときの写真
理事の浜本さんと広報活動の一環でラジオ放送に出演したときの写真

Ohana kidsステーションのあと、2020年に「Ohana kidsナーサリー」を開所、2023年には「Ohana kids相談支援」、2025年には地域の子育て拠点としての「おでかけひろばOhana」を開設した友岡さん。それぞれの施設の特徴や、活動について聞きました。

「Ohana kidsステーションは、児童発達支援事業と放課後等デイサービス事業の2つの機能を持った施設。その名のとおり“ターミナル駅”のような存在をイメージしています。人・もの・経験が集まり、そこからそれぞれの子どもが自分に合った進路や選択肢を選んでいける場所となるように、といった意味を込めています。

たとえば、新幹線や特急に乗るように、区立学級や保育園など、社会へ進んでいく子もいれば、各駅停車のように、児童発達支援を活用しながら、体調やペースに合わせて特別支援学校へ進む子もいる。どちらがよい・悪いではなく、その子らしい選択ができるためのステーションとなることを目的としています。

ここでは、地域での活動をはじめ、家族面談や保護者会、看護師同行の遠足など、多様な経験も提供。対象年齢も0歳から18歳までと幅広く、年齢や発達段階に応じて活動内容や支援方法を柔軟に変えています。

あとから立ち上げたOhana kidsナーサリーは、『とくに、0〜6歳という発達の基盤をつくる時期に、よりていねいなかかわりが必要だ』と感じたことから生まれました。

これはステーションを運営する中で見えてきた課題で、愛着形成や安定した関係性を大切にし、ひとりひとりにじっくり向き合うことを重視しています。保育園に近い雰囲気ですが、基本はマンツーマン対応。保育者の入れ替わりを最小限にし、安心できる関係性の中で、発達支援をていねいに積み重ねています。

相談支援事業は、また少し役割が異なります。ご本人とご家族に寄り添いながら、サービス全体の調整や計画作成を行う“伴走型”の支援。日常的な相談から、『旅行に行きたいけれど、宿泊先はどうしたらいいか』といった突発的な相談まで、その家庭に合わせて柔軟に対応し、生活全体を支える支援を行っています。

さらに2025年4月から、0〜3歳の一般の親子が自由に遊びに来られる地域向けの子育て支援ひろばの運営も。これにより、『ステーション』『ナーサリー』『相談支援』『地域子育て支援』
の4つの柱ができました。小さな形ではありますが、インクルーシブな環境づくりが少しずつ形になってきていると感じています。

ステーションとナーサリーのそれぞれの日々の活動は、保育士チームが月ごとの保育計画を立てていて、その中にハロウィンや運動会、季節の遊びが自然に組み込まれるようにしています。今はちょうど冬季オリンピックごっこをしています!

一方で、イベントとして行っているものもあり、継続して行なっている『お花屋さんごっこ』や、地域の防災訓練や行事にも、可能な範囲で参加しています。ステーションの周辺には商店街があり、日常的な散歩や買いものを通して、開所当初に比べ、子どもたちの存在が地域に受け止められ、自然な交流が生まれていると実感しています」(友岡さん)

「この場所をつくってよかった」。試行錯誤の8年間で得られた喜び

Ohana kidsが地域のイベントとジョイントしたときのじゅのちゃんと友岡さん
Ohana kidsが地域のイベントとジョイントしたときのじゅのちゃんと友岡さん

Ohana kids ステーションを開所して今年で8年。大変なこともうれしいこともたくさん経験してきたと友岡さんは言います。

「子どもたちには、遊びや経験を通して育ってほしい。けれど、安全面への不安も当然ある。ご家族から、そして共に支えるスタッフからも、そういった、『危険』『やめてください』が多くなってしまうことへの葛藤は、つねにありました。

そんな中でも、Ohana kidsを立ち上げてよかったと感じる瞬間は、いくつもあります。まず、子どもたち自身が、さまざまな経験に挑戦し、達成感を持って参加している姿を見たとき。現在は、呼吸器使用のお子さんであっても、思う存分楽しく活動できるようご家族とスタッフでお互いに協力しあっています。

それぞれのペースではありますが、『できた』『楽しかった』という表情を見ると、本当にうれしくなりますし、この場所をつくってよかったなと感じますね」(友岡さん)

医療的ケア児の未来を広げるための、人材育成への挑戦

大学病院で講演する友岡さん
大学病院で講演する友岡さん

試行錯誤の日々ながらも、0hana kidsステーションをはじめ、医療的ケア児のための施設を運営してきた友岡さん。これからの目標についてもお話を聞きました。

「今後の目標はやはり『医療的ケア児にかかわれる人間が限定的という現状』を少しでも変えていきたいということ。

かかわる人が限られると、子どもたちは発達の広がりを持ちにくくなり、行ける場所も、経験できることも制限されてしまう。結果として、地域の中で生活するということ自体が難しくなってしまいます。

