育児において最も緊張が走るとき…! ~夫婦のじかん大貫さんの「ママ芸人日記」#12
2018年3月に男の子を出産した、お笑いコンビ「夫婦のじかん」の大貫さん。イラストレーター兼漫画家としても活躍中です。よしもと芸人・イラスト業・ママと毎日大忙しの大貫さんによるのコラム連載「ママ芸人日記」、第12回は「育児で最も緊張が走るとき」のお話です。
育児において最も緊張が走るとき…!
出産してからというもの、私の今までの人生の中では珍しいほど穏やかな生活を送っています。
私は旦那とコンビを組んで芸人としても活動しているのですが、それと同時にイラストレーターや漫画家として家計を支えています。
産後は中々スケジュール管理が難しいため、決まった時間に外で稼働する芸人の仕事があまりできず、イラストの仕事が大半を占めています。
芸人の仕事が減ると、人前に出たり、神経をすり減らす程緊張する機会も減ってきます。
緊張感の無い生活ではダメなのではないか…産後すぐの頃はそう考えることも時々ありましたが、今はこの生活が私にとって新鮮で幸せなものだと感じています。
今考えれば、芸人としての生活は、ありえないくらいの緊張が走る瞬間が多々ありました。
以前、お笑いライブの最中に、舞台から楽屋へ慌てて帰ってきた先輩がこんな言葉を発しました。
「おい!ヤバいぞ!加藤茶さんが観に来てる!最前列の右側!」
それまで和気あいあいとしていた楽屋が、一気にピリつきました。
そんな…まさか…あの加藤茶さんがよしもとの劇場に…!?
にわかには信じられませんでしたが、絶対に来るはずがないとも言い切れません…。
「とりあえず舞台に出てネタをしている最中に客席を確認すれば真相が判明する…」
そう思ったものの、いざ舞台に出ると、あまりの緊張にいつものように体が動かず、声も出ないという最悪の状態…とても加藤茶さんのいらっしゃる方向を見ることなどできませんでした。
やってしまった…そう思いながら出番後に呆然としながら舞台袖の暗幕の端からそっと客席を覗いてみました…。
するとそこには、加藤茶さんに髪型だけ似ている、顔は似ても似つかない、きっと今までの人生で「加藤茶さんに似てますね」と言われたことなどないだろうと想像できるくらい全然似ていない男性が座っていました。
先輩の完全なる勘違いで、出演者全員に無駄な緊張が走ってしまったのです。
よくよく考えれば、よしもとのそれも末端の若手芸人の小さな劇場に、お忙しい加藤さんが来てくださることなどありえないと思います。
肝試しをしていると枝の動きが幽霊に見えてしまうように、新ネタに緊張していた先輩が、一般の男性を加藤さんと見間違ってしまったのかもしれません…。
また、お芝居の舞台に出演した際にはこんなことがありました。
「ヤバイ!『ガラスの仮面』の美内すずえ先生が来てる!!」
私より出番の早かった先輩が、こう言いながら慌てて楽屋へ戻ってきました。
『ガラスの仮面』の美内先生が…?
大の『ガラスの仮面』好きの私は、思わず「えぇっ!」と声を発してしまいました。
『ガラスの仮面』というのは、主人公の少女が女優としてその才能を発揮していく、演劇を題材とした少女漫画です。
そんな漫画の作者の方が、私の演技を観てくださる…そんな奇跡が起こるなんて…!
瞬く間に緊張して体がこわばっていきましたが、ふと「加藤茶さん事件」を思い出しました。
漫画家の美内先生を、確実に見分けられる人はどれくらいいるのでしょうか…。
著名な方とは言え、常にテレビ等に出られているわけではない「漫画家」という職業…これはまたしても完全なる人違いであろう。
私は平静を取り戻し、通常通り舞台を終えました。
すると終演後に、舞台を観に来てくださっていた知り合いの女優さんが楽屋に来られました。
「今日、『ガラスの仮面』の美内先生も来てたんだよ」
私は耳を疑いました…!
その女優さんの知り合いの知り合いが美内先生で、なんと、今日の舞台を観に来てくださっていたというのです…!
私は一気に顔面蒼白になり、体の力が抜けていくのを感じました。
私の演技は大丈夫だったであろうか…いや、いつも通りやっていたはず…しかしいつも通りというのはどちらかというと「役者」よりも「芸人」寄りの演技であって、「演技」だけを考えたら美内先生の前で披露できるような演技ではなかったのではないか…。
いやしかし、いつもの私という点で考えたら、その「芸人」としての演技で良かったのか…?
後から何を考えてもどうしようもできず、美内先生にとっては私など記憶にも残らない存在だったとは思うのですが、私の中には複雑な後悔だけが残りました…。
「加藤茶さん事件」さえなければ…!
そんな芸人の生活とは違い、今は比較的穏やかな生活を送ってはいますが、育児の中でも、一つだけとても緊張する瞬間があります。
それは、寝かしつけ後に子どもを起こさないようそっと寝室を後にするときです。
私は、美内先生に披露できなかった演技力をここぞとばかりにその瞬間に発揮し、空気清浄機の音と一体化しつつ“紅天女”のように舞いながら寝室から出ていくのでした。
夫婦のじかん大貫さん プロフィール
よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属/夫婦お笑いコンビ「夫婦のじかん」の嫁担当。イラストレーターとしても活動中。相方は元・トンファー山西章博。息子(2018.3生)と夫との3人暮らし。2019年3月にコミックエッセイ「母ハハハ!」(PARCO出版)を発売。