そこで、今後の1つの大きな軸として掲げているのが『人材育成』です。少しずつ準備を進め、ようやく来年度から、この取り組みをもう少し外に向けて発信し、本格的に動かしていけそうだという段階に来ました。

これまでもボランティアの方を受け入れたり、『経験がなくても大丈夫ですよ』と伝えながら、現場でOJT(職場内訓練)をしたりしてきました。ただ、それはあくまで内部の話。これからは、事業所の中だけで完結するのではなく、外からの人たちも受け入れ、育成していける体制をつくっていきたいと考えています。

医療的ケア児は全国に約2万5千人いるとはいえ、正直なところ、まだとても認知の低い特殊な分野。多くの人にとっては、まだまだ『怖い』『わからない』存在だと感じています。

でも、『この子はAちゃん』『この子はBちゃん』と、当たり前のように1人の人として向き合い、個別にかかわれる人が増えていけば、状況は変わっていくはず。そうした人材が少しずつ育ち、自然にかかわってくれる人が増えていくこと。そこに力を入れて、これから取り組んでいきたいと思っています」(友岡さん)

いい意味で“頼る”子育てを楽しめたら

障害のある子どもを持つママたちと一緒に「私時間」を大事にするイベントに参加。右から2番目が友岡さん
障害のある子どもを持つママたちと一緒に「私時間」を大事にするイベントに参加。右から2番目が友岡さん

15年に渡って娘さんの育児とケアを続けてきた友岡さん。じゅのちゃんの成長を見守りながら、医療的ケア児や重心児に対しての理解を深めるためにOhana kidsの輪を広げる活動は続きます。

最後に、たまひよ読者やお子さんを育てるママ・パパたちに伝えたいことを聞きました。

「育児には、山もあれば谷もあります。でも15年子育てをしてきて、そして多くの親子を見てきて感じるのは、障害のある子もない子も、同じようなところで悩み、立ち止まるということ。子育てに対しての親の悩みの本質は、意外と大きく変わらないんだなということ。

ただ、私たちの場合は、たくさんのサポーターに囲まれています。職員さん、訪問ヘルパーさん、看護師さん、特別支援学校の先生。そう考えると、ある意味では健常発達の子どもたちよりもサポートの層は厚いのかもしれません。

お互いに支えながら子育てをする。人に頼る子育てをする。障害のあるなしに関係なく、いい意味で“頼る”ものや”頼る”場があれば、子育てはもっと、楽しめるものになるんじゃないかな。

そしてもし、病気や障害があっても、少し“スペシャル”ではあるけれど、それは大変さだけじゃなくて、よいことも含めての“スペシャル”。そう捉えながら、子育てを楽しんでいけたら。

子育ての時間は、思っている以上に限られています。だからこそ、何かショックなことがあったら、思いきり泣けばいいし、うれしいことがあったら、その瞬間をちゃんと喜べばいい。思いどおりにいかない子育てがあって当然で、うまくいかない子どもがいて当然なんです。

人生いろんなことが起こるけれど、それらがすべていつか“楽しい記憶”として残ればいいなと、そのためにもママやパパが自分自身の時間も大切にする、そんなことを伝えたいです」(友岡さん)

お話・写真提供/友岡宏江さん 取材・文/安田萌、たまひよONLINE編集部

重い障害のある子どもを育てる中で感じた違和感をきっかけに、友岡さんはOhana kidsを立ち上げました。そしてこれからも居場所づくりや支援の輪を広げながら、かかわれる人を増やすこと、人に頼りつながりながら子育てをすることを目標に、その歩みを続けていきます。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

友岡宏江さん

PROFILE
長女が13トリソミーを患う。自身の育児の経験から、世田谷区にNPO法人Ohana kidsを立ち上げ、子どもを主体とした発達支援事業を開始。2018年に「Ohana kids station」を、2020年には「Ohana kidsナーサリー」を開所、2023年「Ohanakids相談支援」、2025年に地域に開かれた子育て支援拠点「おでかけひろばOhana」を開設。各講演への登壇や13トリソミーの子どもを持つ親の団体「PROJECT13」の統括リーダーも務めている。

NPO法人Ohana kidsのHP

NPO法人Ohana kidsのInstagram

PROJECT13のブログサイト

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2026年2月の情報で、現在と異なる場合があります。

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